宇多津 転寝プロローグ
「……あの、何の御用でしょうか」
放課後。
体育館裏への呼び出しはもはや日課となりつつある。
まあ、呼び出しの相手は毎回違うのだけれども。
「ハン、とぼけんな。最近チョーシこいてる一年、テメーだろ?」
目の前の肉まんじゅう……もとい、呼び出しの主がこっちを睨んでくる。
周りにはリーゼントやらモヒカンやら、まあ子分格の連中が四人。
知性の足りない囃し言葉を喚いているが、正直耳に入らない。
俺は別に調子はこいていない……というか、漕げるもんなら舟を漕いでいたいくらいだ。
もちろん、慣用句的な意味で。
「そーいう発言を、チョーシこいてる……っつうんだよ、ガキ」
あ、やべえ。考えが漏れてたみたいだ。
こっちとしちゃ切実なんだけどな……三日ぶりに“来てる”ので、余計な運動で
逃がされたらたまったもんじゃない。
「……で、結局どうしたいんですか、センパイ?」
あえて挑発的に言ってやると、センパイは有無を言わさず角材を振りかぶってきた。
「テメーに、このガッコのルールを教えてやんだよォッ!!」
「なら、せめて釘バットにしとくんでしたね。それか鉄パイプ」
そう言いながら、拳を振り上げる。アッパー。
モノを殴るのは我ながらスカッとする。
なにしろ、人間を殴っても――俺の気持ちは一向に晴れないからだ。
けどまあ、殴っとかないと収まりがつかないから殴るしかないんだけどね……
「はん、ちったあやるじゃ…… ?」
折れて吹き飛んだ角材を手放すよりも速く、俺はセンパイの鳩尾に正拳を突き刺す。
直後、センパイの口から盛大に断末魔――否、いびきが響く。
「ンが…… ぐごおごごごごごご」
くずおれながら眠ったセンパイを見て、取り巻き四人が血相を変えながら襲いかかってくる。
……いや順番逆でしょ。普通ザコが先かかってくるべきじゃね?
「アアー!? オイコラテメセンパイにナニスン グカァ……」
「アッコラテメナメトン グオォ……」
「テメナニシヤガッ ムニャァ……」
「オ、オイみんなどうし スヤァ……」
所用時間十秒足らず。みなさんおやすみなさい。
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家に帰ると、玄関先に布団。
「……寝るなら部屋で寝ろよ、バカ姉貴」
布団に軽く蹴りを入れてどかそうと思ったけど……やめた。
そもそも、寝てる姉貴に起きてる俺が勝てた試しが全く無いからだ。
俺の家は、先祖代々格闘道場をやっている。
姉貴で十代目、一応俺も十代目ってことになるのだけれども。
その格闘術というのが『夢遊睡拳』なる、寝ながら戦う拳法――
古くはどっかの大名様が、刺客の襲撃に備えるために編み出したものだというが……
まあ、そんなモンが現代まで残ってるだけで奇跡的だと思うぜ、俺は。
……一応、俺も扱えなくはないのだけれど。
「まあいいや、俺も三日ぶりに寝るかね――」
姉を跨いで部屋へと戻り、ふかふかの布団が敷かれたベッドへとダイブを決める。
やっと来た睡魔の首根っこを、逃さず捕まえる為に。
だが、久方ぶりの睡眠で掴んだのは――夢の戦いへの切符だった。
最終更新:2016年01月25日 20:52