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第1部『爆誕! 魔女っ娘マリサちゃん!』


「…………」
 石畳の上に降りた私こと霧雨魔理沙は、次の行動選択に迷っていた。
 額の汗が目に入り、思わず右手の袖で拭った。
 ずれてしまった黒い三角帽子の位置を修正し、眼下で平然と立っている紅白姿の少女を睨みつける。
 何度挑戦しても彼女、博麗霊夢に勝てた例が無い。
 どの様な弾も、スペルカードも、接近戦ですら、まるで実体の無い靄と戦っているとしか感じられなかった。
 先程から攻撃しているのは私だけ。
 霊夢は最小限の移動で全てを避けていく。
「今日はこれでお終いかしら?」
「っは! 冗談! 全く……私も舐められたもんだな」
 だがそれが逆に私を燃え上がらせる。
 まだ勝負は始まって数分、香霖堂で読んだ小説という書物で例えれば、登場人物の紹介が済んだ辺りだろう。
 弾幕は――
「火力が一番っ!」
 懐から取り出しますは、魔法の星が詰まった小さな瓶。
「いくぜ霊夢、私を本気にさせた事――後悔させてやるぜ!」
 瓶をばら撒きながら急上昇、一旦空中で静止してスペルカードを発動させる。
「光符『アースライトレイ』」
 神社の石畳に複数の魔方陣が展開、空に向かって細い光の柱が発生する。それによって先程の瓶に当たって星が散る。
 例えればあの遥か高くに打ち上がる花火を、真下にして見ている様な感じだ。いや、実際見た事は無いのだが。
 降り注ぐ星の欠片、足元からのレーザー。これだけでは霊夢を追い詰めきれるわけがない。
 先程とは別の瓶を取り出し、霊夢へと投げ付ける。
「……っ!?」
 案の定霊夢は瓶を針で壊し、辺りが白煙で覆われた。
 一時休憩。というより様子見。
 本来なら煙幕を張ったならここで攻めているのだが、あえて霊夢の出方を伺うのが得策だと思ったのだ。
 私の知る霊夢。あいつなら、霊夢ならどう動く。
「あー! やっぱり待つなんて私らしくもないっ!」
 煙に向かって急降下しつつ、拡散させたレーザーを放つ。
 威力は高いが初速の遅い弾をまるで置く様に撃ち、細かい弾を下方へばら撒く。
 一度軌道を修正して地面から数メートルの位置で静止。
 まだ立ち込める白煙の中から声が聞こえた。 
「ねぇ魔理沙。もう少し新しいパターンを作ってみたらどうかしら? 色々工夫してる様に見えるけど殆ど直線攻撃よ?」
「はっはっは! それを言ってられるのも今の内だぜ?」
 所々で着弾した弾の光が見えた。
 そろそろケリをつけなければ――
「光符『ルミネスストライク』!」
 箒の先端から魔力を凝縮させて光り輝く巨大な玉が生み出され、高速で射出される。
 白煙の中を進んでいく光球を少し斜め上から眺めつつ、箒から身を下ろす。
 左手にはいつものアレを握り締め、右手だけで箒の柄を掴む。私はその一瞬を逃してはならない。
「見えた! いっけぇぇぇぇーーーー!!!」
 霊夢の移動する瞬間、そのタイミングで箒を力いっぱい投げ付ける。
 ウィッチレイラインとほぼ同等の速度で突き進み、霊夢へと一直線に向かった。
 ここまでは狙い通り。だが箒という浮力を失った体が、重力に引かれて地面に背を向けながら落下を始める。
 かなり不安定な体勢だったが、狙うなら今しかない。
「恋符――」
 煙を突き抜けながら進んだ箒は、狙い通りに霊夢の移動を妨害し、彼女の判断を一瞬でも遅らせる。
「マスタースパーク!」
 その言葉を合図に八卦炉から放たれた激しい光は、眼前の少女に向けて、白煙も砂埃も障害物も全てを蹴散らしながら進んで――


 第一話「霧雨魔理沙」


 目の前に星が散った。
 頭を……もとい額を襲った衝撃に体が仰け反った。
 思わず目を開け、周囲を見て現状を把握する。
「授業中に居眠りとは良い度胸ですね、霧雨魔理沙?」
 そう。今は学校の授業中で、しかも居眠りしている生徒には遠慮無く手に持った板で叩いてくる、四季映姫ヤマザナドゥ先生が行う公民の時間だった。
