悪夢だ。
まるで悪い冗談だ。
そう思わずにはいられない。
自分のサーヴァントが放った剣が、矢が、炎が、水が、風が、光が、全て一刀のもとに切り伏せられていく。
そこに、何ら奇を衒ったものはない。
何か大層な術式を使っているだとか、実は切り伏せているのではなく当たりを逸らしているだけだとか。
そんな都合のいい解釈に逃げることさえ、目の前の騎士は許してくれない。
彼はただ馬鹿正直に、自分に向けて飛んできた攻撃を剣で捌いているだけだ。
自分が呼んだサーヴァントだって何も木偶じゃない。
それどころか、そこらの中級サーヴァント程度なら文字通り一蹴出来るレベルの強者だ。
その彼が、傷一つ付けられない。
ずっと攻める側に立っているにも関わらず、血の一滴すら流させられない。
あの雄々しく清らかな煌めきを放つ刀身を、どう頑張っても越えられない。
「アーチャー! 何をしてる、早くそいつを殺せ!!」
「無茶苦茶言うな、これが精一杯だ!!」
苛立ちと焦りを隠そうともせず叫ぶアーチャーに、マスターである魔術師もまた同種の感情を覚えた。
まず苛立ち。護りに徹してばかりの剣士一体も倒せないのかお前はと、腹の底から込み上げてくる理不尽な激情。
次に焦り。あれほど優秀な戦いぶりをこれまで見せてくれたアーチャーが、精一杯を尽くしても手傷一つ負わせられない。一体この英霊は何者なのかという、恐れ。
利口なマスターならば即座に深追いするのは危険と悟り、令呪を切ってでも撤退することを選んだろう。
だがこの魔術師は、そうすることが出来なかった。
常勝しなければならないこの自分が、手も足も出ずに尻尾を巻いて逃げ出すという事実が許せなかった。
魔術師なんて生き物は、人間的な欠陥を抱えていない方が珍しい。
その例に漏れずアーチャーのマスターである彼も、とある悪癖を抱えていた。
彼の場合は、高すぎるプライド。
敗北することが許せない、勝ち以外の結末を認められない行き過ぎた完璧主義。
痛み分けのような形でこの場を退くのなら、まだ我慢は出来る。
しかし一方的に消耗させられた挙句歯牙にもかけられず、恐れをなして背を向けた、なんて有様は我慢出来ない。
せめて一撃。あのいけ好かない澄まし顔を驚愕と苦痛で歪めてやらなければ気が済まない。
それに、手はまだある。
ここまでアーチャーの攻撃は一切敵に通じていないが、宝具を使用したなら少しは状況も変わるだろう。
無論、ただ使うだけではない。真名を解放し、最高火力で一気に突き破ってやるのだ。
その手に出るには魔力が足りない? 足りないのなら補えばいい。
この手に煌めく令呪の用途は、何も手綱を引っ張るだけじゃない。
「仕留めるぞ、アーチャー」
「……分かった。俺に出来る全力を、このブリテン野郎にぶちかましてやる!」
令呪による宝具の強制解放。
これまでとは段違いの威力が飛んでくることが明らかになっても、なお騎士は不動のままだった。
白銀の聖剣を構え、黙して敵の総力を待つ。
その舐めきった姿勢が余計に魔術師を逆撫でし、彼はとうとうその一線を踏み越えてしまう。
「令呪をもって命ずる。――アーチャー、第二宝具を解放し、セイバーを屠り去れ!」
アーチャーの担う武器が結合し、一つの弓を作り出す。
これぞ、彼のアーチャーが持つ第二宝具。ワイルドカードだ。
今まで、この宝具を放って倒れなかった敵はいない。
絶対の信頼と揺るぎない自信に基づいて放たれた矢は、虹色の光を帯びてまっすぐ憎きセイバーに殺到する。
その光は、日輪の照らす白昼の冬木においても、一際眩しく美しく見えた。
それは一寸の狂いもなくセイバーの眉間へと迫っていき、遂に回避不可能の間合いまで侵入を果たす。
――そして。
「微温い」
またしても、一刀のもとに切り伏せられた。
「な」
絶句するアーチャーと、そのマスター。
それを交互に一瞥して、セイバーはようやく一歩を踏み出した。
精神はともかく、頭脳は類稀なものを持っていた魔術師は、セイバーの意図を事ここに至ってとうとう理解する。
この騎士は、ずっと見極めていたのだ。こちらの底を。こちらが出せる全力がどの程度のものであるかを。
その上で、彼は判断した。実際に自分の剣でそれを受けてみて、結論を下した。
この戦いは、一瞬で終わらせることの出来るものだ……と。
