白鳥沢 ガバ子プロローグ
「……よしっ」
鏡の前で、身だしなみをチェックする。
繰り返される7度目の行為。
「悪い。お待たせ」
駅の改札で待つ友人、いや、戦友たちに声をかける。
普段はバカなことばっかりやってるこいつらも、今日は何だか頼もしく見える。
「おう。そんじゃ、行きますか?」
全員が歩き出す。その言葉に応えるように。
先頭を歩く金髪の友人。メガネをかけた友人と短髪の友人は肩を組みながら続き、そして僕もだ。
合コン。
複数の男女が親睦を深めるそれを前にし、僕の胸は否が応にも高まりだす。
人生初の彼女が出来るかも。そんな期待が足取りに表れているようだ。
……素敵な出会いが待っているといいな。
<白鳥沢ガバ子 プロローグ>
某カラオケBOX。
ここが、今日の僕達の戦場だ。
相手の子たちは……まだ来ていない。
僅かばかりの安堵を胸に、ソファの1つに腰かける。
初めての合コン。
いつもよりも強く脈打つ心臓を必死に抑える。
平常心。平常心だ。
まるで試合前のボクサーのように、自分に言い聞かせる。
ガチャリッ
重い扉が開かれ、僕を現実に引き戻す。
「いらっしゃい!入って入って!」
金髪の友人、今日の主催者の言葉に、4人の女の子達が入ってくる。
ショートカットで活発そうな女の子、厚手のセーターに身を包んだちょっと気弱そうな女の子、薄い栗色のボブカットが印象的な女の子、2m近い巨漢の女の子。
…………
…………
…………
ショートカットで活発そうな女の子、厚手のセーターに身を包んだちょっと気弱そうな女の子、薄い栗色のボブカットが印象的な女の子、動物の毛皮に身を包み、丸太のような太ももが印象的な2m近い巨漢の女の子。
「それじゃ、座って座って。女の子から自己紹介しよっか?」
何事も無いかのように進行を進める金髪の友人にプロ意識を見る。
「じゃー私からやるね!私の名前は~~」
女の子の自己紹介が始まったが、僕の耳には素通りしていくだけだ。
無自覚の内に、一際異彩を放つ巨漢の女を見てしまう。
恋心なんかではなく、当然興味本位で、だ。
「えっと、白井ユキです。こういう場は初めてなんで、ちょっと緊張してる、かな。よろしく」
3人目の子の自己紹介が終わる。最後はあの巨漢の女だ。
大型の草食動物が行動を開始するかのようにゆっくりと立ち上がる。
「白鳥沢ガバ子。花も恥らう女子高生じゃあ……。今日は素敵な出会いを探しに来た。よろしく頼むぞ、グハハハハっ」
ぺろり、と舌なめずりしながら、その山賊は高らかに笑った。
その大きな口は生肉を貪り。
その太い指先はあらゆるものを握りつぶし。
その胸板は鉄板を思わせ。
その丸太のような太ももは牛すらも蹴り殺す。
それが、僕が彼女に抱いた印象だ。
「それじゃ、飲み物頼んではじめようか。近い人、注文取ってー」
っと、金髪の友人からの視線に気づく。
情けなくも、言われるがまま注文を取る。
「私、ウーロン茶で!」
「あ、じゃ、じゃあ、私もそれで……」
「私もウーロン茶でいいかな」
「どぶろく」
ウーロン茶4つと、簡単なお菓子を注文する。
こうして、僕の人生初の合コンは始まった。
◆◆◆◆
「これが、合コン……か」
トイレの洗面所。
鏡に映る自分自身に投げかける。
当初感じていたドキドキは今やどこに消えてしまったのか。
室内に響き渡る山賊の遠吠え。
手品と称し素手で砕かれるりんご。
マイクが不要な程の声量は音圧で下腹部を打ち付けてくる。
どう猛な肉食獣の檻に閉じ込められたかのように、僕は酷く憔悴していた。
一息ついてトイレから出ると、女子トイレからも見知った顔の少女が出てきた。
確か、名前は――――
「白井……ユキさん?」
今日の合コンメンバーの1人だ。
「あ……。あはは、ちょっと疲れちゃってさ。君も?」
「そう……だね。こういうの初めてだから、ちょっと疲れちゃって」
「あー、分かる。私もこういうの初めてだから。ね、ちょっと話してかない?」
照れくさそうに笑う彼女。
つられて、僕も笑う。
思えば、今日、初めて笑った気がする。
お互いのこと、普段何をしているか、好きな音楽、食べ物、趣味。
色々な話をした。
僕のくだらない話に笑ってくれる彼女。
どれくらい時間が経っただろう。
そろそろ、辺りが薄暗くなってきた。
「……ね。良かったらさ、連絡先交換しない?」
彼女の申し出を断るわけもなく。
僕の番号を嬉しそうに登録する彼女を見ていると、僕も何だか嬉しくなった。
◆◆◆◆
何故、こんなことになっているのだろう。
帰り道が偶然同じだったから。
そんな理由で、僕は今、白鳥沢ガバ子と夜道を歩いている。
辺りに人影は無く。
ここには僕とガバ子の2人しかいない。
冷や汗が頬を伝う。
戦車が後を着いてくるような。そんな重厚感を感じていた。
「のう。オヌシ……?」
「オヌシ……。ワシのことをずっと見ておったな……?」
「グハハハ。何じゃ、ワシが気になるのか?」
突然の言葉に胸を貫かれる。
な、何だ?何を……言っているんだ……?
