ヤマノコ(&神代の旗手 ヘヴィ・アイアン)プロローグ1


むかしむかし、山深い場所に一人の少女が住んでいました。
少女がある日、山の泉に水汲みに来たところ、泉の精が現れて少女に言いました。
貴女は善き人です。貴女の願いを一つ叶えてあげましょう――と。

少女はしばらく考えて泉の精に言いました。私には叶えたい願いなんて思いつきません――と。
すると泉の精は、ならば叶えたい願いを思いついたら私を呼びなさいと言い、
少女はそれに頷き、その日はそのまま水桶を抱えて家に帰りました。

――――

ある日、少女の家に一人の老人が訪れました。
老人は少女に、この辺りに願いを叶える泉の精がいると聞いたが、と尋ねました。
少女は泉の場所を老人に教え、歩いていく彼の後姿を見送りました。

しばらくして、先ほどの老人ががっくりとうなだれて少女の元へ帰ってきました。
泉の精には会えなかった。流行り病に孫が倒れ、明日とも知れぬその命を救って貰いたかった。
涙ながらに語る老人の言葉に耳を傾け、少女はかわいそうにと老人の境遇に涙しました。

老人は世話になったと少女へ礼を述べ、暗くならないうちに山を降りました。
少女はどうかお元気でと老人に声をかけ、彼の小さな背中をずっと見送り続けました。

――――

またある日、少女は山道で巣から落ちた雛鳥を見つけました。
雛鳥をかわいそうに思った少女ですが、人を警戒する雛鳥は少女に対して威嚇するばかり。
巣に戻してやることもできず、少女はせめて餌や水を雛鳥のそばに置いてその場を去りました。

次の日、少女が様子を見に行くと、雛鳥は警戒して餌も水も口をつけていませんでした。
次の次の日も、そのまた次の日も、雛鳥は小さな身体を震わせているばかりでした。
その次の日。少女が見たものはすでに冷たくなった雛鳥の死骸でした。

少女は雛鳥の不幸を可哀想に思い、涙をこぼしました。
そしてせめて何か自分にできないことかと、雛鳥の死骸を地面に埋め、弔ってやりました。

――――

その日、少女の住む山は大きな地震にみまわれました。
少女の住む家は地すべりで崩落し、すっかり見る影もなくなってしまいました。
なんとか潰されずに済んだ少女は、自分の家の残骸を見てワンワンと泣きました。

空が茜色に染まるころ、泣きつかれた少女はこのままここにいても仕方ないと、
家の残骸から毛布をなんとか引っ張り出し、近くの洞窟に逃げ込みました。

夜――雨が降り出し、山の寒気が容赦なく少女の身体を包み込み、
少女は毛布の中でガタガタと震えていました。
なんとか気を紛らわそうと、少女は頭の中で昔の事を色々と思い出しました。

そして、少女は泉の精と交わした約束を思い出しました。
願い事を叶えてくれるというその言葉を思い、少女は再びうんうんと考え込みました。

ゴウゴウと洞窟の外から響く雨音と、ピチャピチャと滴る水滴の音。
土と、水と、コケの湿った匂いがただよい、ゴワゴワした毛布の肌触りを感じながら、
ここしばらくの日々を思い出し、泉の精との約束を思い、長く考えた末に言いました。

「病気がひろまったり、ひなどりが死んじゃったり、地震で家がつぶれちゃったり、
 おきることがおきているだけ。やっぱり、わたしにはかなえたい願いなんて思いつかないや」
最終更新:2016年01月25日 20:48