「ぜ……全力で防げアーチャー! 今度はあっちも攻めてくるぞ!!」
言われるまでもない。
やたらと器用なアーチャーは、今度は盾を自分の周囲に展開して防御の体勢に入る。
生半可な攻撃ではびくともせず、宝具の真名解放を受けても完全には壊れないほどの鉄壁だ。
これを使えば当分の間は凌ぎきれるはず。アーチャーは、そう考えていた。
そして彼は、これから思い知る。その考えが如何に甘いものであったかを、身をもって。
聖杯戦争からの脱落という痛みをもって、知ることになる。
「穴熊を決め込むおつもりか。ですが、それもいいでしょう」
騎士は踏み込むのではなく、その場で立ち止まった。
それからゆっくりと、ここまでのべ百数十発もの攻撃を捌いてきた白銀の聖剣を振り上げる。
「盾で凌ぐというのなら、諸共に吹き飛ばしてやるだけのこと」
刀身に収束していく熱。
それは可視化して、赤い炎となって刀身を這う。
あまりの熱量に時期外れの陽炎さえ生み出しながら、煌々と燃え盛る。
ある種の荘厳ささえ秘めた眩い光が、高慢な魔術師に決定的な挫折を刻み込んだ。
「――この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣。あらゆる不浄を清める焔の陽炎」
直感で悟る。
これには勝てない。
どれほどのサーヴァントを引けば対抗できたのか、それさえ思い付かない。
暴漢を前にした子女のようにその場に情けなく座り込み、茫然と口を開けて見ていることしか出来ない。
戦意など、矜持など、この光が生み出す結果を見るまでもなく砕かれてしまった。
それと同時に彼は目の前の騎士の、その真名を理解する。
白銀の鎧に身を包んだ騎士。
どこの誰が見ても一瞬で業物と悟るほどの、美しく堅牢な聖剣。
そして午前の陽光に照らされている時、かの騎士王すら凌駕する無双の力を手に入れるという特性。
聖者の数字に愛された、太陽の騎士。如何なる状況にあろうと、騎士王の右腕であり続けた男。
「転輪する――」
「――勝利の剣」
そしてその剣の名を、ガラティーン。
剣閃が振り抜かれると共に、地面に焔の刻印が刻まれる。
それから一秒の間も置かずに、そこから灼熱の焔が噴き上がった。
誉れ高き聖剣の焔は小癪な防御諸共、ただの一瞬で盾の内に籠もったアーチャーを呑み込んだ。
彼の魔力反応が消えていく。自分の右腕から消えていく令呪を見て、かつてマスターだった魔術師は理解した。
自分のサーヴァントが負けたことを。自分は、この騎士に完膚なきまでに敗北したことを。
恨み言の一つも言えずに茫然と焔の残滓を見送る魔術師のもとに、小さな足音が近付いた。
セイバーのものにしては軽すぎる。顔を上げれば視線の先にあったのは、あまりにも幼い少女の姿だった。
だがそこに弱々しさは全く感じられない。確かな気高さとある種の気迫を、魔術師は彼女から感じ取る。
少女は魔術師の前に立ち、言った。
「去りなさい。命まで奪うつもりはありません」
セイバーもそのマスターらしき少女も、敗者である彼らを侮辱も慰めもしない。
彼らはただ毅然と、聖杯戦争に臨んでいる。
魔術師はそこに、自分など及びも付かないほどの強い意思と、譲れない願いの姿を見た。
最初から勝てるわけがなかったのだと否応なしに悟らせる、勇ましさと力強さがあった。
「ですが、謝るつもりもありません。――聖杯を手に入れるまで、もう私は止まれないのです」
なのに、どうしてだろう。
その言葉はどこか、自分に強く言い聞かせるようなものだった。
力強さと勇ましさ、誇り高さ。
その背後に、どこか危うげなものが見え隠れしている。
こんな有様まで落ちぶれたからだろうか、魔術師には少女が無理をしていることが手に取るように分かった。
何があったのか。何のために、この娘は戦っているのだろうか。
敗者に、それを問う資格はない。
サーヴァントも戦意も失った彼に出来るのは、この場を黙ってふらふらと後にすることだけであった。
◇◇
「怪我はしてない、セイバー?」
「問題ありません。天に午前の光ある限り、我が剣は決して綻ばない」
敗走したマスターを見送り、セイバーのマスターたる少女は不安げに問う。
それに対しセイバーはいつも通り、毅然とした頼もしさで答えた。
