この世に生を受け、産声をあげたその時から、少女の世界は苦悶に満ちていた。

 庭に茂る雑草よりもなお根深く、宿り木のように若き肉体へと絡み付いて無くならない無数の病巣。
 本来見目麗しいはずの外見は崩壊し、体を動かすことはおろか、呼吸するだけで地獄の激痛が襲い来る。
 常人であれば百度は狂死しているだろう苦痛に、然し少女は耐え続ける。
 血筋か、それとも境遇が齎したものか――度を越した自尊心を武器に、彼女は地獄を踏破せんとしていた。

「聖杯の叡智ぃ? 馬ッ鹿じゃないの。そんなもの、涎垂らした路傍の犬にでも食わせときなさいよ」

 少女は強い。人間として、間違いなく破格の強さをその内に宿している。
 それは、女ならではの強さであった。
 彼女は力に、奇跡に、過ぎたる幻想を抱かない。
 あくまでも使い勝手のいい道具として、自分に足りないただ一つを埋められればいいのだと心から信じている。

 たとえ根源への到達という大望を叶える力が自らの手中に収まったとしても、彼女は興味がないと吐き捨てることだろう。彼女に言わせればそんなものは、つくづく馬鹿馬鹿しい幻影でしかないのだから。

 愛は分かる。情も分かる。されどだからどうしたと、笑って踏み潰すのがこの少女だ。
 全身を隈なく病に冒され、狂的なほどの自尊心で寿命を繋ぎ止めている所は先代の外道達と変わらない。
 然し彼女は女だ。男である先代と違い、一切の物理的な強さを彼女は求めていない。
 道具がどれだけ優れていようが、自身が至高なことに変わりはないのだから、それ以上を望む意味がないという結論で自己完結している。

「結局のところ、大袈裟な力なんて要らないのよ。そんなものがなくたって、何も困りゃしないんだから」

 夢を踏み躙られ、それでも無様に足掻く足下の敵の背を踏み付ける。
 怯えるその頭に銃口を向けると、逆さ十字の少女は凄絶な笑みを以って引き金を引いた。
 軽い音、飛び散る脳漿。魔術師の体ががくりと脱力して朽ちる。それを見送り、少女は唄うように呟くのだ。

「私に足りないものはただ一つ――そう、寿命(それ)だけなのよ」


   ◆  ◆


「お帰りなさいませ、我が主よ」

 寂れて誰も寄り付かない、埃と煤に塗れた廃マンションの中で、その男の出で立ちは一際浮いていた。
 清潔感に溢れた白基調の衣服に優雅さをすら感じさせる黒のきめ細やかな長髪。
 顔立ちは実際に言葉を交わさずとも温厚な人柄の持ち主と分かる、ごく整ったものだ。
 外での戦いから帰投したマスターへ慇懃に一礼する姿は、誰が見ても忠臣の動作と認識することだろう。

「完成度はどのくらい?」

 それに会釈するどころか鬱陶しげな態度を示して、少女は藪から棒に問いを投げた。
 何と感じの悪い人間だと通常ならば驚きさえする場面だが、男――キャスターのサーヴァントは静かに微笑む。
 此処は誰からも忘れ去られた一軒の廃マンションだ。
 いつか取り壊しが決まるその日まで再び陽の目を浴びることはなく、静かに朽ちていくのみであった建物。
 然し現在、この場所はキャスターの秘術によって一個の巨大な"神殿"に高められていた。

「七割といったところでしょうか」
「遅いわ。もう聖杯戦争は始まってるんだから、もっとペースを上げなさいよ」
「申し訳ありません。では出来る限り急いで、続きに取り掛からせていただきます」

 傍若無人の一言に尽きる少女の物言いに対して文句も言わず、微笑すら浮かべて受け止めるキャスター。
 彼は優秀な男だ。緋衣南天という少女に使える道具との評を下させるだけの、優れた手際を持っている。
 このように時間さえ与えられれば、彼は霊地でも何でもない廃れた廃墟を立派な神殿に改造できるのだ。
 それだけではない。錬金術の一環として作り出す賢者の石。
 場面に応じて偵察にも攻撃にも転換できる人工霊体、エレメンタル。
 果てには複数体の同時思考さえ可能とする人造人間すら、彼はクラススキルの応用で精製してのける。

