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宮城県研究


ゼネコン汚職事件

金丸信元自民党副総裁の巨額脱税事件の押収資料から、ゼネコン各社から中央政界や地方政界に多額の賄賂が送られている実態が判明する。
東京地検特捜部は1993年から1994年にかけ、建設相、宮城県知事、茨城県知事、仙台市長が逮捕される事態に発展した。一連の事件では計32人が起訴されたが、収賄罪の一審公判中に死亡した竹内藤男元茨城県知事を除き、全員の有罪が確定した。
事件一覧
茨城県汚職事件
茨城県が発注する県庁舎移転新築工事や県立植物園温室新築工事、茨城県立医療大学新築工事に絡む汚職事件。
宮城県汚職事件
宮城県の開発事業に絡む汚職事件。
仙台市汚職事件
梅田川第一雨水幹線工事やJR仙台駅前再開発事業に絡む汚職事件。
埼玉土曜会事件
談合をしていた埼玉土曜会について告発を見合わせるように公正取引委員会に働きかけた事件。
収賄側中村喜四郎 建設大臣
竹内藤男 茨城県知事
本間俊太郎 宮城県知事
石井亨 仙台市長

石井亨

仙台市の政令指定都市昇格や市営地下鉄の開業などの実績があるが、ゼネコンに絡む贈収賄事件で失職した。
 地方自治庁(当時)に入庁し、千葉県開発部管理課長などを務めたが、1963年(昭和38年)、当時の宮城県知事・山本壮一郎に同県職員として招かれた。その後、総務部次長、商工労働部長、総務部長を務め、1974年(昭和49年)に宮城県副知事に就任。山本の後継者候補の一番手と見られていたが、
1984年(昭和59年)11月に当時の仙台市長・島野武が急逝、急遽、革新系とされた島野に代わる保守系の市長候補として担ぎ出されることとなった。知事職を望んでいた石井は当初、市長選への立候補には消極的だったが出馬。当選し、仙台市長に就任した。
 石井は仙台市長選挙に連続3期当選し、第19代全国市長会会長も務めた。1987年(昭和62年)から1988年(昭和63年)にかけては、隣接する泉市、宮城町、および秋保町を仙台市に吸収合併、およそ90万人の人口規模を確保し、
市制100周年となる1989年(平成元年)4月1日に仙台市を政令指定都市に昇格させた。
これらの実績により、石井は「貧乏県の知事より、政令指定都市の市長のほうが面白い」と周囲に漏らすようになり、知事職の執着は失ったという。石井は、仙台・青葉まつりや仙台国際ハーフマラソンなどの文化事業も導入した。
 一方、3期に及んだ石井市政は、大型公共事業による「箱物行政」が中心であったとされる。前任の市長・島野が計画した仙台市営地下鉄南北線建設を継承し、完成・開業させたほか、石井が関係した建設事業は以下のような多数に及んだ。
最終更新:2013年07月15日 16:26