このまちだいすき
part62-10~14,16~30
- 10 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
12:44:49.82 ID:YmTSARgo0
- 「このまちだいすき」は高校生タナカが生まれ育った町で春休みを全力で楽しむRPGです。
 マザー2をリスペクトした感じの雰囲気が漂うRPGツクール作品。
 新作なのでトリつけます。
 
 
- 11 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
12:46:58.95 ID:YmTSARgo0
- 「よっしゃああああああああ!!!!」
 自宅ベッドで起き抜け一番、主人公タナカは雄叫びをあげた。
 「来たよーーーーーーーーーー!!!!!
 春休みだーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 このうららかな季節、授業も宿題もなくしばらく遊んで過ごせる、
 そんな夢のような日々の始まりだ。
 ダラダラ寝ていてはもったいないので、タナカは寸暇を惜しんで遊びまくることを決意する。
 
 タナカの住む町は、どうということもない海辺の田舎町だ。
 大きい建物といえばタナカも通う学校くらい。
 でも、24時間営業のコンビニがちゃんとあるし、浜辺のフリーマーケットは結構人気がある。
 住人同士も仲が良く、住みやすくていい町だ、とタナカは自負している。
 ただ、港に「トーゾック」と名乗るゴロツキどもが住み着いてしまい、
 その区域だけ極端に治安が悪いのが、住人の悩みの種だ。
 
 春休み第一日目の記念すべき朝、町をそぞろ歩いていると、
 親友のスズキに会い、しばらく立ち話をした。
 春休みだ!遊ぶぞ!とは言っても、この町は遊び場が少ないという話。
 「ずーっと住んでる町だから実感ないけどさ、なんかさー、あれなんだよなー。」
 「わかるぜ、それなんだよなー。」
 スズキがふとニヤニヤ笑いを浮かべ、耳打ちをしてくる
 タナカの向かいに住んでるサクライが、何やら困っていたぞ、と。
 行動力と人の好さにかけては人後に落ちないタナカは、スズキのからかいを意に介さず
 色恋沙汰抜きでサクライの様子を見に行く。
 
 サクライは楚々とした雰囲気の、にこやかな少女だ。
 だが今は、泣きそうな顔でマンホールを見つめている。
 話を聞くと、母の形見の珊瑚の指輪を、マンホールの隙間から落としてしまったらしい。
 ここで行かなきゃ男じゃない!!とタナカは下水道に降りていく。
 
 
 
- 12 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
12:48:08.37 ID:YmTSARgo0
- 下水道には、何だかわからないドロドロした生物が蔓延っている。
 しかも、結構強い…。フリマで服や武器を買ったりして、なんとか奥へ進んでいく。
 途中、更に地下に続いているらしいマンホールを見つけたが、開かなかったのでとりあえず進む。
 一番奥まで行くと、そこにはドロドロした生物の親玉みたいな代物が這いずっていた。
 臭い。とても臭い。
 襲ってきたその臭いドロドロを何とか倒すと、泥の中から小さな何かが這い出てきた。
 
 「ミケーーーーー!!
 お前、最近見ないと思ったらこんなのに捕まってたのか!」
 町をよくうろついている野良猫のミケだ。先の割れたしっぽがトレードマーク。
 ミケがくわえていたのは、珊瑚玉のついた指輪だった。
 走り去ったミケを追って、ちょっと臭い指輪を手に、地上に戻る。
 サクライに指輪を渡すと、彼女は頬を染めて喜んでくれた。
 「ありがとう…! もうダメだと思ってたから、すごく嬉しい。
 やっぱり、タナカくんはすごいね!…あ、あああ…///
 私何言ってるんだろ…あの、ほんとにありがとう!」
 
 思いがけず人助けをすることができて、充実した一日になった。
 体がとても臭いので、タナカはとっとと風呂に入って寝ることにしたのだった…
 
- 13 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
12:49:32.28 ID:YmTSARgo0
- 明けて2日目。
 タナカが家を出ると、ミケが待ち構えていた。
 昨日は世にも汚い猫だったが、どこかで水浴びをしたのかさっぱりしている。
 ついてこい、というように振り返りながら走っていくミケを追いかけると、
 町外れの大きな木の前でミケは立ち止った。
 この木は「ご神樹様」と呼ばれる、巨大な神木だ。
 その幹に、見慣れない大きな穴が空いていて、ミケはその中に入っていった。
 不思議に思いつつ、木の洞に潜り込んでみると…そこは広大な空間だった。
 というか、森だ。鬱蒼と茂る大きな森が目の前に広がっていた。
 「な、な、なんだよこれ!?
 森を隠すなら木の中!?森を見て木を見ず!?
 はっ…まさか、これ神隠し的な何か…?
 変なおばあさんに「ぜいたくな名前だね」とか言われて、「タ」って名前にされるんだ…」
 ブツブツ言ってると、前方から悲鳴が聞こえてきた。
 とりあえず駆けつけると、少女が化け物に取り囲まれていじめられていた。
 
 「タナカー!助けてよう!!」
 「え?なんで俺の名前知ってんの…?」
 とにかくゴブリン的なファンタジックな物を蹴散らすと、少女はプリプリと怒りはじめた。
 「まったく、とんだ足止め食っちゃった。
 ゴブリンの奴ら、この杜を我が物顔で仕切ってるんだよ。」
 完全に知り合いモードで話しかけてくる少女に誰何すると、彼女はキョトンと首をかしげた。
 「あ、そうか。この姿で会うのははじめましてだったよね。
 あたしだよ、ミケだよー!」
 よく見れば、彼女には猫耳と尻尾があり、更には目の前で猫の姿に変身もして見せた。
 なんでも、並はずれて長生きした猫は魔力を得て、化け猫になるんだとか。
 
