一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままにとどまる。だが、もし死ねば、多くの実を結ぶ。


ヨハネ福音書。




「マスター。此処は僕に任せて退いてくれないか」

犬吠埼風に白い体毛と赤い目が特徴的な、小動物が語りかけてくる。
自身のサーヴァントと、戦場になる街の地理の把握を行っていた矢先の遭遇戦。
戦闘能力には自信があったが、サーヴァントの戦力を前にしては、善戦がやっとだった。
相手はマスターもそのサーヴァントであるセイバーも、明らかに殺し合いに乗っていて、かつ“殺しを愉しんでいる”輩だった。
なまじ勇者システムのおかげで、人を超えた能力を持っている風は、格好の玩具に思えたのだろう。セイバーは完全に手を抜いた戦い方で風の心と肉体を傷付けていった。
蹴り飛ばされて転がった風に、敵のサーヴァントから吹き荒れる魔力の暴風で、風の長い髪が靡く。
風は自身のサーヴァントの進言を聞き入れるかどうか少しだけ逡巡した。
このウオッチャーは、戦えるような能力を持っていない。そんなウオッチャーに後を任せて逃げられる程、犬吠埼風は冷淡ではなかった。

「僕のクラスはウオッチャー。サーヴァントから君を護るのは不可能だ」

勇者としての能力と戦闘経験は、聖杯戦争に於いて極めて有用な戦力だろうが、風のサーヴァントはウオッチャー。
戦闘能力など期待出来ようはずも無い。ただし、ウオッチャーが言うには「僕を聖杯戦争から退場させるのは不可能と言っていい」そうだから、きっと何かしらの切り札が有るのだろう。
敵サーヴァントの眼前で、マスターが行動不能になれば、其れは即座に敗退に繋がるだろう。其れだけは避けねばならなかった。

「此処は任せたわ、ウオッチャー!!」

告げて、風は跳躍する。勇者システムの恩恵は風の身体を生い茂る樹よりも高く宙に舞わせ、風は常人どころか、乗り物を使用しても追いつけぬ速度で戦場を離脱した。





〜一日前〜



いつものうどん屋でうどんを啜りながら考える。


一、挨拶はきちんと
一、なるべく諦めない
一、よく寝て、よく食べる
一、悩んだら相談!
一、なせば大抵なんとかなる


自分が大切にしている心掛けだがどうにも引っ掛かる。
これを決めた時、私は一人で決めたのだろうか?
周囲に誰か居た気がする。
しかめっ面して考える。女子力が急激に減少して行く気がするが、女子力よりも大切な事だという確信が何処かに有った。
うーんうーんと唸りながら思考するも、皆目見当がつかない。
結局思い出せずお代を払って店を出た。

夕暮れの道をテクテク歩いてお家へ帰る。静けさに寂寥を覚えるがどうしてだか分からない。
私の登下校はもっと賑やかで………。
いやそれよりも私はこんなに穏やかな日々を送ってて良かったっけ?
何かやらないといけないことが有る筈………。
真剣に考える。茜色の空を見上げて思考する。
結局分からずじまいのまま家に着いた。
そんな日々が続き、“その時”は唐突にやってきた。
通っている学舎での一日が終わり、変わらず釈然としないものを抱えて帰る最中、通りかかった公園で小学生がジャングルジムの上に仁王立ちして居た。
注意しようと思って近づく耳に聞こえる、下から見上げる小学生達の「凄ェ!!」だの「そこにシビれる!憧れるぅ!」だのに混じって聞こえた一言。

「勇者だ!!」

この一言が頭蓋の内側に大鐘音と響き渡り、取り戻す己の過ちと抱いた激情。
叫び出したくなる衝動を抱えて、私はその場を立ち去った。
円蔵山の中に駆け入り、周囲に誰も居ない場所まで走り抜けて、私は思いを解き放つ。

「うわあああああああ!!!!」

手近な樹の幹を殴りつける。皆を巻き込んで!樹の夢を潰して!!何であんなのうのうとしていられたのか!!!
何でこんな大切な事を忘れていたのか!!何で自分で思い出せなかったのか!!!
幹を殴りつける。何度も何度も。本当なら骨が折れるまで続けたかったが、頭の中で囁く酷く冷静な声が止めさせた。

