228名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/04/30(月) 15:06:00.52 ID:GTq0e919O
真昼のまぶしく清々しい光を避けるように、僕は2階の書斎に引き込もって、次の紀要に載せる論文を書いていた。
まとまった休みの時に出来るだけやっておかないと、普段は忙し過ぎて手が回らない。
しかし、大学業務にかこつけて怠けたせいだろう、つっかえて進まなくなってしまった。
言葉選びが悪いため、次の章に綺麗に繋がらない気がしてしまう。もっと合う言葉があるはずなのだが。
うなだれてパソコンに突っ伏すと、下から落ち着いた声が呼んだ。
「昼食が出来た。降りて来てくれ」
「お、そうか…あいよ今行くよ」
時計を見ると2時を過ぎている。いつもより遅い。おそらく僕に気を遣ったのだろう。
「仕事の邪魔でなかったかと思ったが、もう疲れが溜っている頃だろうと思って呼んだ」
やはりそうだ。クーはいつもとても素直だ。
「豚肉チャーハンだ。冷めないうちに食べてくれ」
「ありがとう。いただきます」
「はい、どうぞ」
クーのチャーハンはとてもうまい。結婚してからさらにうまくなった。僕が時々ねだったからだろう。
僕はいつもチャーハンをお代わりしたくなる。
「お代わりはあるからな。君がそう可愛らしく頬袋を膨らませていると、私は幸せだ」
クーは嬉しそうに笑った。
僕は照れた。
229名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/04/30(月) 15:07:28.98 ID:GTq0e919O
昼食をたいらげた後、僕たちは近くの山を散歩することにした。クーの提案だった。
はじめは紀要の事が気になって渋ったが、
「パソコンをあまり長く見ていると疲れるぞ。それに散歩は考えるのに良いという」
と僕を心配していたので、行くことにした。
近くにある山は歩いて回っても1時間かからない小さなものだが、僕たちが小さい
頃から変わらず木々が生い茂って、涼やかな空気を保っている。
つい最近まで薄い色の桜が咲いていたのに、今は緑が増えて濃くなっている。
「緑が気持ち良いな。良い季節だ」
「うん」
クー、僕はずっと君になにもしていない気がする。現にこの休みも僕は仕事してばかりだ。
「ねえクー」
「どうした」
「ごめん。気付かなかったよ。僕は、僕の事ばかり構って、君の事を考えていなかった」
「違うぞ男、断じて違う」
「いや…」
「チャーハン、おいしかっただろう?」
「え?」
「昔より格段にうまくなった。それは嬉しそうに食べてくれる相手がいるからだ。
これからももっとうまくなりたいと思う。
思い遣れる、思い遣りたいと思う人がそばにいる、私は全力でこの幸せを噛み締めているんだ」
クー、本当に優しいよ。
「だから、お願いがある。どうかあまり無理をしないでくれ。私は君を愛している。君の疲労感はすぐ分かる。
どうしても今は休んで欲しかったんだ」
「そうか…ありがとう…」
230名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/04/30(月) 15:11:53.88 ID:GTq0e919O
クーは、僕よりも僕のことが好きでいてくれているのか。
「僕も、クーのことが好きだ」
「珍しいな。男から『好き』というとは」
「う…い、いいじゃないか」
「勿論だ。手を貸してくれ。握っていたい」
「はいよ」
クーのひんやりした手を握っていると、久しぶりに穏やかで温かい時間を過ごせているのを実感する。
「む。男。ヤマフジだ」
「本当だ」
木にヤマフジが絡んで花をつけている。そういえば去年クーが若葉をてんぷらにして失敗したな。
「先の通り、1年前よりもうまくなっているはずだ。今夜毒味してもらうぞ、男」
「はいよ」
手を繋いだ上にヤマフジで両手塞がりだけれど、家まではこのままでいよう。
その日の夜、詰まっていた紀要がうまく書き進められた。昼間は心配だったが、これなら間に合いそうだ。
ふと、クーは、本当に僕のことが好きなんだなと思うと、いつもながら照れた。
最終更新:2007年05月03日 19:53