 唐突にファンタジーな超展開を繰り広げられて、混乱するタナカをミケが急かす。
 この森の主であるご神樹様が、最近機嫌が悪くて手が付けられないので、タナカに引き合わせたいのだという。
 「タナカは、下水道でも、今も、あたしを助けてくれた。だからご神樹さまのこともきっと…」
 訳がわからないが、穴を通って町と森を自由に行き来できることがわかり、
 装備を整えながら森の奥を目指していく。
 ミケは、町の人の前では猫の姿に戻っているようだが、
 一度正体を知ったタナカには少女の姿に見えるし、言葉も理解できる。
 なのでタナカは一見、連れてる猫にやたら話しかける電波なさびしんボーイに見えることだろう。
 
- 14 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
12:51:35.29 ID:YmTSARgo0
- 森には、やたらにゴミが落ちている。
 「この近くの村の人間が、不法投棄しに来るんだよね…
 だから最近ご神樹様荒んじゃって…」
 「村!?村もあんの!?」
 「あるよ?私も元はそこ出身だし。
 でも、あんまり一か所に住んでると、あの猫何年生きてんだって話になるから、あっちと行き来してるんだ。」
 完全にファンタジーなRPGである。
 しかし、本当にゴミが多い。いくつもいくつもゴミ袋を通り過ぎ、タナカはぶちぎれた。
 「だーーーーーっ!!もーーーーー!!!
 燃えるゴミは火曜日、燃えないゴミは水曜日!粗大ゴミの日は第3金曜日なんだよっ!
 何やってんだよ自治体はーー!!自然をちゃんと守れよーーーー!!」
 何しろタナカは、一人暮らしの高校生ながら、冷蔵庫にゴミ出しの日程表を貼っているほどのしっかり者なのである。
 「やっぱりタナカはいい奴だね。ご神樹様に会わせたいって思ったの間違いじゃなかった。」
 ミケに連れられて、どんどん森を進むと、ゴミだらけの広場に出た。
 中央にそびえる大樹に、ぐったりとした女の人が身を預けていた。
 
 この女性がご神樹様らしい。
 「あら、ミケ。そちらの方は?人間のような姿ですが…」
 タナカが人間ですと名乗ると、ご神樹様の額に青筋が浮いた。
 「ああーーー!?こ の ド腐れゴミ屑人間めがぁ!!
 よくものこのことやって来れたなぁあ!!!」
 人間=不法投棄者の図式が既にご神樹様の中に出来上がってしまっているようだ。
 逆上して襲い掛かってくるご神樹様に落ち着いてもらうために、ミケと一緒に応戦する。
 散々暴れ、しこたま殴り合い、一度ぶちのめすとご神樹様は我に返った。
 「あら…私、取り乱してしまって…ごめんなさいね。」
 平静を取り戻したご神樹様のために、ミケと二人で目に付くゴミを片付けながら帰ることにした。
 
 二人が去った後、ご神樹様の広場に、RPGの勇者のような恰好をした金髪の美青年が訪れていた。
 「乱心した神樹が暴れていると聞いてやって来たが…
 そのような気配はないな……。」
 
- 16 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
14:35:13.23 ID:YmTSARgo0
- クタクタになって町に戻ると、もう夜になっていた。
 ミケと一緒に夜の町を歩いていると、目の前を燐光を放つ何かが通り過ぎて行った。
 少女のように見えたその何かが通り去った先は、普段は閉鎖されている異人館のある方角。
 その異人館は、幽霊話の尽きない廃屋で、ホラーが一切ダメなタナカには鬼門なのだ。
 すわ怪奇現象!とビビるタナカは、右手の違和感に気づいて手を開いた。
 そこには、まったく身に覚えのないイヤリングが…
 まさか、先ほどの幽霊みたいなものと関係が……
 異人館の方を見ると、普段はガードマンが道を封鎖しているのに、夜だからか誰もいない。
 侵入可能だ…。こういうのは24時間安心をお届けしなきゃならないものじゃないのか!?
 容量オーバーになってしまったタナカは、ミケと共に家に帰り寝逃げすることにした…。
 
 寝てもリセットはされないわけで、翌朝もイヤリングはそこにある。
 ミケは、イヤリングを持ち主に返すことを勧めてくる。
 曰くありげな物を持ったままにしていると、よくないことがあるというのだ。
 確かに、それはそうなんだけど…。ガードマンも夜はいないし、異人館には入れそうだけど…。
 とてもとても嫌だが、タナカは夜異人館に行くことを決意して、昼寝して過ごした。
 
 夜、ミケと共に異人館に臨む。
 早速、三階の窓から青白い少女が覗いて消える、というホラーなお出迎え。
 一杯一杯のタナカはそれでも、暗い洋館の中に踏み込んだ。
 メニュー画面を開くと、いつものRPGツクールのメニューではなく、
 どこかで見たようなメニュー画面が…。下部には緑の波形とFineの文字。
 玄関広間にはタイプライターがあるが、残念ながらインクリボンを持ってないので使用はできない。
 
 お屋敷の中に残る、古い日記類を読みがら進んでいくうちに、
 ここがさる貴族の邸宅であり、主である伯爵には年頃の妹がいたことがわかる。
 伯爵は、王都まで所用で出かけ、王に謁見した際に、妹のジョゼットにとてもいい縁談を賜り、
 喜び勇んで領地まで帰ってきたことが日記から見て取れた。
 しかし、旅支度を解いて油断していたところを、臣下の者に謀反を起こされ…
 
 ここは悲劇の屋敷だったようだ。しかし王都って…ジョゼットって…一体どこの国の話なのやら。
 色々謎を解いて、少女の影が見えた三階の部屋までやってきた。
 鍵を開けて中に入ると…、青白い少女が机に向かっていた。
 豊かな巻き毛を背に散らした、美しく気品のある少女だ。
 「まぁ、いらっしゃいませ。嬉しいですわ。
 この屋敷に最後にお客様がいらしたのは、もう400年程も前だったでしょうか…
 わたくしはジョゼットと申します。」
 本物の幽霊だ。そしてとても普通だ。怖くは…ない。
 イヤリングを返すと、ジョゼットは喜んでくれた。
 これは生前のジョゼットの思念のこもった物で、霊としてのジョゼットを形作る物の一つらしい。
 そんな大事な物を何故タナカに?と問うと…
 わざと渡したわけではなく、イヤリングが勝手にタナカの手に吸い込まれるように飛んで行ってしまったそうだ。
 不思議だが、とにかく持ち主に返すことができてよかった。
 