 いつもレースやリボン等で飾られた目立つ大きな帽子、それと打って変わって地味な極普通の白いYシャツと黒いベストに黒いロングスカート姿。
 新緑色をした髪は、右側のもみあげだけ伸ばして白いリボンで纏められている。
 ちなみにその板には名前があるらしく、『悔悟の棒』と言うらしいが正直そんなのはどうでもいい。
 自分の状況は、何故か立ち上がって右手は空中の何かを掴もうとしている、もしくは何かを掴んでいるかの様な形で眼前に伸ばしていた。左手は片手を支える様に添えてある。
 首を傾げつつ手を引っ込める。
「すんません、四季映姫先生」
 叩かれて痛む額をさすりながら、周囲で隠れつつ笑っている同級生らを細目で睨みつけた。
 椅子に座ろうとして、先生の手が肩に重く圧し掛かった。つまりは――座るなと。
 恐る恐る四季映姫先生の方を見れば、悔悟の棒で口元を隠した姿があった。
「誰も座って良いなんて言っていませんよ? 丁度良いですからこの『公民』という授業は、一体どのような教科であるのかを私に教えて頂きましょう」
 顔では笑っていたが、口調と問い掛けの内容は全く笑えなかった。いや、もしかしたら板で隠されている口元では笑っているのかもしれない。
 この先生は身長が低く、本来は私や同学年の生徒らとそう変わりは無いのだが……彼女を怒らせると身長差など感じさせない圧倒感に支配される。
「さぁ、答えてください?」
「こっ公民は! げげげ現代の社会とか政治を勉強する授業ですっ!」
 冷や汗が頬を伝う。
 視線はぶれつつも真っ直ぐ黒板を直視、恐怖で先生を見る事は出来ない。
 数秒の沈黙の後、溜め息が先生から漏れる。
「……それでは10点もあげられませんよ? もう少し真面目に授業に取り組む事が、今の貴女に出来る善行です」
 そう言って、悔悟の棒で頭を軽く叩かれた。
 極度の緊張から解放され、糸を切られた操り人形の様にようやく席に着けた。
 すると隣から声が掛けられる。
「魔理沙ったら馬鹿ねぇ……これ一昨日、初めてあった公民の授業で四季映姫先生が始めに説明してた事よ? 聞いてなかったの?」
 こいつの名前はアリス・マーガトロイド。
 旧友の1人で、金髪で赤いカチューシャをしている人形好きの変わった奴だ。
「変わった奴だなんて失礼ね……私は純粋に人形の素晴らしさを――って、霊夢も寝てたみたいね」
 アリスが変えた視線の先には、つい先程頭を叩かれた様子の博麗霊夢だった。
 彼女も旧友の1人だ。実家は神社らしく、寮の部屋には神棚や巫女服があったのを確認している。
 赤と白のレースで作られたリボンで綺麗な黒髪を一部後ろで纏め、長いもみ上げは頬の辺りで布が巻かれている。
 叩かれて尚、まだ眠たげに顔を上げ、先生の方を向いてようやく事態を飲み込んだらしい。
「全く……春休みが4日前に終わったからって、気を緩ませてはいけませんよ」
「あぁー……すみませんでした、先生」
 特に悪びれた様子も無く、欠伸を噛み締めながら小さく頭を下げる霊夢。
 どうしてこうも寝る人が多いのか、という頭痛に襲われたらしく、悔悟の棒を自分の額に押し付ける。
「では博麗霊夢、貴女にも先程と同じ質問をしましょう。この『公民』という授業は一体どういった教科なのでしょうか?」
 こう考えてはいけないのは分かっているが、つい頭の中では苦笑しながら『私と同じ恥掻け』なんて思ってしまう。
 だが霊夢は一呼吸置いて、いつもの無表情で言葉を紡いだ。
「公民とは現代社会、論理、政治と経済――略して政経の各科目を学ぶ為にある教科であり、現代社会では私達が現代で生きていく事や生き方在り方を学びます。論理では主に道徳的な考えを、政経ではその名の通り、現代の政治と経済を知識として得ます。そして――」
「はい、そこまで」
 先生が止めなければ、霊夢が持つ公民という教科に対する知識を、全て話し続けていただろう。
 霊夢は記憶力が並みの人間以上に凄い。
 それ故に学力は勿論トップクラスで、運動神経も良い事から同じ学年で彼女を知らない者は居ない。
 ……まぁ1クラスしか居ないのだが。
