――─知恵熱。
生後5,6ヶ月から満一歳の幼児のかかる病気。
「フ、フフフフ・・・」
アリーナの部屋には今、ベッドで寝るアリーナと、笑いを必死に堪えるが失敗しているケイトと、冷めたか呆れたか絶対どっちかの目で見ているレオンと、看病してくれているファリエルがいる。白亜メンバー勢揃いである。
そう、勢揃いなのだ。
ファリエルに聞けばなんでも、アリーナが部屋で寝ている間にレオンがケイトを白亜に入団させてしまったんだそうな。ケイトの方もアリーナとファリエルを見て快くOKしたんだそうな。
ふぅーん。
「えと、アリーナさん、そんな病気きっと大丈夫です!」
「何が?どうやって?何を根拠に?」
「あ、あうぅ・・・」
ファリエルはタオルを絞っていた手を止めて、いつかと同じようにレオンの後ろに隠れに行ってしまった。
「だーい丈夫だって!アリーナの脳はそれぐらいピッチピチってことだろ!」
今度はケイトが慰めてるのかからかってるのか、背中をバシバシ叩いてくれた。
「それも嫌だぁっ!私もう13歳なのにぃっ!!」
『13歳っ!?』
すると同時に二つの声があがった。
「ぇ・・・何?私もっと幼く見えるぅ!?」
アリーナは泣きそうな顔でレオンとファリエルに問いかけた。
「いや、なるほどな。背が低いと思っていたがまだ13歳なのか・・」
「アリーナさん、精神年齢が高いんですよ、きっと。私は17歳ですが、同じぐらいだと思ってましたし」
「だって。アリーナよかったな!」
「うん・・!まぁケイトは別に、何にもしてないけどね」
ケイトはズ~~ンと部屋の隅の方へ行ってしまった。
「ア、アリーナさん、それはちょっと酷いのでは・・・」
「そうかなぁ?でもこいつ、女たらしなのに。ファリエルも気をつけなよ?」
「アリーナ、言い過ぎだろう」
「う・・、レオンまで・・・・」
アリーナは二人から責められ、諦めたように小さく息を吐いた。
「ケイト、さっきはごめんね。ちょっと言い過ぎたよ。ケイトの言葉も十分嬉しかったから、許して?」
するとケイトがすぐさま戻ってきて抱きつこうとしたので、アリーナは反射的に太もものキャノンストックから闇色の銃を出して狙撃しようとした。
しかし相手が人間なのを思い出して、銃身で鳩尾をつこうとした。
時には既に遅かった。
「ぁうっ・・・」
自分より大きな体が被さってきて、アリーナに大きな振動が伝わった。そして、それと同時にまだ構えたままの銃のトリガーを引いてしまった。
「離れてケイト───っ!!」
アリーナはとっさに右膝でケイトの鳩尾を突き飛ばし、銃弾はその足をたやすく貫いて、向かいの壁を赤く染めた。
「つぅっ・・・」
「アリーナ!?」
「アリーナさんっ!!」
「バカ、お前・・・ッ」
レオンはすぐにアリーナに駆け寄って自分の来ている外套を細く引き裂いた。
「動脈がヤバイかもな、これは・・・」
そしてそれを、アリーナの足に巻いたが、その布はたちまち黒く染まっていく。
「ファリエル、包帯を!ケイトは病院に行って担架貰ってこい!」
レオンは止血をしながら適確に指示を出す。
「アリーナ、この銃の弾丸は何を使ってる?」
「び・・・B27・・・、アナ作、のヤツ・・・っ」
「中型の、先端が尖ってるやつだな!?」
その問いにアリーナは、もう答える気力もないのか縦に小さく首を振っただけだった。
「───?」
「───、──。」
「───・・」
誰かの話し声が聞こえる。
多分アリーナと、担当医だろう。
「俺の、せいで・・・」
ケイトはアリーナの病室の前でそれを聞いていた。自分を責めながら。
アリーナの怪我は、全治2ヶ月の重傷という事だった。頚動脈が2本ほど切れているらしい。あくまでファリエルづてに聞いた話だが。
病室に入ってアリーナと顔を合わせる勇気など、ケイトにはなかった。
昔と変わらない 弱いケイトだから。
逆にアリーナは、自分が痛い事を面にも出さず、泣きそうなファリエルに笑って「全然大丈夫だよ」と言ったそうだ。
昔より強い 大好きなアリーナだった。
「俺は8年間、何をしてたんだ・・・?」
ケイト・フェラード 14歳
生まれは鍛冶職が多く住むトゥールの村。職業は刀鍛冶兼冒険者。アリーナと生き別れてから、残されたケイトは親の刀鍛冶職の技を継ぎ、習得したのだ。そして2年前、12歳の誕生日を迎えた日に、アリーナを探すために冒険者の免許を取り旅に出た。そして今は白亜というギルドに、所属している。
自分では、変わったつもりだった。
「なんで・・俺はこんなに、弱いんだろう・・・」
アリーナと引き離されてからずっと、アリーナを守れなかった自分を責めて・・・強くなってアリーナを迎えに行こうと決めていた。
しかしさっき、アリーナに怪我をさせてしまった。しかも、自分が。
