「あった……」
合格一覧に自分の番号を見つけたとたん、気が抜けてしまった。
今まで意識していなかったけれど、随分緊張していたんだな、と、
いまさらながら思う。
入試の手ごたえはまるで無かったし落ちると思っていたので、
正直素直にうれしい。とてもうれしい。
さきほどまでは喜び騒いでいる周囲の学生たちを見てうらやましいような
ねたましいようないやな気分になっていたのだけれど、
もちろんもうそんなことはどうでもよくなった。
むしろ騒げ。浮かれたまえ喜びたまえ若者よ。
微妙にハイになりつつ自宅の母に電話連絡を済ませ、
さて帰ろうとしたところでふと気がついた。
「あれ ?」
首に巻いていたマフラーが無くなっている。どこかに落としたっぽい。
うーむ、どうしようか。妹の手編みの白いマフラー、無くしたなんて
知られたら何を言われるかわかったものじゃないな。
すこしばかり面倒に思いながら、仕方なく今来た道を逆に歩きマフラーを
探すことにした。足元に注意しながら、ゆっくりとうろうろ。
そんなとき、彼女を見つけた。
正門前に差し掛かったところ。ちょっとクールな印象の、とてつもない
美少女がそこにいた。
背は僕よりも少し高目(ちょっとヘコむ)、170cmほどだろうか。
腰まである長くまっすぐな髪が目を引いた。年のころは僕と同じくらい、
合格発表の場にいるのだ、たぶん僕と一緒でこの春高校に入学するのだろう。
探していたマフラーは彼女の手の中にあった。
彼女はなぜか、僕のマフラーをまるでそれがとても大事なものであるかのように
胸の前でぎゅっと抱きしめ、目を閉じていた。何かに祈っているようにも見える。
一見無表情に見えるその外見からは、彼女が何を考えてそんなことを
してるのかはわからない。ただ、どうしてか彼女が寂しげに見えて、
何かに必死なように見えて、目が離せなかった。
しばらく、ぼうっと彼女を見つめる。
自覚はしていなかったけれど、きっと、このとき僕は恋に落ちていたのだ。
なめらかでやわらかそうな彼女の頬に、どうしても触れてみたくなって。
自分でもどうかしているとは思いつつ、その気持ちを抑えきれずに
ゆっくりと彼女に近づき手を伸ばす。
指先が頬に触れる直前、不意に、彼女が目を開けた。
う、目が合った。どうしよう。というよりそもそもどうするつもりだったんだ
?
びく、と、僕の指が震える。
「やあ」
右手を上げ、ほんのりと微笑みをうかべながら、彼女から先に声をかけてきた。
うはあ。クールな彼女のはにかみながらの笑顔。すさまじい破壊力だった。
このままじゃあ会話するのも難しそうだ。声が裏返りそうになるのを
必死で抑え、心の中で深呼吸してから返答する。……こういうときには素数を
数えたほうがいいんだっけ ?
「や、やあ。……えっと、どちらさまでしたっけ?」
「入試のとき、隣の席で試験を受けていたものだ。
私が転んで鞄の中をばらまいてしまったとき、君が拾い集めてくれただろう?」
器用に片方の眉を上げながら彼女は言った。
「あ、ああっ!
ごめん、言われるまですっかり忘れていたよ」
「いや、謝る必要は無い。入試直前なんてそんなものだろう。あの時は
ありがとう。おかげで合格できたのでね、どうしても会ってお礼が言いたかった。
……合格、できたのだろう ?」
「うん、何とか、ね。君も、合格おめでとう。
お礼を言われるような大層なことは別にしていないよ。そんなに気にしないで」
「そうはいかない。こういうことはきちんとしなくてはな。それに……」
なぜだろう。はきはきと喋る彼女からは、さきほどまでの寂しげな雰囲気は
かけらも感じない。何があったのかはわからないけれど、まるで人形に命が
宿ったかのように生き生きとして、それが彼女をより魅力的に見せていた。いや、実は受け手の問題なのかも。単に僕が彼女にどんどんめろめろになってきているだけなのかもしれない。
「このマフラー、君のだろう?」
彼女は持っていたマフラーを僕に差し出す。
「そこで拾ったのだが、君のものだとすぐにわかったよ。
君のぬくもりが
感じられるかと思ってずっと抱きしめていたのだが、残念ながら君の体温は残っていなかったな。
私の心は十分に温められたのだが」
「えっ!?」
ずっと? ぬくもり? ってどういう?