「マニュアル通り――といった感じですが合格点です。しかし、知識だけが学園で学ぶ事ではないのです。授業態度も評価に入るのですから、気をつける事です」
 流石教育学長も兼任している四季映姫先生だ。
 私と違って、正確で完璧に答えた霊夢にでさえ叱っている。
 霊夢の頭を先程の私同様、悔悟の棒で軽く叩いてから教壇へと戻っていく。
「さて、それでは先程の続きから――」
 公民の授業を軽く耳で聞き流しながら、眠気の覚めた頭で今から如何にしてこの時間を過ごそうかと考える。
 ふと左手首にあるブレスレットが目に入った。
 これは小さい頃からずっと身に着けていて、中心にデザインされた不思議な八角形が、何故か何処かで見た事があり、尚且つ自分の活力になる気がした。
 だからこそ出来る限り身に着けている。
「……気持ち悪い」
 隣のアリスがこちらをちらりと見て、小さく呟いた。

 ***

 時間は午前最後の授業、体育である。
 どのクラスの生徒でも空腹が絶頂に達する時間帯であり、この時間さえ乗り切れば喜ばしい昼食となる。
 グラウンドで各々談笑したり適当に遊んでいた2年生に、まるで子供の様な声が聞こえてくる。
「おらー。授業はじめっぞー!」
 明らかに生徒より背の小さい、それでいて舌足らずな口調で生徒を呼び集めているのが、体育教師の伊吹萃香先生だ。
 生徒らと同じ体操着を身に包み、ホイッスルを口に何度も吹いて腕を振り回している。
「今日は初めての授業だから体力測定だ。1年の頃にもやったから分かるだろう? 分かるよな?」
 生徒の反応を待たず、話が続く。
「まずは100m走だ。タイムを計るのは普通クラス委員だが――」
 ホイッスルを短く鳴らすと、誰かが近づいてくるのが分かった。
 吹く風がその白い白衣をなびかせる。
「暇らしいから八意先生に計測を手伝って貰う事にした。では八意先生、一言どうぞ」
「体育が始まると怪我する人が多いんで、治療するのが面倒臭いから怪我しない様に。体調が悪かったら即早退。私が許すんで……以上」
 そう言うと、煙草を一服。
 生徒らが唖然とする中で、伊吹先生は何事も気にならない様子でホイッスルを鳴らした。
「はーい。んじゃ名簿順で100mを走って貰います。八意先生、準備お願いします」
「あいよ」
「ほら、さっさと移動してー! 2回測定するから時間無いよー!」
 先生に先導されて100m走のスタート位置に向かう。
 クラス全員の思う事は一つ――この学園の先生は大丈夫なのだろうか? と。
 そんな中、並び終えた所で魔理沙が声を掛ける。
「なぁ霊夢、また賭けないか?」
「あらいいわね? 勿論賭けるのは学食のアレでしょ?」
「そりゃ勿論」
 学食のアレとは昼食時に週に1度、限定2食しか作らないという伝説のSSS定食だ。
 しかし毎回授業の無い副学長である西行寺幽々子先生が食べるので、実質1食しか無い。正直ずるい話だ。
 霊夢と魔理沙は1年の頃から賭け事というと、毎回この定食の券を買いに走る役で賭けている。
 買えなければ次回も買いに走らなくてはいけない上に、券を買えても自分は食べれないのだから、そのショックは計り知れない物だろう。
 まぁだからこそ賭けるに相応しい代物というわけだ。
「陸上部の意地――」
 スタート位置に立つ魔理沙。
 伊吹先生がホイッスルを咥え、息を深く吸った。
「その目に見せつけてやるぜっ!」
 甲高い笛の音が校庭に鳴り響いた。

 ***

「あぁぁーーーー……」
 ぐったりとして、もう動きたくないといった表情をした魔理沙の姿が食堂にあった。
 それもそのはず、校庭から体育着を着替えもせずに全力ダッシュして食堂に駆け込み、券売機の列が形成される直前にスライディングで二番目の位置を獲得。ちなみに一番目は西行寺先生なのはいつもの事だ。
 賭けの対象であったSSS定食の券をその手にし、息絶え絶えな魔理沙を余所に悠々と着替えて来た霊夢が隣へ歩み寄る。
「はい、ごくろーさま」
 その一言でその伝説の定食は、霊夢の手へ渡った。
 手元に残ったのは、日替わりC定食の券。
