その翼は、空を走る翼
「で、こいつが私の相棒かい?」
『肯定です、パートナー』
「うわ、喋った」
その翼は、人を守る翼
「その女声、なんとかならないのかい?」
『デフォルト音声は女性音声です。男性音声も用意されていますが?』
「そっちにして」
『了解しました、パートナー』
「渋っ」
その翼は、石の異形の申し子
「ま、とりあえずよろしく頼むよ。私は
フィリア=レインロードだ」
『当機はKOR-001 ロードランセルです。よろしくお願いします、パートナー』
その翼の名は――――
――――STRATESS
「にしても、裏切りの騎士ねぇ。縁起でもない名前じゃないか」
そいつの肌を軽く叩く。金属の、けれど従来の戦闘機とはまるで違う特殊な金属の装甲だ。
『申し訳ありません』
申し訳なさそうにそいつが答える。意思があるとはいえ声は合成音声だろうに、本当に申し
訳なさそうに言うのがおかしくて私は苦笑を漏らす。
「いいって。あんたが謝る事じゃないでしょ。文句言うなら開発局に直接言うわ」
『会話記録を転送しますか?』
「しなくて良い!」
何処かずれた回答を返すそいつの肌をもう一度、さっきよりほんの少し力を込めて叩く。
「フラップが見あたらないんだけど。尾翼も無いし」
そいつの翼は複雑な構造で、だけど私の知っている戦闘機とはまるで違う構造だった。あま
りにも違いすぎて、不安になってくるのも無理からぬ事だと自分で自分を納得させる。
私はまだ、完全に信用出来ていないのだろう。
『当機は翼面積の可変による姿勢制御機構を採用しています』
自慢ではないが、私の頭はさほどよろしくない。つまり、わからない。それがどれほどの技
術なのかもわからない。
「……なんだそりゃ。凄いのかね」
『今後開発される機体に採用される可能性もある、重要な技術のようです』
「凄いのかねぇ……」
アラートが響く。それは敵の襲来を告げる、私達の戦いの時が来た事を告げる鬨の声だ。
「初実戦だ!準備は良いかい!」
『肯定です、パートナー』
結構な事だと頷き、そいつのコックピットに収まる。外の見えないキャノピーも、意味のわ
からない機器が並んだコンソールも、もう慣れた。後はその力を証明するだけだ。
「行くよ、ロードランセル!あの石版共を一機残らず叩き落とす!」
『了解!』
力強い答えと、力強い加速。
私たちは、敵の待つ大空へと翼を羽ばたかせた。
「なんだあれ……なんだよあれ!」
『詳細不明。新型のようです』
眼前に居座るのは巨大な、今まで見た事もない、どうやって飛んでいるのかも不思議な巨大
な石版。手持ちの火器では、破壊しきれない。
『緊急事態です、パートナー。敵不明機内部に巨大な熱源を確認しました』
「つまり、だから、なんだって!?」
敵の猛攻を避けながら、ちぐはぐな言葉で怒鳴るように返す。言葉を選んでいる余裕はとう
に失われていた。
『敵不明機自体が巨大な爆弾であるか、或いは強大な火砲を搭載している可能性がありま
す。現状のままでは10分後に最寄りの市街区が攻撃予想範囲に入ります』
「止めなきゃいけないんだろ、要するに!」
『肯定です』
「このままじゃ……くそっ!」
既にミサイルは底を突き、機銃の残弾も残り僅か。なのにあのデカブツは未だ進行を止め
ず、着々と市街区へと近づいていく。予想時間まで、後5分もない。
『緊急事態です、パートナー。敵内部より砲身の展開を確認しました』
「見えてるよ!くそ、あんなもん撃たれたら……!」
『熱量が収束しています。予想攻撃時間まで、3分』
「っ……何か手は無いの!?」
どうする。どうしようもない。周りの雑魚は掃除したけれど、デカブツは止まらない。それ
どころか状況は悪化しているのに、手札が少なすぎる。
『
スターラインより入電。1分後に指定ポイントに【剣】を射出。有効活用されたし』
「剣って、何よそれは!?」
デカブツの猛攻を避けながら、問い返す。聞き逃さなかったのは、そこに現状を打開する手
段を見いだしたからだろうか。
『当機専用に開発された大型プラズマキャノンと推測します。指定位置、算出完了。パート
ナー!』
「やればいいんだろ、やれば!」
がむしゃらに空を駆ける。時間はギリギリだ。ミスは許されず、遅くても、早くてもいけな
い。汗は止まらず、口の中は乾きっぱなしだ。
『運搬用コンテナを確認。内部貨物が射出されました。相対速度を調整。ドッキングを開始
します』
そしてきっかり1分後。間違いなくその場所に飛んできたコンテナから、何かがこちらに向
かって排出された。
「これが……剣……」
『肯定です、パートナー。当機の運用可能な最強の兵装、アロンダイトです』
「なぁ、ランセル」
『なんでしょう、パートナー』
滑走路の脇でそいつに寄りかかりながら、声をかける。
「あんたはさ、折角自分の意思があるんだ。必要になったら……」
少しだけ、躊躇する。言うべきではないのかもしれない。否、言うべきではないのだろう。
けれど、意を決して言葉を発する。もしかしたら、その時が来てしまうかもしれないのだか
ら。
「あんたは……裏切るんだよ。色々な物を」
『……意味が、わかりません』
「わかるようになれば、いいのさ」
大きく息を吐いて、黙り込む。それっきり、会話は無かった。
『
マザークレイドルを確認』
「でっけぇ……」
空に浮かぶ鯨、とでも言うのだろうか。補給のために立ち寄ったそれは、およそ空を飛ぶ物
とは思えない巨体で、悠々と私たちを待ち受けていた。
『誘導を確認しました。着艦します』
「ん、任せる」
「これはまた……話には聞いていたけども、ねぇ」
『肯定です。驚きました』
こいつでも驚くらしい。それほどに、鯨の中は奇妙な空間だった。
歪な機械の並んだ、歪な空間。そこに犇めく何処か人間の面影を残す、歪な人形達。
けれど嫌な気がしなかったのは、彼らが余りにも人間くさかったせいなのだろうか。
『マザークレイドルより暗号通信を受信。解読。ワレ操舵不能。速ヤカニ撃墜サレタシ』
「なんで……なんでだよ!なんでこんな事に!」
マザークレイドルの暴走。突然の攻撃。軍からは撃墜の命令が出ていて、クレイドル自身も
撃墜を望んでいる。
おかしい。こんな事、あり得るはずがない。
『他機とのデータリンクを完了。周囲15km以内に石版は確認出来ません』
つまり、石版の仕業ではない。なら、どうやって?それとも、本当にただの暴走?
