「今の、魔法・・か?」
光が治まってから恐る恐る目を開けてみると、土と風は、掻き消えていた。
「あらかじめ刀にマジックキャンセルの魔法を付与しておいた。・・使えるのは、一回きりだが。」
ケイトはレオンの言った「マジックキャンセル」という単語に何か引っかかったものの、まあ何はともあれ助かったのだからよしとしよう と割り切った。
そういえばシャルトスの魔法に負けてしまったファリエルは大丈夫なのだろうか?
魔法=精神力=意識
という式がケイトの頭の中ではたっている。
のでファリエルは意識を失っているだろうと思っていたが、振り返ってみるとかろうじて上半身を起こしているファリエルが見えた。
しかもファリエルはまだ上手く力の入らない手で必死に何かを伝えようとしていて、それが前を向け、という類いのジェスチャーだとわかり前を振り返ってみた。
すると案の定、あんまり見たくなかった光景が拡がっていた。
シャルトスがまたケイト達の方を指差しながら、何かを呟いていた。
「あ、あぁぁああぁっ!?どうしようっ!?」
ケイトはその状況が何を意味しているのか気付いて混乱しきった声でそう言った。
「うーん・・。蟻妖王は一瞬で倒せるほど弱いヤツじゃないし、逃げるしかないんじゃないか?」
レオンが最もな意見を返してきた。
「・・やっぱり?」
ケイトも一応そう思っていた。
「わかってるなら早く走れ。あいつの使う魔法は『契約魔法』といって、あらかじめここら辺一帯の精霊を従わせているから精神集中もしなくていい。・・ある意味最強だ。」
「でも・・っ、アリーナが・・っ!」
そうだ。ここまで危険を承知で来たのはアリーナを助けるためだ。
そのアリーナを見捨ててノコノコ逃げたんじゃ、何も意味が無い。
「それはまた助けに来れば・・っとにかく走れっ!?」
「水よ、この者達の動きを封じろ。」
シャルトスはスゥッと目を細めた。
「さようなら、白亜。子も同然のサムト達を散々倒してくれた報いよ・・。」
と、そう言い終った時
突如として、何処かから光が溢れた。
「・・レオンの刀は、一回きりじゃ・・?」
ケイトはレオンの刀のレジスト効果だと思ったが、レオンが否定した。
「俺の刀じゃない!もっと前から・・っ」
その光は、やがて消えていった。
その後にあったのは・・
「させないっ」
シャルトスの首に大剣の内刃を当てる
「スリープの魔法が・・レジスト、されている・・っ!?」
アリーナの姿だった。
「魔法を破棄して、シャル。」
アリーナは平坦な声でそう告げた。
「さすがにいくらアリーナ様の申し出でも、それは・・」
「貴方を殺したくないの。・・魔法を、破棄して。」
アリーナは剣を持つ手に、少しだけ力を加えた。
「・・わかりました。蟻妖王シャルトスの名の元に命じる。魔法・破棄」
アリーナは肩に揃えた自分の髪が翻ったのを確認してから、大剣を背中に戻した。
「───ああっ!?首飾りっ!!」
突如その時、ケイトが思い出したように言った。
というか、本当に忘れていた事を思い出した。
─「アリーナ、ハッピーバースディ!」
ケイトはアリーナに小さな箱を手渡した。
「はっぴぃばぁすでい?」
「『お誕生日おめでとう』って意味なんだよ。」
「じゃぁこれって、誕生日プレゼント?」
アリーナが嬉しそうに言ったので、ケイトはニッコリと笑った。
「うん、開けてみて?」
さっそくアリーナが箱を開けてみると、中には綺麗な布と首飾りが入っていた。
「これ、お母さんと・・?」
「そう、おそろいのヤツ。破れない布でね、それにオレンジの糸で刺繍したんだー」
「ケイトは器用だよね・・ありがとう!」
アリーナは満面の笑みを浮かべた。