 今にも倒れそうになりながらカウンターへ向かい、その券を食堂のアルバイト店員に渡し、控え番号を貰って空いていたテーブルに魔理沙は座った。
 そして机に突っ伏した。
「今回は中々奮闘したわね」
「コンマ8秒の差は、華厳の滝より高いんだぜ……」
 顔を上げずに、同じくカウンターに食券を出してきたアリスが向かい側に座る。
「いつもなら惨敗か完敗だけど、流石運動してるだけあって良い勝負だったじゃない」
「うぅ……陸上部なのに短距離で負けるなんて……」
 赤く熱くなった頬をテーブルに押さえつけて、その冷たさをじっくりと味わいながらお腹を鳴らす。
「腹減った……」
 食堂を忙しそうに走り回る、短い黒髪に白い大きなリボンが巻かれた黒い帽子を被った少女と、金色の長い髪を波立たせたどこか仏蘭西人形を思わせる少女を、早くしろと急かす様に目で追いかける。
 此処では魂魄妖忌という一人の料理人が、この食堂を切り盛りしているというのだから相当凄い。それに物凄く美味しい。
 食券を受け取って配膳するのは何処かの大学生がアルバイトで雇われているらしいのだが、先程の黒髪と金髪の少女以外を見た人は居ない。
 実質3人で、昼休みの食堂を回している。
 人気のSSS定食からA~C定食、定番のカレーライスに牛丼、焼きソバに唐揚げやフライドポテト等々……バリエーションは他の学校に引けは取らない。
 さらに昼休みの後半からはデザートが追加され、部活をする少女達の為に夕方頃まで食堂を空けていてくれる。
 なので授業が終わると食堂は、山奥にある学校の数少ない娯楽と化している。
「はいっ! C定食ときつねうどん2つ、それと胡瓜の漬物お待ちっ!」
 テーブルにトレーが計3つ置かれ、アルバイトの黒髪少女は番号札を回収して次の配膳へと走っていった。
「今日のアリスは食欲旺盛だな。うどん2つなんて」
「いや、1つは私のっすよ」
 魔理沙の隣には先程まで居なかった人物が座っていた。
 彼女は胡瓜の漬物に爪楊枝を刺して一口。
「この塩辛さと程好い甘み……やっぱこの食堂の胡瓜は一番美味い!」
「おぅ、にとりか」
 幸せそうに胡瓜を頬張る彼女は、魔理沙と同学年の河城にとり。
 いつも腰には工具を吊るしていて、機械の修理なら彼女に頼めと言われる程の技術屋である。
「どもども……今日の勝負は見応えあったっすよー。今回は惜しくも敗れた所で、うちの新商品いかがっすか?」
 きつねうどんが載ったトレーを引き寄せながら、世間話の様に何かを売り込もうとするにとり。
「いらん」
「あら、即答なのね」
 少し意外そうにアリスが呟く。
 その言葉に魔理沙がコロッケに割り箸を突き立てて、力説するように話し始めた。
「靴の底にバネを仕込んだり、ローラー仕組んだり、肌に塗るだけで疲労回復するとか……その他諸々。私はそういうので勝ちたくは無いんだっての。それにどれも失敗作ばかりだぜ」
「あ、一応は使ってみたんだ」
「……だって、少し面白そうだったし」
 少し視線を逸らしながらご飯を頬張る魔理沙。
「ちなみにどういう失敗だったのかしら?」
「あー……バネのやつは強度不足っすね。ローラーはブレーキまでは考えてなかったんで――」
「壁に正面からぶつかって、鼻血出た。バネのやつは思い切りこけて、鼻血出た」
「「…………」」
 不機嫌そうにその時の事を話す魔理沙に、二人は苦笑するしかなかった。
「でもなんでそこまで博麗さんと勝負するんすか? 中1の頃からずっとやってたとか聞きましたけど?」
「正確には小学3年からね。それも殆ど負けてたわ」
「……198戦12勝だ!」
 悔しそうに今までの戦歴を答えると、魔理沙の後ろから声が掛けられる。
「あら、勝率93.9%って所ね? ちなみに今日の分は入ってるのかしら?」
 3人がその声の方向へ視線を向けると、食べ終えた食器を置きに行く所だったらしく、博麗霊夢の手にはトレーがあった。
「……まだだけど」
「じゃあ今回ので勝率は94.4%ね。SSS定食美味しかったわ。良かったらまた勝負しましょう?」