- 17 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
14:36:31.55 ID:YmTSARgo0
- しかし、ジョゼットは400年以上も幽霊でいるほど、恨み辛みや未練を抱えているようには見えない。
 成仏できない理由を聞いてみると…
 「兄は、今もこの屋敷に縛り付けられたまま…
 兄を置いていくことはできません」
 その時、バタンと扉が開き、ジョゼットに似た男性が部屋に入ってきた。
 「ジョゼット、誰と話しているんだね?」
 彼が、家臣に裏切られ、無念のあまり怨霊となったジョゼットの兄、オトラント伯だ。
 襲いかかってくる伯爵の目を覚ますため、応戦することになる。
 「大丈夫。ジョゼットの話を聞いてわかったんだけど、
 タナカの手は、魔力を操れるよ。」
 なんだかわからないが、霊体相手でも今まで通り、高校生にしては異様に重いパンチで攻撃できるらしい。
 
 勝敗が決し、一度倒れた伯爵は、今目覚めたかのように辺りを見、ジョゼットに目を留めた。
 「おお、ジョゼット。王様からお前に、とてもいい縁談を賜ったのだ
 ジョゼット、これでお前も…幸せに…」
 伯爵は、夜明けの薄闇に溶けるように消え去った。
 「お兄様…やっと解き離れたのね。
 長かった…永遠かに思える時間でした。でもどんなに長い夜にも、朝は来るのですね…
 ありがとうございます、タナカ様、ミケ様…」
 ジョゼットの体もまた、淡く差し込む朝日に溶けて消えていった。
 「タナカ、もう朝だよ…」
 ミケと一緒に、早朝の町へと家路についた…。
 
 と思いきや、異人館の敷地から出たところで、出勤してきたガードマンと鉢合わせてしまった。
 なんとかお説教で済んだが、このことは町長さんにも報告が行くという。
 しょんぼりしながらミケと二人、家に帰って寝床につく。
 
 二人が去った後、異人館の前に、あの勇者然とした金髪の青年が訪れていた。
 「屋敷に縛られた貴族の怨霊がいると聞いて調伏に来たが…
 そのような気配はないな…。」
 
 タナカは夢を見た。
 石造りの城のバルコニーで、小さな少年が小さな竜に話しかけている。
 「お前の父ちゃん、今日も城門まで来たやつらを倒したんだってな!
 やっぱお前の父ちゃん最強だよ。かなう奴なんていねーよな!」
 小さな竜は石でできている。命の宿った石像、ガーゴイルだ。
 少年は、小さなガーゴイルに語りかける。
 「最近さ、考えちゃうんだよ。
 そのうち、代替わりして俺が跡を継いで…
 そんでまた、あいつらがやってきて…でも…」
 …やっぱり、みんなを守りたいな…」
 
- 18 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
14:38:29.56 ID:YmTSARgo0
- 変な夢から覚めると、昼だった。
 外に出ると、古い人形が道を塞ぐように落ちていた。
 これはたしか、異人館のジョゼットの部屋にあった人形だ。
 「ごきげんよう、タナカ様」
 近づくと、人形からジョゼットが姿を現した。
 仰天するタナカとミケをよそに、ジョゼットは陽光の中嬉しそうに佇んでいる。
 なんでも、夜明けのあの時、イヤリングと同じようにジョゼットの魂もタナカに引き寄せられてしまったらしい。
 まるで、取り込まれるような感覚だったが、タナカにそのつもりはなさそうで、
 どうしていいか分からずしばらく漂っていたが、憑代になりそうな人形があったのを思い出し、それに取りついて具現しているらしい。
 「何故わたくしがタナカ様に引き寄せられたのかはわかりませんが、
 及ばずながら、お二人にご恩返しをしたいと思っております。
 霊体ですので物を触ることはできませんが、念で大抵の物は動かせますので、
 お掃除、お洗濯、お料理くらいならできますのよ。」
 「十分すぎだよそれ!」
 ジョゼットは、打たれ弱いが強力な魔法が使えるらしく、心強い戦力だ。
 しかし、化け猫にゴースト…
 「なんとも魔物よりなパーティーだね。」
 とミケも苦笑している。
 
 3人で町を歩いていると、親友のスズキに、町長さんが待ってるぞと声をかけられた。
 「おいおい、なんかしたのかー?
 まぁ、早めに行って、少しでも心証よくしとけよ。」
 予想通り、ジョゼットの姿はタナカ以外には見えていないようだ。
 
 観念して町長さんの家に行く。
 町長さんは白いひげを蓄えたおじいさんで、皆に尊敬されてる人格者だ。
 「タナカくん、今朝異人館から君が出てきたという報告が来ていますが、本当ですか?」
 「はい!間違いなく俺です!」
 「そうですか。」
 ……。……。終わりらしい。お説教も何もなかった。
 「異人館に入ったのが君で、そして君が無事ならそれでいいんですよ。
 でもね、私も趣味で異人館を閉鎖してる訳じゃない。
 老朽化が進んで、中に入ると危ないから、ああして立ち入り禁止にしているんです。」
 反省し、もう入らないと誓うタナカ。
 町長さんはそこで、タナカに本題を切り出す。
 タナカに、港におつかいにいってほしいのだという。
 
 港には「トーゾック」というならずものの一党が住み着いていて、
 町長は彼らが住人に危害を与えるのを防ぐため、港の権利を彼らに渡し、更には年4回の上納金を納めるという契約を結んでいた。
 一方的な搾取だ。しかし、ああいう連中に目をつけられた以上必要な犠牲だ、住人をお金で守れるなら安いのもだと町長は言う。
 しかし、町長も高齢なので、港まで出かけるのが堪えるようになった。
 だから、タナカに上納金をトーゾックの頭に渡してきてほしいそうだ。
 「何を言われても、気にしてはいけませんよ。
 君に危険があってはいけない。穏便に、穏便にね。」
 
