實驗用球體弍號

 ジッケンヨウキュウタイニゴウ 
 實驗的球體弍號
 サンプルエピソード『宝箱は開かない』推敲中


 眠れない。

 互いに向かい合う座席が申し訳程度の細っこいデスクを挟んで二列置かれた客室には、いま窓側に座っている自分の他には左隣、通路側に座る經道エルドだけだ。經道は新聞を開いている。俺は焦点が合わない目でそこに『了始賢護先發:實於球型耶悉巡?』という見出しが大きく躍っているのを確認する。
 十矢を旅し始めて八カ月余、話すのは無理でも読むくらいならある程度は出来るように俺はなっていた。
『賢護(らもん?)計画始まる、世界は本当に球型なのか?』
 溢れるロマンに感心しながら、俺は頭を經道の肩に預けた。
 目を閉じ、想いを馳せる。
  實驗的球體弍號は、本当に球体なのか ------ ?


―※―※―※―※―※―




 余りにも大きな乗換えだった。恒星規模を持つという二つの巨大な便。この機を逃せば到着は4500日ほども遅れていた筈だ。『恒星規模』が何を意味するのかを俺は知らなかったが、重要度についてははっきり認識していた。

 まだ熄耀に入る前、仕陸を後にしようと言う頃の事だ。俺たちは畝度291~11822番線の乗車口群計百万余りから中央仕陸横断線栄久1379号車へと乗車侵入することに成功する。そこから車内線を五百十回乗り換え、六千日ほどかけて目当ての乗換えホームに近い曾良0041号車に辿り着いた。横断線から熄耀・東越境線に乗り換えるためだ。

 八千日来の大きな乗り換えに俺たち齋早(いつくさ)周郷旅団は緊迫し、円滑な乗換え実現の為俺を含む四十四万三千人の幹部が選定された。
 双肩に架かる責任は名誉なことではあったけれども。高等学校生269人を引率する責任は、俺を少しおかしくして居た。
「在途ってこんなアバラ浮いてたっけ」
 風呂に一緒に入った時、經道が指差し言った。俺は腕を組んで目を逸らした。

 自分が消耗している事を知られたくなかったが、不安から来る慢性的な不眠と消耗は致命的な間違いを犯しかねないところまで俺を追い詰めていた。


 ああ。
 眠い。
 眠れない。
 歩いていても作業をしていてもウトウトしてしまうのに、いざ寝ようと横になっても眠れない。
 寂しくて苦しくて悔しくて眠れない。
 胡乱な意識が支配する、有意義なものは何も無い夢境。ただ痺れ切り、没知性的な、不愉快で管理も出来ない状態に落ち込んで長く混濁した時を過ごすのみ。
 昔、遠い昔、母かそれに似た存在の体温を感じながら眠っていた時期には不眠に悩むことも無かったのかもしれないが、物心つくころには休息が自由にならない事の苦痛を知った。
 畜生。
    畜生!
 何だこの生き難さは。
 こんな世界、ぶっ壊れてしまえばいいのに。
 時刻表なんて無い、そんな世界は何処にも無いのだろうか
 そんな想いの虜だった時期の事だ。


 お前、そんなに眠いなら經道(エルド)に肩貸してもらえよ。― 俺が長旅の疲れと不眠でうつらうつらしていると、向かいの席の浩稜ミカドが言った。
 何気なく口に出され一見悪気無く響いたその声に、俺は反射的に拒絶しなければという強い反感を覚え、語気荒く応えた。
「なにいってんだよいきなり、気持ち悪いな」
「失礼だな」
 俺の隣で窓によりかかり眠っていた筈の經道エルドがつぶやいた。強烈に意識してしまい。慌ててつけ加える。
「いや、男同士がって意味だよ」
 ちょっと舌がもつれる。長めのまつ毛も相まって、エルドは目をつむっているとまるで女に見える。俺は多少まごつくのを覚えた。
 気持ち悪い。それは本心だろうか。
 ストレスと孤独感による慢性的な不眠。
 直ぐそこに在る温もり。
 經道は自分が好きなはずだ。だって友達だ。ずっと一緒だった。


