俺たちに向けられた先輩の背中は、酷く遠く感じられた。
いつの間にか背丈で先輩を追い抜いていた。
先輩の背中はもうそんな大きなものではなかったが、今のように
俺たちに背を向けて沈黙する先輩はやはり遠い人だ。
もっとも、俺の先輩は特異すぎて近しく感じられるように成る日などおそらく決して来ないだろうが。
正直、自分でも先輩とそんな関係に成る事を望んでいるのかは確信が持てなかった。
俺は先輩が怖かった。
いつの間にか背丈で先輩を追い抜いていた。
先輩の背中はもうそんな大きなものではなかったが、今のように
俺たちに背を向けて沈黙する先輩はやはり遠い人だ。もっとも、俺の先輩は特異すぎて近しく感じられるように成る日などおそらく決して来ないだろうが。
正直、自分でも先輩とそんな関係に成る事を望んでいるのかは確信が持てなかった。
俺は先輩が怖かった。
「廃墟だな」「好、ついこの前までは、ここは不良の社交場だったんだ、知っているか」
「はい」
ここは[[妖精帝國]]第九別館会議室に付属する休憩室で、連合構成員に開放されていた。
破壊されたビリヤードベースと散乱する叩き壊されたビール瓶、八つ裂きにされた死体の胸は肌蹴、あらわになった肉に次のように刻まれていた。
「健康で充実した人生を過ごす為に - お酒は二十歳になってから」
抑揚の無い声色で佳が文言を読み上げる。
「そうだ。だれもが入る事が出来るという建て前だった。実際には平の不良じゃ金も品位も足りなくて気まずくて入れたもんじゃなかったが…。私も何度か先輩と一緒に来た事がある。飲酒も出来たし煙草も吸えた。本当に高位の幹部は来なかったがな」
『先輩』。
蛮星さんが『先輩』などと親しげに口にするのは、凄い珍しい事なのに。
「なにが起こった、好」
「はい」
俺たちの感じるべきもの。
それは怒りか絶望か。
俺は…
「『総聯の指導』が入りました」
「続けろ」
「」
静かな、本当に静かな呟き。
俺はぎくりとして佳の方を見る。
佳は俯いて、死んだ魚の様な眼で地面に転がる死体を見た。
「そうか」
先輩は言葉を切り、言い放つ。
「いのれ!」
「「はい」!!」
俺たちは祈り始める。
だが俺は実は目を薄く開けて、先輩のすることを見ていた。
先輩が虚空に向け手を伸ばすのが見える。
俺の位置からは彼女の表情は見えないが、感情のこもらない、夢を見ている様な瞳をしているはずだ。
のばされた手が一度、二度、握られる。
まるで手に心が宿り、『届かない』事に戸惑っているように。
腕をしばらく無為に翳し、把握を虚しく繰り返し、先輩は諦めたように降ろした。
「佳ケイ」
「は」
掠れる、声は、佳のものだ。
「はい」
「好ヨシ」
「はい!」
「御祈りは済んだ?」
「「 は い 」」
「そうか」
先輩は振り向く。生々しい傷跡の走る顔、強い髪質、一々無駄のないしなやかな挙動。
低いが好く響く声、気どりは無いが好く仕立てられた改造校服、滲み出る自尊心と憎しみ。
(蛮星はつかつかと佳に歩み寄り)
ああ、懐風館蛮星は…
(そしてだるく殴り倒した)
…懐風館蛮星は美しい。
「う」
佳は膝をついて両手で顔を覆い、溢れる鼻血を抑え込む。
蛮星が横目で俺に視線を寄こし、俺は恐怖で息さえ止まる。
ぼたぼたと流血しながら、佳は耐えて、ときどき「くはっ」とか呻いている。
「好」
(蛮星は憎しみに犯されている)
「佳がなぜ殴られたか分る」
「はい」
俺はうなずく。
「わかりません」
「それでいい。じゃあ行こうか。」
「は、「はいっっ!!」」
「ひとり殺す。死体は適当に毀して公開だ。声明はお前が出せ、佳」
「ぁしたっっしまっっす!」
説明は無い。
佳が何故殴られたのか、俺たちには分らない。
そもそも俺たちは先輩と会話した事さえないようなきがする。
先輩が何を考えているのかなんて、分る人間なんているのだろうか?
先輩が【同志】たちと話してるように見えるときも、ひょっとしたら実はすべてひとりごとなのかもしれないと思う事が有る。
只分る事は、それは蛮星の美しさは火のようだと言う事と・・・
ああ、蛮星の美しさは火のようだ。
そして我々は…
「番長貌下万歳」
蛮星の、ぼそりとした呟き。
俺はぞくッと・・・ いや、ぞっとしながら絶叫する。
「番長貌下万歳っっ!」
そう、焚火の火にひきつけられ身を焼かれる愚かな蝿だ。
最終更新:2011年06月05日 11:54