草凪 悠真プロローグ
「グハーッハハハハハハ!」
渡り廊下に、哄笑が響き渡る。
声の主は《天魔雷霆》絶轟田爆也。
学園を襲撃し、教師・生徒たちを人質にとる、ウルトラ凶悪テロリストたちの親玉である!
「キサマのごとき低ランク能力者が、この俺様に立ち向かうだと?
笑わせてくれる。神の雷にて消え去るがいい!」
「ハッ――」
かすかに笑うは、草凪悠真。
飄々とした顔には、どこか悲しげな笑みが浮かんでいる。
「確かに俺はEランクの、最低最弱の能力者だ。
でもな――俺はアンタを助けたい。その想いは本物だぜ」
「助けるだと!? この俺様を!?」
《天魔雷霆》絶轟田爆也は、両手から稲妻をバチバチと放出しながら驚愕する。
沈黙が一秒。
そして、また《天魔雷霆》絶轟田爆也の哄笑が、先程よりも大きく響き渡った。
「なぜ新たなる世界の支配者であるこの俺様が、
お前ごときに哀れみを受ける必要がある!」
「俺には聞こえるぞ? あんたのココロが」
草凪悠真は、自分の胸を親指で示す。
「痛い、苦しいって――泣いているぜ!
いま、あんたを解放してやる。おれは、あんたを――救いたい!」
「人間のお前が、神であるこの俺様を救うだと?
いいだろう。やってみせるがいい」
《天魔雷霆》絶轟田爆也は、両手を天にかかげる。
稲妻が激しく飛び散り、渡り廊下を眩く照らす。
「この、俺様の殺人稲妻攻撃を受けてなお!
そのような戯言が言えるかな!?」
《天魔雷霆》絶轟田爆也が掲げる両手の間に、一本の鉄パイプがあった。
そこに稲妻が走り、みるみるうちに赤熱していく。
「キサマに能力が通じぬのは知っているぞ、草凪悠真。
だが、これはどうかな?」
にやり、と笑う《天魔雷霆》絶轟田爆也。
その笑顔、邪悪! そして知性!
「電熱という現象を知っているか?」
専門用語! 能力バトル特有の豆知識の披露だ!
「俺様の稲妻を無効化できるキサマだが、
電気が生み出す熱までは無効化できまい。
ゆえに!
この鉄パイプで串刺しにされれば、すごい熱と尖った先端の両面攻撃で!
お前は物言わぬ死体となるのだ!」
なんという詳しさ! まるで生きるウィキペディアである。
「グハハハハーーーッ!」
生きるウィキペディア、《天魔雷霆》絶轟田爆也が動く。
稲妻を迸らせながら、走る。
「無効化コピー能力者か――なるほどキサマが思い上がるのもわかる。
だが! 真の神の力の前では塵芥に等しい! 死の運命を受け入れろ!」
「おいおい、俺は思い上がってなんかいないぞ?」
草凪悠真は肩をすくめる。
「ただ、最弱でも最強に勝てるってところを見せてやりたいだけなんだが?
お前さんが見下す、人間の力で――運命ってやつをぶっ飛ばしてやるよ」
「ふん! 御託を並べるなッ! 草凪悠真!
この俺様の築く新世界サンダー神聖帝国にキサマの存在は不要ッ!
脆弱なる人間は神であるこの俺様にひれ伏すのだッ!」
「ああ。そうだな、人間は脆弱な生き物かもしれない。
でもな――」
草凪悠真は片手を《天魔雷霆》絶轟田爆也に差し伸べる。
それはあたかも、相手を救済しようとする聖者の手。
――その手に、紫色の禍々しいオーラが集まっていく。
「死霊召喚って知ってるか?」
専門用語! 能力バトル特有の豆知識の披露だ!