- 19 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
14:41:04.09 ID:YmTSARgo0
- 上納金の入った封筒を懐に、タナカ達は港を目指す。
 タナカはこの町で生まれ育ち、この町から出たことがない。
 だから他の町と比べることはできないけれど、いい町だと思っている。
 その町に、ずっと巣食っているガンのような存在、トーゾック。
 だがまさか、これほどまでに一方的な搾取を受けてるとは思わなかった。
 こちらは何も悪くないのに、悪くて強い奴には従うしかないのだろうか。
 
 トーゾックの頭は、港の倉庫の中にいるらしい。
 だが、そこに行くまでに港に群れているトーゾックの連中が因縁をつけてくる。
 奴らは、港に入ってきた一般市民をボコボコにして金品を巻き上げるのを当然の権利のように思っているのだ。
 もちろん屈強な野郎どもなので強いは強いのだが、
 これまで十分にモンスターを倒して経験を積んでいるタナカ達には大した相手ではない。
 一通りトーゾック達をカツアゲしまくって住民の血税を回収し、
 それで装備など買わせていただいて、倉庫の中に踏み込んだ。
 
 大きな倉庫の中には、思い思いに寛ぐ野郎どもと、奥に髪の短い女が一人いた。
 「おやおや、こんなガキをよこすとは、あのじじいもヤキが回ったようだね。
 とっとと金を持ってきな。」
 なんと、トーゾックの頭は女だった。頭は十代目トーゾックと名乗る。
 「そういえば、海辺のマーケットがなかなかの人気だそうじゃないか?
 いいことだねぇ、町の収益が上がれば、こっちも潤うってもんだ。
 そういうわけで、次から上納金を3割増額してもらうよ」
 なんて勝手な言い草だ。しかしガマンするしかない。
 「まだいたのかい!とっとと失せな、目障りだよ!」
 十代目トーゾックに腹を蹴られて転がり、見上げれば下衆野郎どもがニヤニヤと笑っている。
 ミケとジョゼットに助け起こされて、歩きはじめると、
 トーゾック達が罵声を浴びせてきた。
 「ブルブル震えるのは、家に帰ってからにしろよ坊主!」
 「お前らは俺たちの財布なんだよ、この小銭入れ!」
 「弱い奴らはなぁ、黙って俺らの言う事聞いてりゃいいんだよ」
 
 「ガマンだよ、タナカ。穏便にって言われたんだから。」
 「そうですわ。悔しいですが、ここは耐えるしかありません。」
 歯を食いしばって出口まで歩いてきたが、
 ツルツル頭の男に「このハゲ」と言われて、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
 「あんたに言われたくねええええええええ!!!!
 町長さんには悪いが、一発殴らなきゃ気が済まねえ!!!!」
 「やっちゃおうタナカ!」
 「ええ、誇り高い貴族の血にかけて、このような狼藉を許すわけにいきませんわ!!」
 猛スピードで十代目トーゾックの所まで駆け戻り、3人で飛びかかった。
 「おもしろいねぇ!やれるもんならやってみな!来な、野郎ども!!」
 
- 20 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
14:45:25.57 ID:YmTSARgo0
- トーゾック達をボコボコにすると、十代目トーゾックが閃光弾のような物を投げつけてきた。
 「くっ…強いね…。リスクのある強請りはしない主義だ。
 ずらかるよ!野郎ども!!」
 目が利くようになった時には、倉庫はもぬけの殻。
 港にも、あれだけいたゴロツキどもが、人っ子一人いなくなっていた。
 「あー…やっちゃったか…」
 「やっちゃったねー。」
 穏便にとあれだけ言われたのに、ついカッとなってしまった。
 でも、町を悩ませていたトーゾックを追い払ったのだから、喜んでもらえるんじゃないだろうか。
 とにかく、町長に報告に行こうと倉庫を後にした。
 
 その時、倉庫奥のドアが開き、金髪の青年が歩み出た。
 「ここは一体…。岬の古城にトーゾック一味が住み着いていると聞いて、
 討伐に来たが…誰もいないようだな。どうもおかしい。まさか、何者かに先回りされているのか…?」
 青年が前方を見ると、出入り口のシャッターをくぐり、今タナカ達が外へ出ていくところだった。
 
 「そこの君、待て。少し話を聞かせてくれ。
 君は一体何者だ?連れているのは、化け猫とゴーストか…?」
 タナカ達は、金髪の美青年に呼び止められて足を止めた。
 このRPGの勇者みたいなコスプレをした青年には、ミケとジョゼットの姿が見えているようだ。
 彼は、アレックスと名乗った。見かけどおり勇者だという。
 曰く、魔王を倒すための旅をしている途中、古城に悪名高いトーゾック一味が潜伏していると聞き、
 討伐するために立ち寄ったらしい。
 魔王って……。何があったのか知らないが、現実見ようよ。魔王なんていないよ…
 とタナカが呆れると、ミケとジョゼットまでが不思議そうにタナカを振り向いた。
 「何言ってるの、タナカ。現に魔王様はいるよ?」
 「そうですわ。魔王は、ずっと昔から存在し、倒せども新たな魔王が現れ人を苦しめ続ける。
 魔王を倒すのは、人の宿命のようなものですわ。」
 
 当然のように言われて、タナカは訳が分からなくなる。
 この当たり前の田舎町で、一体こいつらは何を言ってるのか?
 「あ、なるほど、観光の方ですね?
 それなら、何かの縁だしこの町をご案内しますよ。
 ただ、ちょっと先に済ませたい用があるので、この先のコンビニで立ち読みでもして待っててくれるかな?」
 一気にまくしたて、目を白黒させているアレックスを置いて猛ダッシュでその場を去った。
 「ふぅ…振り切ったぜ。」
 「ダメだよタナカ!ちゃんと話を聞いてあげないと」
 「わかってるよ…。とにかく、町長さんへの報告が先だろ?」
 少し整理する時間が欲しい。でないとアレックスの聞きたがっていることを話してやることはできないだろう。
 
