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四人戦SSその3


――――合コン。
――――それは、見知らぬ男女同士による、親睦を深め合う集い。

◆◆◆◆

シュッ、チッ
ボゥ……ジジ……――――

眩いネオンに彩られた暗闇を眼下に、1点の熱を帯びた光が灯る。
夜のオフィス街。連なる摩天楼群。
高層ビルはひしめき立ち、人工的な明かりを以って自己主張している。
まるでその高さを、派手さを競いあっているかのようだ。
ネオンが放つ作り物の光とは対照的に。
マッチが灯す暖かみのある光。
灯りはゆっくりと煙草に近づいていき、その熱を分けてやる。

「スゥーッ____」

燻られた煙草の煙が、ゆっくりと肺に届けられる。
気管を巡った空気は鼻腔を抜け。

「フゥーッ____」

紫煙と共に、勢い良く体外へ放出される。

「戦いの前の一服は、最高だなぁ」

噴流煙は言葉を漏らすと、続けざまに煙を含んだ。

闇夜。無人の高層ビル群。その一角の屋上。
ここが、噴流煙の”夢の戦い”出現位置。
屋上には噴流煙以外の姿は無く。
周りには高低連なる無数のビルの群れ。
見下ろせば、眼下から照らし出されるネオンの光が沸き立ち。
見上げれば、より高いビルの群れが悠然と聳え立っている。

噴流煙が再び紫煙をくゆらせると、煙は瞬く間に霧散した。
ビル風だろう。うねりを上げた風がビルにその身をぶつけ、乱舞している。

シュッ、チッ
ボゥ……ジジ……――――

2本目の煙草に火を点け、噴流煙は思い返す。
先日見た“無色の夢”。
その最中、まるで煙が脳まで回ってきたかのように、頭の中に入り込んできた情報を。
「戦闘空間」、「対戦相手の名前・能力」、「戦闘のルール」、「戦闘空間での負傷」、「勝者と敗者への賞罰」。
自分同様、これらの情報は他の対戦相手にも知れ渡っている。
そう推理するのは当然の帰結であった。

「賞罰……ねぇ」

口内で反芻した煙ごと、吐き出される言葉。
噴流煙は、褒賞など望んでいない。
専ら現実の暮らし、学園での生活こそが彼の望むものだ。
何だったら、特別な夢を見たいヤツがいるのならば手を貸すのも良いとすら考えている。
ただ――――。

「――――煙草の無い世界に閉じ込められるのだけは堪らんらぁあ」

現実世界から持ち込んだ煙草の本数は500本。
早くも3本目の煙草に火を点ける。
そのまま力無く屋上の手すりに身を預けたのは。
その体勢が最も楽に街下を眺められたからだ。
街下からこちらを覗き込む、ボヤっとにじんだネオンの光。
まるで火の点いた煙草のようだ、と、噴流煙は苦笑した。

口に咥えた煙草の煙がゆらゆらと昇っていく。
バカと煙は何とやら。
煙に導かれるように、噴流煙は歩き始めた。
頂上を。一番高い場所を目指して。


◆◆◆◆

ピリッ、ペリペリッ
ベリベリリリリリ…………

ビル風が巻き起こす喧騒を引き裂くかのように、
顔パックの剥がされる音が暗闇に響く。
夢の戦いは、転送時に身に着けていたものが持ち込まれるルール。
であれば。
白鳥沢ガバ子が日課としている、就寝前の顔パックが持ち込まれるのは至極当然の道理。
お肌のケアに何よりも大事なことは、継続すること。
目に見えない日々の努力こそが、白鳥沢ガバ子の真骨頂であった。

バリッ、ボリボリッ
ムシャッ……ボリッ……――――

キメ細やかな肌。
その形成に必要な要素とは即ち。
そう、保湿と潤いである。
顔パックは肌の生成・維持に十分な湿度を保つ。
ならば、潤いは何を以って与えるか。
即ち、輪切りにしたきゅうり。
輪切りにしたきゅうりを、顔パックの上から貼り付ける。
90%以上もの水分で構成されるきゅうりの瑞々しさ。
それこそが、肌に潤いを与えるのに最も適している事を、白鳥沢ガバ子は理解している。