言葉を絞り出すことが出来ず、ただ口を開閉することしか出来ない。
「いいぞ……GP(ガバ子・ポイント)1ポイントじゃ……」
「それに、ワシがどぶろくを頼んだ時もじゃ」
「ワシの体を気遣ってウーロン茶を頼んでくれたな……?ポイント3点じゃ……」
「グハハハ、オヌシ……優しいんじゃのう?」
罪状を積み上げるかのように、死神のカウントダウンのように。
ガバ子は、言葉を紡いでいく。
「……オヌシ、オムライスは好きか?」
!?
突拍子も無い問いかけに頭がフリーズしかかる。
何?何を言って?オムライス……?
「オムライスは……好きか?」
力の限り、首を横に振る。
気に入られちゃいけない。
本能がそう告げているのを感じる。
「そうか。……ワシもじゃ」
しまった!?
外した!?
「卵を割ったらヒヨコが死んでしまうじゃろう?赤ちゃんがかわいそうじゃあ……!まだ生まれていないのに、ピヨピヨとすら鳴けない。かわいそうと思わんか、のう?」
にたり、と口元を歪ませるガバ子。
その眼は充血し、口元からは惜しげもなく涎が滴る。
肉食獣めいたそれは、真っ直ぐに僕の身体を見やる。
値踏みするかのように。
「ククっ。なんじゃあ、ワシら、気が合うのお」
「ワシ、なんだか……」
「ドキドキしてきたわ」
二の腕は目に見えて肥大化し。
一層盛り上がった太ももが、スカートからその姿を覗かせる。
巨躯は一回り以上も膨れ上がり。
荒々しい吐息が僕に投げかけられる。
「どうじゃ……連絡先交換といくか。のう?」
ガバ子のポケットから取り出されるスマートフォン。
液晶が割れ、軋む。
淑やかに摘ままれたはずのそれは、鈍い音を立てながら真っ二つに折れ曲がる。
その音は、まるで断末魔のようで。
その姿は、まるで亡骸のようで。
「ワシの携帯は2,3世代前のじゃからのう。すぐに折れ曲がってしまうんじゃ。グハハハ。まあ良い」
「ギュルッ!ギュルッ!ギュルッ!ワシのハードディスクに記録すれば良いんじゃ……!」
頭に指を向け、グルグルと回しはじめるガバ子。
2mを越す巨躯の女が、息を荒げながら自身の頭に指を向ける異様な光景。
「あ、ああっ…………」
誰か!助けを……!助けを呼ばなきゃ……!
身体を言うことを聞かず、手にしたスマートフォンが虚しく地面に転がる。
足も、まるで僕のものではなくなってしまったかのように、その場に座り込んでしまう。
「グハハハ。どうした?どれ、手を貸してやろう」
ゆっくりと差し伸べられる手。
僕は、思い出す。
力なく折れ曲がった、ガバ子のスマートフォンを――――。
◆◆◆◆
ガバ子が僕に触れる。
否、触れかけた瞬間に、ガバ子は動きを止めた。
その視線は、地面に横たわった僕のスマートフォンに向けられていた。
『着信 白井ユキ』
「あっ……」
先ほどの彼女が電話をかけてきたのだ。
「なんじゃあ……ヌシ、ユキと良い感じか」
ガバ子の身体は少し小さくなっているように見える。
先ほどまでの荒々しさは薄れ、幾分穏やかな顔つきだ。
山賊のような風体は変わらずだが、それでも先ほどまでとは明らかに違う。
「ユキの……友人の恋路を邪魔するなんてのう。馬に蹴られてしまうわい」
馬ですら蹴り殺せるんじゃ。僕は言葉を飲み込んだ。
「グハハハハ。ユキをよろしく頼むぞ。グッハッハッハッハ!」
そう言って振り返るガバ子。
その背中は、なんだか少しだけ寂しそうに見えた。
そのままガバ子は、1人歩き出す。
新たな出会いを求めて。
何故だかそんな風に感じられた。
「……悪い人じゃなかったのかもな」
友人のために身を引くガバ子に、僕は、そんな印象を抱いた。
いまどきの、恋に恋する女の子。
一途で、積極的で、でもちょっとだけ恥ずかしがりやの女の子。
恐怖に脈打つ胸で、僕は思った。
そして――――。
そして、ガバ子にはこの先、どんな出会いが待っているんだろう。
スマートフォンを拾いながら、そんなことを思う。
そして、着信履歴から電話をかけなおす。
彼女へ、次のデートの誘いを告げるために。