 この冬木の地に一体何体のキャスターが召喚されているのかは知らないが、その中でもヴァン・ホーエンハイム・パラケルススという男は間違いなく上位に食い込む、有能な男だ。
 そして南天もまた、口先だけで行動の伴わない愚図とは一線を画している。
 そのことは彼女がこれまでに、既にサーヴァントさえ殺傷しているという事実からも容易に窺い知れるだろう。

 部屋の奥へと消えていくマスターを見送り、パラケルススは悩ましげな溜息を零す。
 それはどこか哀れみにも似た感情を秘めた、良くも悪くも彼らしいものだった。
 ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススは善の英霊だ。
 人を教え導くことに喜びを感じ、魔術師にあるまじき清廉ささえも内包する。
 その彼の目に、緋衣南天という少女はひどく哀れで、悲しい存在に写っていた。尤もそんな胸の内を彼女に看破された日には、下手をすれば険悪では済まないだろうと察しているからこそ、口に出す無粋はしなかったが。

「病み、悶え、苦しみの中で外道へと至った娘――嗚呼。マスターよ、貴女は何と悲しいのでしょう」

 緋衣南天の体に巣食う病巣を全て癒やすことは、医術に長けた彼をしても不可能と言わざるを得なかった。
 パラケルススがこれまで診てきた患者の中には、当然奇病、難病を患った重篤患者も居た。
 彼らは皆ひどく苦しんでいたし、しばしば自分の境遇を地獄と形容してみせたが、現在自分を従えている彼女に比べれば皆風邪にも満たない軽症だ。
 彼女の体は一言、異常――それすら通り越した異様なものだった。
 直接問診をした訳ではない。
 彼女は常に迷彩のような術を使い、自分の外見を隠蔽しているため、本来の姿を見た訳でもない。
 だが、傍目からでも分かった。何をどうすれば人体がああなるのかと、疑問符すら浮かべたくなる有様が。

「されど、我らの目的は競合している。私は大いなる悲願を、貴女は切なる望みを。
 叶えるために、我々は聖杯を手にしなければなりません」

 痛ましそうに、パラケルススは目を伏せる。
 人を慈しむ彼にとって、それはひどく心の痛む選択であった。
 だが、忘れるなかれ。彼は善人であるが、決して正義ではない。

「―――たとえ、いかなる手段を使おうとも」

 ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススは魔術師なのだ。
 結局のところ、一般的価値観から乖離した彼らの倫理観と何も変わらないものを、この男は持っている。
 もしも無辜の市民を殺さねばならない状況に陥ったなら、彼はきっと、今のような顔をしながら殺すだろう。
 痛ましそうな顔で謝罪を述べながら、必ず殺すだろう。

 この男は、そういう魔術師なのだ。


   ◆  ◆


 夢が弱体化している。
 南天は先程の戦いを思い返して、苛立ち混じりの唾を吐いた。

 邯鄲法という術理が存在する。
 魔術とも錬金術とも異なる、極東の地にて密やかに確立された異能体系だ。
 緋衣南天はその使い手である。
 それも、一部の突出した例外を除けば最強と言っていい程の夢を彼女は使うことが出来た。

 羨ましいという感情を微塵も持たないが故に、初代とも二代目とも全く別の形を取った悪夢。急段・顕象。
 名を、『雲笈七籤・墜落の逆さ磔』。
 希望を抱いた者を現実に墜落させ、更に希望に対する不安をもトリガーとして起動する落魂の陣。
 一度嵌まれば逃れることはほぼ困難な陣の中へと落とし込まれ、抱いた希望の大きさに比例した墜落の衝撃を物理的に与えられ、抜け出すことも出来ずに敵は肉塊となる。
 これを扱える以上、サーヴァントであろうと緋衣南天の敵ではない。
 戦闘の土俵で南天は文字通り無敵の強さを誇っていた。然しその力が、この異界では発動すら覚束ないと来た。

