口舌院語録プロローグ


どっかのお偉いさんが、悪夢を見やすい六つの条件というのを調べたらしい。
それによれば、ストレス、病気、ドラッグ(この三つはまぁ分かる)、辛い食べ物、脂っこい食べ物、そしてアルコール。
つまり、俺が日頃の仕事のストレス発散の為にと、奮発していたステーキ、ケイジャンライス、テキーラのセットは悪夢を誘引する条件に丸っと被っていた訳だ。
道理で最近夢見が悪いと思っていたんだ、この間も逃げられたカミさんに撃たれた……

 「……おい、お前一体何なんだよ!」

  俺の足元でボロ雑巾が喋った、いや、元雑巾で現ボロ雑巾の方が正確か?
「おいおい、お前さん本気で言ってんのか、自分のやらかした事の心当たりぐらい分かるだろうに」
ボロ雑巾は、雑巾らしく顔をくしゃっと歪めながらもがく。
「お、お前、あれか……本家の人間か、お、俺を殺しに来たのか」
半分当たりといったところか、まぁ教えてやる義理は無いが。

 「さて、御託はいいから物を寄越せ。もう観念はついただろう」
雑巾の顔色がさっと変わる、自分の運命を悟ったような顔だ。
「な、なぁ、あんた、雇われかい!そうだろう!頼むよ、物は渡す、だから見逃してくれよう」
それはそれは必死な顔をして懇願してくる、自分の命の瀬戸際がよく分かってる奴だ。
ばちばちと音を立てて漏電した街灯が火花を吹く。
深夜、それも倉庫街ともなれば人気はなくて当然、その辺りも分かっているんだろう。

 俺は、とりあえずこいつの処遇を考えながら、間違いを訂正する事にしておいた。
「一つ間違ってる、俺は雇われだが外部の者じゃない。お前さんと同じ苗字だよ」
それだけで察した様で、ボロ雑巾は最後の力を振り絞って抵抗を試みる。

 「まぁ、落ち着け、俺は殺し屋じゃない。」

 その言葉を聞いてホッとした様な逆に訝しむ様な顔を浮かべる。
俺は握手をする様に右手を前に差し出す。
さらに疑問符を浮かべるボロ雑巾。



 「俺は口舌院語録、探偵だ。そう簡単に、探偵が人殺したりするかよ」



 俺の右手がいつの間にか黄金色の何かを握りしめていた事を、こいつは気づいたであろうか。


 「『だから殺す』」


 パスン……と乾いた発砲音が響いた。


プロローグ: 口舌院語録の探偵鑑定


……なお、この昏睡事件は広がりを見せる一方であり事件の収束はまだ当分……
テレビを横目に見つつ、俺はソファーの上で体勢を崩した。

 そもそも事の発端は2日前に遡る。俺は仕事もせずに(この表現は正確ではない、正確には行うべき仕事自体が無かったのだ)事務所でごろごろとしていた。

 「ほうじょうちゃん、暇なんだけどー」
「依頼もなんもないんだから当然です、あと北条(きたじょう)です」

 毎度毎度のやり取りを笑って流してくれるのは、この探偵事務所唯一の社員の北条ちゃん。
こんな寂れた事務所には勿体無い有能な事務員だ、きっちりとしたスーツに度なしの眼鏡(所長権限で掛けさせた)
紅いルージュが似合ういい女だ。

 「まぁ、事件が無いのは良いことだよね、北条ちゃん」
「北条です、まぁそうですけど……何で、ここの探偵事務所って依頼来るんですか」
「おい、ストレートに酷いな北条ちゃん!、所長の腕前に決まってるじゃないか」
「いや、まぁ、……そうなんでしょうけど。こんな分かり辛い場所にあって看板も無いのに」

 まぁ、全くもって言う通り。
人通りの多いメインストリートの裏通りの裏という立地条件、看板なし、宣伝なし
まさに知る人ぞ知る、通の探偵事務所の趣だ。

 「こういうこと言うとなんですけど、すぐそこに『あの』ハッピーリサーチの本部があるんですよ」

 ……嫌な名前が出てきたな。

 「所長知ってます?、あそこ最新型の人工探偵いるらしいですよ。魔人探偵率も高いらしいですしぃ。」
「……うちなんか、魔人探偵率100%ですよ?」
「そう言われれば、そうなんですけど。だって所長の能力ショボいじゃないですか。」

 ハッピーリサーチというのは、ここの近くに本部を構える探偵事務所だ。
業界最大手……らしく……凄く有名で有能……らしい。
確かにテレビCMなどもよく見る。

 俺は寝っ転がっていたソファーから立ち上がると、体を奇妙に逸らして手を伸ばす。
メギャンという音が鳴りそうな雰囲気で、俺の掌中に黄金の拳銃が出現する。

 「『「銃は剣よりも強し」 ンッン~名言だなこれは』」
「はいはい、おもちゃの拳銃出す能力自慢しないで下さい。」
「北条ちゃん、冷たくない!?、確かに実弾撃てないけどさ!」

