昼下がりの一番暑い頃。
憬は街かどで嘗てコンビニだったものの前で、異常なほど成長した樹木の下で涼んでいた。
憬にとってそれは名も知らぬ樹だったが、ちょうど総聯の支配する市街地のふちの様な位置に在り、また直射日光も防いでくれるため、他校の支配権に入る前の待ち合わせ場として学友たちと重宝していたのだ。
憬はムッと来る暑さにくらくらしながら、帰校したら校都で待っているはずの給食のジャムパンと、卒業していった焦多先輩の事を考えていた。
最近眠れていない憬が立ったまま眠りそうになってきたころ。
「あれあれ~! どうしたんですか国士さま、こんなところでお一人で!」
「コクシ?」
「あっは、いやだなあ先輩の物知らず! ばか! しね!」
「!?」
「恐れ多くも畏まくも、此方のご仁は天皇陛下を頂点にいただく我らが神の国、大々日本帝國が国立校都の学徒さまじゃないですか!」
「…ああ、失礼」
飾り立てられた改造制服を着こみ化粧もしている二人組は憬コガレの度肝を抜きはしたが、彼女を尤も驚かせたのはやはり彼女がくゆらす、煙を立ち昇らせる奇妙な細長いものだった。
その女が咥えている物が何なのか、憬コガレには一瞬何なのか分らなかった。先輩と呼ばれた女は、『煙草』を抛り、踏み潰す。
二人組は足を止めると、憬と惹ヒカルを二人してジロジロ眺め、不躾にも会話を続けた。
「大阪府でもまだ国属の学校が残ってたんですね!最終的な瓦解へのみちを疾走する日本国だのに!」
「…増えたくらいだよ。最近右翼の街宣が多くなっただろ。結構人気が有るんだよ、特に卒業が間近に成ると」
「先輩のくせに物知ってんじゃねえよ! 死ね!」
「!?」
「縋るものがいるんですかね。ああ、そういえば○区の番はってるツムラってやつが、最近国立校の右翼に舎弟殴り殺されたって言ってましたね。怖い怖い」
「へー? よくある話だな。まあ敵の勢力殺す事なら俺らもやるんだけどさ、何が怖いってあいつら仲間も殺すんだよな」
「そうっスね! 敵か身内かじゃ無くて、思想ですもん ね!」
「貴方は仲間で大切な人だから思想が違っても許してあげる…俺らならそう考えるところを、思想が違うならお前なんか身内じゃない!って考えちゃうんもんね。たとえ後輩でも、日の丸焼き捨てたりしたら…」
「『この在日! 殺してやる!』」
「こわーい」
先輩後輩で在る事が分ったが、そのふざけた掛け合いには憬には信じられないほどの気安さが有って、圧倒されてしまいうまく対応できなかった。
「俺はさ、逝セイがちょっとくらい考え方で俺とぶつかっても、逝の見方尊重するぜ!」
「あは、大丈夫ですよ、俺は先輩の意見なんて求めませんから♪」
「…あっは。……はは」
「あれ? どうしたんですか、顔引き攣ってますよ? では国士様ごきげんよう、大日本帝國万歳!」
セイと呼ばれた少女はけらけらわらいながら、顔をひきつらせた先輩を従わせ去っていこうとした。
「なあ」
おいおい。
憬コガレは止めようとしたが、遅かった。
「ただ国立校ってだけで右翼扱いするの… やめてもらえない?」
二人の少女は、ゆっくりと振り返り、無言のまま憬と、そして惹を睨めつけた。
最終更新:2011年06月05日 14:12