 そうにっこりと笑いながら言うと、纏まった後ろ髪を揺らしながら歩いて行った。
 まるで嵐が過ぎ去ったかの様な顔をする3人。
「なんかどこか嫌味に聞こえなくも無いっすね……」
「あいつは不器用なんだよ。アリスとはまた少し別で」
 溜め息を吐きながら魔理沙はそう答えた。
 勿論アリスが立ち上がって反論する。
「ちょっと、私のどこが不器用なのよ! それを言うなら魔理沙の方が不器用じゃない! 昔から裁縫とか料理とかはまるきり駄目なくせに!」
「手先の不器用さじゃなくて! 性格的な意味でだよ……あいつはほんと不器用なだけなんだ。昔っから変わってないぜ」
 少し寂しげにそんな事を言うものだから、アリスとにとりは思わず黙って魔理沙を見つめていた。
 が、アリスはとある1点に気付く。
「……って、私の性格のどこが不器用なのよ!」
 改めて頬を赤く染めてテーブルを叩き、問い詰めようとするアリス。
 だがそんな状況でも涼しい顔をしている魔理沙。
「おっとこれ以上聞かない方がいいぜ? 小学校か幼稚園の頃まで遡ってアリスの話をする事にになるぞ?」
 その言葉に先程までの勢いを失い、少し後ずさりながらアリスは椅子に座る。
「で、にとりの新しい発明品ってのはどんなのかしら?」
「へっ!?」
 口の端を引きつらせながら、向かい隣に居たにとりへと話を振る。
「はっはっは! 遠慮しなくても良いんだぜアリス? あの頃のあんな事やそんな事、ましてやちょっとエッチな事件についてだって話してやるぜ?」
 にやけながらそう言った魔理沙をきつく睨みつけ、視線でにとりに早く話せとアリスは催促する。
「あー……ちょっとアリスさんの過去について気にな――らないっすね! 全然気にならないっす!」
 何故かアリスの手元にはナイフが握られ、空になった器の影から蛍光灯の灯りを反射させて、にとりへ見せ付けるように鈍く輝かせている。
 魔理沙からは黒い笑顔でいるアリスしか目に入らなかったらしく、特に怯える様子も無い。
「んで、我が科学部の新商品はこちら! 飲んで通常の運動をするだけで、なんと2倍から5倍もの運動効果を得られるという優れもの!」
 テーブルの中央に置かれたのは、何処にでも売っている栄養ドリンクの入っていそうな極々普通のこげ茶色をした瓶だった。
「栄養ドリンク独特の味が苦手というお客様、もう悩む必要はありません! 味はフルーティ-なミックスジュース風に仕上げ、さらに空腹感を紛らわせる事も出来ます! ダイエットを始める方にも是非使って頂きたい!」
 完全にテレビ通販ショッピングの口調で宣伝するにとり。
 その口からは宣伝文句が次々と溢れてくる。
「痩せたいけど持続しない。体力を上げたいけど中々結果が出ない。運動したいけど疲れるから嫌だ。そんなお客様の願いを全て、全てこの商品に詰め込みました! 運動後の疲労回復を促進し、翌日に疲労感は残させません! え? 運動しないで痩せたいですって? いえいえ、そんな世の中上手く行きませんぜ。人間動いてこそ体の脂肪を燃焼出来るんですから、それならば少しの運動で効率良く痩せたいじゃないですか!?」
「にとり? ……にとりさん?」
 もはや何処の人間に向かって説明しているのか、言葉に熱を込めながら演説するかの様に話し続ける。
「それならば断然この商品を私はお勧めします! 運動成績が伸び悩むお子さんにも、最近太もも周りやベルトに乗るお肉が気になる奥様に、仕事はデスクワークばかりで少ししか動けない旦那様。是非ともご家族でご愛用下さいまし!」
 呆然とするアリスと魔理沙に向かって、びしっと腕を伸ばして親指を立てるにとり。
 硬直する時間数秒。
「ねぇ魔理沙……こういうアイテムを使ってでも勝ちたいの?」
「いや、だから私は勝負には使うつもりは無い。ただ好奇心が抑えられないだけさ」
「そういえば12勝してるんすよね? やっぱり魔理沙さんの得意分野で勝負したんすか?」
 その問い掛けには何故かアリスが答えた。
「半分くらいは霊夢が本調子じゃない時に勝ったのよね。後の半分は陸上系のタイム。あぁ、そういえば奇跡的にテストで100点取って勝ったのもあったわね。あの時はカンニングじゃないかって凄く疑われてたわね?」