どこかの歌の如く、僕の思考回路はショート寸前だった。
そのせいだろう。いまさらながら、自分の頬に触れる寸前の僕の指先に
気がついた彼女が不思議そうな瞳をこちらに向けてきた時も、
『どうしても頬をなでてみたくなった』と正直に答えてしまう。本当に、
どうかしている。
「ふふっ」
彼女はなぜか楽しそうに自分から頬を僕の右手に摺り寄せてきた。
「構わないぞ。そうしてくれると私も嬉しい。ただそのかわり、
私も君を撫でていいだろうか」
こちらの答えを待たず、彼女は僕の頭を撫でてくる。彼女の指に触れられるのは心地よかった。……こういうときは、女の子の方が背が高いのもいいな、
なんて、ぼんやりと思う。
「先ほど、ね」
しばらくして、彼女が言った。
「どうしても君と会って話がしたくて、生まれてはじめて何かに本気で祈ったよ」
「お礼ならもうしてもらったじゃないか」
「いや、そうじゃない。もう一つ話がある」
彼女はまっすぐに僕の目を見ていった。
「君が好きだ。付き合ってほしい」
期待しなかったわけじゃない。けれど、本当に言われるとは思わなかった。
自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえる気がする。
僕もまっすぐに彼女の目を見返す。
「僕も君が好きだ。こちらこそ付き合ってほしい」
言ったとたん、周りから歓声が聞こえた。……いつのまにか、僕たちは
たくさんの人から注目の的になっていた。何だか恥ずかしい。
しかも彼らの中には春から同じ高校に通う者もいるわけで。
そんな僕の表情を見たのか、彼女が声をかけてくる。
「何を気にしているんだ。皆祝福してくれているぞ。いいことじゃないか」
ちょっと苦笑してしまったのだけれど、彼女の素直さをまぶしく感じたりもした。
そうだね、周りを必要以上に意識しても仕方ないしね。
「うん、じゃあ行こうか」
とはいえさすがに場所を変えたくなる。呼びかけようとして、まだ
お互い名前も知らないことに気がついた。
「まず名前を教えあおうよ。僕はーー」
「私の名は空。親しい人間はクーと呼ぶ。君にもそう呼んでほしい」
これが、僕と彼女、クーのはじまり。
その後、入学式の日にクーがを読むことになってびっくりしたり、
さらにその答辞の最中に彼女が僕に愛の言葉を叫んで場内騒然となったりするのだけれど、
それはまあ、また別の話。
「卒業おめでとうございます」
春、三月、卒業式の日。
毎日欠かさず屋上で過ごしたクー先輩と二人っきりのこのお昼の時間も、
今日でおしまい。やっぱり、ちょっと、寂しかった。
「うん、ありがとう。……ん、どうした?
何か私に用事でもあるのか ?」
やはりクー先輩は目ざとい。ぼくが何か言いたげにしているのを
一目で見破ってすぐに声をかけてくれた。
今日は先輩にわがままをいうつもりで、そのタイミングをうかがっていた。一緒に過ごした
2年間、
ずっと先輩に振り回されっぱなしで、それはもちろんイヤではなかったけれど、
最後くらいは子どもっぽい無理なわがままを言って先輩を困らせてみたかったのだ。
「前にも言ったかもしれないが、言いたいことがあるのなら素直に相手に伝えた方がいい。つまらない誤解やすれ違いで時間を浪費するほど、人生は長くはないし友情や愛情は安くは無い。そうは思わないか?」
そう。いつも自分の心に素直でいること。それがクー先輩の座右の銘であると
聞いたことがあった。
もっとも、そんな話を聞かなくとも、行動を見ているだけで
クー先輩がそういう人だということは、誰でもすぐにわかる。
クー先輩は、そんな、有言実行の人だった。
でも、そんなことができるのは、クー先輩が強い人だからだ、と、ぼくは思っている。
さらけ出しても恥じることの無いように自分の心をまっすぐに保ちつづける強さと、
他人にそしられ傷つくことを怖れない強さと、
結果的に他人を思い通りに動かしてしまう強さと。そんな強さのいずれもを
クー先輩は持ち合わせている。
そして、クー先輩が、その強さを手にし続けるために大変な努力をしていることを、
ぼくは知っている。だからこそぼくはクー先輩が大好きで、少しでも
その手助けがしたくって--って、話がそれた。
「どうした? 私にも言えないことなのか?」
「じゃ、じゃあ言います。クー先輩、お願いです、卒業しないでください!!