「ふむ。戦闘領域のう……」

立入禁止。
目前に立てかけられた看板を尻目に、白鳥沢ガバ子は思案する。
看板から伸びた有刺鉄線は、ゆるいうねりを生じながら、どこまでも伸びており、戦闘領域の外周を覆っていた。
まるで、外部からの侵入を拒むかのように。
まるで、内部からの逃走を阻むかのように。

「……なるほどのう」

ぷるん、と頬は弾み。零れるは笑み。
しっとりとキメの細やかな餅肌は、さながら赤ん坊の如し。
吹き荒れるビル風に頬を撫でられるも、その弾力で押し返す。
米の研ぎ汁。
栄養素の溶け込んだ水を塗布する事により、赤ちゃんの肌は完成する。

「グハハハハ! どれ、そろそろ向かうか。戦場にのう」

乙女の戦場とは是即ち、恋の始まる場所である。
恋の始まる場所とは。
決まっている。最もムードのある場所。
夜景を一望出来る、最も標高の高いビル。
そこでこそ、ロマンティックは始まる。

眩く照らされる、凛と輝くネオンの光。
まるで星屑の海のようだ、と、白鳥沢ガバ子は歓喜した。

「ククっ。ワシ、なんだか……」


「ドキドキしてきたわ」


恋する乙女の戦いが始まる。


◆◆◆◆

ヤマノコが先ず確認したかったことは。
この空間における人間の存在。
対戦相手以外に果たして人間は存在するのか、という点である。
戦闘領域は「巨大な高層ビルが立ち並ぶ、無人のオフィス街」。
対戦相手以外の人間が存在しないことは、半ば無理やり理解させられた。
だが。それでも、ヤマノコは己が目で確かめたかった。

「……やっぱり、だれもいないね」

たくさんの灯りの下には、皆それぞれの生活があって。
灯り一つ一つに、誰かの願いがある。
おぼろ気だが芯のある光は、まるで、叶えたい願いごとのように思えた。
だから、確かめてみたかった。
自分には叶えたい願いなんてないから。
他の人が願うものを見てみたかったから。
そんな思いも露虚しく。
ヤマノコの行為は既に知りえた情報を確証づけるに過ぎなかった。

「……えっ?」

ヤマノコの小さな手と、ヘヴィ・アイアンの筋張った手。
繋いでいた手を、僅かながらも強く握られ、ヤマノコは思わず声を上げた。

「ヨー・プリティ・リル・ガール」

相も変わらぬ陽気な笑顔で微笑みかけるヘヴィ・アイアン。
ヤマノコの掌が、ヤマノコの心が、暖かいもので包まれる。
「安心しな」「大丈夫だ」
握られた手から伝わってくる言葉。
あの丘で聞いた、軽やかな音色。
あの丘で聞いた、大切なおまじない。
その言葉はヤマノコを強くした。

「……いこう?」

強く握り返し、視線を宙に投げる。
視線が射抜くは、闇を飲み込み、悠然と立ち尽くす鉄と光の世界。
それは、この領域で最も標高の高いビル。

少女と大男。
守られる者と守る者。
ネオンによって映し出された二つの影は、今再び闇夜に溶けていく。


◆◆◆◆

私、菱川結希は、ビルの屋上から街下を見下ろしていた。
眼下には無数のネオンが照らし出され。
上空には今にも落ちてきそうな夜空だけがあった。
恐らく、ここがこの戦闘領域で最も高いビルなのであろう。
そこが私の出現位置だったのは幸か不幸か、未だ知る由も無い。
高さにして700、いや、800mはあるだろうか。
少なくとも、文乃と一緒に昇ったスカイツリーよりも高いであろうことは容易に想像できた。