「あれは心外だぜ。2、3日ずっと徹夜してまで勉強したのに」
「でもそれ以外の教科は全滅で、補習だらけになって魔理沙泣いてたじゃない?」
 くすくすと笑いながら、アリスはその頃の様子を思い浮かべながら話す。
「つまり他の科目がボロボロだったから、カンニングの疑いが晴れたわけっすね?」
「えぇ、その通りよ」
「他人の答案覗いてまでして勝ちたくないぜ。霊夢との勝負には真っ向から向かって――」
「玉砕するのね」「玉砕っすね」
 偶然だか意図的だか、にとりとアリスの台詞が綺麗に合わさる。
 そしてその言葉に思わず魔理沙の力が抜ける。
「そういえば、それ本当に効果あるのか?」
 話題を変えようと、中央に置かれた茶色の瓶を指差しながら魔理沙はにとりに問い掛ける。
「あら、使ってみるの?」
「まぁ一応な。少し気になるし」
 そして自信満々の様子でにとりが答えた。
「えぇ勿論! 動物実験でのデータは完璧です!」
 空気が凍りつく。
「というと……人の体でデータは――」
「無いですね。だからいつも魔理沙さんが使ってくれるので、私としては大助かりっすよ!」
「「…………」」
 とても良い笑顔で、ついついそう答えてしまったにとり。
 そして、その表情が固まった。
「――アリス」
「えぇ。分かってるわ」
 只ならぬ雰囲気とこれから起こるであろう惨劇を予測し、にとりがそっと立ち上がる。
「そ、それじゃ私はこの辺で……」
 がっちりとアリスに背後から羽交い絞めにされる。
 振り返ったにとりの瞳には、禍々しいオーラを纏った笑顔のアリスが映る。
 そして正面に向き直すと、同じ様な笑顔で立っている魔理沙。
 勿論魔理沙の右手には茶色い瓶が握られている。蓋は既に開けられていた。
「あ、あのですね……確かに言ってなかったのは悪かったとは思います。ですけど、実験には代償が付き物で――」
「遠い昔、確かにお前にどんどん実験台にしてくれ、と言った様な気もする。だがな、人体実験もまだなんて私は一言も聞いていなかったが?」
「そ、それはですね……誰もやりたがらなかったからで――」
「本来なら、作った張本人自ら実験台になって、安全性が確立されてからようやくそれを商品と呼べるはずよ? たかが動物実験を数回やったレベルで、安全かなんて言われても信用できないわよね?」
 にとりの瞳に涙が溢れてくる。
「あ……で、でも使ってる成分や原料は、人体に無害なのを最優先で選んで……」
「さてにとり、実験の時間だぜ?」
「覚悟は良いわね?」
 首を何度も振るにとりの頭が魔理沙の左手で固定され、瓶が強制的に口へと突っ込まれる。
 そして、中の液体はにとりの口内から体内へと流れていく。
 瓶の中身が全て注がれた所で、にとりはようやく解放された。
 にとりを椅子に座らせて、アリスと魔理沙も自分の席へ着く。
「今の気分は如何かしら?」
 アリスの問い掛けに、放心状態なのか空を仰いだままの姿でにとりは硬直していた。
「やれやれ……また失敗だったのか。危なかったぜ」
「というか、よく今まで知らないで使ってたわね?」
「ははは。まぁ私は好奇心と泣いた子供にゃ敵わないってな」
「それと霊夢にも敵わないわね」
「いや、いつか越えてみせるから、その時になって惚れるなよ?」
「馬鹿言ってないで、さっさと食器片付けるわよ。あと休み時間が10分くらいしか無いじゃない」
 2人が食堂にある壁掛け時計を見ていると、にとりが懐に手を突っ込んで何かを取り出す。アリスと魔理沙はそれに気付かない。
 そして、にとりはそれを一気に口に含む。
「まぁ10分あれば次の授業に余裕で間に合うだろ? ……っと、にとりも丁度現世に帰ってきた様子だ、し?」
 頬を紅潮させて、体を左右に揺らしながら立ち上がるにとり。
 魔理沙をじぃーっと見つめている。
「どうしたのにとり?」
「おいおい、まさか何か仕返しでもするつもりか? 言っておくがあれは自業自得っつーもんだか――んぐっ!?」