「なんで? お前らつきあってるようなもんだろ」 
「いや、俺たち、そう言うんじゃないから!」


 焦って答える自分、怪訝そうな顔の浩稜。はやし立てる学友たち、焦って經道を盗み見ると、眠るのは諦めたのか難しい顔をして漢字新聞を読んでいる。ぶつぶつと口の中で文の内容を音読しているようだ。
 以前から俺たちが付き合っているのではないか、というような噂が有る事は知っていた。
 逡巡し、付け加える。
「そう言うのは、どうせなら女の子とがいい」
「僕、食堂車に行ってくる」
 經道は突然宣言すると、立ち上がり、俺たちの間を縫うように車室から去って行った。不機嫌そうに。
 俺はそれをなすすべも無く見送る。車室のほかの連中を牽制する事に忙しく、追いかける事が出来なかった。
 失態と罪悪感に呑まれた俺は腹を決めて、その夜經道に彼の体温を感じたいと打ち明けた。
 經道のことが好きかどうかは、まだ、分らなかったが。



―※―※―※―※―※―


「ねえ」
「ん」
「なんて書いてあるの」
「メグケズドゥードゥッタ(了始)ラモン(賢護)プロエクト(先發)。ティーニュレグ(實於)グンブユーエ(球形耶)アズニヴェルズム(悉巡)?
「どういう意味なの」
「ラモン計画(賢護先発)始る。宇宙(悉巡)は本当(実於)に球形なのか?」

 ああ、やっぱり賢護はラモンって読みで合ってたか。

 ぺら、っという前時代的な音がしてページがめくれる。
 いつも思うのだけれど、どうして新聞ってこんなかさばるサイズなんだろう。もっと小さくすればいいのに。
 そしてどうして經道はこんな外国語の覚えが早いんだろう。。
 そして今どき紙媒体の新聞・・・
 男のくせに細っこい太ももしやがって…
「ねえ」
「ん」
「經道って、割と謎な人だよ」
「そう?」
「ああ」
「悪い?」
「悪くない。と、思う」
「ふ」
 經道の指が、髪を掻き分けて頭皮まで侵入してくる。頭を愛撫されるのは身震いするほど心地いいものだ。俺は一瞬呼吸さえ忘れた。經道が呟く。
「おやすみ」
 俺は恍惚として、目を閉じる。


 經道に触れる事を赦されてから、俺は夢を見ることが出来るようになった。
 それが楽しみで、夢を見る為だけの睡眠に經道を突き合わせる事も有るほどだった

―※―※―※―※―※―


 在途アルト、次の乗り換え駅どこだっけ?
「孤溪アルヴァ・ヴルデュ駅だって」
(美しかった。なにもかもが故郷とは比べ物にならないほど。)
 うわ、在途すっごい眠そうだけど。大丈夫?
「乗換えが近いからさ、あんまり寝れてないんだよ」
 頼むから乗換え間違えたりしないでよ。
「分ってるよ」
 間違えたりしたら死刑だからね!
「分ってるって!」
(八千日来の大きな乗り換えに齋早(いつくさ)周鄉旅團は緊迫していた
 高等学校生269人を引率する責任は、俺を少しおかしくして居た。
 双肩に架かる責任は名誉なことではあったけれども)


(表記板に大きく孤溪驛(アルヴァ・ヴルデュ・アーロマーシ)と記された巨大な駅を経て、
 俺は強い不安と闘いながら經道達を引き居ながら新しい住みかまで案内する。)
「わあ」
(自分でも驚く。
 經道エルドたちは色めく。)
 いいじゃん
 在途いい仕事だよ。素敵だよ!
(随分好い部屋だった。
 個室と、庭。凄い。)
「疲れた」
(俺はソファにどさっと身を投げ出して言った)
 これは今度も在途がまかされそうだね
(浩稜ミカドの言葉に俺は絶句する。
 正直、2度とやりたくなかった。
 だが、そんなことは言えはしない。
 立場が許さない)

 何言ってるの

(呆れた様な、經道の声。皆が彼に注目する。
 彼は窓を背にして漢字新聞を広げて居て、その表情などは分らなかった

 彼は言った )

 もう終わったんだよ。僕達はここに住むんだよ


―※―※―※―※―※―


 僕が目を醒ました時、經道の肩に預けていたはずの頭は彼の膝の上に移動していた。
 涙は、經道には気付かれずに済みそうだった。
 照明が落とされている。車室には俺たち以外誰もいない。

 經道の膝枕に顔を埋める。俺はしばらくぼんやりともぞもぞしながら快適な姿勢を模索していた。

「在途、『宝箱は開かない』っていう映画憶えてる?」

 突然、經道の声が響いた。

「…うん。最初に小説版を読んで、經道と一緒に映画版を見に行ったんだっけ」
「好き?」
「子供のころ凄い好きだった」
「君も恋人と逃げ出したいとか考えたんだ?」
「ん。いや、まあね」