「はぁ~っ……」

思わず漏れ出た溜息を抑えようともせず、私はそこから動けずにいた。
キャンドルライトのように淡く広がったネオンの光は、いつか消える時が来るのだろうか。
くっきりと彩られた光もいつかその輝きを失くし、闇に飲み込まれる。
まるで、私の記憶のようだと悲哀する。

――――アムネジアエンジン。
記憶と引き換えに瞬間的に身体能力を強化する、私の能力。
ギアを上げるほど、身体能力は向上する。
単純だが弱い能力では無いと考えていた。
だというのに。

「はぁ~っ……」

再び深い溜息が漏れる。
だというのに、私と同系統の身体強化能力者が、他にもあと2人いる。
これでは、必然的にシンプルな真っ向勝負になる、
言い換えれば、削り合いによる長期戦となることは想像に容易い。
その考察が、私の能力制約が、この戦いのルールが。
憂鬱という名で私に重く圧し掛かってきていた。

長期戦になるということは、それだけ能力の使用回数が増えるということだ。
能力の使用回数が増えれば、その分だけ私の記憶はくべられる。
そして、この戦闘のルールでは”肉体の負傷”は全て回復されるが、
消えた記憶は肉体の損傷に含まれるのか、という疑問がある。
私の考えでは、答えはNoだ。
記憶の損傷は、肉体に何らダメージを帯びていないのだから。

私の導いた三段論法が、否が応にも溜息を漏らさせる。
この場に文乃が居れば、「よく気づきましたねー。結希ちゃんは聡明ですねー」だなんて褒めてくれるだろうか。
有り得もしない自分の妄想に辟易する。

「はぁ~っ……えっ……?」

三度目の溜息が漏れると同時、言いようも無い圧力を感じた。

ここは、私達以外は無人の空間。
つまり。

「……敵!」

ガチリ、とスイッチを切り替える。

空気が淀む。
段々と近づいてくる圧力は、体の内側から内臓を弄られているかのようだ。
戦いの始まりを予感した私の胸は、私の意思とは無関係に脈動する。

ガチャッ

ここ、屋上へと続く扉が勢い良く開かれる。

そこから飛び出してきた男は、私が予想だにしない言葉を発した。

「た……たすけてくれらぁーーーー!」
「……えっ?」

何かから必死に逃げ惑う男。
恐らく噴流煙であろう、の様子から、私の警鐘は全力で鳴り響いた。
違う!
圧力の正体はこの男ではない!
噴流煙も私と同じ……圧力にあてられ逃げてきたのだ!

「~~~~っ!?」

背骨に氷柱を刺し込まれたかと誤認するような悪寒を感じ、振り向かされた。

そこには。

動物の毛皮に身を包み、丸太のような太ももが印象的な2m近い巨漢の女の子が聳え立っていた。

「グハハハハ!屋上まで誘い出すだなんて……オヌシ、見かけによらずロマンチストじゃあ!のう?」

間違いない。
この女性こそ、白鳥沢ガバ子。
人呼んで――――。

――――人類の到達点。

◆◆◆◆

その重量感。
その威圧感。
戦車に砲塔を突きつけられた時も、きっとこのように感じるのだろう。
私は、額から染み出す汗を拭うことすら忘れていた。

のそり、のそり。
獲物を狙う肉食獣のように、ゆっくりと距離を詰めてくる白鳥沢ガバ子の姿を、ただ見ているだけしか出来なかった。

「ん?……ヌシ。菱川結希じゃな?」

「えっ……?あっ、はい」

思わず素っ頓狂な返事を返してしまうと。
白鳥沢ガバ子は、まるで山賊の酒宴を想起させるかのような、大きな笑い声をあげた。

「グッハッハッハ!そうか!ワシはとことん”ユキ”という名に縁がある。のう?」

白鳥沢ガバ子から感じる圧力は相も変わらずだが。
悪い人では無いのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎった。