- 21 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
14:47:03.27 ID:YmTSARgo0
- 町長さんの家へ急ぐ道中住人に話を聞けば、既にトーゾック達がいなくなった事は話題になっていた。
 「すみません!今回は本当に俺が短気だったというか…」
 開口一番頭を下げると、町長さんはタナカに向き直った。
 「バッッカモーーン!!!!!!!!穏便にと言うたろうが!!!!!」
 勝つことができたからよかったものの、相手が銃や何かを使ってくれば、
 今頃殺されていたかもしれないのだ。本当に軽率だった。
 町長さんは、厳しくタナカを叱った後、穏やかな表情に戻り礼を言った。
 この町は、長年悩まされてきた病巣を切り離すことができたのだ。
 
 町長さんの家を辞したタナカは、ミケとジョゼットを連れて渋々コンビニに戻った。
 店内に入ると、アレックスは素直に雑誌を立ち読みしていた。
 「なるほど……隙間を利用して、より効率的に収納を…」
 「……つっぱり棒?インぺリア帝国の新技術か…?」
 主婦向けの雑誌に夢中のようである。しばらく見守っていると、ハッとこちらに気づき慌てて雑誌を閉じた。
 「い、いたなら声をかければいいだろう!」
 「いやー、夢中になってるところ声をかけるのも忍びないし」
 「お待たせしたのはこちらですし、せめてキリのよいところまでは…」
 「お心遣い感謝する!」
 クールだが真面目で素直な青年のようだ。
 とにかく、立ち話するような話題ではないのでタナカの家へ移動することにした。
 
 コンビニを出たところで、スズキに出くわした。
 スズキはアレックスに目を留め、知り合いか?と尋ねてくる。
 アレックスはやはり、他の人にも認識できる実在の人間のようだ。
 彼はあまりにも目立つので、迷子になった観光客という設定で通すことにし、家へ連れ帰る。
 
 「…ってことで、どうしてこうなったのか考える会を始めたいと思います」
 「イギなーし」
 「意義ありません」
 「………まあいい」
 アレックスが語るには、彼は魔王討伐の旅をしている勇者であり、
 その道中で多少因縁のあるトーゾック一味が岬の古城にいると聞いて踏み込んだらしい。
 しかし、古城を探索している最中に、急に雰囲気の違う一室に出た。
 城の構造からは考えられないほどの広さ、そして見たことのない建材、
 戸惑っていると、ちょうど出ていくタナカ達の後ろ姿が見えたのだという。
 つまり、古城とやらと、あの倉庫が繋がっていたということだ
 
- 22 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
14:48:58.82 ID:YmTSARgo0
- 「おそらく、空間移動の魔法…いや、空間接続といった方が正しいか。
 術の対象を限定せず、通過させる…」
 「いや、そういう話はちょっと現実感がないんで…」
 「そこなんだよなー、タナカとあたしたちがずれてるところ。」」
 そう、魔王はいると言い切るミケやジョゼットと、タナカの常識は相容れないものだ。
 「わかったぞ!その魔王とか空間接続とかが全部アリだってんなら、
 そういう異世界とこの町が繋がってるってことなんだろ?」
 ミケはご神樹様の杜から、ジョゼットは故オトラント伯の屋敷からやってきた。
 旅をしているアレックスによれば、どちらもアレックスのいた世界に存在する場所だという。
 「確かに、この町だけが異質だ。しかし、異世界というわけではないだろう。」
 アレックスが、懐から虹色に透き通った石を出した。
 「これは虹の結晶。魔王がいるという魔界への扉を開くための鍵だ。」
 今は、何かに反応するように光を発している。
 「僅かながら反応している。ここは、世界で一番魔界に近い場所のはずだ。」
 ……。
 「えええええっ!?逆に!?」
 
 驚くタナカに、アレックスは淡々と説明する。
 この町が異質なのは魔王に関することだけではない。
 コンビニに行く前にザッと調べたところ、
 東と南は海に囲まれ、西は閉鎖され、北は門と壁―学校でおおわれている。
 どこにも出ることができない、閉鎖された空間なのだ。
 そのことに何故住人が疑問を持たないのか?それは、魔王にそうコントロールされているからだ。
 この、魔王などいない世界のとある町、に偽装された閉じた空間をカモフラージュに魔王は身を潜めているのではないか。
 どこからも通じておらず、万が一迷い込んだ者がいても、住人の反応がこれでは疑いを抱きようがない。
 神樹の杜も、オトラント邸も、岬の古城も、その土地に根差した高等な魔物が住まう場所だ。
 それらとの繋がりが隠されていたこの町は、魔族の戦略的重要拠点とみて間違いない。
 
 「…そういわれても、いまいち信じられないんだよな。
 今までそれなりに平和に暮らしてきたわけだし。異世界とつながってるくらいならアリだったけど…」
 「……まあいい。魔王については君とこれ以上話し合っても平行線だろう。
 私はこの町を探索する。虹の結晶が反応している事もまた事実なのだから。」
 アレックスはタナカに、探索に協力してほしいと頭を下げた。
 魔王討伐の大義名分が通用しないこの町では、探索にも支障が出てくる。
 魔界への扉が見つかるまでの間だけ、調査に同行してフォローして欲しいのだという。
 「……アレックス。…まだ、頭がついていけてないことがいっぱいあるけどさ。
 ここ最近のこと、さすがにおかしいなって思う。俺もこの町のことが知りたい。
 だから、むしろ俺の方こそ、手伝わせてください!」
 ミケとジョゼットも喜んで探索に協力するという。
 これで方針は決定し、明日からアレックスの探索に同行することになった。
 「つーわけで、お疲れ様っした!一時解散!」
 アレックスは、教会と宿屋の場所を尋ねてくる。
 無いと即答すると、教会で記帳ができないことに心の底から衝撃を受ける勇者殿。
 タナカは、快く彼を泊めてやることにした。
 
