「純・・貴方は、15歳には死ぬのよ。」
そう告げられたのは、僕が9歳の時。忘れもしない──6月27日の金曜日、僕が毎週病院通いな事を不審に思う前に、粂野里(くめのざと)病院で母さんに。
聞けば、この肺の病気に手の施し様は無く──・・薬を投与すればするほど、寿命が短くなっていくそうだ。昔はこんな病気に掛かる人など居なかったが、近年この病気の患者が増えて来ている・・と、僕の担当医は話してくれた。
また、看護師の人によれば、この病気で寿命が15年もあるのは、かなり長いと言う事だ。それは、とても・・幸せな事だと思った。
残り少ない人生の半分を過ごす小学校では、其れなりに平凡な日々を送れたと思う。
学校を休まざるをえなかった日以外は、きちんと学校に行った。休み時間に外に出る事は無かったが、教室内や図書室で、静かに過ごしていた。集団行動の時も、勝手な行動を取る様な事は無かった。
ただ──やっぱり、友達は少なかったと思う。最初は皆「可哀そう」「無理しなくて良いよ」と気遣ってくれたが、2ヶ月と経つと、気に掛けてくれる様な人はほとんどいなくなった。班決めの時なども「一緒になろう」と誘ってくれる人はいなくて、人数合わせに入れてもらう事しか無かった。
終業式に貰うあゆみでは、体育と出席日数以外、文句をつけられる様な成績は取らなかった。けれど、褒められる様な成績も取れなかった。全て平均点で──・・先生からの言葉の欄には必ず、毎年「病気なので、仕方ありませんね。」という言葉が付いていた。
今年入学した中学校は、大半が同じ小学校出身の人だったので、小学校の時の様に「可哀そう」と言ってくれる人はほとんど居なかった。
そして、僕の病気は悪化して、週に3回ほど病院に通う様になった。また、朝は元気でも、学校で悪くなり、早退する事もある様になった。
また、中学の学費は入学した時にしっかりと払い込まれ、3年後の6月13日──僕の15歳の誕生日でピタリと止められている。でも、僕がその日、学校に来る事など無いだろう。僕は、15歳になって死ぬのではなく、15歳になるまでに、死ぬのだから。
僕の小学校時代の、少ない友人の一人に、大埼(おおざき)賢(さとる)君と言う人が居た。賢君は真面目で信頼があって頭が良くて、学級委員長も任されていた、とても尊敬出来る人だった。病気で何かと遅れがちな僕も、ノートをコピーしてもらったり、先生の話を伝えてもらったり、何かと助けてもらっていた。そんな賢君が、ある時こんな事を聞いてきた。
「純は、何で自分だけ・・って思ったり、しないの?僕とか、こんな国とかが・・憎く、ないの──・・?」
その問いに、僕は何と返したか──・・
「そんな事、無いよ・・全然。」
確かそう、笑って答えたはずだ。だって──賢君にこんなに良くしてもらって、心配までしてもらえる僕は、とても幸せ者だと思ったから。こんな僕まで気遣ってくれる賢君が、憎いはずが無かったから。だから、僕はそう、即答していた。
なのに──『倉橋家』が無くなってほしいと、此の世界が消えてほしいと、僕は願っていたのか──?
そんな事を思う権利、僕に有るはずが無いのに。そんな事を考える選択肢は、僕には無いのに。それが選べるのは──真面目に、誠実に、頑張ったのに報われなかった人──賢君の様な、人・・。
賢君は、僕とは違う中学校に通う事になっていた。凄く頑張って勉強して、遠くにある難関校を受けて、受かったからだ。なのに・・卒業式の、6日前。
賢君は、信号を見ないで飛び出した下級生を庇って、車に撥ねられた。
──賢君は最後に、「此の世界が憎い」と、思っただろうか・・。
勝手な事を言って、悪いと思うけれど──僕は、思っていなかったと思う。
賢君は、本当に良い人だったから・・そんな事、考えなかったと思う。
それなのに僕なんかが、「此の世界が消えてほしい」なんて、思ってはいけない。賢君に、申し訳が立たない──
「・・ぃ・・・」
僕は、自分の行く末を知った9歳のあの日、これでもかと言うほど泣きじゃくった。
「僕はこの世界に必要ない。こんな世界にはもう居たくない。でも、まだ死にたくない──」
何回も何回も、数えるのも嫌になるほど、僕は頭の中でそう繰り返していた。頭に焼き付いたその言葉が矛盾している事は、あの幼かった僕にだって理解出来た。でも──それが、その時の僕の気持だった。
生きるのはイヤ。でも死ぬのもイヤ。
僕は『倉橋家』で泣いていたから、声を掛けて、慰めてくれる人なんていなかった。でも、あの頃の僕は、誰かが来てくれる事を期待して・・次の日医者に驚かれるほど、喉を真っ赤にした。
「・・ん・・て・・」
敬一や洋介には、未来がある。もしかしたらワールドカップに出場したり、ミュージシャンとして名が売れていったりするかもしれない。
でも、僕はそんな事無い。あと2年も無い時間で、この僕が、何か大業を成せれる訳が無い。
僕に、未来は無い。
ならば何故、知識を付けなければならないのか。友達を作る、必要があるのか。
『倉橋家』の両親は、きっとそう思っている。「未来が無いのに、何故学校に通わせなくては、育てなくてはならないのか。」そう、思っている・・。
なのに僕は学校に通わせてもらえて、クラスメイトに会えて、やはり、幸せ者ではないか・・
「──純っ!!」
最終更新:2008年08月18日 23:38