「そっちに居るのが噴流煙じゃな?残るは1人……いや、1組か。ガハハハハ」

どっこいしょ。空耳が聞こえた気がした。
そのまま、白鳥沢ガバ子はその場に腰を下ろす。
どうやら。
どうやら、即座に戦闘を開始するつもりでは無いらしいが。
この人は、本当に戦う気があるのだろうか。
そんな考えすら浮かんでくる。
釣られて私も腰を下ろそうとした、その瞬間。
白鳥沢ガバ子に押し倒された。

「危ないところじゃった。のう?」

先ほど私が居た位置には、黒ずんだヘドロ状の物体が蠢いている。
私は直感した。
これは。

「チッ!」

苦虫を噛み潰した顔で私達を見据えている、噴流煙の魔人能力だ。
キセルから煙を吸い上げ、再び宙を舞うヘドロ。
山賊染みたステップで回避しながら、白鳥沢ガバ子は私に告げてきた。

「むぅん。ならばここはワシが相手をしちゃろう」
「手出し無用じゃ。男女問題は常に1対1じゃあ!」

その申し出は正直、有り難かった。
噴流煙からしても、身体強化系能力者2人を一度に相手取るのは得策では無いだろう。
夢の戦い。
初戦。
噴流煙VS白鳥沢ガバ子。

◆◆◆◆

風が強く吹いていた。
うねりながら、地面からせり上がって来るビル風。
風は、気ままにその形を変える。
そして。
噴流煙の吐き出すヘドロもまた、風に煽られ躍動する。
予測不可能。変幻自在。
不規則に乱舞するヘドロが白鳥沢ガバ子を襲う。

「ぬうぅぅんっ!!」

雄叫びと同時に踏み抜かれるタイル。
畳返し、否、タイル返しとでも言うべきか。
直立に跳ね上げられたタイルは、その身を以って白鳥沢ガバ子を守る。

見れば、白鳥沢ガバ子の身体は、先ほどよりも一回り大きくなっているようだ。
息も荒々しく、太ももは牛の2,3頭をまとめて蹴り殺せるとすら思わせられる。
白鳥沢ガバ子の能力。コンカツ。
その特性は、ドキドキを力に変える。
噴流煙にとっての不運は、この場所で戦闘を行ってしまったことであろう。
「吊り橋効果」
恐怖心を恋のドキドキと錯覚させるそれは、この地上700、800mの高所では、否応なく効果を発揮する。

「グハハハハ!」

タイルを踏み抜きながら接敵する白鳥沢ガバ子の拳が、噴流煙を捉える。
噴流煙は、己の武器であるキセルごと腕をへし折られ、柵まで吹き飛ばされた。

噴流煙にとっての不運が、この場所で戦いを挑んでしまったことであるならば。
白鳥沢ガバ子の不運は、噴流煙のキセルを折ってしまったこと。
煙草の吸えなくなった噴流煙は、思いもよらぬ行動を取る。
禁 断 症 状 

ゆっくりと近づいていく白鳥沢ガバ子。
噴流煙は、朦朧とした目で体勢を入れ替え、ガバ子を追い込むように柵に手をつく。
私は、この体勢を知っている。
壁ドン。
かつて文乃に冗談半分にやられたそれを思い返すと、
不思議と頬に熱が篭るのを感じた。
壁ドンの威力を、私は身を以って知っている。
これは、本能に訴えかける技だ。
女性であれば例外無く、この技から逃れる術は持たない。
かつて私がやられたそれは、女性同士によるものだ。
にもかかわらず、身体は熱を帯び、思考回路は停止した。
胸がドキドキするとは、あのような状態を言うのだろう。
もしも――――。
――――もしもこれが、年頃の男女同士であれば。
――――もしもこれを受けるのが、恋する乙女であれば。
その威力、筆舌に尽くし難い。

