3.オレノジョゲン
アリス・メノウ様
私マチェア・アクァマリンのお茶会へ、貴殿を招待いたします。
招待状にはそれだけ書いてあった。
もちろんマチェアの部屋への地図もなければ、何時からとも書かれていない。
「意味が分からないわ・・・」
アリスがマチェアの言葉を覚えていなければ、お茶会が今日だということも分からなかったのだ。
「じゃぁクィン、私もう一回昨日の場所に行ってみるね」
昨日の場所とはもちろん唯一の手がかり、マチェアが消えた時計の場所だ。
『えぇ。行ってらっしゃい──』
私は招待状を持って部屋を後にした。
昨日の場所。廊下なのに、意味のない廊下。
本当に窓も何にもないから、朝だけど少し薄暗い。
12:00ぴったりで止まっている時計の前にしゃがみ込んで、とりあえずため息をついた。
「やっぱり何にもない・・」
唯一おかしいのは床に貼りついたこの時計だけだけど、木製の外国盤で、時計自体におかしいところはどこにもない。
試しに周りの壁をコンコン、と叩いてみたり時計の周りをぐるぐる回ってみたりしたけれど、当たり前のように何も起こらない。
結局10分後には、時計の前にしゃがみ込んでまたため息をついていた。
そろそろお腹も空いてきた。何しろ昨日のお昼から何も食べてないし。
・・部屋に帰って朝御飯でも探しに行こうかな。
でもこの辺りから動いたら迷子になってしまいそうな気もする。方向音痴で、昔家に帰れなくて泣いたこともよくあるくらいだも
「そんなに気違いのお茶会に行きたいかい?」
「きゃっ!?」
いきなりだった。耳に息が掛かるくらいのところから声を掛けられて、後ずさりながら腰を抜かしてしまった。
声の主はアリスが腰を抜かしたのを見ると、嬉しそうにニタニタと笑った。
「やぁやぁ、驚いたかいアリス?あぁ、それはよかった」
「あなたは・・誰?」
それはヒトの形をしていた。だけど、耳がなかった。代わりに頭の上に二対のネコの耳の形をしたものが生えて、ピクピクと動いていた。
「俺かい?俺は俺。俺は俺を俺と呼ぶ。だから俺」
俺?おれ、オレ?? 難しくて よくわからない・・
「難しくてよく分からないって顔をしてるね。分かるように言ってあげようか?俺はチェシャ。ハッターやクロスは俺をチェシャと呼ぶんだ。俺は俺なのにね。おかしいと思わないかい?」
「は・・はぁ」
よく、意味が分からない。意味が分からなくて、なんか、怖い。
そんな無意識の恐怖を感じていると、チェシャはずいっと腰を抜かしている私の前まで顔を持ってきた。
「怖い?怖くないよ。俺は君に教えてあげようとしてるんだよ?」
「何を・・、ですか?」
「敬語?イヤだなぁ。名前を知ったんだよ?俺らは友達じゃないか、アリス」
「名前を知ったら・・・・?」
「そうだよ。俺は君が友達。だから俺と君は友達。ほら、君と俺は友達だろ?」
やっぱりよくわからない・・けど、また何か言われそうなのでとりあえずうなずいておく。
「くすくす。面白い子だね、アリス。お茶会に行きたいんだろ?教えてあげるよ、行き方」
「ぇ・・ホント?」
「ぅん。だって俺らは友達だからね。ウサギはね、時計が大切なんだ」
やっぱり、と思って床についた左手の傍にある、おかしな時計を見る。
「マイナス9。プラス3。プラス3、だよ。でも忘れちゃいけない。ウサギは用心深いからね」
・・・それがマチェアの部屋への行き方?聞いてもやっぱりよく分かんない!
「じゃぁね。俺はおやつの時間だ」
「ぅ、うん・・」
しかも今からおやつ!?
心の突っ込みは無視で、チェシャは踵を返して帰って行った。しかも今気付いたけど尻尾まで生えてる。自由気ままだし、本当に猫みたいだ・・・
それはそうとお茶会だ。もしかしたらもう始まってて、遅刻しているかもしれない。急がないと・・
マイナス9、プラス3、プラス3・・・・?
「───そっか!」
時計盤をじぃっと凝視しながら、さっきのチェシャの言葉を頭の中にくるくると思い描いて しばらく──
アリスは嬉しそうに声を上げた。そして、時計の針に手をかけた。
最終更新:2010年05月28日 21:38