- 23 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
14:50:44.37 ID:YmTSARgo0
- タナカはふと気づくと、薄暗く、落書きのような線で構成された世界にいた。
 「…さっきベッドに入って寝たんだよな。やっぱこれって夢か?」
 歩いていくと、前方に親友のスズキがいるのを見つけた。
 「おーい、スズキー!」
 「タナカ!?……お前、なぜこんなところに…?それだけは、起こらないようにしてきたのに…」
 「…は?何言ってんだよスズキ!なんか暗いぜお前ー!
 夢の中なんだから、もっと楽しくいこうぜ!まぁ、こんな暗い場所で楽しくも何もないか!」
 「…夢か。そうさタナカ、ここは夢の中だ!」
 どこか不自然なスズキの態度に気づき、タナカはスズキを問い詰める。
 このところの超展開で正直疲れている、友達にウソをつかれたくない。
 「…起きたら全部、忘れてるさ。夢の中なんだから、何でもアリだ。」
 スズキに何か魔法のようものをかけられ、タナカは倒れた。
 
 目が覚めると、自宅のベッドの上、朝だった。
 アレックスは既に起きて、座布団に座っている。
 「ずいぶんとうなされていたようだが、大丈夫か?
 …悪い夢なら忘れてしまえばいい。
 虹の水晶が魔界への扉を開けるのは、闇の魔力を打ち消すことができるからだ。
 この水晶のそばにいれば、これ以上の魔王からの干渉を受けることはない。
 …君の心に浮かんだ疑念を消すために、何か手を打ってくる可能性があるからな。」
 タナカは、今見た夢を思い出しながら、暗い気持ちで机の上の水晶を眺めた。
 「ていうか、その為に出しててくれたんだな、水晶。」
 「おおっ、さすが勇者様!やっさしー!」
 「人のために為すべき事を為す……
 なんと慈悲深い事でしょう!」
 よってたかって褒め殺しにあい、照れてぶっきらぼうに水晶をしまうアレックス。
 真面目クールにちょっとツンデレも入っているようだ。
 
 早速、魔界への扉を探す為の会議を始める。
 ミケやジョゼットは、伝承として魔界は地下深くに、天界は空高くにあると聞いて育ったらしい。
 「教会派と教典派が、唯一共通に持っている教義ですわね。」
 「知らない設定来たよ!!」
 とにかく、魔界は地下にあるというのが彼らの世界では常識らしい。
 この町で地下といえば、下水道くらいしかない。
 アレックスを案内して、下水道へ降りることにした。
 
- 24 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
14:51:29.03 ID:YmTSARgo0
- 外に出ると、今日は雨。そのせいかあまり人気がない。
 スズキの家に行ってみると、留守のようで返事がなかった。
 気にかかりながらも、下水道を降りて奥へ進んでいく。
 ミケを助ける前に見つけた開かないマンホールをアレックスに見せると、
 彼ははりきって虹の水晶をかざし、呪文を唱え始めた。
 「大地を総べる神よ、常世の口にて主が威光を示されよ!」
 特に派手なことは起きなかったが、開かなかったマンホールが開いた。
 アレックスは、タナカ達に礼を言い、一人中へ降りて行こうとする。
 「ここからは俺の…「勇者」の仕事だ。後は任せてくれ。」
 「…いや。俺も行く。…行かない方がいい気がするけど…するけど…
 何か、何かを…」
 
 オモイダシソウナ…
 
 「ボーっとしてるよタナカ、どうしたの?」
 「らしくありませんわ、タナカ様。」
 思考を中断されて我に返ったタナカに、アレックスは気になることがあるなら行くことを勧める。
 真実は時として残酷だ。アレックスも旅の中、知らなければよかったと思う事を沢山知った。
 しかし苦しむことはあれ悔いたことはない。経験値とは、新しい知識に伴う喜び、苦しみ、全てのことなのだ。
 「そうだよな!行く前からビビってたってしゃーねーもんな!
 逃げるのなんかそれこそ、マジでガチヤバくなってからでもいいし!
 春休み大冒険はまだまだ続くぜ!」
 思いきると行動の早いタナカは、一番乗りでマンホールに飛び込む。
 慌てて仲間たちも続き、4人は魔界へと降り立った。
 
 そこは、夢で見たあの落書きのような世界だった。
 タナカは思わず、スズキの姿を探す。だが、ザコ魔物以外には誰も見当たらない。
 魔物を倒しながら、奥へ進んでいく。
 アレックスは伊達に勇者をやってるわけではなく、桁違いに強い。
 神の加護を受けた体は、生半可な攻撃ではダメージを受けず、剣も魔法も紙のように魔物を切り裂く。
 
 白線で描かれた道を進むうちに、チョークが落ちているのを見つけた。
 道が途切れて進めない個所で行き止まり、タナカはそのチョークで虚空に線を描いた。
 思った通り、線はそのまま道になり、自由に進んでいける。
 しかし、タナカの表情は暗い。
 
 奥へ奥へ進むと、メモが落ちていた。
 「・遊び場が少ない→海岸or港 何か?
 ・ショッピングモール案 参考あの町 視察
 ・結界強化←接続魔法にノイズ発生 最優先」
 内容から察するに、魔王のものだろう。ノイズとは、まさにミケ達3人のことだ。
 「遊び場が少ない…か…」
 メモを読むタナカの表情は暗い。
 
