廃材置き場にて

 初夏。7月下旬。
 妖精帝國の中心部に据えた電子式の大時計がチャイムを響かせて4時を知らせる。
 年々ずれ込んでいく梅雨は先週の頭に一応の明けを見せたものの未だ天気は落ち着かず、この日も空は朝から雨を降らせ、午後3時を回った頃、ようやく泣くのを止めた。
 湿った空気がコンクリと埃と溝川の饐えた臭いを立ち上らせて街に漂う。
 あと四半日も過ぎればそこに酒気も混じるが、しかし、西日本最大を誇る複合繁華街・妖精帝國も、学生が客層の多くを占めるこの時間帯は、客足を雨に取られひっそりと沈んでいた。
 もっとも、彼らの帝國離れは雨のせいばかりでも無かったが…。


「――蜂。オイ、明蜂!」

 帝國第三区商店街の東端から3km程南東に外れると、1ブロックに満たないくらいの土地がある。
 『廃材置き場』と呼称されるそこは、建物の瓦礫から死体まで、ありとあらゆるガラクタが山と積まれた―――所謂ゴミ捨て場である。
 そのゴミ捨て場に、凌波明蜂はいた。
 瓦礫ばかりが積み上がって出来たゴミ山の中腹に腰を下ろして真白い空を眺めていると、不意に自分を呼ぶ声が響く。明蜂は歌うのを止めた。
 伸び上がってコンクリ塊の影から声のした方を覗く。数メートル先のゴミの中。そこに仁王立ちした衛藤一司の姿があった。
 目が合うと呆れた顔で盛大な溜息を吐かれる。
「テメェはヨォ…サボんならもうちぃと静かにサボれっての」
 言いながら一直線にゴミ山を踏み分けて来たかと思うと、躊躇無く拳骨を頭頂に振り下ろす。
「ッ痛(テ)!…だぁら、明蜂って呼ぶなつってんべ。つか、怒るポイント違くないっすか?」
 頭を抑えながら口を尖らせると、一睨みされた後、もう一度拳骨が飛んでくる。今度は後頭部にヒットした。
「ィ…ッ痛(テ)ェな!ポンポンポンポン殴んなよ、なんなんだよ!?」
「ウッセェ!!上司に口ごたえしてんじゃねェよ!――いいから、使えそうなモンあったのか?」
「~~~っ!」
 あまりの理不尽さに抗議の声が出かかったが、何とか不満を表情で伝えるだけに留めると、左下、少し離れた場所を顎で示す。
 見れば、僅かにワイヤーが絡みついたコンクリ片や、ひしゃげた自転車の前輪、原型を想像するのも難しいようなガラクタが地面に散乱して見え――否、本人は「集めた」つもりだったが、如何せん数が少ないのと、置き方が乱雑なのとで、傍目には散乱して見える。
「オイオイオイ、まさか…こんだけか?」
「まさかのそんだけ」
 瓦礫から飛び降り駆け寄った衛藤の声は驚きと焦りで構成されていた。問いの意味も、明蜂の仕事を疑うものではなく、ただ、口にせずにはいられなかっただけである。それは明蜂にも十二分に分かっていた。分かってはいたが…しかし、明蜂の方もやはり口にせずにはいられなかった。
 努めて気のない言い方で。そう、普段通りに。何でもないことのように。


 200㎡の敷地に山と積まれたガラクタやゴミの中から金属を見つけるのが今日の明蜂の仕事だった。本当はもう一人割り当てられる予定だったが、昨晩怪我を負い、今は明蜂たちの店の二階で寝ている。人手不足もあり、代わりの人員は投下されなかった。本人は怪我を押して来ようとしたが、隊長の衛藤の判断に渋々従う形で休みを取っている。
 いつ止むとも知れない雨の中、僅か数ミリの金属盤の付着も見逃さないよう、ガラクタすべてを手作業で、一つ一つひっくり返しながら見ていく作業は、確かに怪我人には酷だったろう。
 しかも、その結果得られたのは、数センチのワイヤーと、金属の成れの果てと思しきものが数gあるかないか、それと、自転車の前輪。
 山の底の方でこれを発掘したときはまさしく狂喜したが、しかし、それでも、収穫はあまりに少なすぎた。

(ここも、ダメか。)

 衛藤の落胆は後姿からでも分かった。

(やっぱり、ほかもダメだったんだろうな…)

 明蜂はそっと息を吐いた。


 