多分に漏れず、白鳥沢ガバ子はその動きを停止した。
先ほどまでの、全てを飲み込む濁流は。
油の切れたぜんまいロボのように、鈍音を漏らしながら動きを止めた。
思考回路はショート寸前であろうことは、傍から見ている私の目からも明らかであった。
そして。
あろうことか、噴流煙は。
そのまま――――。


――――白鳥沢ガバ子の唇を奪った。


「ガバァッ!?」
それが噴流煙の攻撃だと気づいたのは。
白鳥沢ガバ子の口から漏れ出る黒ずくんだヘドロ状の物体が見えたからだ。
これが、噴流煙の奥の手。隠し持った刃。
口内を通じた直接投与。ゼロ距離からの射出。

だらり、と下げられた白鳥沢ガバ子の腕が、不規則に脈動している。
噴流煙は、なおもその唇を離さず、死にも等しい接吻を与え続ける。
白鳥沢ガバ子と言えど、ここから逃れられる技など皆無であろう。

…………技、という言葉を用いたのには理由がある。
もはや、あれは――――
――――技ではない。

白鳥沢ガバ子の肉体が、赤く、どす黒く変色していく。
白鳥沢ガバ子の能力。コンカツ。
その特性は、ドキドキを力に変える。
そして、その効果は、幾重にも累積される!

吊り橋効果によるドキドキ。
唇を奪われたことによるドキドキ。
毒素による発熱、そして動悸。

積み重ねられたドキドキは、ガバ子の身体を何倍にも膨れ上がらせた。
そして。

「ぬううんっっっっ!!」

噴流煙を抱きしめ、そのまま脊椎を破壊する。
毒素ではなく血を吐いた噴流煙もろとも。

そのまま、2人は街下へと落ちていった。


「ガっ、ガバ子さん!」

私の伸ばした手は、白鳥沢ガバ子の手をするりと抜け。
落ちていく2人を、ただ見つめていることしか出来なかった。
そして。
ビルの壁を駆け上がってくる、もう1組の2人を眺めることしか出来なかった。

◆◆◆◆

ビルの外壁を駆け上ってきた2人。
ヤマノコと、ヘヴィ・アイアン。
挨拶代わりとでも言わんばかりの蹴撃に、私の身体は容易く吹き飛ばされた。
まるで、2トン
トラックに跳ねられたかのような衝撃。
鋭く走った鈍痛が、ゆっくりと悲鳴を上げ始める。
口の中一杯に広がる鉄錆の味を無理やり噛み締めさせられ、這いつくばることしか出来なかった。

「ヨー・プリティ・ガール。ダンスはここからだぜ?」

狙撃銃の如き威力と精密性は、的確に私の急所を打ち据える。
アムネジア・エンジンはすでに使っている。
否、使わされている。
消え行く記憶の中で、先ほど私が感じていた懸念が。
記憶の消去は回復しないのではないかという懸念が消え去ったのは、幸か、それとも不幸か。
アムネジアエンジンのギアを2速、3速と上げていくが、
それでもヘヴィ・アイアンの猛攻を御するには至らない。

「ぐっ……ゲ、フッ……」

猛攻という雨が止んだのは、私の腹部からヘヴィ・アイアンの拳が引き抜かれたからだ。
足が震え、膝を折る。
視界もぼやけ、ヘヴィ・アイアンの声だけがやけにはっきりと聞こえ始めた。

「ヨー・プリティ・リル・ガール。言っただろ?”安心しな””大丈夫だ”ってな」

隅で座っているヤマノコにかけるその言葉は、慈愛に満ちていた。

跪(ひざまず)いたまま、私はその光景を見ていた。
痛い。何でこんなことしてるんだっけ。
痛い。何で戦わなくちゃいけないんだっけ。
痛い。何で。
何で、帰らなくちゃいけないんだっけ。

____私は、今でも思い出す。
____1年前
____全てが終わり、始まった
____あの瞬間を。

そうだ。
そうだったんだ。
あの時も、私は同じように跪いていたんだ。
そんな時。
文乃が差し伸べてくれた手が。
文乃が差し伸べてくれた景色が。
文乃が差し伸べてくれたその日から、白黒(モノクロ)の世界が色づき始めたんだ。

