廃糖蜜カリンカ根音プロローグ




 草木に彩られた乙女が舞っている。
 金襴と輝く舞衣装をはためかせ、演じるは神と鬼の争いをかたどる神遊び。
 さんざめく人々の群れに時折垣間見える神の姿を見ながらも、白化粧を施された若武者は鬼面を見据える視線を逃がすことなく、立ち回る。くるりくるりと、呑気なものではないが早く、早くに回転す。
 石見より流れ、富士に憑く。創生にして武の神を祀り、自身らもその末裔たる時ヶ峰の一族に伝わるところの「時ヶ峰神楽」に連なるものである。

 ♪そもそもここに進み出でたるものは~
   神祖時ヶ峰健一より辿ること十二代
    黒龍之強(こくりゅうのつよし)なる龍神が
     この地にて暗雲を呼び起こして臣民を苦しめるときき
      時の朝廷よりこの地の鎮護命じられし
       時ヶ峰堅一とは我がことなぁーりぃー♪

 演目『黒龍強』。
 「時ヶ峰神楽」ではごくごく代表的な題材であり、剣劇や派手な特殊効果から人気も高い。
 先に巨大な龍面を被り舞った「鬼」役の退場に続き、「神(シン)」役の舞手が二名現れ、剣を逆手に舞い出した紹介を兼ねた口上を述べる。
 ほっそりとした体躯と声の響きからすれば時ヶ峰とその従者、双方ともに女性だろう。
 「四天(してん)」と呼ばれ金糸銀糸の刺繍を施された衣装は優に数百万円、数十キログラムを越える。それを軽々と羽根のように風を乗せ、巻き上げ踊る様はまさに魔人たるや、いいや神人なるか。

 ここ『ゆめさこ神社』にて行われた神楽祭りは盛況を迎えていた。
 神社と言うには現の住まい、けれどもここは夢の城。
 常の日本家屋の住まいは休業中。参拝客は真砂を踏みしめて、突き立たる逆さ鳥居の道の、真ん中よけて道を譲る。なるほど、そこは神様の午睡の住まいと言うのだろう。
 祭神は「夢追中(ゆめさこかなめ」」なる一柱(ひとはしら)の少女神、神溢れるこの世にてごく最近神上がった御人であった。その当人もにわかに神社の先窓へ出店をした香具師(やし)に交じって話し、林檎飴などを買い求めながら舐め歩いているのかもしれない。
 いいや、それともお神輿に乗って境内を渡御なさっているのかもしれない。
 答えはどちらでもないし、どれでもあるかもしれない。どこにもいないのかもしれない。

 けれど、彼女はそこにいた。
 神のおはすところを神座というならそこは本殿ではなく、庭の木々からあつらえられた足の踏み出でる場所、中空に浮く二間四方の舞殿の正面に、座布団十枚重ねながら立ち見喚声上げるのが君であった。
 「師匠! がんばってー」
 なるほど、このような祭りもありかもしれないなと「鬼」役の廃糖蜜(はいとうみつ)根音(ねおん)・カリンカは思った。神の声援を受けるあれば「神」役の勇気も百倍だろう。
 奏者のいない音楽会はいよいよ緩い六調子から激しい八調子、やがて十調子を越えるまでに白熱していく。真剣を用いた火花散る演舞は三者三様の技量の高さを証明した。
 回る回る、いささか地味だった戦衣装の肩切りが落ち絢爛たる色合いへと変わる。早着替えが行えると言いつつもこういった伝統のやり方を放り捨てるほど劇的さは薄れていない。
 ただびとの瞳に映るのが色彩と光の帯へと変わりながらも、掛け声と合いの手はそれに追いついていた。

 緩急自在の演目の中、疲れを隠せず一息を吐く。観衆の皆さまに気取られないだろうか?
 不安を覆い隠してくれるこの重く、巨大な面が今だけはありがたかった。
 よなれを行い、舞い続ける。よなれとは高く足を上げ足踏みをしながら舞うことである。
 もうひとつ見得を切るがごとくと言ってもいいだろうか。子供を泣かせる勢いで天に唾するがごとく仮面から火炎放射。これは私の神楽としていささかズルといっていいだろうか、魔人能力の産物と言っておく。