─────これは好機(チャンス)だ。

巻き込んだ勇者部の皆の運命を、私が奪った樹の夢を、取り戻す好機(チャンス)。
この好機は絶対に逃さない。“何でも願いが叶う”というならこれ位は叶えられる筈。
“大赦”と違って、最初から代償は説明している。信じても良いだろう……一応は。

「皆……ゴメン」

勇者なんてものに巻き込んでしまった事を改めて、そしてこれから私がやる事を予め謝っておく。
これから私がやる事は、人の願いを踏み躙って、皆の未来を掴むという事。
きっと皆は哀しんで…怒るだろうなあ…………けれど…こうでもしなければ私は皆に顔向け出来ない。

「私は聖杯を手に入れる。そして皆を必ず救う……だから…私を許してね………」

呟いた私の耳に、声が後ろから聞こえた。

「気は済んだかい」

白い毛並みに赤い目の小動物は、記憶と共に得た知識に照らし合わせれば、私のサーヴァントなのだろう……けれど…。

「ウオッチャー……?」

現れたサーヴァントのクラスはウオッチャー。明らかに戦闘向きとは思えない。しかも見た目小動物だし。

「どうして、あんなことをしていたんだい」

身体が震えた。

「………私は」

正直言って迷う…が、これは話さなければならないだろう。

「私は……私達は……………神樹への供物だった」

途切れ途切れに語る。神樹の事、勇者部の事、満開とその代償の事、そして全てを知りながら伝えずに自分達を供物とした大赦の事。

「だから…私は……許せなくて………」

涙が溢れる。それでも目を逸らさずウオッチャーを正面から見る。

「それで、君は大赦を─────」

「その前に…此処に……」

ウオッチャーが感情を全く感じさせない目線を向けてくる。

「其れで、君はどうしたいんだい?僕は戦うことは出来ないけれど、力を貸すことは出来るよ」

「私は……皆を……救いたい!!」

心の底からの叫び。絞り出すような声を聞いてウオッチャーは。

「それが君の得る報酬かい?それなら……此処に契約は結ばれた。君の願いを叶える為に僕も力を尽くそう」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「此処で君たちを死なせると、風は怒るだろからね……。全く、君たち人類の価値基準は、僕らは理解に苦しむなあ………。
今現在で69億人、しかも、4秒に10人づつ増え続けている君たちが、どうして単一個体の生き死ににそこまで大騒ぎするんだろうね。」

風が去ったのを確認したのだろう。残されたウオッチャーは唐突に語り出した。

「わからないといえば風の願いだよ。決して死ぬことが無い。生命体にとって絶対に避けたい存在である、生命活動の終わり……『死』から保護されているのに、何が不満なんだろうね」

感情の全く籠らぬ平坦な声は、決して解けぬ疑問を唯々語る。敵の主従に答えを求めるわけでもなく、

「僕達は願いを叶える。神樹は『死』から護る。その代わりに世界の為に戦って、代償を払う。公平な等価交換だろう?死なない分、魔法少女よりマシだろう」

敵主従は襲ってこない。無力なサーヴァントを捻り潰す機会を、何故か指を加えて見ているだけ……否。ウオッチャーに構っている暇が無いのだ。

長剣を持った少女の影法師が、マントを翻してセイバーに迫る。
長槍を持った少女の影法師が、槍の形状を自在に変えながら、剣の届かない距離からセイバーを襲う。

「君達を最初に風が戦う相手にしたのは正解だったよ。聖杯戦争に乗っていて、尚且つ容赦が無い。此れで風に聖杯戦争というものに対する甘い考えを捨てさせられる」

長い爪を振りかざした少女の影法師が、セイバーのマスターを執拗に付け狙い、セイバーの意識を分散させる。
マスケットを銃を持った少女と、盾を持った少女の影法師が、マスター目掛けて銃弾を放ち、セイバーの動きを拘束する。