 明蜂たちのチーム・蝗(コウ)はここ5日ほど、帝國上層部からの命令で金属(と言っても、もう鉄屑くらいしか帝國には残ってはいまいが)を集めている。
 妖精帝國は番長連合が取り仕切る都市で、生徒総聯本部から僅か50kmほど南に下ったところにある。その構成は各種店舗(風俗店含む)・娯楽施設等が立ち並ぶ繁華街と、関係者らの住まう住居市街の二つで成る。
 南から北に向かって銅鐸のように扇状に広がる帝國は、繁華街を挟むように居住市街を構え、西の居住市街をA街、繁華街をB街、東の居住市街をC街とし、更に、遊郭・賭場等が円形に並ぶ歓楽地を第一区、その最北から偏芯円状に広がる飲み屋街と、その両脇延長上に広がる居住区画を第二区、更にその最北を芯に取り円状に広がる小売街と居住区画を第三区と分ける。当然のように治安も第三区→第一区と悪化していき、繁華街はある程度連合の自治組織によって守られていたが、第二区より奥の居住市街は、外来客は余程の事情があっても立ち入らない危険地域となっていた。
 その第一区から第三区のすべてで今、「忘れられた金属」の発掘が行われている。妖精帝國は今、絶対的な金属不足に陥っていた。
 商業都市の帝國に於いてそれはリアルに死活問題であり、連合は早急に対策チームを立て、下部組織に発掘を命じた。曰く、打ち捨てられ、埋もれたままの・或いは、各家庭・店舗で眠っている金属を収集・提出するべし、と。
 蝗が担当する区域は第三区A街の北半分だったが、状況は芳しくはなかった。
 各地に点在する『廃材置き場』はこれまでの奔放な発掘が祟って、既にめぼしいものは無く、明蜂が担当した場所が規模から見ても最も期待の出来る場所だった。
 しかし…――、


(ここも、ダメか。)
 衛藤の落胆が後姿からも分かる。
(やっぱり、ほかもダメだったんだろうな…)
 重い空気が漂う。
 衛藤はここ一ヶ月で見た目に分かるほど痩せた。
 帝國と総聯の『冷戦』。その影響は真っ当な商売を営むチームに真っ先に出た。人口の7割が学徒かOBのこの世界で、客足の減少は言わずもがなだったが、流通経路を総聯側に抑えられた事も、また、大きかった。
 妖精帝國で出回っている商品の殆どは、原材料に輸入品を扱う。かつて―――試滅以前の世界で、一大都市を築いていたと思われるこの土地は、旧世界の遺産を多く残した代わりに、新しく何かを育む力を失っていた。植物・海洋、そして鉱物。そのどれもが自分たちの暮らしを賄うのにも不十分な量しか収穫を望めず、ましてや質など、とてもではないが対価を求めて人前に出せるものではない。鉱物にいたっては、100%外からの流入に頼っている。
 そんな状況での冷戦。
 西日本の大半を勢力下に置き、朝鮮にまでその手を伸ばす生徒総聯様は、ほんの少し、帝國への流通を阻害するだけいい。それだけで、結果は火を見るよりも明らかだった。
 物資が入らなければ商品が作れない。商品が無ければ収入がない。収入が無ければ物資が入らない。スパイラルは歓楽商以外の帝國二次団体を直撃し、その煽りは直ぐに三次団体に及んだ。
 総聯の抱える戦闘員の目を潜り抜けての他県への買付け要求。総聯の物資供給班への襲撃命令。等々、命を懸けた『雑用』が増えた。元々小競り合いの多かった第二区の連中の中には同業者への襲撃命令を出す二次団体も結構数あり、その応戦用にまた別の三次団体に戦闘員の差出し要求を出すため、代理抗争が各地で勃発し、それは各チーム間の対立を増やし深めるだけでなく、武闘派――それも、略奪・強奪を生業にする過激派と呼ばれる集団の台頭を許した。
 暴は暴を生み、悪意は連鎖的に広がっていく。
 第二区と三区の境界周辺では利潤をめぐってチームの分裂・合併がめまぐるしく行われ、統制は崩壊。それは更に周辺の区域にも広がりつつあり、下部組織、否、連合を取り巻く状況は否も応もなく最悪の極地へと爆進させられていた。
 そんな中、明蜂たちのチーム・蝗(コウ)は比較的マシな状況にあった。連合では顧客の安全を図ってB街での実戦を禁じているため、第三区A街の、それも北東に居を構える蝗は抗争に巻き込まれることが少なかった。もちろん、彼らが非武闘派集団であったことも大きな要因の一つである。この二ヶ月あまりで構成員を4人亡くし、他県へ買出しに出た3人の行方が知れず、2人ほど重症に臥してはいるが、他のチームに比べれば、高さ数Mの崖を転がり落ちて鼻血で済んだくらいのものだった。
 代わりに、A街の物資の調達系の『雑用』は蝗に集中した。-中途-

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最終更新:2013年06月25日 12:32
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