これ以降ガチンコ省略しない編
本当に長いので「我こそは真の長文スキー無双よ!」という方以外は
あんまお勧めしません。まぁぶっちゃけデカイオマケという位置づけで
ではどうぞ
吸い込まれそうな満月の下、絶え間なく降る雨を剣戟の響きが切り裂いていた。
そぼち降る雨音のように陰々と、女の声が問いかける。
「スパーダの伝説、聞いた事あるでしょ?」
奇妙な装飾の施された石柱が居並ぶ中、石畳に溜まった水を跳ね散らし、人影が跳躍した。
「小さい頃、父がよく聞かせてくれた。昔、一人の悪魔が人間のために戦ったって」
水滴が、振り抜いた大剣の峰で弾ける。
「そして剣の力を使って魔界を封じ込めた―――自分の強大すぎる力と一緒にね」
月光に躍る影が、もう一つ。
「信じてなかったわ。おとぎ話だと思っていたの」
ふたつめの影は見事な体捌きで身を捻りながら、掲げた刀を袈裟懸けに斬り下ろした。
「でも伝説は本当だった。スパーダは実在したの」
驟雨のもと、激しい斬撃の応酬を続ける二人の若者の姿が瞬く雷光に浮かび上がる。
「どうして分かったか?スパーダの息子に会ったからよ。二人の息子にね」
無骨な大剣を構えたラフな赤いコートの青年と、
細身の日本刀を操るフォーマルな青いコートの青年。
服装や武器の違いからか受ける印象こそ違なるものの、
二人の青年の、同じように濡れそぼった銀髪の下の顔は鏡で映したように瓜二つで、
おまけにその身のこなしの端々までもが鏡映しに同じなのだった。
「二人は血を分けた兄弟のはずなのに、殺し合いのような戦いを続けていた」
幾筋もの剣閃が火花を散らしながら空を疾ったのちにがっきりと二人の剣が噛み合うと、それまで彼らに弾かれ続け、
地面に落ちる事を許されず宙を遊び続けていた雨粒が、豪雨と化して辺りに一斉に降り注いだ。
「仲の良い兄弟喧嘩のようにも見えたけれど」
熾烈を極める鍔迫り合いにぎりぎりと悲鳴をあげ、煙さえ上げる二本の剣を間に、二人は暫し睨みあっていたが、
刹那の隙を突いて青服の青年が相手の剣を跳ね上げた。
回転しながら天高く舞い、落ちてきた大剣の磨き上げられた刀身に、不意をうたれて思わず無防備な姿勢のまま
自失してしまった赤い服の若者と、この機を逃さず冷酷に刀を引きつけた青い服の若者の姿が映り込み―――
一拍の後、青い服の青年は、自分と同じ顔をした敵の腹を刺し貫いていた。
石畳を叩く雨滴に赤いものが混じる。
お互いに荒い息を吐きながら、再び二つの視線が交錯した。
一方の瞳は激しい苦痛に時折歪み、もう一方は相手をただ冷たく見下ろしている。
「結局―――」
そして勝者は敗者の腹から情け容赦なく刃を引き抜き、
「生き残ったのは一人だけ」
赤い服の若者は一瞬大きく身体を泳がせて、後はそれきり硬直したまま水しぶきを上げて石畳に倒れこんだ。
青い服の若者は暫し額に片手の指先を這わせ、何やらもの思わしげな風情だったが、すぐにその考えを振り払うように
そのまま濡れた前髪を掻きあげる。
そうすることで彼の印象に、より一層の凄みと酷薄さが加わったように思われた。
幅広の大剣を手に、先刻までのその剣の持ち主のもとから立ち去ろうとしている青い服の青年の背後で、
石畳に大の字になった「死体」の指先がぴくりと動く。
最後の力を振り絞ったか、それとも背中まで貫き通す刺突が致命傷ではなかったとでもいうのだろうか?