「それとそっちは、『反魔の金飾』って言って・・」
説明しながら、7歳の少年は、笑った。
「アリーナを悪い魔法から守ってくれるんだよ」
「その首飾り・・マジックキャンセルのレア・アイテムで、はめている主人に憑依している魔法を全てレジストするんだ・・」
「まさかケイト、プレゼントしておきながら忘れてたの!?」
アリーナは信じられない、という風に言った。
「いや、アリーナにあげたことは憶えてるけど、効果までは・・7歳のころだし。」
ケイトは頭をかいた。するとレオンが割り込むように言ってきた。
「・・まぁともかくもう大丈夫なんだな、アリーナ?」
「あー・・でもちょっとムリかも・・。体中痛いし、全速力で走ってこの洞窟から逃げるとかは期待しない方が。」
アリーナは今にも砕けそうな右膝を叱咤して言った。
「じゃぁ・・、戦うしかないと?」
「たぶん・・。ごめんね?」
「ま、そういう時もあるんじゃないか?」
レオンはもうやる気のようで、すでに帯刀から刀を抜いて構えていた。
「んー・・、あ。そういえばファリエルは・・」
ケイトは地にへたり込んでいたファリエルを思い出して、また振り返った。
するとそこには、杖を支えにしてなんとか立っているファリエルの姿があった。
「ファリエル、無理したらダメだよ!?」
アリーナはファリエルに向かってそう叫んだが、レオンに隣で
「お前もな。」
と言われた。
え~なんでまた右膝の事ばれてんの!?今度こそばれてないと思ったのに・・。いや、やっぱりあの全速力では走れないってとこかな?うーん・・しっかしまぁ、私頭悪いし考えてもどうせわかんないかぁ!でも、一つわかることは───・・・
「レオンって、目敏いよね・・・。」
うん、ホントにそうだ。
「悪いな、元々だ。」
「うぅ~~・・」
アリーナは恨めしそうにレオンを睨んだ。すると・・
「敵を目の前にしながら無視するとは、大層な自信ですわね!蟻妖王シャルトスの名の元に命じる・・。」
シャルトスが、レオンを指差しながらそう言ってきた。
「アリーナ、レオンっ!」
ファリエルの方に掛け寄っていたケイトが注意を促す様に叫んだ。
「風よ、大地よ、水よ!彼の者の息の根を止めよ!」
「合成、魔法です・・危な、い逃げ・・」
ファリエルができる限りの声でそう叫んだ時にはすでにアリーナが動いていた。
ただ、シャルトスとレオンの間に割って入っただけだが、
効果は絶大だった。
「あ、・・ぅあ・・」
シャルトスは少し迷ったが、腕を下ろしてしまった。
「・・ねぇレオン、シャルトスは・・殺すの?」
「ふむ。俺達はただお前を助けに来ただけだから、全員無事に帰れるなら殺す必要は無いが・・。」
「じゃぁ・・シャル?」
アリーナはシャルトスに向き直ってそう言っただけだが、シャルトスは理解したようだ。
「・・行って、ください・・っ早く!」
シャルトスはレオンを睨みながらもそう言ってくれた。
「ありがと。」
「・・私はっ・・」
簡素に礼を言ったアリーナに、シャルトスは尚も告げた。
「諦めませんからっ、アリーナ様の危機には必ず!駆けつけますから・・」
「アリーナを守るのは俺1人で充分だ!」
後ろからそう言ったのはケイトで、有無を言わせずその次の瞬間にはシャルトスの魔法で吹き飛ばされていた。
誰も、止めようとはしなかった。レオンもファリエルも、アリーナも。
「ぁ、はは・・っ」
厄介事が増えたなぁと思いながら、アリーナは半ば諦めたような笑いを浮かべた。
─教訓
蟻の巣と蜂の巣は、絶対に突付いてはいけません。
何故なら、変な人に愛の誓いをたてられるハメになるから。
最終更新:2008年10月28日 19:15