- 25 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
14:53:49.12 ID:YmTSARgo0
- 奥の奥へ進み、一つだけ離れて小島のように浮かぶ空間へと、チョークで線を引いて渡った。
 「………スズキ、なんでこんなとこにいるんだよ……」
 「………。悪かったな、タナカ。
 やっぱり、いつかはこうなるんだよな。」
 振り向いたのは、タナカの親友、スズキだった。
 アレックスが進み出る。
 「なるほど、やはり町民に紛れていたか…
 しかし、この魔界においては、闇の気配を隠しきれないようだな!
 魔王め!王と神の名の下に貴様を討つ!!」
 アレックスを止めようとしたタナカを制して、スズキが目を閉じた。
 短髪だった青い髪が長くたなびき、その間から二本の長い角が現れる。
 再び開いた瞳は、魔性に赤く染まっている。
 闇より黒いマントを翻し、ここに当代魔王が顕現した。
 
 「さて、恒例の前口上だが…
 せっかく今日は俺の親友が来てくれていることだし、特別版でお送りしてやろうかね。」
 スズキは、すぐにでも闘いを始めようとするアレックスをなだめて、
 真実を求めてここまでやってきたタナカの為に、この町の事を語る。
 スズキと名乗る以前、先代の魔王が魔界を支配していたころ、スズキはまだ子供だった。
 魔王は倒されても復活するわけではない。世襲制で跡継ぎは安全なところに隔離されて育てられる。
 それでも戦況は常に把握していた。
 歴戦の猛者達を追い返してきた門番のガーゴイルが討ち果たされ、
 各扉を守護していた魔族たちも一掃された。
 城内の魔族を圧倒するほどの力と神の加護を携えた、真の勇者が現れたのだ。
 父はまもなく討ち取られるだろう、スズキはそう確信した。
 魔王は勇者に倒される。それが無限にループされてきた歴史だ。
 やがてスズキが当代魔王を継ぎ、成長して力をつけ、そのころには力のある魔族も揃う。
 そして、無限に続くループに乗っかるわけだ。
 「魔王とは、闇の魔力そのものが魔物と化した…高純度の結晶体のようなものだ。
 その存在を許せば、他の魔物たちは力を増し、専横を振るう事だろう。
 討伐の対象になるのは当然のことだ。」
 「そりゃそうだよな。でも、魔王がいるからこそ魔力の拡散が抑えられてる。
 大体がこっちに集まってくるからな。これはこれで、必要な役割だ。
 …タナカ、そんな顔すんなよ。俺はいいんだ。これは俺の役割なんだから。
 ただ、そのループに他のヤツをさ…巻き込む必要はあるのかってな。」
 
 スズキはずっとそう思っていた。だから、温めてきた計画を即位と同時に実行した。
 城中の魔族を招集し、一か所に集める。
 物言いたげなガーゴイルの息子に、スズキは語りかける。
 「大丈夫、お前も、みんなも、俺が守るから。
 …セイレーン、皆を眠らせてくれ。爺は魔法の用意を。」
 爺と呼ばれた年老いたエルダードラゴン―スズキの後見人の魔法で、城中の魔物たちは皆サナギのような結晶に変じた。
 驚くセイレーンも眠らせ、同じようにサナギに変える。
 そして、その強大な魔力で、スズキは魔王城を解体し、町を作り上げた。
 そこに住む住人は、普通の人間へと姿を変えられ、記憶を封じられた魔族達だ。
 
- 26 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
15:08:59.71 ID:YmTSARgo0
- 「魔族であることを忘れ、人として静かに暮らしていれば…闘いを繰り返さなくて済むんじゃないかと思った。
 俺は、大事な友達を守りたかったんだ。
 …騙してて悪かった。タナカ、お前は前にもここに来たな。
 結局ここは魔界だから、高等魔族の……ガーゴイルであるお前なら簡単に入って来れるんだよ。」
 「そっか……俺はやっぱ、そうなんだな。
 ここに来た時にさ…この場所見て、そんでチョーク拾って、ラクガキを見て思い出したんだ。
 ……お前ってさ、昔から絵はヘタだったよな!」
 記憶を取り戻した親友同士は、微笑みあう。
 
 「……話は終わったか?長話に興じて、今の状況を忘れたわけではあるまいな。」
 アレックスがスズキに剣を向ける。
 魔王は、神の加護を得た者の攻撃以外で死に至ることはない。
 魔力の飽和した危険な結晶を、放置しておくわけにはいかない。
 アレックスにはアレックスの、人々や神から託された使命があるのだ。
 「あ、でもまだ子供がいないな…。
 骨のひとかけらでも残しておいてくれたら、あとは爺が…町長さんが何とかしてくれるだろう。
 さあ、長らくお待たせしちゃったな勇者よ!ラストバトルだ!!」
 
 「他の皆には手を出すなよ?」
 「…いいだろう。住人に害意は感じられないからな。」
 「嬉しいね。俺の計画は大成功というわけだ。」
 「スズキーーー!!全然成功じゃねぇよ!それでお前が死んじゃったら意味ないじゃん!!」
 「友達を守れたなら、成功さ。………。
 下がってろタナカ!!」
 この町を維持する為に膨大な魔力を割いているスズキには、勇者と渡り合うだけの力は残っていない。
 抵抗の意思もないらしく、スズキは一方的にアレックスに切りつけられていく。
 タナカは我慢できず、二人の間に飛び出した。
 「タナカ、君の気持は理解できる。
 だが、俺の前に立ちはだかるというなら、俺は君まで斬らなくてはならない。
 友の想いを無駄にする気か!」
 「スズキは俺らのこと守っていいのに、俺はスズキを守っちゃダメなんておかしい!
 俺だって、友達を守る!!」
 自分は、先鋒となり皆を守る、ガーゴイル。魔王の親友なのだ。
 
 「お前って、本当に変わってないな。
 …ここまで言われちゃ、引き下がれないよな。俺ももうちょっと、足掻いてみるか。」
 「アレックスには悪いけど、あたしもスズキとタナカの味方だよ!
 スズキもタナカも、あたしの友達だもん!」
 「友達の友達もまた、友達と申しますわ。
 わたくしはタナカ様をお守りしますし、スズキ様も、もちろんミケ様もです。」
 「まあ、手荒なマネはしたくないんだけどな。
 俺は…俺たちは、お前だって友達だと思ってるからさ。」
 