身体は立ち上がれる。
立ち上がる方法は知っている。
でも。
立ち上がれる私にしてくれたのは、文乃だ。

「文……乃……」

だから、私は立ち上がる。
立ち上がれる。

「ありがとう……」

何で帰りたいかだって?決まっている。
私にとって大事なものは、文乃との約束以外ない。
私にとって守りたいものは、文乃との約束以外ない。
私にとってのイチバンは――――

――――文乃以外に、いるはずもない!

記憶の”重要度”が書き換わる。
アムネジアエンジンは、大事な記憶から順に消えていく。
ならば、私にとって大事な記憶とは、文乃との思い出に他ならない。

差し伸べてくれたその手があったから、私は強くなれた。
差し伸べてくれたその思い出が!私に力をくれた!

「アムネジアエンジン――――」
かつて私に力をくれた言葉を。記憶を。思い出を。

「――――オーバードライブ」
今再び、力に変えて!

◆◆◆◆

パンッ。
乾いた音が、私の後を追いてくる。
それが、空気の壁を破る音、音速を超えた際に生じる衝撃波(ソニックブーム)だとは気づくことが出来なかった。
だって。
私には、その乾いた音は、シャボン玉の割れる音に聞こえたから。
キラキラと煌くシャボン玉が。
キラキラと煌いた思い出が、まるでシャボン玉のように弾けたと思えたから。

「速く……! もっと、疾く……!」

ヘヴィ・アイアンが狙撃銃であるならば、私は散弾と形容するのが相応しい。
狙いなどなく。
ただ、ただひたすらに、一撃でも多く撃つ。

「ハッハーッ!楽しくなってきたぜプリティ・ガール!」

血飛沫が舞い、打撲音が木霊する。
文字通りの血の雨が、最も空に近い場所で降っている。

「ああああああっ!!」

足刀でヘヴィ・アイアンを弾き飛ばし、距離をとる。
僅かばかり、ヘヴィ・アイアンが笑った気がした。

……恐らく、ヘヴィ・アイアンも気づいている。
否、戦っている私達しか気づけないだろう。
この勝負、不利なのは私の方だ。

ヘヴィ・アイアンと私の能力。
出力は恐らく互角。
ならば、明暗を分けるのは。
素体の強さに委ねられる。
過去、数々の伝説を作った偉大なる人物と、一介の女子大生。
どちらの肉体が優れているかなど、火を見るよりも明らかであろう。

だから。

「…………一撃に賭けるってかい?」

その通りだ。
このままじり貧であるならば、一撃に全てを賭ける。

文乃。
どうか私に。
――――力を!

◆◆◆◆

ヘヴィ・アイアンは思い出していた。
愚直に向かっていった男のことを。
既に負けると分かって駆ける一人の男の思いを。
死ぬと分かって前へ進むと決めた男に対して、同じ志を持った男の思いを。

愚直に向かってくる菱川結希に、あの時の自分を重ねてしまった。

だから。
その迷いがヘヴィ・アイアンを鈍らせた――――
――――刹那にも満たない戸惑いによって。

◆◆◆◆

「安心しな」「大丈夫だ」
その言葉は、ヤマノコを強くさせた。
そして。
「安心しな」「大丈夫だ」
その言葉は、ヤマノコを弱くさせた。

ヤマノコは気づけなかった。
否、戦っている2人しか気づけないだろう。
どちらが優勢かなど。

だから。
傷つき血を流すヘヴィ・アイアンの姿を見て、仕方無いだなどと思えなかった。
おきることがおきているだけ だなんて、思えるわけが無かった。
だから。

ヤマノコは願ってしまった。

「ヘヴィ・アイアンを…………まもって!」


◆◆◆◆

私の拳は、あっけなくヘヴィ・アイアンの眉間を打ち抜いた。
紙飛行機のように吹き飛ぶヘヴィ・アイアン。
だが。
その身体には、傷一つ無く。
その身体からは、先ほどまでの闘気が嘘のように消え去っていた。