後者だとしたら赤服の青年は到底人間ではないが、それならば彼と同じ顔をしたもう一方の青年もまた同様だった。
後ろに目が付いてでもいるかのような反応の良さで出し抜けに振り向くと、この上なく往生際の悪い相手にとどめを刺すべく
大剣をたずさえて躍りかかる。
なすすべもなく一杯に見開くのみのアイスブルーの瞳に、死にぞこないに与える「とどめ」にしては余りにも苛烈な速度で
突進してくる姿が逆さ映りに迫ってきて―――
肉を貫く厭な音を、けたたましいベルがかき消した。
どこからか水音が聞こえる。
古ぼけた机の上で、今時珍しいダイヤル式電話が見た目を裏切らないレトロな呼び出し音を部屋中に鳴り響かせていた。
数回コックを捻る音、それで水音は止んだが、かえってそのせいで電話のベルがより一段と耳障りになった感じだ。
と、部屋の奥のドアを乱暴に蹴り開けて銀髪の若者が現れた。
どうやらシャワーを浴びていたようで、半裸のまま、湯気の上がる頭を手櫛でわしゃわしゃと引っ掻き回している。
拳銃、ピザ、写真立てという、非常に如実に持ち主の性格を象徴しているグッズが載った机の端で
今だ電話は喚き続けていたが、彼はいっこう頓着する風もなく悠然とした歩みで机の前までやって来ると、
その足元に転がっていた、机と同じく良く言えばアンティーク仕様、悪く言えばオンボロの椅子を思い切り蹴飛ばした。
くるくると回転して正しい位置に収まった椅子に勢いよく腰掛け、若者は机の上に行儀悪くどかっと両足を投げ出す。
衝撃で跳ね飛んだ受話器をタイミングよく宙でキャッチ。しかし
「悪いがまだ開店準備中だ」
そっけなくそう言うと、彼はぽい、と受話器を放り投げてしまった。
(適当に放り出されたように見えた受話器は、けれども見事に元の位置に納まった)
「まだ店の名前も付いてねえってのに、気の早い客もいるもんだな」
苦笑しながら紙皿の上からピザを取って一口かじり、彼は正面の入り口に向かって皮肉げに問いかけた。
「あんたもそのクチか?」
ドアを開け、入ってきた「気の早い客」―――ひょろりと背が高く、禿頭で、聖職者風の黒づくめの服を身に纏っていて、
聖書のような分厚い本をうやうやしげに胸元に抱いた男―――は、不躾な問いにただ沈黙を返したが、
それは意味不明なことを突然話しかけられて面食らっていたから、という訳ではなさそうだった。
天井で空調ファンが微かにきしみながら回転している。
「シャワー借りたいってんなら勝手にしな。トイレも裏にある」
招かざる客に鼻を鳴らし、若者が投げやりに声を投げたが、男はそれに答えずふいと身を翻すと、
部屋の隅に置かれていたビリヤード台に指を這わせながらゆっくりと歩きだした。
歩きながら、低く深い声で問う。
「君が―――ダンテかね?スパーダの息子だとか」
「どこでそれを聞いた?」
ダンテと呼ばれた若者は、眉を寄せ、僅かに表情を険しくしたが、
「君の兄上から」
男はあっさりと答え、彼の前に立った。
口の中に残ったピザを咀嚼しながら胡散臭げに首を傾けるダンテの胸元に、青と赤、左右で色の違う男の奇妙な瞳から、
粘りつくような視線が向けられる。
そこには銀の台座に赤い宝石をはめ込んだ、美しいアミュレット(護符)が光っていた。
「招待状を渡したいそうだ。是非受け取って頂きたい」
そう言いつつ、掲げた男の右手にはしかし何もない。
無言のままダンテが睨むような視線を、掲げた時と同じくゆるゆると下げられた男の右手から男自身へと移した刹那、
さりげなく天板の下に滑り込んだ男の指が、机を軽々と跳ね上げた。
一見して相当な重量があるとわかる古い机にかけられた力が相当に常識外れなものであった事は、
それが高く跳ね上がることもなく、まるで空中に横軸でもあるかのように低空できりきりと何回転もした後
横倒しになったことからも明らかで、枯れ枝のように痩せたその体のどこに一体それほどの力があったのか、
奇妙を通り越して異常としか言いようがない。
一方男にスパーダ……伝説の魔剣士の息子かと問われた青年の方もまた、人間離れした身体能力の高さを示す事で
その問いに対する答えを言外に返していた。