草凪悠真の手のひらから、紫色の邪悪なオーラが放出された。
冷え切った、死と破滅の匂いを孕んだオーラだった。
一瞬のうちに、そのオーラは突進する《天魔雷霆》絶轟田爆也の体を突き抜ける。
「ウッ」
《天魔雷霆》絶轟田爆也の喉が痙攣した。
その瞬間、崩れ落ちる。
無敵のテロリスト集団の長、SSランク能力者、《天魔雷霆》絶轟田爆也が、
ただのEランク能力者である草凪悠真の足元にひれ伏したのである。
「恨みを残して死んだ霊魂は、生者に激しい恨みを持つんだ。
俺はお前さんの部下である50000人のテロリストを惨殺しながら、
その恨みのエネルギーを貯めていたのさ。
お前さんはそれに気づかなかった」
詳しい! この男は脳内にGoogle検索能力を持つとでもいうのか!?
まるで死霊博士のような詳しさ! 知的だ!
まさにこれは、《天魔雷霆》絶轟田爆也の、SSランク能力者ゆえの油断。
人間(死者)の力が、神の如きSSランク能力者を打倒したのだ。
ひとりひとりはちっぽけなクズでも、集まれば大逆転の切り札となる。
草凪悠真は、自分自身の手で運命を覆したのだ。
《天魔雷霆》絶轟田爆也は、草凪悠真の足元で痙攣した。
心臓をおさえてのたうち回る!
「ウ、ウーーーッ! 苦しい!」
「人間なんて脆いもんだ。
ちょっと死霊召喚しただけで、死んじまう――」
草凪悠真は、グッと拳を握り締める。
「でも、だからこそ人間は素晴らしいんだ。短い生を、精一杯生きる。
神様気取りのお前にはわからねえだろ!」
「ウッ――――、――グッ! ガッ!」
「人間を――舐めるな!」
草凪悠真の、怒りのかかと落としが突き刺さる。
《天魔雷霆》絶轟田爆也は頭蓋骨を破壊されて即死。
潰れた脳みそが、床に飛び散った。
――戦いは終わった。
* * *
――その3日後!
50000人を超えるテロリストを大量に殺害した犯人として指名手配され、
警察組織に追われる草凪悠真の姿があった。
草凪悠真の能力は、ピストルや警棒といった武器に対して、
まったくの無力だったのである!
「な――なんで、こんなことに――!」
結果として草凪悠真は居場所を転々とし、逃亡に逃亡を重ね、
ついにここまで追い詰められていた。
下水道の片隅で、膝を抱えて震える草凪悠真は、憔悴しきっていた。
「く、くそが……! こんなことが許されていいのか?
お、俺はランクE(エラー)の最弱能力者だぞ?
いつも飄々としているが、芯の一本通ったところもあるんだぞ……!」
震える歯が、ガチガチと音を立てる。
真冬の冷気が、みるみるうちに草凪悠真の体力を奪っていく。
「普段は冴えないし、頼まれごとは断れないっ……!
約束を破らない誓いも立てているのにっ……!
ううう……幼き日の少女との誓い……うう……悲しみの過去……ううう……!」
草凪悠真はついに頭を抱えた。
「なんでこんなことになっちまったんだよ。
これが俺の運命なのか……?」
一瞬の諦念が、草凪の脳裏をよぎった。
「俺みたいなやつは……もう、この世界に、必要とされていない……?」
指が震える。
心臓が止まりそうなほど冷たく感じる。
それでも。
「だめだ」
草凪悠真は、大きく深呼吸をする。
汚れた下水道の空気を吸い込み、また吐き出す。
「俺が諦めちゃいけない」
草凪悠真は前を向いた。
汚れた下水道の暗闇。
「運命が、世界が、神様が、何もかもが、俺みたいなやつを必要としていなくても……」
震えが止まる。
心臓が熱い。
たとえそれが錯覚にしても、そうでなくても、草凪悠真にとっては真実だった。
「俺は諦めない」
それだけは確かな、たったひとつの意志。
「見せてやるぜ……たとえ神様! あんたが相手だって!
俺は、俺のやり方で、運命をひっくり返してやる!」
――読者という”絶対神”に挑む少年、草凪悠真は、こうして立ち上がった。