ぼくはクー先輩と、来年もこの学校に一緒に通って、この屋上で一緒にお弁当を食べて、一緒に卒業したいんです!!」
……言ってしまった。あまりに子どもっぽい無茶なお願いでちょっと
恥ずかしいけれど、さて、クー先輩はどうやってぼくをなだめてくれるだろうか。
「うん、わかった」
え !?
「そうだな、とはいっても私は今日で卒業しているわけだから、
いまさら戻るのは難しい。誰かと入れ替わる必要があるな。
ふむ、こうしよう、幸い私には一歳下の海という従妹がいる」
え、え !?
「海は来年度から転入する、ということにして、彼女と入れ替わることにしよう。
海と私はとても仲がいい。一生の頼みだといえば聞いてくれるさ。
考えてみれば、君と一緒に学校生活を過ごす、
というのは、一生を左右する重大なイベントには違いないのだからね」
「く、クー先輩!?」
し、失言だったかもしれない。なんだか妙にノリノリだ。
考えてみれば、クー先輩は行動力のありあまっているような人だ。まさか本気で……。
「そのクー先輩、というのも今日で止めた方がいいね。愛称だから構わない
気もしないでもないが、ウミという名前でクーというのはさすがに不自然だ」
「せ、先輩っ」
「それも止めよう。来年度からは同級生だ。私のことは海、と呼んでくれ。
心配しなくてもいい、海と私はとても似ているし、家族さえ丸め込んで
おけば問題はないだろう。第一、この学校の教職員の弱みは全て握っている。
たとえ入れ替わりがばれたとしても、
この学校で私にたてつこうと考える人間はいないだろうさ」
本気だった。クー先輩の瞳は、この上なく本気の色を秘めていた。
「クー先輩っ、止めてください!!
ごめんなさい、ぼくが悪かったです」
思いっきり大声を出してクー先輩の科白をさえぎる。
なんかもう涙目。おかしいな、クー先輩を困らせるはずだったのに、
どうしてぼくが困っているのだろう。なにやらとても不穏当な科白を聞いた気がするけれど、
正直言ってそれどころじゃない。
「どうして謝るんだい?
そんなに私のことをクー先輩と呼びたいのであれば、
二人っきりのときにはそれでも構わないと思うぞ?