 今や奥の手と言わんばかりに繰りだした火の粉をも切り捨てて「時ヶ峰」は「黒龍之強」に迫る。
 両の翼は既に撃ち落とされ、空を飛ぶ術をなくした悪龍にこれを逃れることが出来るわけもなく。
 「ええい」「やあ」
 一撃、二撃。奏楽の拍子に合わせ剣を受ける私。折れた剣を取り替えるが、気付くなよ。
 流石に血の舞い散ることはないといえど、もがき苦しむ演技は迫真のものであったと信じたい。クモという紙糸が一斉に私を覆い尽し、英雄たちの凱歌の前に後片付けを行う。
 あとは、ゆるりとしてはいるが太鼓に合わせた力強い喜びの舞、きりきり舞いで〆である。
 じりじりと体を動かし、待機場所である木の洞の中ではよく見えはしなかったが、喚声を聞くに初めてとは思えない舞を行ってくれたことは確かなようだった。
 夢見ヶ崎さがみに時々峰ペン子……、やはり武術家は舞術家に通じるというのは日本語の妙と言えるのかもしれない。

 …………。
 通常、石見流神楽と言えば一演目を短く見積もっても三十分から四十分ほどかかるところだが、ペン子の時計にかかると十分も立ってはいないようだった。
 まぁ、体感時間と実際の時間のズレはよくあることだが、それにしても私や夢見ヶ崎さんでも息を切らすこの『黒龍強』を平然とした顔で踊るとは一体何者なんだ、時ヶ峰の分家の者とは聞いているが……。
 神楽界の若きホープは神職としての狩衣姿に戻った根音は参拝客とは名ばかりな夢追中の友人たちの行列をさばいていた。祝詞を唱え、神籬(ひもろぎ)を前に切麻(きりぬさ)を振りかけ、お祓いを行う。
 神楽の演舞指導を行うことのみならず、ゆめさこ神社の神職を臨時に行うという旨がこのなんちゃって神様およびその守り役たちと時ヶ峰に仕える神官との間に行われた契約であった。

 これも一種の伝道活動だろうが、祓いを簡略化しているのは手抜きでは? という指摘には。
 無論、通常神職が行うものとしてのお祓いも行っているが、どうか興味がある方は祓具について神道について調べてみてほしい。
 神道とは神の道のみならず、人が歩むための道を指し示す。必ずしも堅苦しい宗教を指す言葉ではないのだから。
 などと、笑って答えてみた。正直申しあげれば慣れないことをして恥ずかしいと思う。

 ちなみにおみくじの販売は行っているので無料が申し訳ない、もしくは胡散臭いと考えている方は買っていってもらえると助かる。
 大凶? 入れた覚えはないが……、そういうことなら先程振り乱していた『黒龍之強』の鬘(かつら)に結び付けていくといい。不幸は私が持ち帰り、後日時ヶ峰でお焚き上げを行いますから、と説明した。

 そういえばこんなこともあった。今思えば、この時点で確かめるべきだったのだ。
 やたらと晴れ姿が多いのはわかる。けれど少女が多いなと思えば、その中心にいたのもまた少女だった。まぁ、雇い主が少女であるなら同年代は普通のことだなと思っていたらどうも男性だという。
 珍しいことである。夢追中も取り囲む一人になるのだろうか?

 ♪夢見ヶ崎さがみは
   容姿美しく醜の御楯(しこのみたて)を気負ひ
    草の片葉に至るまで万事に麻米麻米(まめまめ)しく勤め給ひしかば♪

 祝詞を終えたところだった。
 「ありがとうございました」
 さがみさんに礼を述べられて、差し出されたお茶で一息という話となった。
 ふと気づき、道具を確認する中で面が足りないことに気付き、蒼白となった。あの面が誰かに触れようものなら――!
 とある魔人能面士が見た『無色の夢』をそのまま模ったあれを誰かが被ろうものなら――!
 まさか展示品に紛れ込んだ――?
 考える刹那に数秒が過ぎ去っていると考えるともどかしく、それを手に取った少女が夜目に、見え、届か