問題ないと。自分は依然、貴方の最強の剣のままだと。
その声を耳にすると、少女は安堵したように顔を綻ばせた。
「そろそろお昼よ。お屋敷に戻りましょう、きっと食事が出来ているわ」
「本来、サーヴァントに食事を摂る必要はないのですが……せっかく作っていただいたものを無駄には出来ませんね。恐れながら、ご一緒させていただくとしましょう」
傍から見れば、それは仲睦まじい兄妹のようでもあった。
いや、それどころか親子にすら見える。
二桁の年月も生きていないだろう少女と、それに付き従う絶世の美男子。
この光景を見て主従という言葉を連想する人間など、そうはいないのではないだろうか。
だが実際のところはそれが正しい。
騎士たる彼は少女の忠実な剣であり、しもべであり、少女はこの誉れ高き騎士を従える幼君だった。
「時に、マスター」
「どうしたの、セイバー?」
不意に、少女の隣を進んでいた騎士が口を開く。
その声色から少女はすぐに、彼が真剣な話をしようとしていることを察した。
足を止め、彼の方へと向き直る。彼女はその身なりや振る舞いからも想像出来る通り、さる名家の令嬢だ。
ただ向き直るだけの動作にも、思わず感心してしまうような気品があった。
「どうか、あまりご無理はなさらぬよう。聖杯戦争は長いのです、そう急く必要はありません」
その言葉に、少女は固まってしまう。
見透かされていた――隠していたつもりだったのに。
「やっぱり、分かる?」
「ええ。私に分かるほどなのです、家人の方々も既にお気付きになっているでしょう」
「……そう」
少女は力なく笑い、そっと俯く。
そこには、凛々しく堂々としたマスターの姿はなかった。
あるのはメッキが剥がれて露わになった、弱々しく背伸びをした幼女の姿。
「子供だったわ、私。戦うってことの辛さを、全然わかってなかった」
セイバーが倒したサーヴァントは、さっきのアーチャーのみではない。
彼はこれまでただの一度も傷を負うことなく、五体ものサーヴァントを退けていた。
天に午前の光ある限り――太陽の騎士に負けはない。
その言葉通り、彼は少女が望むままに敵を蹴散らした。
もちろん、マスターは殺していない。
少女は願いを持つ者ではあったが、魂喰いという外道に憤りを覚える真っ当さの持ち主でもあった。
しかし、少しの猶予を与えたところで、敗れた彼らの結末が変わるわけではないことも少女は理解している。
単に、ほんのわずかな余生を与えられただけだ。
勝者以外は世界から消える。それが聖杯戦争の
ルールであるゆえに。
「敗者の重みを感じるのは自然なことです。何も恥じることではありません」
「でも、現にこうしてあなたに心配をかけちゃってるでしょ?」
彼女は、敗者の重みを背負って毅然と前に進めるほど大人ではなかった。
サーヴァントを失って自分の運命を悟った者達の顔が頭の中にこびり付いて離れない。
「……あの人や兄さんも、こんな気持ちで戦っていたのかしら」
少女には兄がいて、夫がいた。
政略結婚など、貴族の世界では珍しいことではない。
親同士の利害が一致したなら、彼女のような子供でも十分誰かの伴侶として提出され得る。
それでも彼女は、少なくとも大人の都合に翻弄されて人生を台無しにされた被害者ではなかった。
何故なら少女は、自分の夫を愛していた。心の底から――本当に心の底から、彼を愛していたのだ。
しかし彼女の夫は、善人ではなかった。
大いなる野望を胸に秘めた、社会にとっての逆賊だった。
彼女の小さな手がとても届かない場所で、兄と夫は決着を付け――少女は、彼と共に罪を償うことすら出来なくなった。
「間違ってるのは分かってるわ。いけないことをしてるのも、ちゃんと知ってる」
「……アルミリア」
「でも、思ってしまうの。もしも……もしもあの人達の結果を変えることが出来たなら、って」
アルミリア・ボードウィンという少女が『鉄片』を拾ったのは、彼女が未亡人になってすぐのことだった。
ほんの一分ほどの間も置かず、彼女は願いを叶える戦いへの切符を手に入れた。
そうして今に至る。そうして、アルミリアはここにいる。
彼女の召喚に応じたのは太陽の騎士ガウェイン。
聖杯を狙う上で申し分のない、聖者の数字に愛された忠義の陽光。
「ねえ、セイバー。やっぱり私は、悪い子かしら」