ただ、クセになっても困るだろうし」
「ち、違うんです、卒業しないで、というのがウソなんですっ。
ほんのちょっと、無理なわがままを言って、駄々をこねて、甘えてみたかっただけなんです。
こんなことで先輩の大事な将来を左右したくありません。お願いですから止めてくださいっ」
……。
ほんの少しの間をおいてから、クスッと先輩が微笑む。自分で言うのも何だけれど、『可愛くって仕方が無い』
という目をしてぼくを見ている。あああ、恥ずかしい。
普段のぼくなら、子どもに見られている、と、反発して
少しでも背伸びをしようとするところなんだけれど、
今回は実際にやっていることがお子様なわけで、何の弁解もできやしない。
「なるほど、そういうことか。君と一緒に修学旅行に行けると思ったのだが。残念だ。
……ただ、わかってほしいな」
クー先輩が優しくふんわりとした声で微笑みながら言う。
ちょっと驚いた。『やさしく微笑む』こんな表情のクー先輩は初めて見た。
とにかくいつもクールな人で、微笑むだけでも珍しいのに。レア物だ。
「君を困らせようと思ったわけじゃない。ただただ、君のわがままを聞いて
あげたかったんだよ。覚えておいてほしい。私は君にならどんな迷惑を
かけられても構わないし、多少無茶だろうがわたしにできるあらゆることをしてあげたい。
本気でそう思っている。好きな人のわがままを聞いてあげたり、好きな人に
振り回されたりすることほど、楽しいことはないじゃないか?」
いつもぼくを振り回しているクー先輩に言われるのは複雑だけれど、
確かに、そう思う。そう、ぼくだって、クー先輩に振り回されるのは嬉しかった。振り回されたかった。
いつだってクー先輩は自分を律して、無理をして。
誰に対しても冷静に対応して、常軌を逸するのはぼくを相手にするときだけ。
あれは、ぼくを相手に少々無茶をするのは、甘えなのだ。クー先輩が甘えることのできる
相手はぼくだけなのだ。そう思うと、なんだか嬉しくて自然と笑みがこぼれてくる。
「はい。ぼくもそう思います」
微笑み返しながらクー先輩に言う。
「だから、クー先輩もぼくにたくさんわがままを言ってください。
ぼくもクー先輩にわがままをいいます。困らせて差し上げます」
「そうだな。私たちはお互いにわがままを言い合おう。お互いに相手を
困らせよう。それは、とても楽しそうだな」
いつしか、クー先輩とぼくはにこにこと笑いあっていた。こんなクー先輩の
表情も、レア中のレア物だ。
クー先輩とこの校舎での最後の時間。
寂しいはずだったのに、いつのまにかちっとも寂しくなくなっていた。
「さて、それじゃあ帰るとしようか」
「はいっ」
「ところで、卒業祝いということで、ひとつ私のわがままを聞いてくれないだろうか
?」
「はいっ、もちろん!」
……あれ ?
「君の進学先を、私と同じ高校にしてほしい」
「はいっ、喜んでっ……って、先輩の進学先、女子高じゃなかったでしたっけ」
……あれあれ ?
「ああ、そうだ。何、心配はいらない、君の容姿ならいくらでも女生徒として
通用するさ。半年あれば私も君の性別を誤魔化し得る立場くらい手に入れることもできるだろうし。一緒に寮生活でもすれば、いろんなことし放題だ。
楽しそうじゃないか」
「く、クー先輩、いくらなんでもそれは無理です」
「そんなことはないさ、私の言うとおりにすれば大丈夫。寮がいやなら
私の家にくればいい。さすがに実家から通うのは抵抗があるだろうしね。
ああ、楽しそうだなあ。フリルの服は好きかい?」
「せ、先輩、勘弁してくださいーっ」
やっぱりどうしても振り回されるのはぼくのほうみたいだ。
とーかー
ク「男。料理くらい私がするが」
男「いつも作ってもらって悪いじゃん。たまには俺が作るよ」
ク「そうか。ならば甘えるとしよう」
男「ところで、食べたいものとかある?」
ク「そうだな。ラーメンかな」
男「クーは相変わらずラーメン大好きだな」
ク「いや、うどんでもいいな」
男「じゃあうどん?」
ク「まて、蕎麦も捨てがたい。いや待て……」
男「まったく。どれなんだよ。相変わらず気まぐれなんだから」
ク「それは認めよう。だが、私にだって変わらないことくらいあるぞ」
男「ふぅん。何?」
ク「君が好きだということだ」
つ【卒業】
男「卒業式か…」