 俺は文句を言いつつ銃を消し、またソファーに沈み込む。

 「北条ちゃん、コーヒー」
はいはい、分かりましたと給湯室に向かう、北条ちゃん。
彼女が淹れるコーヒーやお茶は大したもので、これだけでも彼女を採用した俺を褒めてやりたい。

 「はい、どうぞ」
少し経ってブラックコーヒーが俺の眼の前に置かれる。
熱々の黒い液体を少し口に入れ、熱と苦味と香りを楽しんだ後、呑み下す。

 「『コーヒーは嫌いだから紅茶にしてくれた方がよかった……』」
「それ、言いたいだけでしょう。サンドイッチは持ってきてませんよ」
「流石、北条ちゃん分かってるぅ!」
「北条です、……全く」

 苦笑いしながらも意図を汲み取ってくれる北条ちゃん。

 「ねぇ、北条ちゃんさぁ、もしかしてハッピーで働きたいの?」
「へぇっ!?いきなり何です?」
「だって、北条ちゃんさー、度々うちとハッピー比較してない。」
「そ、そんな事ないですよ。」
「『嘘だッ!!!』」
「別に転職とか考えてないですよー」
「いやいや、別にいーんだよ、何ならハッピーに知り合い位いるし紹介してあげようか」
「もう、所長、冗談言わないで……あらっ」

 PCデスクから立ち上がろうとした北条ちゃんは、何かに気づき座り直す。

 「所長、すみません、メールが来てました。」
慌てる事の程でもないとお思いだろうが、結構珍しい事なのだ。
そもそもうちの事務所のアドレスを知ってる人間は殆どいない、電話番号も同じくだ。

 「一通は警視庁の浅見さんです。この間の事件で弟がお世話になったと……」
「ああ、浅見さんね、こちらこそって送り返し……って一件……は?」
「はい、えーっと、もう一件は知らないアドレスから来てますね。……所長のお友達ですかね?」

 ……『猛烈に嫌な予感がするのう』

 「えっと、そのまま読み上げますね『語録さん、元気してる、久々に飲みに行こう、
 例の店で待ってる。僕は口内炎が酷くてしんどいです。』、以上ですが……」
「『HOLY SHIT』」
嫌な予感が当たった、しかも最大級に嫌な奴だ。

 「所長……どうしました?」
「あー、北条ちゃん、悪いんだけど事務所閉めといて。俺はもう上がるから、それ終わったら北条ちゃんも帰っていいよ」
「はぁ……分かりました」

 北条ちゃんに後を任せ、俺は事務所を出て夜の街に繰り出す。
会いたくもない相手に会いに行くために。



「やぁ、語録さん、先に頂いてるよ!」
ニコニコと人懐っこいブン殴りたくなる笑顔の青年が、思った通り座っていた。

 ここは『家』の人間が秘密の話をする際によく利用するBARだ。
俺もよく利用させてもらっている。

 「あー、BARに来といてなんなんだが『酒は駄目なんでオレンジジュースください』」
マスターに一言そう伝え、隣に着席する。
「あれ、語録さん、お酒飲めますよね?」
「一応、仕事前だ。……例え相手がお前でもな」
「あはは、つれないなぁ」

 口舌院言語、……いや、いまは卯月言語だったか。
血族の中でも何を考えてるか読めない男だけに注意してしすぎる事はあるまい。

 「僕は先にやってますよー、あははー」
「……!、おいお前、それ俺のクリュッグじゃねーか!」
「あははははー、もう3本目ですよ」
「おい、ふざけんな……」
「良いじゃないですかー、語録さんお金持ちじゃない。だってさー……」

 「あの、ハッピーリサーチの経営者じゃないですか、儲かってるんでしょう!」
「うわー、言語『さん、引くわー』……」
こいつの、こういう的確に傷を抉ってくるスタイルは、本当に好きになれない。
「あれは部下が優秀なんだよ、俺は何もしてない」
「またまたー、さっき寄ってきましたけど皐月さん寂しがってましたよ」

 ああ、腹が立つ。なぜ、こいつは突然現れて先回りして悪意を振りまくのか。
長々、説教しても気にもかけないだろうから俺は本題をさっさと切り出す。
「で、口内炎だって」
「ええ、久々に大きい奴です」

 俺や言語は口舌院一族という、ある種の組織に所属していると言ってもいい。

 口舌院一族とは話術と詐術を極めた魔人の血族、一族に生まれた者はほぼ確実に魔人として覚醒する。
その能力を持って、政治経済芸能文藝出版など、多数の分野に根を張り影響力を持つ大家系だ。
その口舌院家の一部では「口内炎」という単語が別の意味を持つ。
そう、つまり「口舌院内部でのゴタゴタ」だ。