「私は主君の善悪を決められるほど、驕った男ではありません」
しかし、とセイバーは続ける。
「貴方がその罪を背負いながらも願いを追い求めるというのなら、私は貴方の剣となり、盾となりましょう。
一人の騎士として、貴方の戦いを、貴方の罪を、価値なきものには決してしない。
それだけは、我が騎士道にかけて誓います」
「……ありがとう、セイバー。そう言ってもらえると、少し心が楽になるわ」
「では行きましょう、アルミリア。せっかくの食事が冷めてしまいますよ」
「もう、引き止めたのは貴方の方じゃない」
円卓の騎士、ガウェイン。
彼は決して裏切らず、主を守る忠剣だ。
彼らは気高く、誇り高く勝利へと突き進むだろう。
奇跡で願いを叶えるため。
仮初の主君を導くため。
彼らの聖杯戦争は――まだ始まったばかりだ。
【クラス】
セイバー
【真名】
ガウェイン@Fate/EXTRA
【パラメーター】
筋力:B+ 耐力:B+ 敏捷:B 魔力:A 幸運:A 宝具:A+
【属性】
秩序・善
【クラススキル】
対魔力:B
セイバーのクラスとしては標準レベル。このランクだと大魔術・儀礼呪法等でも、傷付けるのは難しい。
騎乗:B
上に同じ。幻想種以外の、通常の乗り物なら難なく乗りこなす。
【保有スキル】
カリスマ:E
軍団を指揮する天性の才能。
このスキルは稀に持ち主の人格形成に影響を及ぼす事があり、彼の場合その裏表のない物言いから、天然扱いされる原因になった。
聖者の数字:EX
彼の異名『太陽の騎士』に由来する彼の特異体質。
太陽が出ている午前9時と午後3時からの3時間、通常の3倍近い能力を発揮する。
午前9時から正午の3時間、午後3時から日没の3時間だけ力が3倍になるというもの。
これはケルトの聖なる数である3を示したものである。
スキル発動時の彼の強さは、最優のセイバーと称されるアーサー王すら上回るという。
べルシラックの帯:EX
セイバーの武勇伝である『緑の騎士』伝承にて、『緑の騎士』ことベルシラックからその武勇を称えられて授かったもの。
この帯は彼が騎士として品行方正であることの証であり、武勇と誠実さが備わった完璧な騎士であることを示している。
【宝具】
『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:20~40 最大補足:300人
ガウェインの愛剣・ガラティーン。柄に擬似太陽が納められた日輪の剣。
アーサー王の持つ『約束された勝利の剣』と同じく、妖精『湖の乙女』によってもたらされた姉妹剣。伝承では多くを語られる事のない聖剣だった。王とその剣が月の加護を受けるのに対し、彼とその剣は太陽の恩恵を受ける。『約束された勝利の剣』が星の光で両断するならば、『転輪する勝利の剣』は太陽の灼熱で焼き尽くす。
なお、『約束された勝利の剣』は一点集中型だが、此方は押し寄せる敵兵をなぎ払うために真横への放射型となっている。
さらに抜刀し、魔力をこめることで内部の疑似太陽が運動し、剣の刀身を可視できる範囲まで伸ばすことが可能だという。
【weapon】
『転輪する勝利の剣』
【人物背景】
白銀の甲冑を身に付けた白騎士。
『太陽の騎士』と謳われ、生真面目な性格だが重苦しく構えたところがなく、その態度はまさに清廉潔白を思わせる。
忠節の騎士であり、王への鉄の忠誠心と揺るぎない信頼により、ただ王のための一振りの剣であることを望んでいる。
【マスター】
アルミリア・ボードウィン@機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ
【マスターとしての願い】
聖杯を手に入れ、夫と兄の結末を変えたい
【Weapon】
【能力・技能】
【人物背景】
ギャラルホルンを束ねる七つの名家『セブンスターズ』の内の一つであるボードウィン家出身の令嬢。
ギャラルホルン特務三佐ガエリオ・ボードウィンの実妹。
後に大罪人となる男、マクギリス・ファリドと政略結婚で結ばれた。
婚約自体は政略的なものであるが、マクギリスもアルミリアも、互いのことを心から大切に思っていた。
【方針】
聖杯を手に入れるため、セイバーと共に戦う。しかし、外道の行いはしない。
最終更新:2017年04月04日 21:30