2.キュウソクチテン


「やぁ、初めまして。私はマチェア・アクァマリンと申します」
「はっ・・・!?」
びっくりした。すっごいびっくりして扉を閉めてドアの前にへたり込んでしまった。
だって、ウサギが。膝丈ぐらいの白い兎が私に自己紹介を・・
『どうしたのですか、アリス?』
「ックィンハーツさん!聞いて下さいよ、なんかさっきウサギが私に話しかけて・・」
『もしかして、マチェアの事ですか?』
マチェア・・・?
とにかくウサギが私の眼をしっかり見て話しかけてきたのはわかったけど、驚きすぎて内容までは耳に入らなかった。マチェアって名前?ウサギの?
「あ・・たぶん、そう・・・・・だった、かな?」
『それなら驚くことはありません。この屋敷には喋る動物や気の狂った人がたくさんいますから』
えぇークィンハーツさんはウサギが喋っても驚かないの!?
『この屋敷内では、あなたの常識はほとんど通用しないと考えるのが賢明だと思いますよ』
そういうモノかのかな・・?いや、そういうモノ なんだよね。
私の常識が通用しないんだったら、信じられなくても、それを納得するしかないんだ。
そう思うことにして、もう一回そーっと扉を開けた。
「失礼な人ですね、アリス。せっかく招待状を届けに来たと言うのに・・」
「招待状?私に??」
「そうです。私の部屋で明日開くお茶会に、アリス・メノウ。あなたを招待いたします」
そう言って差し出された白い封筒をしゃがんで受け取る。
するとマチェアは首から下げている懐中時計を確認して、
「では、私はこれで」
と言って走り去ってしまった。
「ぇ・・待って!マチェアっ?」
そんな。そんなこと言われたって困る・・大体マチェアの部屋ってどこなの?
あと「マチェア」って呼び捨てにしていいのかな。クィンハーツさんは敬語使わないといけない、って思っちゃうぐらい話し方から気品がただよってくるけど・・
「そう言えば」
私はマチェアの背中を追いながら、思い出したように呟いた。
「ねぇクィンハーツさん、何で皆私の名前を知ってるの?さっきのマチェアだって自己紹介したから初対面なのに、私が“アリス・メノウ”だって知ってたわ」
答えが返ってくるまで、それから10秒は待った。けど、一向にあの透き通った声は聞こえてこない。
「クィンハーツさん?」
そう問いかけたのと、マチェアが廊下の角を右に曲ったのは同時だった。
見失ってはいけないと思って走って角まで行き、右側を見てみたけれど。
「どうなってるの・・・・?」
そこは5メートルぐらい廊下が続いて、行き止まりになっていた。ドアも窓も何にもない。ただ床に時計が落ちているだけの行き止まりの通路だ。
さすがにいくら小さなウサギでも時計の下に隠れるのは無理だ。でも、だったらマチェアは一体どこへ・・・?
「マチェア?クィンハーツ・・さん?」
もう一回呼んでみたけど、やっぱり返事はない。
なんだろう、怖い。いきなり知らない場所で独りぼっちなんて、冗談にも程がある。
それに、それ以上どうすることもできなかったから、とりあえず最初の部屋に戻ることにした。
──でも、何で時計が床に落ちてるの・・・?
壁から落ちたのかな。じゃぁ、戻しておかないと・・・。
そう思って時計を手に取ろうとしたけど、時計は動かない。
どうやら、床に張り付いているようだ。
「なんで・・って、ぁ。常識は通用しないんだっけ」
そっか。ここでは掛け時計が床に置いてあるのも普通なのかな。
そうと分かればもうここに用はないし、とりあえず来た道をUターンして行った。

『何かわかりましたか?』
「ックィンハーツさん!?」
部屋に入った瞬間、またあの声が頭に響いて驚いた。
『ぁ・・そう言えばその名前、長いでしょう?“クィン”と呼び捨てにしてくれてかまいませんよ。それに敬語もいりませんし』
「そうですか・・じゃない、そう?・・ってそれより、さっき何で返事してくれなかったの?」
『・・さっき・・・?』
少し責めるように言うと、不思議そうに返された。
『さっきって、何のことですか?』
「だからマチェアを追いかけてる時に、何で名前を知ってるのかって・・あ・・」
マチェア、と言えば・・・招待状がない!!
走って追いかけている時に落としちゃったのかな。と思って廊下に出ると
『名前ってな──』
ちょうど扉をくぐった時にクィンの声が途切れた。
それでもしかして・・、と思ってもう一度部屋に入ってみると
『──たことですか?』
また耳の奥に声が戻って来た。
「ねえ クィンクィン!!クィンの声、なんでかこの部屋でしか聞こえないみたいっ」
『私からではよく分からないんですが・・そうなんですか?』
「試しにぁーーーって言ってみて?」
『あ、ぁーーー──・・』
部屋から出る。そして3メートルぐらい先に発見した招待状を拾って、部屋に戻る。
『・・──ぁーーーー』
「ぅんっ!やっぱりそうみたいだよ。何でかは分からないけど・・・よかった・・・・」
『何が、ですか?』
思わず出た呟きに、クィンが不思議そうに聞いてきた。
「さっきクィンの声がしなくなってマチェアを見失っちゃった時、不安で不安で泣きそうになったの。でも、少なくともこの部屋にいたらクィンと話せるでしょ?私は独りじゃない。だから、心強くて──よかったな、って、思っ・・て・・・ふぁ・・・・」
欠伸一発。ふと窓の外を見るともう暗くなり始めていた。
『ふふ・・安心したら眠くなってしまいましたか?』
「ん~・・そうみたい。今日はもう寝よっかな」
部屋の電気を消すと、窓から微かに月の光が入ってくるだけ。
そんなおとぎ話みたいな光景をぼんやり見てると、自然に目蓋も下がって来た。
「おやすみ、クィン」
そして私はフカフカのベッドで、夢の世界へ旅立った。



























最終更新:2010年05月28日 21:19