宙で膝を抱えて体勢を整え机の腹に難なく着地すると、同じく宙に舞っていた拳銃を掬い取り、
水平に構えて素早く狙いを付ける。
だが、彼の指先が引金を引く事はなかった。
男は忽然とその場から姿を消していたのだ。
反応が人間離れしているのは平常時にも言えるらしく、常人ならしばし薄気味悪さの余韻にさいなまれる所を、
ダンテはざっと部屋の中を斜めに見渡しただけであっさり銃を皮パンの背中に突っ込んでしまった。
「招待状ね」
苦笑交じりに呟くと、すとんと床に飛び降りる。
左の掌をウェイターよろしく天井に開くと、一拍遅れてピザの平箱が降ってきた。
紙皿からピザを拾い上げ、彼は無作法にも下からかぶりつこうと大口を開ける。
が、次の瞬間……
空間がガラスのように切り裂かれ、現れた無数の大鎌の刃が八方からダンテの身体を貫いた。
彼の姿は黒いローブに包まれた骸骨の群れに殆ど埋まり、足元には血の池が出来ている。
悪魔たちの携える大鎌に辛うじて支えられ、最早その動きにあわせてふらふら揺れる事しか出来ない
不恰好な操り人形と化した犠牲者の顔を、彼の正面に立った一匹が、赤く光る瞳で覗き込んだ。
だが、半瞬の後、死神は圧倒的な力で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる事になる。
憑り依であった砂塊に還った仲間を見た後に、一斉に降り向けられたうつろな赤い視線の真ん中で、
ダンテが衝撃で弾き飛ばされた頭骸骨をキャッチして、ニヤニヤしながら人差し指の先で回している。
全身に折れた刃を突き立てて、彼は髑髏を指先でオモチャにし続けながら平然と歩き出した。
鎌の先が抜けなかった間抜けな一匹が背中で引きずられ、腹で床を掃いていたが全くの知らん顔だ。
いや、やはり邪魔には違いなかったのか、そのまま数歩歩いたのちにやおら踵でそいつを跳ね上げると、
右手から左手に持ち替えた髑髏を後ろも見ずに投げつけた。
砂を撒き散らしながら悪魔は落下し、床で更に数匹を巻き込んでまたぞろ砂の飛沫が上がる。
次に彼は身をかがめると、床に跳ね飛んでいた拳銃……ではなくその先にあった平箱からピザを掬い、
部屋の一隅へと歩いていく。
戸惑ったように彼の背後を付いてきていた、悪魔たちの中の一匹が脇から飛びかかろうとしたが、
ダンテはやっぱりそれを見もしないで胸に刺さっていた刃を引き抜き、頭上に向かって放り投げた。
何かが断ち切られる音。
直後に天井の空調ファンが落ちてきて、またしても何匹かの悪魔が砂に変わった。
そして刃を投げつけた人さし指を高々と天に向けたまま、ダンテは唸るように言い放つ。
「イカれたパーティーの始まりか……派手にいくぜ!」
それから彼はスイッチを押した。
が、ジュークボックスはあるじのもったいぶった前振りを完全に黙殺した。
二度、三度。再生ボタンを押すが、ランプはしっかり点る癖にかすかな音すら聞こえてこない。
求めには常に忠実であるべき電化製品の反逆を、彼の短気な主人は決して許さなかった。
反応が無いのを見て取るや、にやりと不気味な笑みを浮かべておもむろに体を引く。
しかる後に気合一閃、ダンテは渾身のチョップを操作盤に叩き込んだ。
物分りの悪い家電もこれには白旗を揚げざるをえない。
ショートした機器が立てる小さな稲光と白煙がくゆった後、かすかな作動音がして
室内は凶悪なまでのロックの響きに充たされた。
それに呼応するように空間が割れ、新たな悪魔が次々と姿を現す。
背後の様子も知らぬげにダンテは前奏のドラムに合わせ、気分よくリズムを刻んで銀髪を揺らしていたが、中の一匹が
大鎌を掲げて飛びかかってくるとひょいとピザをくわえ、合の手を打つように身体を翻した。
彼が一撃を加えると、徒手空拳にしては異様なほど易々と、敵の体が両断される。
全身に刺さった鎌の刃を逆手にとって、それで相手を切り裂いているのだ。
そうやって幾匹かを倒した後に、彼は足の刃を前の一匹に引っ掛け、後ろ足で天井近くにまで蹴り上げると
背後の一匹の喉に手首の刃を突き刺した。
そいつが動けないでいる内にくわえたままだったピザを一瞬で口内に押し込み、