「余計な真似を……」

 大方、この聖杯戦争を仕組んだ輩が施した枷のようなものだろうと南天は考える。
 マスターとして舞台に上がるのだから、それ相応の立場に矮化せよ――そういうことなのだろう。
 だが、それならそれでやりようはある。
 幸いにも、自分のコンディションが大なり小なり変動するという状況にはある程度慣れているのだ。
 サーヴァント相手であれ蜂の巣に出来る創形の銃に細やかな夢、キャスターの神殿が万全に整っていれば、それを差し引いても十分勝利を狙うことは可能だろう。

 後はどのように立ち回るかだが――暗躍は元より、この少女が最も得意とする所業だ。

「―――どいつもこいつも、ちゃあんと私の役に立って頂戴ね。あなた達は皆、そのために存在してるんだから」

 百年を超えて受け継いだ外道の血筋。
 腐った汚泥のような血液を体中に循環させながら、朔の担い手は密やかに嗤う。
 その笑顔はひどく可憐で、愛らしく、だからこそ、羽虫を誘い殺す靫葛のような深みを帯びていた。



【クラス】
 キャスター

【真名】
 ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ

【ステータス】
 筋力D 耐久E 敏捷C 魔力A 幸運B 宝具A+

【属性】
 混沌・善

【クラススキル】

陣地作成:A
 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。“工房”を上回る“神殿”を形成することが可能。

道具作成:EX
 魔力を帯びた器具を作成する。伝説の錬金術師として数多の逸話を有した彼は、このスキルをEXランクで習得している。
 賢者の石と呼ばれる特殊な結晶を初めにエレメンタルと呼ばれる五属性に対応した人工霊、高度な判断能力と複数体での同期思考能力を有する人造人間(ホムンクルス)といった多彩な道具を作成する。宝石魔術に用いられる宝石の大量生産も、陣地に接続した霊脈を利用することで可能となる。

【保有スキル】

高速詠唱:A
 魔術の詠唱を高速化するスキル。大魔術の詠唱を一工程で成し遂げる。彼の場合、これに加えて宝石魔術(具体的には賢者の石)を組み合わせて効率化を図っている。

エレメンタル:A+
 五属性に対応した人工霊を使役する能力。この人工霊をパラケルススはエレメンタル、または元素塊と呼称する。
 それぞれの属性元素を超高密度に凝縮させた結晶をベースにして作り上げられた魔術存在。火の元素塊は炎を凝縮させたモノであり、超高熱を操る。土の元素塊であれば超質量及び金剛(ダイアモンド)に等しい硬度を有する。なお、空=エーテルの元素塊は「エーテル塊」とは異なるもの。作成に掛ける手間次第ではあるが、サーヴァントの戦闘にもある程度まで対応可能な使い魔として操ることが出来る。

賢者の石:A
 自ら精製した強力な魔力集積結晶、フォトニック結晶を操る技術。
 ランクは精製の度合いで大きく変動する。
 ランク次第で様々な効果を発揮するが、Aランクともなれば擬似的な不死を任意の対象にもたらすことも可能。

【宝具】
『元素使いの魔剣(ソード・オブ・パラケルスス)』
ランク:A++ 種別:対軍宝具
 刀身の全てを超々高密度の"賢者の石"で構成された魔術礼装。パラケルススの魔剣であり、アゾット剣の原典。
 宝具本来の効果は魔術の増幅・補助・強化だが、この剣を用いて直接対象を攻撃するのではなく、刀身の魔力によって瞬時に儀式魔術を行使し、五つの元素を触媒に用いることで、一時的に神代の真エーテルを擬似構成し、放出する。
 実体化する擬似的な真エーテル(偽)はほんの僅かな一欠けらではあるものの、恐るべき威力で周囲を砕く。威力には自負があるものの、サーヴァント2騎以上をまとめて相手取って使用すべきと考えている。
 更に、単純な破壊とは異なる真の機能を有している。この剣を構成している賢者の石はフォトニック結晶、霊子演算器としての能力であり、星の聖剣の斬撃すら取り込むという。