- 27 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
15:17:05.60 ID:YmTSARgo0
- アレックスは、タナカ達に剣を向けた。
 「神は天界において、総てを照覧している。
 私は私に課せられた使命を、蔑ろにすることはできない!」
 人には皆立場がある。友達同士とはいえ、避けられない戦いだ。
 勇者アレックスと魔王の、最終決戦が始まった。
 
 スズキは、冗談みたいに強い。
 これで魔力のほんの一部で戦っているとは、勇者が倒しに来るのも頷ける危険さだ。
 それでもアレックスは、信じられないほどの強さでこちらを圧倒してくる。
 死闘の末に、膝をついたのはアレックスだった。
 
 「くっ…ここまでか…」
 「すまないな。でも…俺ももうちょっと、この町でみんなと生きていたいんだ。」
 「……俺はこれまで、一人で旅を続けてきた。…友達がいるというのも、悪くはないな。」
 アレックスのそばに、スズキが歩み寄る。
 「最後に教会で記帳したのは、どの町だ?」
 「……カシマーシだ。」
 「そりゃまた、遠いところからわざわざ。」
 「…やるなら早くしてくれ。こっちは一刻も早く教会に行きたいんだ。」
 
- 28 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
15:18:11.62 ID:YmTSARgo0
- 「何?何をしようとしてるんだ?」
 いぶかるタナカに、アレックスが視線を向ける。
 「タナカ、私は何らかの手立てを講じて、またこの町に戻ってきてみせる。
 その時は、今回のようにはいかない。覚悟しておくんだな。」
 「…そっちこそ!」
 スズキが、アレックスへ手をかざす。
 「じゃあな、あと100年は顔を見なくて済むよう祈ってるぜ。」
 黒い煙とともに、アレックスの姿が掻き消えた。
 その場に跪くスズキに、タナカが声をかける…が…
 「おおーー!あいつ、結構貯めこんでたんだなあ。装備は最強っぽかったし、あとはレベル上げて感じか。
 今回はみんなで頑張ったからな!お金は山分けだ!」
 魔王様は朗らかに笑い、8000円くれた。
 
 「え、えええーーー!!スズキ、お前カツアゲとかするタイプだったのか!」
 「おいおい、人聞きの悪い事言うなよ。」
 「そうだよタナカ!相手が誰でも戦闘で負けたら所持金半分取られて教会送り。
 これ冒険の基本だよー!」
 「ええ、その通りです。そのようにしてお兄様が得たお金を、屋敷の修繕に宛てておりましたわ。」
 ええー…これ常識なんだ…。
 「まぁいいや、なんかどっと疲れたよ…
 みんな、帰ろうぜ!!」
 「うん!」
 「ええ!」
 「だな!」
 
 帰る道すがら、タナカはくるりとスズキを振り向いて言った。
 「なぁ、スズキ!俺、この町大好きだからな!」
 「そう言ってもらえれば、この計画は大成功だよ。」
 二人は笑いあい、自分たちの町へと帰路についた。
 
 エンドロールが流れ、最後にENDの文字。
 そこに、チョークで力強く打ち消し線が引かれた。
 
- 29 :このまちだいすき◆l1l6Ur354A:2012/07/16(月)
15:22:02.37 ID:YmTSARgo0
- 自宅ベッドで起き抜け一番、タナカは雄叫びをあげた。
 「言っておくが!!!!
 俺の春休みは!!!!まだ終わってな―――――い!!!!!」
 跳ね起きれば、ミケとジョゼットがテーブルを囲んでいる。
 「なんていうか、切り替えはやいよね。」
 「うふふ、それでこそタナカ様ですわ。」
 
 こんな風に過ごせることは全然いやではない。
 この状態をベストとしたスズキの選択を、タナカは信じる。
 とにかく、まだまだ春休み。今日も気合を入れて遊ぶのである!
 「この春休みが終われば、いよいよ高校21年生だからな!」
 「………。魔族の方は寿命が違いますものね。」
 「ちなみに、タナカは今いくつなの?」
 「俺?今年で171歳。まだ170だけど。」
 「……。」
 「えっ、何?なんかおかしいのか!?」
 「ううん、何かもうかなりどうでもいいや。」
 気を取り直して、3人は今日も町へ繰り出すのだった。
 
 港で歌を練習しているサクライに話しかけると、
 「遊びに行くなら、私もタナカくんについていっていいかなぁ?」と仲間入り発言。
 喜んでつい姿を現してしまったミケとジョゼットに驚くも、
 魔王云々や魔族云々は伏せて事情を話すと、かなりゆるい…もとい心の広いサクライは、
 化け猫と幽霊、というこの二人の存在を難なく受け入れてくれた。
 これ以降、サクライも冒険のメンバーになる。
 魔王スズキも一応誘ってみたが、「俺が入ると反則になるからな」とのこと。納得。
 
 以降、フリーで春休みを遊べる。
 倉庫からは岬の古城へ行けるようになっており、また古城をねぐらにしているトーゾック達と再会できる。
 町と繋がったそれぞれの場所には、強大な魔物が住んでいる。
 本当は全ての眷属を町へ集めたかったが、司る場所を離れることができない竜や神魔の為に、
 魔王はそれぞれの場所と町を空間接続し、ちょくちょく顔を出しているそうだ。
 その魔物らと、手合せすることができる。
 いずれも、ガーゴイル、化け猫、ゴースト、セイレーンのパーティではなかなか太刀打ちできる相手ではなくレベル上げ必須。
 他にも、色々なおまけストーリーが用意されている。
 春休みに終わりがあるのかどうかは、まだおまけを遊びきってないので不明です。
 
- 30 :ゲーム好き名無しさん:2012/07/16(月) 15:24:02.53
ID:YmTSARgo0
- 以上です。作りが凝ってて、かなり面白かったです。
 
最終更新:2020年02月19日 14:15