落ちてきた奴を蹴り飛ばす。敵を縫い止めた腕の刃を引き抜き、再開された一撃を大きく身体を反らせつつ
腰から素早く抜いた銃で振り向きざまに受け流した。
武器を振り切って無防備になった相手の頭に銃口を突きつけた時には、彼の体中に突き刺さっていた刃は一つ残らず
敵を砂に変えながら叩き返され、その痕さえもきれいサッパリなくなっていた。
後ろをちらりと振り向いて、そこに鎌を振りかぶった悪魔の姿を認めたダンテは、軽々身長分もジャンプしてそれをかわししな、
バランスを崩して前のめりになった敵の背中を踏みつけた。
「Comm'on!」と銃を持った手で手招きするや床を蹴り、悪魔の身体をスケートボード代わりに滑り出す。
進路上でさっき拾わなかった双銃の片割れをサルベージすると、部屋中に銃弾の雨がバラ撒かれた。
悪魔どころかビリヤード台さえも無差別射撃の的になり、片足が欠けて台上に並んだ球が跳ねる。
丁度よく斜めに傾いだそれをジャンプ台代わりにしてダンテは宙へ飛びあがり、全身を擦られた悪魔は天井に激突して
砂煙になった。
乗り手の方はと言えば床のビリヤード台の上に思いっきり体重をかけた着地を決め、台の端に乗っていた敵が
シーソーよろしく入れ替わりに跳ね上げられて二つ目の天井の汚れになる。
直立した台から放り出された球の一群が、ダンテの背後から前方へ向かって飛んでいく。
白い手玉が眼前を行き過ぎるのを見て、彼は悪戯っぽく唇を歪めると、銃口を軽く上げた。
直後に飛び出した弾丸がキューの代わりとなり、乱反射する色とりどりの球が敵の一群を砂に返す。
同じく宙に跳ね上げられていた、台の端に乗っかっていた彼の剣、リベリオンが主に呼ばれたかのごとく飛来したのを掴み取ると、
ダンテはくるりと身を捻り、横一文字になぎ払った。
小気味いいほどの切れ味のよさで両断されたビリヤード台を蹴り飛ばす。
それぞれが壁に激突し、その下で、もう何度目になるか分からない砂煙がさらさらと音を立てた。
これほどまでに暴れても悪魔の数はまだまだ尽きることがない。しかし―――
「さて―――そろそろ始めるか?」
彼を囲んで大鎌を掲げ、不気味な哭き声を上げる悪魔達を尻目に、ダンテは不敵に笑うのだった。
激しい戦闘の余韻のように、ゆらゆらと天井で揺れていたシーリングファンがついに力尽きたか落下して、
砂まみれの床を叩いた。
耳が割れそうなやかましい音の残響が消えると、静まり返った室内に残されたのはかすかな響き、
横倒しになったままの机に浅く腰を引っ掛けたダンテが、床に立てたリベリオンの柄を指先で弾いている音だけだ。
暫しの間、ダンテはそうやって気だるそうに大剣を玩んでいたが、ふと横目に何かを捕らえると瞳を見開き、
剣を掴みなおすと腰を上げた。
彼が目に留めたのは床に落ちていたピザの箱なのだが、ひょっとしなくてもそのまさかで、
どう考えても砂でジャリジャリのそれを食べる気満々らしい。
心なしか嬉しそうな表情で歩み寄ると腕を伸ばしたが、残念ながら砂入りピザが彼の口に入る事は無かった。
伸ばした腕の先で、カギ爪のついた足がピザを紙皿ごとべちゃりと踏み潰す。
出遅れた悪魔はご丁寧にぐりぐりとピザを踏みにじった上で勢いよく鎌を振り下ろしたが、当然即座に銃声が響き、
彼は床に散らばっている先達の仲間入りを果たした。
さすがに足蹴にされた物まで食べる気はないようだ。
薄く煙を吐いている銃をしまうと、ダンテは壁に引っ掛けてあった真っ赤なコートを手に取った。
一振りした後肩に掛け、そのまま足を出口に向ける。
数歩を行くとハンガー代わりの剣が外れて、床でわびしい音を立てた。
それに一旦振り向いて、ダンテは小さく苦笑する。
部屋の中は見る影もない。ありとあらゆる調度品が壊れてガラクタの山だ。
「なるほどね……楽しいパーティになりそうだ!」
言うなり彼は力まかせにドアを蹴り開ける。観音開きの扉は蝶つがいが吹っ飛び、砂煙を上げつつ回転しながら
スラムの瓦礫に突っ込んだ。
そう、砂煙だ。扉の外は案の定、砂から生まれた悪魔の群れに埋め尽くされていた。