ク「我々も卒業だな…」
男「考えてみればクーとは高校からの付き合いだよね」
ク「うむ。クラスメイトとして3年弱、そして高校の卒業式から大学生活で4年近く恋人とし
ての付き合いだな。本当に君に会えてよかったよ」
男「僕もクーに会えてよかったよ。卒業しても会おうね。絶対だよ」
ク「当たり前だ。愛する君と別れられるわけがないだろう。週末は両方とも予定が開くはず
だ。必ず週末は一緒だぞ」
男「うん。週末もそうなんだけど…」
ク「どうした。男よ。これで私達は終わりじゃないんだ。涙はなしだと約束したではないか。
愛する君が悲しむところは見たくないぞ」
男「///…。あの、僕が、僕がクーにふさわしい男になったら…、その時は僕とけ、けっこ」
(ゴトン)
ク「ん?何か大きな郵便物が入ったようだな」
男「///…。ええと…僕が取りに行ってくるよ」
ク(ええい。男の意気地なしめ。まあ、その奥手さがいいのだがな)
男「僕とクー宛の郵便物が入っていたよ。はい、これクーの封筒」
ク「どれどれ…。ほう。入学金免除と入学手続きのお知らせか…」
男「えっ!今何って言ったの?」
ク「うむ。大学院に進学するのでな。入学金免除の申請が通ったらしい」
男「それってどこの大学院?」
ク「うちの大学からそのまま進学だが?ところで君のほうは?」
男「僕も大学院入学金免除と手続きのお知らせだよ。僕もそのまま進学するんだ」
ク「ならば、まだ愛する君と一緒の生活は続けられるのか。非常に嬉しいぞ」
男「本当に良かったよ。クーとまだしばらくいられるなんて考えてもいなかったよ。クー、こ
れからもよろしくね」
ク「うむ。よろしく頼むぞ。所でついさっきは何と言おうとしたのかね?確か、けっこまでは
聞いたのだがな。その続きがぜひ聞きたいな」
クーとコウの帰り道
「クー。そろそろ帰ろうぜ。乗ってくだろ?」
買ったばかりの自転車の後ろを指差しながらクーを誘う。春の夕暮れ。
「ああ。ありがとう、コウ」
春休みの夕方。校庭は人もまばらで、夏を目指す野球部員だけが
黙々とトレーニングを続けている。がんばれ。
クーとオレは生徒会の野暮用のため、休日返上で登校していた。
ちなみにコウはオレの名前な。
クーはこの学園きっての才媛で、なおかつ超がつくくらいの美少女だった。
学業では学年トップから外れたことは無いそうだ。オレとは比べるべくも無い。
いつも冷たい物言いをするやつなのだが、そこがまたいい、と、ファンもたくさんいるらしい。
なんでもてきぱきこなすクールビューティー、ってところか。オレの印象はちと違うのだけれども。
「ちゃんと乗ったか? しっかりつかまってろよー」
「ああ。大丈夫だ」
新品の自転車はペダルも軽い。走り出すとすぐにトップスピードになる。
「なんだよなんだよ、随分軽いなー。ちゃんと飯食ってるのか?
ダイエットなんてしょーもないことしてるんじゃないだろうなー?」
オレはちょっと浮かれていた。
以前からクーと自転車で二人乗りをしてみたかったのだ。この自転車もそのために買ったようなものだし。
「してない。なあコウ、女性に体重の話なんてするものじゃないぞ。失礼だ」
右手でオレの頭をぴしっとチョップしながら、すこしばかりムッとしたような声色でクーが言う。
とは言っても、こいつは基本的に不機嫌そうというか冷静な感じの声の持ち主なので、
本当に機嫌が悪いのかどうかは尋ねてみないとよくわからない。難儀なやつだ。
「別にいいじゃないか。重いと言っているわけでもなし」
「軽いと言われると、肉感的じゃない、
女性としての魅力が無い、といわれているようで、それはそれで気にいらないのだ」
「そりゃまたなんとも。ま、あんまり気にすんな。ちょっと思っただけだ」
「そーか」
その後しばらくは会話も無いままに、のんびりと鼻歌交じりに自転車のペダルをこいでいた。
会話が無くても別にいやな空気になっているわけじゃない。
たとえ何も喋らなくても、いつどんなときでも、こいつとはずっと自然体のままでいることができる。
クーとはそんな関係だった。クーと一緒に居るときのそんなゆったりした時間をオレは気に入っている。
春の風が気持ちいい。
川沿いの道に差し掛かった頃。クーが体をオレに押し付けてきた。
やわらかくなにやら気持ちのいいものが、こう、オレの背中にあたってくる。おいおい。