 「ちょっとヤバいブツを持ち出して逃げ出した奴が居ましてね。」
「……おいおい、ざる警備かよ」
「まぁ、そこは置いといてですね、……持ち出されたのが新種の催眠兵器でして」
「は、洒落になってねーじゃねーか!、……まさか、今テレビでやってる昏睡事件」
「ん、ああ、あれは無関係ですよ、今回の奴はあんな挙動はしません」

  ニコニコと笑いながら恐ろしい事を平気で口にする言語を見ていると空恐ろしく感じてしまう。
「……今回のクライアントは?」
「彼女を愛してキスしちゃうとこですよー」
頭を抱える、シーをアイしてAしちゃう所か、成る程、催眠兵器を喜んで使いそうだ。

 「なんで俺なんだよ、子飼いの連中を使えば良いだろ」
「ちょっと皆忙しくって、それに語録さん下準備さえ出来れば何でも出来るでしょう」
「……便利屋扱いは止めろよ」
「まぁまぁ、良いじゃないですかー、お願いしますよ。黄金銃を持つ男!」
「…………相手の素性や能力を教えろ、まずはそれからだ。」
「わぁ、受けてくれるんですね!」
「身内の恥だからな……仕方ない」

 それじゃあですねと、いけしゃあしゃあと資料を準備する言語。
まんまと乗せられているのは分かっているんだが、もうそれを嘆くのは止めよう。

 俺は手の中に、例の拳銃を生み出し弾丸をチェックした。
「これか……」
お目当の弾丸が発射されるようにシリンダーの位置を調整し銃口をこめかみに当てる。
幸い、店内はマスターと我々二人しかいない、
マスターも口舌院の人間なので、特に騒がれはしないだろう。

引き金を引く。

ズドン。

衝撃が俺の頭を通り抜ける。

 『なんていうか睡眠を充分とったような、頭の中に心地良い冷たさを与えてくれる場所が出来た気分。
  視力も何か上がったような気がする。
  今までよりも、はっきり物の輪郭が判るような感覚。 ろくごまるに著 食前絶後 159P』

俺は澄み切った思考で資料を整理しながら必要事項をまとめつつ言語の話を聞く俺の能力は銃に込めて
打ち込んだ文章を再現する能力だこのように能力上昇の描写を撃ち込めば能力は上がるしものが壊れる
描写を撃ち込めばその通りに物は壊れるのだつまり出版物や印刷物に書いてある事であれば基本的に不
可能はないのだいやすまん嘘をついたあまりに大規模な事は出来ないというのも起こせる事の大小は文
章量に比例するのだしたがっていくら長い文章でも限界はある筈だ試した事はないため実際にどうなる
かはわからないのだがと言っているうちに資料は頭の中に入ったこれで後は準備を詰めるだけだ。

「…………ぷふぅ、あーしんど」
俺は、一種の興奮状態から引き戻された。よく使う弾丸だが情報を詰め込みすぎるとクラクラする。
「いやー、いつ見てもお見事ですねー」
完全に他人事の癖に何言ってやがる。
「言っとくが、そんなに早くは無理だぞ」
「3日もあれば十分ですよね」

 お前は人の話を聞いているのか?


 …………とまぁ、こういう会話が繰り広げられたのが2日前だった訳で
そこから、下準備して探して見つけてとっ捕まえて冒頭に至るという訳だ。

 は、何、間の2日間は見せないのかって。
 只々、地味な作業を見せろと、必要そうな弾丸揃える為に
書庫で延々文章探して切り抜いている所を見て面白いとでも?

 まぁ、そういう訳で捕縛の所からお見せした訳だが……

 「あれだな、『だから殺す』は元ネタ分かってなかったんだろうな」
 俺は白目をひん剥いて、足元に転がる口舌院何某を縛り上げて言語の野郎にメールを送る。

 すぐに返事は返ってきたが、そこに人を寄越すから引き渡すようにというだけの素っ気無いものであった。

 「さてと」
 道端に座り込む。
 思った以上に疲れていたようだ。

 「はーぁー、一仕事終わったら疲れちまった。」

 やけに眠い

 「あーっと、……こういう時は」

 身体が液体になって溶けていくような睡魔

 「なん、……て、言え……ば……良いかな」

 思考がぐずぐずの豆腐みたいになって自重に耐えられない

 「ああ……」

 「『おやすみ、せめて夢の中では平和を』」

 夢見が悪いってさっき言ったばかりなのになとちらりと頭を掠めた。

 これが口舌院語録と「無色の夢」の出会いとなった。
最終更新:2016年01月26日 20:41