「「えっ?」」

ヤマノコと私の声が反響する。
同時に、私は気づいた。

ヤマノコは、願いを使ったのだ。
内容は恐らく、ヘヴィ・アイアンを守るというもの。
でなければ、私の渾身の一撃で無傷だなどと考えられない。
しかし、その願いこそが勝敗を決定づけた。
ヘヴィ・アイアンの能力は、”守るもの”のために強くなるというもの。
ヤマノコが願ったその瞬間。
2人の関係は逆転したのだ。
”守られる者”であるヤマノコが、”守る者”であるヘヴィ・アイアンを守った。
ヤマノコは、”守られる者”では無くなってしまったのだ。

「あ……あ……」

ヤマノコも気づいたのであろう。
最善と思われる願いが、ヘヴィ・アイアンにとって最悪の結果を招いてしまったことに。

ヘヴィ・アイアンも察したのか。
何も言葉を発しない。
ヤマノコは、今にも泣きそうな顔をしている。

「後は……」

後は、ヤマノコを倒せば私の勝利でこの戦いは終わる。
しかし。
しかし、私にヤマノコを攻撃することなど出来るだろうか。
失敗し、絶望し、泣きそうになっているヤマノコに。
私は、かつての自分を重ねてしまった。
そんなヤマノコを攻撃して手にした勝利で……文乃に胸を張って会うことが出来るだろうか。

「……良いんじゃよ。ヌシはそのままのヌシで良い」

私を現実に引き戻してくれたのは、

「ガバ子……さん!?」

恋する乙女の一言であった。


◆◆◆◆

噴流煙を背負ったまま、白鳥沢ガバ子は外壁をよじ登って来た。

「グハハハハ! 地面に落下する直前、そりゃもうドキドキしたわい!」

そう、極限までドキドキした乙女の胸は、落下の衝撃すらにも打ち勝ってみせたのだ。

「ガバ子さん……そのままで良いって……」
先ほど投げかけられた言葉を問いただす。

「そのままの意味じゃよ。ヌシは優しいヌシのままで良い」
でも……それじゃ、いつまでも勝負が……

「のう。ヌシ、この夢の戦いについて、不思議に思わんか?」

言葉に詰まる私にかまわず、ガバ子は続ける。

「身体強化能力者が3人。そして、紛れを起こせる即死級の能力者が1人。どう考えても出来すぎたマッチングじゃあ」
「まるで……面白い戦いになるように仕掛けられたマッチング。そうは思わんか?」
「そう考えると……今度はおかしな事に気づくのう。面白い戦いになるよう仕掛けたマッチングなのに、場外負けがあるとはどういうことじゃ?面白い戦いなら、最後の1人になるまで闘わせるべきじゃろう」
「なんでじゃあ!?なんでじゃあ!?知りたい知りたーい!のう!?」
「……だから、ワシはこう考えた」
「戦闘可能領域。それは、場外負けのルールのためにあるわけではない」
「そこから先に進んで欲しくない。その領域までしか、この空間を作成出来んかったとな」

「……っ!」


「この空間を作ったのが誰かはわからんが」
「こんな巨大な空間、無尽蔵で作りきれるわけないからのう」
「この摩天楼群は、1km四方までしか作れなかったと考えちょる」

確かに、確かにガバ子の推理は一理ある。
マッチングの不自然さについては、私も思いついてはいた。

「のう。ヌシ。オムライスは好きか?」
「えっ?」
「オムライスは好きか?と聞いておる」

ふるふる、と首を横に振る。
文乃はオムライスを好物としているが、私は卵アレルギーなのだ。

「ククク。やはりヌシとは気が合いそうじゃ」

「ひよこになる前に食べられる卵が可愛そうじゃ。だから、ワシがひよこだったら」
「食べられる前に、殻をぶち破りたいと思うちょる」
「……この空間も壊せる。そういう事ですか?」
「察しが良いのお、ヌシ。GP(ガバ子・ポイント)1点じゃ」
「この空間を破壊できれば――――」
「――――全員、元の世界に戻れる。のう?」

