茂木デュ一郎プロローグその1


茂木と噂の眠り病

 希望崎学園の保健室は毎日の暴力沙汰に加えて原因不明の意識不明者によってベッドが占領されていた。これを見かねたおじちゃん校医は、「助かる見込みがないのなら1%の望みをかけて」という大義名分のもと、脳科学者でもある科学教師・茂木デュ一郎の学園ラボへ、意識不明者4名を搬送した。
 茂木のラボは、世界に三つとない最先端の機器がずらりと揃っている。それらを使い脳波を観察しつつ先端が鋭くとがった針を被験者に刺すなどして反応をみる検査が、一晩中続いた。
 翌日、校医がラボを訪れる。
 茂木は、不眠で反応観察をした疲れなど、みじんもない明朗な口ぶりで研究結果を話す。
「噂の眠り病…どうやら実在したようですね。普通の睡眠と違って、いくら刺激を与えても起きません。そしてどうやら、ただ眠っているだけではなく脳はずうっと夢を見続けているようです」
 茂木の白衣はべたべたに赤く染まっており、4つのベッドに置かれた生徒のうち2つは、すでに人の形をしていなかった。他2つは眉から上がなかった。そして肉という肉に針が刺さっていた。
 目を見張りベッドを凝視する校医に、茂木は笑顔で言う。
「大丈夫。4人ともちゃんと生きてますよ」
 茂木はラッセンの絵の下に置かれた4つの水槽を指す。水槽には紛れもなく脳そのものが浮かんでおり、コードのついた吸盤が数カ所に貼られ、コーティングされた銀の計器が貼られていた。
「右三つは苦しい悪夢、左の女の子のプリティーな脳は楽しい夢を見ているようです。だから、ほら」
 各々の水槽のそばに花瓶が置かれており、左端のチューリップだけが咲いていた。
「きれいな脳には、きれいな赤い花が咲いているでしょう」
「おえおえおえ」
 校医がゲロを吐き出した。出して出して出し切った。水槽から目をそらすことはできなかった。意識のない生徒を茂木へと送り出した浅慮を恥じた。
「おやおや」
 茂木はチューリップを花瓶から抜いて、校医の胸ポケットに差した。
「これで気を紛らわせてください」
 にこっと笑う茂木。校医は、自らの罪を象徴するかのような青いチューリップの花を、まじまじと見た。
 …青?
 確か、さっきは。チューリップの花は赤だったはず…。
「アハッ!」
 校医は、チューリップの色の変化に気付いてしまった。電気が走ったように背筋をピンと伸ばした。ピンとのびた頸に、
「ナイス・アハ体験!」
 茂木は手刀を食らわせる。
 魔人の一撃。
 校医の首はぽーんと飛び、ナイスキャッチ。親指の爪をこめかみに刺し、ぐるりと一周。シャンプーハットの形に、血が漏れる。茂木の爪は剥げ、血が流れているが、痛みを感じなかった。
 爪をたて頭肉をめくり、露わになった頭蓋骨に拳骨。「アハァ!」大きな骨のかけらを取り除き、こだわりのたまり醤油をかけて脳みそを手掴み。食べはじめる。
「脳にいいことだけをやりなさい!」
 狂的な同物同治(食べた部位と同じ部位が健康になる、という思想)。
 血でぬめる指でスマートフォンを操作し、動画を自撮りする。何万人のフォロワーに向かって、語る。
「根拠のない自信を持て」
 校医の頭を傾け、啜る。
「それを裏付ける努力をしろ! アハッ!」
 茂木の笑顔。最高にキマッていた。
最終更新:2016年01月25日 19:37