1.いつもの口癖 - 3
スバルと一緒に店内に戻ると、またスバルが固まった。
てい。
「ぅおォッ!!?」
かっくん、ずて。
「なんだよいきなりお前ッ……!!」
さっきと同じ反応が返ってきたが、さっきとは微妙に違う。何で頬が赤いんだろう……?
「おい小僧、この可愛い子は誰だ!?」
そんなコトを少し考えていると、いきなり店の入り口にいた2人組みの片方に手を握られて、そんなことを聞かれた。
「んなコトどうでもいいじゃんか!それよりなんでお……お前とリリィがここにいるんだよ!?」
「はぁ~?俺、お客様ですけど何か文句でもォ?店・員・さん」
「別に文句なんかねェよ、お前が本当に飯食ってアルのバイオリン聞いて帰っていくだけの お・客・様 ならなっ!」
「俺“ツケといて”ってこの店で言ったの、まだ4回だけだと思うんだがな?」
「充分多いんだよこのボケッ!!」
「客に対してボケとはなんだ、ん?そんな言葉遣いしてると姉ちゃんが悲しむぞ?」
「けんか、ダメッ。」
いきなり険悪ムードで言い争いを始めたスバルとタラシ男の間に、さっきまで入り口に立っていた少女が割って入った。
どう見ても劣勢のスバルじゃなくて年長で余裕のタラシ男の方をかばうということは、この子が「お前とリリィ」のリリィちゃんのようだ。
「ぅ……~~わかったよ」
「そうだな、こんな小僧と言い争うのに時間割くよりメルと喋った方がよっぽど有効な時間の使い方ってもんだ。な~、メル」
そう言って一番最初から店内にいた女の子に話し掛けたが、完全にスルーされている。どう見ても年下の2人にこんなに舐められてて、大丈夫なのかこの男は。
「それで?本当にこの子はどした?見たことない服着てるけど、外国人か?」
「外国人じゃないですよ。私は妖精のマナ。神様の命令で辞典を作ってるんです」
「へぇ~、リリィ、この子妖精だって」
「よーせい?しらなぃっ」
「ヨウセイ……って、あの“妖精”か!?ちょっ……この子」
「………リオンと同じ、匂いがする……」
最初から、タラシの男の人→リリィちゃん→ヴァイオリン弾きのアルさん→メルちゃんだ。
ん~、何で私、こんなに怪しまれてるんだろう。嘘は言ってないんだけどな………
だって、確かに私はあの身勝手気侭な神様に無理矢理辞典作りを任され、た……ん?
「ぁ、そうだ辞典だっ!!」
すっかり忘れていた。そうだ、私は確か「いつもの口癖」で、辞典を作らないといけないんだ!
そう思い出して、パッとその場に辞典を召喚した。で、なんかそれがダメだったらしい。
「なっ……いきなり本が!?」
「お前っ、どうやったんだ!!?」
「おぉ~、これは本物らしいな」
「やや!」
今度は、アルさん→スバル→たらしの男の人→リリィちゃんだ。皆がそれぞれに驚いて固まっている中、リリィちゃんが興味津々な顔で私を見て
「おねーさん、すごぃっ!!」
と褒めてくれた。えー……この世界ではこれが凄いんだ。これぐらいできないと妖精じゃないよ、って程度の技なのに。
「で?その辞典作りって、具体的に何をするんだ?」
タラシ男だけは、動じていない顔で聞いてきた。
「あ~……私も良くわかんないんですけど、今回は“いつもの口癖”とやらを調べてくればいいらしいです」
「“いつもの口癖”?なんだ、それ……そんなの人それぞれだろ?」
アルさんが怪訝な顔で聞いてくる。けど、そんなの私も知らない。文句は神様に言って欲しい。
「俺の口癖……って、何だ?改めて聞かれるとわかんねェ………」
「そうねぇ。私も、口癖と言えるようなものはないかしら……役に立てなくてごめんなさいね、マナちゃん」
「リオン、くちぐせ、って?」
「んー?いつも言ってしまうフレーズ、みたいなもんか?リリィなら“リオンッ!”じゃねーの?((笑」
「なんだよソレ!!それは、リリィが人の名前ぐらいしか言葉を知らなくて、お前が一番一緒にいるからだろッ!?口癖とはいえねぇよ!」
「……ありがとう………」
ポツリ、そんな感じでいきなりメルちゃんが言った。
「メル?どうした、いきなり……」
「が、口癖だったら、なんかいいなぁ……と。」
『………………。』
その場の全員が一瞬黙り込む。
それから、おぉ~みたいな空気がその場を支配する。
「いいわね、それ。ありがとうが口癖なんて、素敵……」
「なんかカッコいい!そんな男になりてぇ~」
「メル天才!じゃぁ“いつもの口癖”は“ありがとう”に決定だ!!」
「おぉ~、じゃぁ辞典にそう書き込んでおきますね!」
ペンを持って書き込もうとしたら、アルさんがおずおずと言った感じで切り出した。
「──いや、でもよく考えたら“いつもの口癖”って“決める”ものじゃなぃ……」
「アルダ……貴重な意見をありがとう。だが人生、既成概念に囚われていたら前に進めないぞ?」
リリィちゃんに「リオン」と呼ばれていたタラシ男が真面目な顔でアルさんを諭す。
「……リオンの言葉がマトモに聞こえる………」
「“ありがとう”効果すげぇッ!!」
「そうか?ありがとう」
──まぁそんなワケで「いつもの口癖」は「ありがとう」に決定したのだった。
最終更新:2009年04月12日 17:57