最初は、この人は本当に戦う気があるのか疑った。
この人は、最初から戦う気なんてなかったんだ。
最初から、全員で脱出することを考えていたんだ。
この人には……敵わないなあ。

「どうじゃ?乗るか?」
ゆっくりと首を縦に振る。
話を聞いていたヤマノコ、ヘヴィ・アイアン、噴流煙も後につづく。

「でも……空間を壊すっていっても……壊す前に場外負けになっちゃうんじゃ……」
ふと沸いた疑問に対しても、ガバ子の回答は準備されていた。

「なら、場外負けにならないようにぶち壊せばええ」

そう言うと、ガバ子は上空を指で示した。

「空中には流石に、立ち入り禁止の看板もなかろう。のう?」

やっぱりこの人には敵わない。
そう思った矢先、ガバ子は屈伸運動を始めた。
このまま、空中へ跳び上がり、空間を破壊するつもりだ。

「それじゃ、一仕事してくるかのう」

白鳥沢ガバ子の能力。コンカツ。
その特性は、ドキドキを力に変える。
そして、その効果は、幾重にも累積される。

吊り橋効果によるドキドキ。
唇を奪われたことによるドキドキ。
毒素による発熱、そして動悸。
そして――――。

「グハハハ! しかし、こんなことをするやつは何者なんじゃろうなあ!」
「まるで神じゃ! 出来ることなら、一度拝んでみたいのう」
「ククっ。ワシ、なんだか……」


「ドキドキしてきたわ」


それは果たして恋心か。
神に対する想いを胸に秘め。
膨れ上がった肉体をバネに、ガバ子が宙を駆け上っていく。


夜空に光が灯り、視界が真っ白になる。
いつの間にか、私の足場は消えていて。
落ちていく、落ちていく、苦しみながら、もがきながら、伸ばした手は空を切る。
終わりを告げる時計の音を聞きながら、私は、奈落の底へと落とされた。

――もがきながら、苦しみながら、私はどんどん落ちていく。
――それにしてもおかしい、もう随分と長い間落ちている気がする。
――ああ、息が苦しい。呼吸ができない。これはまるで……鼻を……つままれているような……?

「ふがっ!」
 息苦しさで目を覚ますと、視界いっぱいに誰かの手が見えた。 
「起きてください、ねぼすけさん」 
「あ……文乃……」
「はい、文乃ですよー。よくわかりましたねー。それじゃあ聡明な結希ちゃんはなんで鼻を引っ張られてるかわかるかな~?」
ちらり、と時計を見やる。
試験の時間には……遅れていない。
ちゃんと帰ってこれた。
しかし、となると、鼻を摘まれている理由はさっぱり分からない。
大方、忘れてしまったのだろう。
今はただ、文乃に会えたことが嬉しくて仕方無い。
だから、私は文乃にこう伝えるんだ。

「文乃……ありがとう……」


◆◆◆◆

噴流 煙。
ヤマノコ(&神代の旗手 ヘヴィ・アイアン)。
菱川 結希。
そして、白鳥沢 ガバ子。

彼らの、彼女らの夢の戦いはクリアされた。
だが。
今までの戦いは序章にすぎず。
これから始まる戦いの前哨戦に過ぎなかった。

「グハハハハ! 神はまだこのゲームを続けるつもりか」
「ククっ。ワシ、なんだか……」


「ドキドキしてきたわ」


――――合コン。
――――それは、見知らぬ男女同士による、絆を深め合う集い。

~~ダンゲロスSSドリームマッチ 了~~


――――ダンゲロスSSドリームマッチSet2へ続く