バランスを崩しているわけでもなさそうだ。
「なあ」
「なにかな?」
「さっきから、おまえの、その、胸が背中にあたっているのだが」
「そうだな。あててみた」
「はぁ?」
キキーッ、と、急ブレーキの音があたりに響く。
なんの音だよ。思わず周囲を見渡す。って、オレのブレーキの音じゃないか。
「なんだそりゃ」
とりあえず自転車を止め、クーのほうに向きなおり尋ねる。
「いや、コウのせいではないのだ、気にしないでくれ。私の個人的なコンプレックスの問題だ」
頭脳優秀才色兼備、完璧超人に見えるこいつでも、コンプレックスなんてものを持ち合わせているとは。
「コンプレックスって、あー、その、胸、が?」
一点を見つめ、こくり、と、無言でうなずくクー。なんだよそのえらく可愛らしいオトメチック仕草は。らしくもない。
オレ、地雷を踏んでしまったのだろうか。
「さっきの体重の話、まだ気にしてるのか?」
こくり。
「だからってオレに胸をあてるのにはどういう意味が?」
「最初はコウの気持ちを確かめたかった。
そうしているうちにコウの背中が気持ちがよくなり離れがたくなった」
「はぁ?」
「……」
無言でうつむくクー。だから愛くるしすぎるだろうそれは。無自覚なのが余計始末に悪い。
オレ以外を相手にそんな仕草はしないでほしいとちょいと願う。何されるかわかったものじゃないぞ。
「いや、別に責めてるわけじゃなくてだな。
う、その、なんだ。さっきも言ったがあまり気にしないでくれ。
深く考えた発言じゃないんだ。おまえの胸も、可愛いと思うしさ。
とにかくわざとあててくるのは止めてくれ」
「だがしかし、しっかりつかまっていろ、と言ったのはコウだろう」
「そりゃそうだけど、そうじゃないだろ?」
「どういう日本語なのだ、まるで意味がわからないぞ。ひょっとして、私に触れるのが嫌なのか?」
クーはまっすぐオレを見つめてくる。
こんちくしょ、その瞳は卑怯だ。オレには勝てっこない。
「そうじゃないって。お前に触ってもらうのはオレだってうれしい。
あーもうわかったよ、オレが我慢すればいい話だ、乗ってくれ、行くぞ」
「いや待てコウ。私はキミに我慢を強いるつもりはないんだ。
何か問題があるなら言ってくれ」
「あー、いや、我慢は言葉のあやだから気にするな。いいから乗ってくれよ」
「そうか ?」
微妙に不審そうな顔をしながらも、クーは素直に自転車に乗り、
ぴと、と、オレの背中に張り付いた。子猫みたいなやつだ。
自転車は再び走り出す。
一本道をまっすぐに走る。背中のやわらかな感触が気にはなるが、気分は上々だった。
先ほどまでは微妙だったクーの機嫌もとりあえずは直った様子。オレの背中には張り付いたままだけどな。やれやれ。
それにしても、いまさらながらオレは思う。クーはすこぶる変なやつだ。
容姿は端麗だし、成績は確かにすごくいいのだが、
日常生活はまるでダメ、常識というものを持ち合わせていないへっぽこだ。
今日のオレとの会話だって、どこかズレズレだ。
お嬢様育ちのせいか、テレビも映画も見たことが無い、お金を触ったことも無い、
というのを聞いたときには、正直あきれたものだ。
そしてどうやら、オレはこの、クーのヘンテコっぶりが好きでしょうがないらしい。
なんだか心配でどうにもほうっておけないのだ。
クーは純粋で素直なのだ、と思う。世間や常識にゆがめられていない純粋さ。それがオレには妙にまぶしかった。
それは普通の人間からみるとダメとかへっぽこといったことになるのだが
(いやま、そう評しているのはオレだけどな)、
それでもオレはクーにはそのままでいてほしかった。世間ずれなどして欲しくなかった。
クーのダメっぷりに気がついてからというもの、オレはとにかくこいつのサポートに徹することにしたし、
教師に見込まれてクーが生徒会長に立候補することになったときなどは、
オレはこいつをフォローするため慌てて副生徒会長に立候補したりもした。
その甲斐あってか最近は結構懐かれているような気もしているのだが。さて。
「ところで、コウ」
「んー?」
「ひょっとして、キミは私の扱いに困ってたりしないだろうか?」
どういう思考をたどったのか、いきなりクーはそんなことを尋ねてきた。
なにかしらの自覚はあったのだろうか ?
