カーテンの隙間から入り込んできた、微かな春の陽射しでアリーナは目を覚ました。
「あ、れ・・・ここ・・・?」
アリーナはベッドに寝ているようだが、その部屋に全く覚えがない。
何というか、まだ珍しい洋風でアリーナの外見には似合うが性格には似合わないカンジの部屋なのだ。
「え?私洞窟で魔獣に襲われてたはずじゃ・・・?」
アリーナがそう呟いたと同時に、部屋のドアが開いて見知らぬ1人の女性が入ってきた。
「あ・・・、気づかれたのですか・・・」
その女性は極小さな声でそういうと、上品に微笑んだ。アリーナとは違い、凄く大人しそうな人だ・・・というかそれより、この声どっかで・・・
「って、あぁっ!さっきの洞窟の人っ!?」
「えっ・・!?あ・・・ハイ。そうです、が・・・」
女性はアリーナが突然大きな声を出して驚いたようだが、頷いた。
「でも何で助けてくれたの?私、あなたとどっかで会ったことあったっけ?」
アリーナがいぶかしんでそう訊ねると、女性は困ったようにオドオドとしながら助けを求めるように左右をキョロキョロと見回した。が、他に誰もいないことを確認すると諦めたようで、おずおずと喋り出した。
「あの、だって・・・、あなたがラントのお婆さんに騙されていたから・・・。あの洞窟って、1人で行くような所じゃないから・・・・だから、レオンに助けに行こう、って言って、後からあなたを助けに・・・」
「って、ハァッ!?何それ?そんな動機で知り合いでもない私を助けに来たの?」
レオンというのは、気を失う前に見たあのあり得ない速さで動いていた人の事だろう。
それにしても、2人揃って狂っている。そりゃ助けてもらった事は感謝するが、この国でこんなにお節介なヤツ、少なくともアリーナは始めて見た。しかし、
「おい、やめてやれ。ファリエルが怯えているだろう。」
思わずそのファリエルと言うらしい女性を捲し立てていたアリーナに、背後から静止の声がかっかった。
「レオン・・・!」
ファリエルはそう言うと、いつの間にか入ってきていた「レオン」の後ろに隠れてしまった。
ファリエルがのいたおかげで見えるようになったレオンは、20歳ぐらいと見える大柄な男だった。
「だって・・・怯えてるって言ったって、おかしいんだもん、あんた達。」
アリーナは臆することなく、思ったことをはっきりと言った。
「・・・あんたは人が死んだら悲しいとは思わないのか?」
レオンも、しっかりとアリーナの目を見て返してきた。
「ぇ・・それはまぁ、知ってる人だったら悲しいけど・・・」
予想外の質問に、アリーナは少し口ごもりながら答えた。するとレオンは追い討ちのように、
「だったら俺達はその範囲が広いと言うだけのことだ。『知ってる人たち』じゃなくて『どんな人でも』なんだ。」
「それは、でも、そう言われても・・・」
「まぁ、わからないというのならそれでいいんだ。実際、わかると言うヤツには今まで会ったことがないしな。」
そう言うレオンは少し悲しそうに見えた。が、次の瞬間からはまた戻って、
「ま、それよりだ。」
「ん?まだなんかあるのか?」
「あぁ。おまえ、冒険初心者だったよな?」
「ッ――!おっまえ、何言って・・・!?」
負けず嫌いなアリーナはやはり、思わず身を乗り出して否定しようとしたが、レオンはそれを許さない。
「俺達、あんたがラントの婆さんに騙されてた時にそこにいたんだ。ラントの婆さんはあくどいことで有名だからな。冒険のプロだって言うならそんなこと知ってるはずだろ?」
「あっの婆さん、あくどいのか!!どおりで・・・」
今ならものすごく納得できる。
「んで、さっきの洞窟も危険だって有名な所だ。だから、その程度のことも知らなかったお前は冒険初心者。ちがうか?」
「ぐ・・・っ」
アリーナは雑な性格なので、こう論理的というか、まともな理由をつけて諭されると反論できない。あぁ、なんて損な性格なんだろう・・。
「まぁ・・・、実を言うと、そうだけど・・・」
「!やっぱり、そうなのか・・・」
渋々そう認めたアリーナに、レオンは少し驚いたようで、目を見開いた。
「?なんだよ。」
アリーナは怪訝な顔でレオンを見たが、アリーナを見たまま動かないので、説明を求めて仕方なくファリエルに目線を移す。
「えと・・、あの、さっきの洞窟でレオンが、あなたの・・・・」
と、ファリエルも何かに気付いたように説明を中断し、じぃっとアリーナの方を見つめてくる。
「な、なんだよお前ら・・・?」
そしてアリーナがジリッと少し後退した時
「な・・え・・・」
ファリエルがポツリと呟いた。
「え?」
「名前・・・。まだ、聞いていないと・・思って・・・・」
「あぁ・・、そうか。」
そう言われてアリーナははじめて自分がまだ名乗っていないことを思い出した。
「私の名は・・・アリーナ。さっきの洞窟で見たように、銃剣士だ。・・・で、そっちのレオン・・・はどうしたんだよ?」
助けてもらった身だし、別に隠すこともない。そう思って素直に名乗ってからアリーナは、未だに思案顔で固まったままのレオンを指差して聞いた。
「あ、その・・・・ぇっと、洞窟でレオンがアリーナさんを見た時、『初心者の動きじゃない』・・・って言い出して・・・それで、その・・・」
「『初心者の動きじゃない』・・・?」
アリーナはレオンの言う意味がわからず、眉を潜めてレオンを見た。
「お前はあの時、ウルフル8体と対等にやりあっていた。そしてお前は掠り傷一つ負っていない。そんなの・・初心者には到底無理な芸当のはずだ」
やがて口を開いたレオンは、率直に瞳に疑問を浮かべ、そう言った。
「ぇ・・・?」
アリーナはそう言われ自分の体を見回してみたが、確かに怪我なんてしていない。
「そうなのか?じゃぁなんで・・・?」
「俺も知らん。だから実は結構な手練だったりするのかと思ってお前に聞いたんだが・・・お前もわからないようだな。」
レオンは答えを見つけるのは諦めた、という感じにため息をついた。
「誰に、習ったんですか・・・?銃と剣の二刀流は、とても珍しいのですよ・・・」
それまでレオンの後ろに隠れていたファリエルが、社交辞令のような素朴な疑問だろう、問いかけてきたが・・
「え・・っとぉ?誰、だっけなぁ・・・・」
アリーナは師匠の事を思い出そうとしたが、やっぱり、顔さえ浮かんでこなかった。
「ぇ・・!?お、お師匠様のこと、覚えていないんですか・・・?」
ファリエルは大層驚いたような顔で聞いてきた。
「ぁ・・・うん、ごめん・・。」
「あ、謝ることじゃないですけど・・・!」
「いや・・・、実は私さぁ、昔の記憶がないんだよね。なんて言うか、どこに生まれたとか自分の名前なんかは分かるんだけど、そーゆー師匠の事だとかなんで銃剣士やってるかとか最近のことになると、濃い霧がかかったみたいに、なんでかどうしても思い出せないんだよね」
「ぇ・・・そ、そうだったんですか・・・・」
「うん。・・・って、なんで私、初対面の奴らにこんなこと話してんだろ・・?」
そう自問した時、アリーナは頭のどこかで何かが、自分に反対したような感覚があった。そして、こういってきたような気がしたのだ。
『本当に、初対面?』
と。
「え・・・っ――」