 それは、俗に言うマウストゥーマウスとか接吻とかキスと呼ばれる類の行為だった。
 それも軽くではなく、にとりの左手は魔理沙の顔を押し付けているものだから、顔と顔の距離は近い。とても近い。
 にとりはというと目を閉じ、頬は紅いまま右手ではしっかりと魔理沙の体を抱きしめている。
 一方魔理沙の方はというと、驚愕の表情で目を見開き、両手は痙攣しているかの様に指が微かに動いているものの、所在無さ気に空中で静止している。
 そんな光景を目の当たりにしたアリス。
 彼女もまた蛇に睨まれた蛙の如く、いきなりの出来事に脳が対処し切れていないのだろう。口を半開きにして瞬きもせず、目の前の事態を情報として脳に取り込み続けている。
「……ぷはぁ」
 ようやく唇を離すにとり。
 魔理沙はというと硬直した状態で、目を何度も瞬かせる。
「美味しゅう御座いました」
「な、な、ななな――」
 わなわなと口と体を震わせ、言葉を搾り出そうとする魔理沙。
「何やってんのよ! 魔理沙のファーストキスが! ファーストキスが! 私の夢が! 未来が!」
 先に取り乱したのは何故かアリスだった。
 顔を耳たぶまで真っ赤にして、にとりの胸倉に掴みかかっている。
 にとりはというと、揺さぶられるのが楽しいらしく笑顔だ。
「えっ? えっ? 何でアリスが怒ってるんだ?」
「何で魔理沙のキス奪っちゃうのよー! 私の計画が台無しじゃない! どうしてくれんのよっ!」
「いや、本来私が怒るべき所じゃないのか? というか、何だ計画って?」
 魔理沙が困惑し、とりあえずアリスを静めようとする。
「まぁまぁアリス落ち着けって。にとり酔ってるみたいだし、これ以上やるとリバースされるぞ?」
「リバース?」
 アリスの動きが止まる。
「あぁ、それにまぁ……一応女子同士だからこういうのってファーストキスってカウントされないんじゃ――って、アリス聞いてるのか?」
「そうか……返せばいいのか……」
「何を呟いてるんだ? というか……目が……怖く……?」
 にとりを解放したアリスだったが、徐々に魔理沙の方へと近付いていく。 
「そうよね。もうファーストじゃないんだったら何度だって――」
「ひっ!?」
 怯えた様な声を上げる魔理沙。
 それもそうだ。アリスは逃がさない様に魔理沙の肩をがっちりと掴み、顔を近づけていく。
「ななななな、何やってんだアリス!? ってか、お前ももしかして酔ってるのか!?」
「私は酔ってないわよ! 只頭がボーっとして気持ち良いだけなんだから! だから魔理沙、キスしよう? ねっ?」
 どう聞いても酔っています。本当にありがとうございました。
「やーめーろー! 何でこうなるんだぁぁぁぁーーーー!!」
 魔理沙の悲鳴は、食堂内に響き渡った。
 迫られる魔理沙と迫るアリスに、その様子を楽しげに見ているにとりの3人を、博麗霊夢は細目で見つめていた。

 ***

「ったく……とんでもない目にあったぜ……」
 溜め息を漏らしながら、夕日が差し込む廊下を魔理沙は歩いていた。
 結局あの後に、再起不能となったアリスとにとりは保健室に行った後、寮へと強制送還されたのだった。
 何故アリスが酔ったのかは、どうやらにとりが霊夢が来た瞬間にアリスのうどんへ先程の薬を入れたのが原因だった。と、その場に居合わせた別の生徒から証言を得た。
「というか何で栄養剤で酔うんだか……とりあえずノーカンだよな。うん」
 恥ずかしげに頬を赤く染めながらも、自分で自分を納得させて一人何度も頷いた。
「さてと、わわわ忘れも――の?」
 教室のドアを開けた魔理沙は、今日のキスされた時の様に硬直した。
 夕暮れオレンジ色に染まる教室の中で、奇怪な格好をした同じ年頃の少女が立っていたからだ。
 ただそれだけではそんなに驚かないだろう。
 だが、それが自分と同じ顔をしていたら別だ。
「よぉ、私。元気そうだな」

 


第1話「霧雨魔理沙」――完




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最終更新:2009年11月17日 03:34