集まってくる敵を睨みつけると、ダンテは事務所の前庭へと足を踏み出した。
一部舗装が剥がれた、灰茶けたコンクリートタイルの上で振り返り、被害状況を視認する。
外観もこれまた凄い事になっていた。柱はヒビが入ったり欠け落ちたり、壁なぞは片側の外装が完全に崩落している。
「ひどいな。店が台無しだ」
ダンテはぎりぎりと唇を噛み締めた。
「……名前も付けてなかったのに!」
鎌を振り上げ、小躍りしている悪魔の群れに低く唸りながら向き直る。
「弁償してもらおうか」
言うが早いか、彼は左手の大剣を上空へ向かって放り投げた。
肩のコートを剥ぎ取るとグルグル振り回し、更にターンまでしながら闘牛士のようにと言うか、ヌンチャクのようにと言うか、
とにかくムダに格好つけながら翻して装着すると、背中まで見えるほど、豪快に裾を払う。
更に丁度良くきゅるきゅると落ちてきた剣を宙で拾い、切っ先を返して地面に叩き付けた。
……そこまでは良かった(?)のだが。
裾を払った時に盛大に上がった砂埃のせいか、それともそもそも風呂上りに半裸で大暴れしたのが良くなかったのか。
端的にどうなったのかと言うと、彼は不意に顔をしかめ、
「……はぶしゅっ」
なんとも間の抜けたクシャミをかました。
途端、背後で不吉な轟音が響き、背中にイヤな砂嵐が吹きつける。
ゆるゆると、振り返ってみる。大惨事になっていた。
これまでは物凄く希望的な観測をすれば、営業や、生活をしようと思えばひょっとしたら出来ない事も無い
……かもしれない。位の状況だった。
だがこうなってしまっては、もうどうしようもない。
何せ玄関の石柱が完全に崩れ、それに支えられていた石のアーチが入り口を覆い隠してしまっている。
どころか屋根がそっくり抜け落ちて、青天井と化していた。
要するに、全壊だ。
ダンテは少しの間、初仕事の前に廃墟になった事務所を無言で眺めていたが、やおらくるりと振り向くと
崩壊の犯人たちに剣を突きつけ、前にも増して怒りに震える声で言い放った。
「―――思ったより高くつきそうだな!」
自分も元凶の一人であると言う自覚など、勿論彼にはある訳もない。
きっかけは地震だった。
鳴動ののちに大地に亀裂が走り、その上にあった建物をなぎ倒しながら岩盤が異様なまでに持ち上がる。
あちこちでそれが同時に発生し、巨大な町の一角に、更に巨大な砂の雲が湧いた。
その中心で、爆発が起こった。
否、爆発さながらの勢いで、地下にあった何かが地上に上昇しているのだ。
居並ぶビルを遥かに追い越し、なお高く高く伸びていくもの……それは巨大な石塔だ。
奇妙に捻じ曲がった柱を冠のように戴いた塔の頂上、地に突き立てた一振りの日本刀に軽く組んだ指先を預け、
沈む夕日を傍らに受けつつ下界を睥睨する者がいた。
成長途中に引っ掛けた何台もの大型車を、塔は無慈悲にふるい落としていく。
見渡す限りのビル群が平らに見えるほど高く、そしてそれほどの高さを誇ってなお不安定とは程遠い巨大さ。
地平線の上に何一つ、己より高い物が無い位置で、塔はぴたりと成長をやめた。
両者の遥かな距離。
にも関わらずその人物が誰だか分かるというのか。
「最後に会ったのは一年前だったな……早いもんだ」
ダンテは言って、肩をすくめた。
塔の天辺ではやはりこれほどの距離をものともせず、刀を片手に持ち替えた男が
吹きすさぶ高空の風に青いコートをはためかせ、ダンテをじっと見下ろしている。
前髪を上げ、後ろに流した短髪は銀、表情などカケラも無い冷たい空気をまとってはいたが、
その顔かたちはダンテとまるで瓜二つだ。
同じ顔の男と天と地で睨みあっていたダンテの背後で、狩り損ねた悪魔の最後の一匹、
一際巨大な死神が不意に宙へ駆け上がった。
ダンテは咄嗟に銃口を向けたが、相手が哄笑にも似た叫びを上げながらビルの上を飛び移り、
塔の頂上目指して去って行くのを見ると銃を下げ、くるりと回して仕舞い込む。
そうして彼は塔へ向かって歩き出し、やけっぱち気味に叫びながら両腕を広げた。
「当然もてなしてくれるんだろう?なぁ、バージル!」
歩みを進める彼の先、いつの間にか現われた巨大な魚がゆるりと塔の上空を舞っていた。