「んなわけないだろ。なんでだよ」
「……理由は無いが」
オレの答えに納得していない様子ありありだ。
微妙に困っているといえなくもないのだが、決して迷惑ではない、という
オレの気分は複雑で、なんとも言葉にはしづらいものだった。
「困ってるわけじゃねーよ。ただちょっと、恥ずかしいだけだ」
「ちっともわからない。何が恥ずかしいんだ ?」
「さあなあ」
しばらくの沈黙の後、はう、と、クーがため息をつく。人の背中に吐息を吐きかけるなよ、
どぎまぎするじゃねーか。
「コウは時々すごく難しいことを言うね。
私にはキミの言っている意味がまるで理解できないことがある」
「そりゃお互い様だろ。それに、それがいいんじゃないのか。
オレにとってはその理解できないところが楽しいところでもあるけどな」
「ふむ、そうか。なるほど、それはそうかもな」
「そうだろそうだろ」
しばらくは無言で川沿いの道を走る。
と、突然の強風にあおられた。
さえぎるものもなにもなく、自転車はよろよろとバランスを崩しそうになる。
「わっ、よっ、とっ。いや、すげー風だな。春一番、ってやつかね」
実際かなりの突風だった。どこからか、ぱたぱたと何かはためく音が聞こえてくる。
ん? 音?
「なあ、クー」
ちらと振り向いた瞬間、オレはものすごい勢いで慌てた。
風にあおられパラシュートよろしくパタパタと舞い上がっていたのは
クーのスカートだったからだ。肩近くまで舞い上がるスカートを
後ろからみた光景はさぞや壮絶だったに違いない。
「ちょ、おま、クーっ、そのスカートっ」
オレはまたも急ブレーキをかけ、クーに向かって大声で叫ぶ。
「うん? ああ、強風だな」
「そーじゃねーよっ!!
おまえ、それ、ぱんつ丸見えだろうが。
ちょっとは恥じらえっ」
「大丈夫だ、誰もいないぞ。それに、私にとって性的に対象となる人間は、
コウ、キミただ一人だ。他の誰に見られたとしてもキミに見られなければ問題はない」
はぁ ?
それってつまり「観客をじゃがいもやピーマンに思えば舞台に上がるのは平気理論」を敷衍
するとぱんつ見せても大丈夫っていう理屈 ?
こいつにとって、
オレ以外の男はじゃがいもだからって ?
「このアホ娘がっ」
オレはクーにデコピンをお見舞いした。痛いやつだ。これがツッコミをいれずにいられようか。
大阪人はいかなるときでもツッコミ可能なように常にハリセンを持ち歩くと
風のうわさで伝え聞くが、オレもそうしたほうがいいかもしれない。
「痛いぞ」
涙目で訴えかけるクー。
「痛くしたのだ。とっとと降りろ。ここから先は歩き」
「やだ」
「やだは無し。文句は春一番に言え。あんな恥ずかしいこと、クーがよくてもオレがよくない。
好きな女の子のぱんつを見せびらかす趣味は持ち合わせてねーよ」
「む、そうだったのか ?」
「そりゃそうだろ。恥じらいってのは必要だ」
「いや、そこじゃないのだが。……まあいい。仕方が無い、
コウのわがままにつきあうとしようか。そのかわり、こうして帰ろう」
なぜか微妙に嬉しそうにしながら、クーは右手を差し出す。
「なにこれ」
「手をつないで帰ろう、といっているのだ。キミも察しの悪い男だな」
「あーそりゃ悪かったなー」
いろいろと釈然としない部分はあるが、こいつと手をつないで帰る魅力には勝てない。
オレとクーは自転車をはさむように二人並んでてくてくと歩いた。
もう 5分もすればクーの自宅だ。
クーはふと立ち止まり、オレに尋ねてきた。
「なあ、コウ」
「なんだよ」
「先ほど、キミは私のことを好きな女の子と呼称したが、あれは
キミから私への告白とみなしても構わないものだろうか」
しまった。そういえばそんなことを口走った気がする。