─「なんだ・・。もうくたばったか。」
 そいつは、うずくまってしまったアリーナの横っ腹に、容赦なく蹴りを入れてきた。
 「ふぅっ」
 アリーナは素早く右後ろに飛んでそれをかわした。が、
 「あ・・、ぅ、あ・・・ッ」
 その直後にまたお腹を押さえてうずくまってしまった。
 「あんた、なんだっけ・・・・ア、アナ・・・?」
 「アリーナ・・・、だぁッ!」
 そして服が擦れるのも構わずに体をすべらせ、その体勢から足払いをかけようとしたが、
 「そぉか、アリーナだ、アリーナ。」
 そいつは一人で笑いながら最小限に飛んで難なくよけ、それどころかアリーナの足を片一方の足だけで器用にねじってみせた。
 「ぅ、つぅぅッ!!」
 「まだ6歳だっけか?そのわりにはイィ心意気してんじゃねーか。」
 アリーナはあまりの痛みに薄れていく意識の中で、初めてそいつが他人を褒める言葉を聞いた。
 「よし、決めた。決めたぜ。アリーナ・・お前俺の弟子になって、銃剣士になれや。」
 そしてそいつはいつも通りの自分勝手な調子で、私を銃剣士にしたのだった。

「初・・・対面?」
あれは・・誰?私は6歳で、弟子?銃剣士の?いい腕してるって、レオンと同じような・・・レオン?え、あれ・・あいつとレオンって・・・
「同じ顔・・・っ!?」
アリーナはそう気付くなり、レオンから出来る限り後ずさった。
「は・・・?いきなりどうした?」
レオンは急なアリーナの拒絶反応に対処しきれず、原因を探るように自分の周りをきょろきょろ見回した。
そんなレオンに対してアリーナは信じられない、という風に震える声で叫んだ。
「お前が、私の師匠───!?」
「な・・だから、なんなんだ!俺が銃剣士の師匠?バカを言うな、俺は銃なんて使ったこともないぞ!」
「え?ぁ・・、そう?そう、だよね。お前が私の師匠なわけ、ないよね・・・」
アリーナはアハハ、と自嘲気味に頭をかいた。
「フ・・・、なんかお前、面白い奴だな。よかったら俺達のギルドに入らないか?」
「ギルド?」
アリーナは唐突に切り出された話に、キョトンとした顔で聞き返した。
まだ少し拒絶反応が残っているので、ファリエルに。
「あ、ハイ。ハクア・・・って言って、白に亜人の亜って、書くのです。」
「白亜・・・?」
アリーナはまだ2人の言っている理解できず、また聞き返した。
やっぱりファリエルに。しかし、それに答えたのはレオンで。
「あぁ。じゃあ、そうと決まればさっそく役所に申し出てこなくてはな。ファリエル、アリーナ、行くぞ。」
と、アリーナの問いかけは完全無視で言いやがった。
「えぇっ!?ちょっ、私まだハイって言ってないから!こら待てレオンっ!」
「ふふ・・・、レオンはいつもあの調子ですから、これから苦労、しますよ・・・アリーナさん。」
「もぉっ、何なんだよ──っ!?」
アリーナは自分勝手なところはあの「師匠」と似てるなぁ、と思いながらその大きな背中を追いかけた。













最終更新:2009年11月25日 20:00