 宝箱は開かない。
 逆兼サカガネ登織トオルと許空モトカラ出イヅル、そして飛機ヒキ恵木戸エギドの逃避行。
 旅団の旅費を持ち逃げし、定められたレールの上から外れて、犯罪的な旅に出た三人。
 あれは、結局何人が逃げ切れたんだったか?
 經道が呟く。
「在途、『ここ』は好き?」
 一瞬、何と答えたらいいものか分らなかった。
 常に車に揺られている自分たちにとって、『ここ』とは何を指すのだろう。
 間が空いたが、多分旅団の事を言っているのだろうと分った。 
「好き嫌いの問題じゃ、無いよ」
「へえ? どうして」
「だって俺の居場所はここにしかないもの」
 是永ナガキ經道が答えない。そこにはぞっとする様な間が有った。
「そうかな」
「そうだよ。勝手に寄り道なんかしたら、旅団のみんなにはもう二度と会えない。そうだろ?」 
 口が勝手に言い放つ。暗記したセリフを読み上げるように。
 なんだろう。なんだか自分に言い聞かせてるみたいだ。
「ふうん」
 自分は本心から喋ってるんだろうか。
 失って惜しい様な仲間が、自分は旅団に何人いるだろう。
「ねえ」
 息苦しく惨めなこの生活を捨てて、『地表』など忘れて逃げ出してしまえればどんなにいいだろう。
(經道の指が、そっと俺の髪に差し込まれる)
 数年分の旅費を持って、見知らぬ駅で見知らぬ便に飛び乗って、どこかへ。
「僕はさ、映画しか見たこと無いけど、あの作品好きだよ?
 だってロマンチックじゃない。それにね、僕は」

 止めろ、言うな。

「『旅團リョダン』が嫌いだから」

 言葉が見つからず絶句する。凍りついたように。
 なんでそんな事言うんだ。そんなこと言うな。
 經道。

 それをいっちゃあ、御仕舞なんだよ。

 惑う俺を差し置いて、『車』は規則的な歩みを止めない。
 永久に続く振動と、揺れ。
 酷く長い時間が過ぎて、初めて疑念を覚えた。

 何処だ、ここは。
 大丈夫なのか。乗り過ごしたりしてないのか。
「次の乗り換え駅って、泥内シャールベリ、だっけか」
「ん」
「今、どこ?」
「何処だろうね」
 俺は經道がすこし恐ろしくなった。
「ねえ在途。僕らが『旅』を始めて何年に成る?」
 旅。
 今年は遍歴旅程1998年目だから、ざっと計算すると約2040年くらい。
「經道、まさか乗り過ごしたなんてことは無いよね?」
「ねえ在途」經道は、取り合わない。「僕達が何処から来たか憶えてる?」

 何処から?
 俺は思いだそうとしたが、記憶はぼんやりと混濁していて掴みどころが無かった。

「ねえ在途、『地表』なんて本当に有るのかな。ねえ在途、僕達は弍號驗體ニゴウケンタイに」

 經道の指が、俺の髪を、梳く。

「騙されているんじゃ、ないのかな?」

 瞬間、アナウンスが入る。
「原土城メズーフルドゥヴァール、原土城メズーフルドゥヴァール、彼扉等右側開アザイトークヨッボルダロンニールナク(原土城、原土城、ドアは右側が開きます)」
 俺はずっと止めていた息を、やっと、吐いた。あえぎ声のような声が漏れた。

「どう?」經道が屈託なく笑う。それは非常に珍しい事だった。
「ちょっとした『非日常』、味わってもらえた?」
 俺は答えない。荒々しく跳ね起きて、經道を睨みつけもせずに車室の扉を叩き開けて飛び出した。

 良く考えたら、乗り過ごしている訳が無かった。經道がどんなつもりだったが知らないが、点呼もせず下車するなんて考えられないし、携帯のアラーム機能だってある。俺は混乱していたのだ。經道があんまり暗く微笑むから悪いんだ。
 俺は無限に広がっているように思えるキャビンの巨大構造を縫って、後先も考えずに進んでゆく。
 俺は怖かった。
 アナウンスが響いたとき自分が感じたのは、安堵だったろうか。
 いや、あれは

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最終更新:2011年03月25日 20:25
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