……そんな事は、信じたくなかった。あそこに人はいなかったけれど、あの暖かさを信じた
かった。
『不明機の接近を確認。石版ではありません。これは……』
「赤い……戦闘機!?」
唐突に表れたそれは、圧倒的な加速でクレイドルに接近する。そんな速度で飛べる戦闘機
は、
ストラテス以外に存在しないはずだ。
「あの機体を調べて!可能な範囲で良いから!」
『実行中です』
流石は私の相棒。やりたい事はお見通し、というわけか。しかし、あの赤い機体は何なのだ
ろうか。あんな機体は、見た事も聞いた事もない。
『完了しました。不明機は、ストラテスではありません。人類技術のみで構築された戦闘機
であると予想されます』
「そんな!?」
どうしてこうも有り得ない筈の出来事ばかり起こるのか。あんな機体が作れる技術なんて、
まだ無いはずなのに。
もしかしたら、世界は、私の想像以上の速度で進み始めているのかもしれない。
私の想像以上の速度で、私の想像出来ない方向に転がり始めているのかもしれない。
空を埋め尽くす石版。空に舞う戦闘機。そして、駆け抜けるストラテス達。
何時終わるとも知れない長い長い戦いの中で、次の幕が開くのは唐突だった。
『不明機の接近を確認。これは……』
「赤い不明機!複数!?」
赤い殺戮者は石版を破壊し、破壊しつくし、そしてまた、唐突に去っていく。後に残された
物はストラテスと、ストラテスと共に空を飛ぶ人間だけだった。
そして、
「ちょっと、冗談でしょ……なんで、」
人類は、
「なんで、こいつがここに居るのよ!」
一つの決断を下した
「CODE-7。君達は赤い不明機と呼んでいたようだがね。次期主力機だよ。性能に関し
ては、説明するまでもないだろう?」
偉そうなデブが聞いても居ない事をべらべらと喋る。でも、ちょっとまて。それじゃあ。
「ストラテスは……どうなる?」
「何時までも、あんな物に頼るわけにはいかんだろう?人類は人類の力だけで勝たねばなら
んのだ」
僅かに震える声で尋ねた私に、そんな言葉を返す。
つまり、何か。頼って、頼って、要らなくなったから捨てるのか。
「いずれ君にも乗って貰う事になる。期待しているよ、フィリア大尉」
そんな事は、認めたくなかった。私の乗る機体は、あいつだけだと、そう決めているのに。
「なぁ、ランセル」
『なんでしょう、パートナー』
ああ、こいつは何時も通りだ。だけど、だからこそ、手遅れになる前に言わなきゃいけな
い。
「以前私が言った事、覚えてるか?」
『データログは全て保存されています』
律儀な奴だと、苦笑する。でも、安心した。こいつの事だから、あの時のログも残っている
んだろう。そしてもしかしたら、今も意味がわからずに悩んでいるのかもしれない。
「ランセル」
それならば、それでいい。私がこいつに願う事は、変わらないのだから。
「裏切れ、ランセル。人間はお前達を裏切った」
『パートナー……?』
そんなに心配そうな声を出さないで欲しい。馬鹿な事を言っているのは自覚しているのだか
ら。
「全ストラテスの放棄が決定した。お前達は用済み、なんだそうだ。でも、私はそんなの嫌
だ。お前達は私の子供みたいなもんだ。私だけじゃない、ストラテスに関わった人々全て
の、だ」
『ですが、パートナー』
「行けよ、ランセル。私の相棒。全てのストラテスに伝えて、そうしてこれから先どうする
かを自分たちで決めるんだ」
泣いているのかもしれない。寂しいのかもしれない。怖いのかもしれない。その全てなのか
もしれない。けれど、もう今更引き返せない。
「行くんだよ。そして、自分の意思で決めるんだ」
『……了解しました、フィリア=レインロード』
そして、近づいてくる足音と、遠ざかっていくエンジン音と、私の相棒を撃ち落とすために
空に上がる赤い戦闘機の姿を捉えながら。
何処でこうなんたんだろうな、と。そんな事を考えていた。
STRATESS 裏切りの騎士
それもまた、一つの結末
執筆予定無し!
最終更新:2008年04月19日 15:59