「ああ。勢いあまってつい本音がでた形だが、そうとってもらって構わない」
「ふふ、そうか、それはよかった」
てくてく。
嬉しそうにクーは歩く。えいくそ。このままでは悔しいので反撃を試みる。
「なあ、クー」
「なんだね」
「先ほどの、性的対象がオレだけって話。あれは、クーからオレへの
告白とみなしても構わないものだろうか」
「構わない。全然」
「そうか、そりゃよかった」
てくてく。てくてく。
反撃は成功したのだろうか ?よくわからない。
何とも不思議な気分だった。
クーもオレも恋愛事は不得意だ。告白なんてしようものなら、
緊張してしまって普段のようには過ごせなくなるものかと思っていた。
しかし、今は本当にいつもとかわりない状態で。
クーの家に着く。
「コウ、どうする? 寄って茶でも飲んでいくか ?」
「いや、よしとく。また明日な」
「ああ、また明日」
「ショートパンツ未着用ならオレのチャリには乗せねーからな」
「ふふ、了解した、じゃあな」
クーと別れ、自転車に飛び乗る。やはりいつもとかわりはない。
自然体でいられなくなるのを恐れ、ずっとクーに好きだとは言わずにいた。
しかし、もうその心配はいらないようだ。
考えてみれば、告白のきっかけもぱんつが丸見えになったからというロマンスのかけらも
感じないイベントが原因だ。緊張なんてしないのも当たり前かもしれないよな。
とりあえず、きっかけをくれた春一番に感謝だけはしておこうか。やり方は気に入らないが。
この次はオレだけにはぱんつを見せるようお願いする
お題の「イメチェンしたクーor男」をヒントに2レス投下
女「ん・・?あっ!?男、その耳・・・・・」
男「おっ?気づいた?ピアスしちゃったんだよね。」
女「気づくもなにもそれは・・・」
男「かっこいいだろ?両方じゃなく片方にだけって所がこだわりなんだよな~。」
女「・・・・・」
男「・・・・あれ?どうした。なに急にだまってんの?おーい、クー?」
女「そうか・・男。君は・・そういうことだったんだな。」
男「えっ、何が!?」
女「確かに、いま考えれば思い当たることはいくつもあるな。部活もしていないのに
筋トレに励んだり、好きな芸能人がケイン・コ○ギだったり・・・」
男「えっ、さっきから何言ってんのかわかんないんだけど?」
女「いいんだ。いまさら否定はしなくても。そうだね・・・確かに私は普通の
女子に比べたら女らしさが足りない気がする。だけど、男にはそれがよかったんだね。」
男「・・・・・????」
女「だけど・・・男。これだけは言わしてもらうぞ!」
男「は、はぁ・・」
女「私は君が男しか愛せないと分かっても、私の君を愛するという想いは変わらないぞ。いや、
むしろ私が君を生物としての本来の雄の在り方に戻してみせる!」
男「・・・・・・・ん?お前・・いまのはどういう意味だ?俺がなんだって?」
女「私は君が『ゲイ』だとしても愛し続けるということだ!」
男「はぁぁあ!?な、ななにを言ってんのあんた!!?」
女「だから!君はゲイなのだろ!?」
男「ちょっとまて!!誰がゲイだぁ!?何を根拠にそんなこと!?」
女「だって、片方にしかピアスしていない男は自らをゲイだと証している人なのだろ?私は
そう聞いたぞ!?」
男「え~~!!?なにそれ!?そんなの話があるの!?」
女「なっ、知らなかったのか!?と言うことは・・男、君はゲイじゃ・・・ないのか?」
男「なわけないだろ!!俺は普通だ!!普通の女が好きな男だ!」
女「あぁ・・そっか。男はゲイじゃないんだな・・よかった。」
男「当たり前だ。あ~、びっくりした。」
女「よかった・・よか・・ぅぅ、ヒックッ・・うわぁぁぁ・(ボロボロボロ)」
男「ちょっ、泣くなw」
終劇
最終更新:2007年03月10日 03:07