「僕たちは君たちとは遭遇戦になったわけじゃない。君たちとは最初からこのつもりで逢ったのさ」

次々と現れては、波状攻撃を仕掛ける影法師達をなんとか振り切り、マスターを連れて逃げ出したセイバーの眼前に現れる異形の影。

ハット帽を被り女体を三つ組み合わせたかのような異形の影法師が、鉤爪を振るい。
巨大な人魚のような異形の影法師が、無数の車輪を撃ち出してくる。
地に伏したセイバーが顔を上げた時、何時の間にか眼前に立っていた幼女の影法師が、頭目掛けて巨大なメイスを振り下ろしていた。

「やっぱりわからないね。君たち人間が家畜にやっている事を真似してみたけれど、一体なんの意味が有るんだい?」

頭を叩き潰されたセイバーを見て、必死に命乞いをするセイバーのマスターを、ウオッチャーは変わらず感情の籠らぬ目で見つめる。

「マスターもキッチリ殺すのがセオリーなんだろう?安心してよ君の死は無駄じゃない。宇宙の為に死ねるんだ。喜んで良いことだと思うよ」

無意味な言葉を連ねるセイバーのマスターの眉間を、弓を持った少女の影法師の放った矢が貫いた。




「まあ勇者システムは非常に興味深い観察対象ではあるけどね。円環の理やほむらの様に、僕が宇宙の理となった時に活かせるかもしれない。
沢山の魔法少女を僕の知識に照らし合わせれば…聖杯を手に入れれば風は死ぬつもりだろうね……。
実験やデータ採取に風を使えないのは残念だけど、彼女の居た世界にサンプルはまだ居るしね」

蛇の様な異形が、セイバーのマスターの死体を貪り食っているのを余所目にウオッチャーは一人語る。
風の慟哭と嘆きを聞きながら、ウオッチャーが考えていたのは、自分達が構築したシステムに、“勇者システムというものを、どう組み込むか”というものだった。

「“満開”は実に効率的なシステムだ。厄介な魔女や魔獣の処理と、効率良く魔法少女を絶望させられる」


犬吠埼風の語った真実は、ウオッチャーの関心を引いた。それは魅了と言っていいかもしれない。
しかし、それは犬吠埼風にとってはさらに過酷な現実を招いただけ。
祈りと希望を種子とし、呪いと絶望を実らせる苗床の候補として見込まれたというだけ。
座に登録されたウオッチャーは、二度に渡る宇宙法則の改変の影響を受けなかった。
座のウオッチャーは只、女神と悪魔の宇宙の改変を観測し、“人間の感情は危険”だと結論したに過ぎない。
そしてウオッチャーは、人間の感情に依らない新たなシステムの構築を考え、此の地で聖杯戦争と勇者システムを知ったのだった。

「まあ、全ては観測を終えてからの事だけれどもね。目的達成の為に最も効率の良い方法は、宇宙法則となることだと教えてくれて、有難う。まどか、ほむら。
尤も、君たちとはもう対立することもないだろう。僕は人間の感情に依らない、新しいシステムを構築するからね」



ああ、真実ほど人を魅了するものはないけど。
ああ、真実ほど人に残酷なものもないのだろう。




【クラス】
ウオッチャー

【真名】
キュウべぇ(インキュベーター)@魔法少女まどか★マギカ

【ステータス】
筋力:E 耐久:E 敏捷:E 幸運:B 魔力:C 宝具:EX

【属性】
秩序・中庸

【クラススキル】
戦場把握:C+
戦場となる土地の状況を監視、把握することが出来る。Cランクでは大雑把なマスターとサーヴァントの位置しか掴め無いが。宝具と併用することで精度を高めることが可能。

【保有スキル】

話術:D+
素質がある人間を魔法少女に勧誘する営業トーク。
技術としては並以下だが、断れないタイミングを狙ってセールスを行うので成功率は高い。


蔵知の司書:EX
インキュベーターの性質によるによる記憶の分散処理。
LUC判定に成功すると、過去現在未来に知覚した知識、情報を、
たとえ認識していなかった場合でも明確に記憶に再現できる。