「俺・・・最低だ・・・・・」
ケイトは壁越しにいるアリーナを思い浮かべながら、自分を責め続ける。
「俺、アリーナのこと好きなんだー」
ケイトが笑顔で言う。
「ふうん、そうなんだ」
アリーナは素っ気なくそれだけ返して、ツンと背中を向けた。
「でも、アリーナがそんな態度だからもういーや」
しかしそのケイトの言葉にアリーナは「へ・・・っ?」と即座に振り返った。
するとケイトの隣に知らない女の子がいた。
「じゃーねアリーナ。かわいくない君の事なんかもう知らないよー」
ケイトはそう言ってアリーナに手を振り、その女の子を連れてどこかに立ち去って行く。
「ちょ・・・っ、待ちなさいこの、最低女たらしぃ――――ッ!!」
アリーナは気付いたら目に涙をためて、そう叫んでいた。
「ケイト、さん・・・?入らないのですか?」
いつの間にか目の前にファリエルが立っていた。ケイトはビックリして顔を上げたが、小さく「あぁ・・・」と返してまた下を向いた。
「俺に、入る資格なんてないから・・・・」
「・・・そうでしょうか?」
ファリエルはケイトの隣にストン、と腰をおろして、そう問いかけた。
「今入らなかったら、もうこの先ずぅっと、ケイトさんは・・・アリーナさんと話すことはできないと、私は思いますが?」
「・・・そう、かもな・・」
ケイトは床を見据えたまま、そう答えた。
「でしたら・・・あなたはアリーナさんに謝ることも、しないのですか?」
それを聞いて、ケイトはハッと目を見開いた。
「そんなのは・・・そんなことは、私が許しませんよ。ちゃんと、アリーナさんに謝ってきて下さい。それでも、入る資格がないと言うのなら・・・」
ファリエルは手に持っていたアリーナの大きな愛剣を少し強引にケイトに持たせた。
「これを届けに来たと言って、入ってください。私は、用事があった・・・と」
「・・・・何で、ここまで・・?」
ケイトが力なく聞くと、ファリエルは少し声を大きくして言った。
「そんなの、決まっているじゃないですか!・・・私達は、仲間・・・でしょう?」
そうして、立ち上がって行ってしまった。
残されたケイトは、アリーナの愛剣をグッと握った。
「仲間・・・か・・・・・」
ハッとしてアリーナは目を覚ました。
担当医との話は終わり、眠っていたのだがうなされて起きてしまった。
だって、ケイトが。ケイトが・・・・っ・・いや、あれは夢だったんだから。変な事を考えるのはやめよう・・・・
汗をビッショリかいていて、アリーナはあーあと思いながら上半身を起こした。
そして、そばの机に置いてある闇色の銃を触った。院内は基本的に武器などの持ち込みは禁止されているのだが、これがあると安心できるので特別に許して貰った。
あと、剣のほうも今ファリエルが持ってきてくれることになっている。
はずだったのだが、持って来たのはノックをして、曇った顔で入って来たケイトだった。
「えっと・・、ファリエルは用事があるからって言って・・俺が・・その・・・」
ケイトはひどく申し訳なさそうに、そうもごもごとまるで言い訳のように言う。
「もう、いいよ。今、私立てないからさ。こっちに持ってきて?」
「あ・・・うん」
立てないという言葉に少しビクッとしたものの、ケイトは大剣をアリーナに手渡した。
「アリーナ。あのな、・・・俺・・」
「?」
アリーナは口ごもるケイトに不思議そうな顔を向けた。
「考えてた・・けど、やっぱり俺には無理だったのかもしれない。・・・・・白亜をやめようかなって、思うんだ・・・」
「───っ!?」
アリーナの病室の前で2人の会話を聞いていたファリエルは、ケイトの告白のせいで一瞬息が止まりそうになった。
「そんなつもりで、チャンスを与えた訳じゃ───っ!?」
ファリエルはすぐさま部屋の扉を開けて止めようとしたが、その前にアリーナの叫び声が聞こえてきた。
「いや・・・っ、そんなの、ダメだよ――――ッ!!」
「・・え・・・?」
ケイトが顔をあげると、アリーナが泣いていた。
「いやだよ・・っなんで・・・・私が、嫌いなの・・・?」
「へっ?やっ、全くそーゆーわけじゃ・・・」
ケイトは小さい頃でさえ滅多に見たことがなかったアリーナの泣き顔にうろたえた。
「じゃぁどうしてっ私のそばに、居なくてもいい・・・ただ、白亜に居てくれたらいいのに・・・っ」
アリーナはケイトの服の裾を掴んで、しゃくり上げる。
「離れていかないで・・私のわかる、所にいてよ・・・・っ」
そしてアリーナは言いながら、こんなの自分らしくないと思って、最後にこう付け足した。
「・・・じゃないと、最低の女たらしはどこでまた女を誘ってるか、分かったもんじゃないからね・・っ!」
最終更新:2010年06月05日 23:45