1.いつもの口癖 - 1

目を開けると、髪が紺色っぽい、くりくりした目が印象的な少年の顔が見えた。
その子は、私が目を開けたのを見ると同時にパッと踵を返して、大声で
「姉ちゃ──んッ、目ぇ覚めたァ──!!」
どうでもいいがその、聞いた後に耳がものすごくキンキンする声は今まで気を失ってた人の横で発するべきじゃないと思うんだよね。違うかな。
私が顔をしかめていると、またこっちに向き直した少年が
「ぁっゴメン、俺の声ウルサかった??」
と申し訳なさそうに聞いてきたので、大きく首を縦に振っておいた。
「スバルがごめんなさいね。さっきまで気を失っていたのに……」
そう言ったのはマナが寝ているベッドの2メートルほど右手にある扉から入ってきた、優しげな面影の、髪の長い女の人だ。
こんがりという表現が似合う匂いを発するお椀と水の入ったコップを乗せた、小さなトレーを手に持っているその人は、フローリングの小さな溝に足をつまずかせて、こけた。
「姉ちゃっ……!?」
スバルと呼ばれた少年は驚きながらも素早い手付きでトレーを支え、姉はビターンッと顔面から床に突っ込んだ。しかし何事もなかったかのようにすぐムクッと起き上がって、
「ふふ、お鼻擦りむいちゃったわ」
と、ほのぼのと言った。
「どうでもいいけど姉ちゃん、そろそろ学習してくれよ……これで何回目だ?だからやっぱり板張りはダメだって言ったじゃんか!」
ええぇぇえー。この人、フローリングの溝につまずいてこけるなんていう中々出来ない芸当をもう何回もやってるんだ!?
「ぁ、ごめんなさいね。遅れましたが、私はフィアナと申します」
なのに、ほんわかとした笑顔と丁寧な言葉づかいで話し掛けてくるから、大人なのか子供なのかよくわかんない。
「俺はスバル!お前はっ?」
そして初対面の私を「お前」呼ばわりするスバルは絶対子供に違いない。
「私は……マナ。神様の命令で辞典を作ってる、妖精なの」
『………………。』
私の自己紹介を聞いた途端、なぜか2人の行動が一瞬止まった。
「マナちゃん………気を失う前に、なにか……頭を打ったとか、覚えてない?」
「あ、気を失ってたのは下界に降りるゲートをくぐった時の副作用だから、心配しなくても大丈夫ですよ」
心配をかけないように笑顔で言ったけど、スバルの表情なんか、まだ固まったままだ。
「フィアナさーん、お客様ですよー」
その時、今まで聞こえていたヴァイオリンの音色が止まって、そんな声がした。
「はぁい、今行くわ」
「ぁの……お客様って、お店か何かなんですか?」
急いでいるところ悪いとは思ったが、なにしろ初めて来た下界だ。ここが本で読んだ「スーパー」と言うヤツなら、ぜひ一度見てみなくてはいけない。
「そうよ、私とスバルでやっている喫茶店なの」
「キッサ店………?」
「あら、知らない?じゃぁちょっと覗いてみる?」
フィアナさんがそう誘ってくれたので、好意に甘えて「キッサ店」とやらを見学することにした。
「おじい様が開いたお店でね、名前は“Charon”って言うのよ」
嬉しそうに話てくれるのはいいが、私の方を向いたまま歩いていたのでゴンッ!という派手な音でフィアナさんはドアにぶつかった。
………この人、本当に大丈夫かな……………


最終更新:2009年04月12日 17:43