戦闘続行:EX
死なない。
総身が消し飛んでも何処からとも無く沸いてくる。
マスターが居る限り不滅と呼んで良い。


諜報:C
このスキルは気配を遮断するのではなく、
気配そのものを敵対者だと感じさせない。


単独行動:A+
マスター不在でも行動できる能力。



【宝具】
希望の土壌に、祈りの種子よ芽吹いて育て(魔法少女)
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:ー 最大補足:ー

ウオッチャーが過去現在未来において観測した魔法少女を影法師として使役する。
魔法少女達はウオッチャーの指令を遂行する意識は有るが、自分で何かをする意思は無い。
ウオッチャーは必ず魔法少女の誕生に立ち会っている為、観測出来ていない魔法少女は存在しない。


絶望を糧に、満開と咲き誇れ呪いの花(魔女)
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:ー 最大補足:ー

ウオッチャーが過去現在未来に於いて観測した魔女を影法師として使役する。
魔女達はウオッチャーの指令を遂行する意識は有るが、自分で何かをする意思は無い。
大抵の魔女は観測しているが、ホムリリィの様に観測出来ていない魔女も居る。


僕らは種を蒔き実を収穫するもの(インキュベーター)
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:ー 最大補足:ー

インキュベーターという存在そのもの。宇宙にどれだけ居るかもわからぬ群体で、意識と情報を共有しているインキュベーターの性質が反映されている。
英霊の座に登録された後も、現世のインキュベーターの観測した情報は座のインキュベーターに供給され続ける。
英霊の座に登録されたインキュベーターは、二度に渡る宇宙法則の改変の影響を受けず、宇宙の変化を観測した。
その為にインキュベーターの知識には“円環の理”が誕生する前の宇宙の知識や、悪魔となった暁美ほむらによる改変前の宇宙の知識が存在する。
魔法少女としての“鹿目まどか”や、その魔女としての姿も知識の内に存在し、宝具【希望の土壌に、祈りの種子よ芽吹いて育て(魔法少女)】で影法師として使役できる。
しかし、女神と悪魔は、聖杯の上限を遥かに超える為に再現不可能。
“インキュベーター”という英霊の正体は個では無く群れで有る。斃されても湧いてくるのは復活しているわけでは無く、群体で召喚されたインキュベーターから、新たな個体が湧いて来ている為で有る。これはマスターが健在な限り発動する。
インキュベーターを始末するには、マスターを排除して、新しい個体が湧いてこない様にする必要がある。
マスターの側に侍っている個体以外は、マスターやルーラーにすら観測出来ない。そして侍っている個体以外は何らの影響も現世に及ぼせない。
本来ならば、魔力の回収能力や、人間を魔法少女に変え、その代償に願いを叶える願望機としての能力も持つが、サーヴァントとしての分を超えている為に使用不可能。

【weapon】
見た目の愛らしさ

【人物背景】
宇宙のエントロピーを減少させる為に日夜営業に励む淫獣
二度に渡る宇宙の改変を越えて、自らを宇宙法則にすることを思いついた。

【方針】
優勝狙い。後腐れ無い様にマスターもきっちり殺す

【聖杯にかける願い】
宇宙の理になって効率良いエネルギー採取を行う。
勇者システムを研究したい。



【マスター】
犬吠埼風@結城友奈は勇者である

【能力・技能】
「勇者システム」
神樹から力を授かって変身する。「勇者スマホ」のボタンが変身キー
「満開」は使用不可能。

【weapon】
大きさを自在に変えられる大剣。

【ロール】
女子中学生

【人物背景】
『大赦』から派遣された勇者候補であり、勇者の資質がある生徒を集めて『勇者部』を作る。
バーテックスや勇者についてある程度の知識は有ったが、『満開』の代償については知らされておらず、妹の夢を結果として潰してしまった。

【令呪の形・位置】
オキザリスを象ったものが喉の部分に。

【聖杯にかける願い】
勇者を満開の後遺症から救う。

【方針】
優勝狙い。マスターは殺さない。

【参戦時期】
9話で大赦潰しに行く直前。泣いてる時に偶然転がっていた『鉄片』を握ってしまった

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年04月19日 19:09