三千

 蹴飛ばされるような衝撃がやってきた。
 それが落ちつくと、駈け出そうという姿勢のままで固まっていることに気付く。
 無手だったはずの両手にくだんの仮面が乗せられている。傍らには時々峰ペン子。彼女はせっかちに言い放った。まるで自分に、他者に、世界に、言い聞かせ、強制するかのように。
 「「「「「何があっても三・千・字!」」」ですよ?」
 そうだ、この言葉を私は覚えている。君は父を、兄を探しているといったね。その名を私は教えてあげることが出来る。君が知らないお姉さんの名前だって知っているかもしれない。
 だけど、私の口からそれを告げても何の意味もないと思う。それは君自身が見つけるものだ。
 自分に嘘を吐くのは辛いものだ。夢を見たいと言う君からこの道具を隠したのが本当のところだ。

 ……仮にも神職にあるものとして口を噤むのはあってはならないと思う。
 だが、私は探偵の糾弾するような瞳に耐えられなかった。故に、私が負うべき責だと思った。
 仮面に手を掛けた。目的地は私のかんばせ。
 ゆめさこ、意図するところは「夢さ来い」。夢を呼び込もうという願いが込められた名の神社の真中、最も死に近いと言われるこの場所で私は夢を見るのだ。まっしろな、しろい、ゆめを――。
 力を失った仮面がぽとりと落ちた。
 話と聞く「無色の夢」をみそぐ方法はあるのか、私は錆びついた探偵の本能を呼び覚ます。

 夢追う神は色とりどりの夢を見てまどろみ眠ったのか?
 「ならば無色の夢は誰の夢? 神の夢なら私の領分、お任せを」
 ――今は夜が明ける。私の眠りまであと一日。この一日で光輝くあまり輪郭を失った夢を喜ばせる方法、見つけてみせましょう。お父様、姉様、妹たち、私に力をください……、これも願いであり夢であった。願わくば、縁と夢を結ぶ神よ。この探偵なる者の願いを聞き届けたまえ。
 人と神が交じり合う場所で、無色の夢を巡るひとつの戦いがここにはじまる――のだ。


補足
名前:時々峰ペン子(ときどきみねぺんこ)
性別:女性
特殊能力名:ペンギン・ハイウェイ
キャラクター説明:
†10歳。前髪をイワトビペンギンのように逆立せ、後ろ髪を振り子のようにまとめる。
†時空の中を暴走する反転校生魔人。

†どこからともなく現れては、三千時間以内に去っていく『三千時探偵』を自称する。
†誰に似たのかとてつもなくせっかちな性格で、人の話を聞かない。
†クールビューティーにも見えるが、目付きは非常に悪い。ちなみに身長179.0cm。
†顔も知らない生き別れの父と兄のように慕っていながらも消息を絶った時ヶ峰健一を探すことが旅の目的であり、探偵になった理由。

†探偵を名乗っているが、特に研鑽を積んだわけではなく推理スタイルは我流。小説家になるという意外な夢を持っている。

特殊能力原理:
効果:ペン子自身及び装備品の経過時間を最大三千字(=10分)前まで巻き戻す。
あくまで自身のみに作用するため、周囲の時間は問題なく経過するが裏技も存在する。
ペン子の意志でオンオフを付けることは出来るが、普段は10分ごと自動更新に設定している。

制約:一つの世界に三千時間しか留まれず、それを超過した場合強制的に別の世界に飛ばされる。
一度訪れた世界に二度と訪れることは出来ない。
SSに出演した場合、登場してから三千字以上経過してからでないと発動することは出来ない。

なぜ10分=三千字なのかはこの方をご参照ください。
http://www60.atwiki.jp/dangerousss4/pages/42.html

※注釈:投稿者の投稿キャラが「廃糖蜜根音・カリンカ」と言う事実は動きませんが、時々「時々峰ペン子」が登場する可能性は、真実否定できません。
最終更新:2016年01月25日 20:46