【weapon】
 エレメンタルを始めとした宝石の数々。

【人物背景】
 パラケルススの名で広く知られる錬金術師。三原質と四元素の再発見を始めとして、数多の功績と書物を残した。
 生前は「遍く人々を、愛し子を救うために成すべきことを成す」として、魔術師でありながらその研究成果を世間に広め、医療の発展に貢献した。
 彼は人類史と魔術史の双方に名を残した希少な人間だが、それを疎んだ他の魔術師の手で謀殺されてしまう。

 生粋の魔術師であるが人を教え導くことに喜びを感じる人物で、どんな相手にも真摯に接する人格者。
 効果や効率を重んじすぎる魔術師の中では稀有な、魔術に風情や情感を覚える人柄の持ち主でもある。立ち振舞は理知的で気性は穏和、戦闘を好まず、人の情愛は何より尊いものであると説く。
 然し彼は清廉ではあるが、結局は「正しい魔術師」の一人であり、根源への到達という願望を果たすためならば誰でも裏切り、どんな手段でも取る人物でもある。

【サーヴァントとしての願い】
 根源への到達。


【マスター】
 緋衣南天@相州戦神館學園 万仙陣

【マスターとしての願い】
 聖杯を獲得し、自分の身に巣食う業病を癒やす。

【weapon】
 創法の形によって創形した拳銃。装弾数が無限であり、連射能力は機関銃を遥か凌駕した域にある。
 弾丸の一発一発には強力な解法が乗せられ、貫通力と概念的な破壊力を持ち、敵が練る異能を片っ端から崩壊させる。それが優れた咒法の誘導を受けることで自在に空を飛翔しながら対象へと着弾する。

【能力・技能】
 邯鄲の夢の使用が可能。延命のために他にも数多の魔道に精通している。
 本聖杯戦争では最弱とまではいかずとも弱体化しており、一対一の戦闘では無敵とまで称された急段『雲笈七籤・墜落の逆さ磔』は使用することが不可能。

 弱点として常人ならばあまりの苦痛に狂死するほどの死病を先天的に患っており、普段は病によって崩壊した外見を迷彩のように夢を使うことで偽装している。これは先祖である緋衣征志郎から受け継いだもので、死病をなくし健康体になるための生きる活力、精神力も彼と同じ域にある。


【人物背景】
 今代の逆さ十字にして、ただ生きたいと切に願い外道を働く少女。

 死病を癒すために暗躍し、世良信明へ恋人として取り入ることで自分の悲願を達成しようとした。
 その方法とは自身の盧生であり、かつて第二盧生・柊四四八に敗北して歴史から抹消された四人目の盧生候補者の復活である。
 柊四四八が盧生になるための試練を完全にクリアしていなかったその『穴』を突き、故に消滅を免れていた第四盧生を復活させ、四四八に勝利するという八層試練を再開させることを彼女は望んでいた。

 南天の体を冒している死病は第二盧生の資格を奪うために押し付けられたものであるため、死病を癒すには彼女の盧生を復活させる以外に方法はない。
 その方法として南天は初代逆十字、柊聖十郎の廃神化を目論見、現代に顕現していた夢なき彼を殺害。百年前にべんぼうの核であった世良信明を道具として入手する。
 そして第四盧生との接続を確かにするために鎌倉中の住民を邯鄲に接続、歴史を追体験させることで力を増し、現実で邯鄲の夢を使用するという領域にまで到達した。

 逆十字とは人を人と思わず、自分を至高と信じ疑わない自尊心の塊たる外道のことを指す。
 だが彼女は初代逆十字の柊聖十郎、二代目逆十字の緋衣征志郎とも違い、他人のことを羨ましいなどとは毛ほども思っていない。女である南天は先代と違い、物理的な強さを欲していない。どれだけ自分の道具が優れていようと、自身が至高なことに何の変わりもないだろうと彼らを嘲ってすらいる。
 彼女が聖杯戦争に足を運び、首尾よく聖杯を入手したならば、彼女はそれ以上のことを望むことはないだろう。彼女にとって先代が目指し、失敗してきた盧生の力など無用の長物であり、彼女にとって足りないものはただ一つ、自分の寿命だけなのだから。

【方針】
 聖杯を手に入れるために暗躍する。
 キャスターの神殿を拠点とし、手段は選ばず敵を殺す。

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最終更新:2017年04月04日 21:33