埃をかぶった古き机。
最後に見たままのその小さな机の埃を、華美月は白き手で軽くはらった。するとたちまちブワッと6年間たまり続けた埃は舞い上がり、白かった自分の手は灰色に染まる。
華美月はその手を数秒見つめた後、特に清めもせずに無造作に机の上を漁る。
きっとあの母の事だから、あれからもこの机に触った事等なかっただろう。だから、あの日のまま──あの時隠していた場所に鍵はあり、あの時閉まっていた場所に日記はあった。
古く錆びた鍵穴に銅褐色の鍵を差し込み、少し上に押し上げながら時計回りに回す。
すると「ガ、チャッ」という鈍い音がして、表表紙と裏表紙を護るようにつないでいた鍵は、もろくも床に崩れ落ちた。
華美月はそれを意にも介さず茶に漕げた付箋のページをめくっていく。
しばらくそれをパラパラとめくった後半分を少し過ぎた辺りで手を止め、華美月はろくに漢字も覚えていない頃に自分が気紛れで書いていた思い出の日記を読み始めた。
11月24日
今日はお母さんが何日かでかけていないので、おとなりのおばあさんの家にあずけられました。
学校から帰ったらおばあさんが「おかえり」と言ってくれました。
はじめて言われたので、思わず泣いてしまいそうになりました。でも、おばあさんをしんぱいさせたらいけないので「ただいま」って笑って言いました。
夜はおばあさんとおじいさんと、いっしょにご飯を食べました。
ずっとここにいたいです。
11月26日
やっぱりお母さんに会いたいです。
早く帰ってこないかな・・
11月29日
お母さんがやっと帰ってきました。
早く会いたかったので、ひ行きまでむかえに行きました。
おばあさんが車でつれて行ってくれて、お母さんが「わがままを聞いていただきありがとうございました」って言って、私は頭を下げました。
おばあさんが「またおいで」って言ってくれたので、私はうんって笑って答えました。
12月5日
お母さんに、じゅう大な話があると言われました。
お母さんは、私にはお兄ちゃんがいると言いました。
私はとてもおどろきました。今までずっとお母さんと2人でくらしてきたので、お兄ちゃんがいるなんて知りませんでした。
でも、うれしかったです。1どでいいから会ってみたいな。
12月7日
今日は、私の誕生日です。
学校に行ったら、えみちゃんとかほちゃんとなな子ちゃんがプレゼントをくれました。
えみちゃんは、ペンと消しゴムをくれました。
かほちゃんは、水色のマフラーをくれました。
なな子ちゃんは、クマのぬいぐるみをくれました。
とっても嬉しかったです。
家に帰ると、机の上に赤いリボンが置いてありました。
たぶん、お母さんからだと思います。
頭につけることにしました。
今日はとてもうれしい1日でした。
今から、なな子ちゃんのクマのぬいぐるみとねます。
12月8日
さむかったので、かほちゃんがきのうくれたマフラーをして学校に行きました。
えみちゃんが、リボンをほめてくれました。
それから、リボンでかみをむすんでくれました。
私も、えみちゃんのかみをむすんであげました。
えみちゃんは2つむすびがすごくにあってました。
12月10日
お母さんが、明日お兄ちゃんに会えるって言いました。
お兄ちゃんは、私より2さい年上だそうです。
どんな人かな?
やさしい人だといいな。今からすっごく楽しみです。
12月11日
今日は、うれしくて6時におきました。
かみをリボンでむすびました。
早く会いたいな。
そう言えば、お兄ちゃんってどこに住んでるのかな?
帰って来たらまた日記かきます。
日記はそこで止まっている。
「帰って来たらまた日記かきます。」という最後の文を読んで、華美月ははたから見れば誰にも分からないほどに小さく苦笑した。
誰に対して書いたのかも分からない、その未来を定型した文。
しかし、その時の自分は確かに帰って来たら続きを書くと決めていたのだ。
だから、その約束は守らないといけない──
華美月はおもむろにペン立てに入れられた緑色の鉛筆を持ち、最後に書き足した。
「兄は優しく、アルティラに住んでいる。期待を裏切らない人だった。」
華美月はそれだけ書いて、その日記をまた元の場所に戻した。
鍵は掛けない。
だって、もうその日記をめくる者など1人としていないから。
7歳の誕生日におもむろに机の上に置かれていた宝物のこの日記帳は、もう誰にも触られる心配はないのだから。
──「華美月の日記」より
最終更新:2007年12月14日 19:55