4.ウサギノオチャカイ


12のところにあった長針を3まで回す。
カチリ。
その針をさらに6に持っていく。
カチリ。
最後にそれを9まで持って行けば・・・
カチリ。
──マイナス9、プラス3、プラス3!これで・・・
 ・・と思ったけど、特に何も変わらない。まさか、間違い・・・?
なんで?これで正解だと思ったのに!それにこれ以外の方法、私には思いつかないよ・・
もう、訳がわからなくて途方にくれた。
チェシャは確かにこれでお茶会に行けると言ったのに。何か見落としてる?でも、一体何を・・・
「もぅ、意味わかんないよぉ・・・」
ガックリとうな垂れると、耳にチャリ、という金属が擦れるかすかな音が届いた。
そう言えば、首から家の鍵を下げたままだった。私の家の玄関の鍵は2重。昔も今も変わらずめんどくさくて嫌だけど、お母さんが用心深いから仕方な・・・──
── でも忘れちゃいけない。ウサギは用心深いからね ──
チェシャの言葉が頭をよぎる。そして、頭に小さな電流が走ったような感覚。
「2重・・・?」
カチリ。カチリ。カチリ。カシャンッ・・・
ただの思いつきだったけど。何となく針をもう一周させてみると・・あきらかに今までと違う音がした。
そして、時計から「ギギギ、ギ──」と錆びついた歯車音がして、床が微かに振動し始める。
そして、次の瞬間には
「きゃっ・・・!?」
時計の前の床がいきなり消えたと思った時には、アリスはすでに深く長い穴へと落ちていた。

「では・・──乾杯!」
カチン、カチーンとカップを合わせる音がして、皆はそれを飲んだけど、アリスはカップをテーブルに戻した。
「ぉや?アリスさん、飲まないのかね?」
帽子屋、と名乗った妙に小さい男性が不思議そうに顔を覗き込んでくる。しかし
「この液体が本当に飲めるものなのかどうか、なんだか怪しくて・・・」
とは彼らに言えなくて、
「えぇ。なんだかあまりお腹が減ってないの・・・」
と差し支えのないように返事をしておいた。
「はて、そうなのですか?私が知っている限りでは、アリス・メノウは昨日から何も食べていないはずですがね」
「い、いえ。実は昨日の夜に、持っていたクッキーを食べてしまったの」
「では、このクッキーは要りませんかね・・。はて」
そう言って少し悲しそうに帽子屋が、自分が持ってきたと言っていたクッキーっぽい物を見る。
「・・・おいしいですよ、クッキー」
すると励まそうとしたのか、ヤマネと名乗る小さな少年がもぐもぐとクッキーを頬張りながら感想を述べた。
「そう?じゃぁ、一枚もらおうかな」
昨日クッキーを食べたなんて嘘だ。本当はすごくお腹が減っているアリスは、お皿から一枚手に取って一口かじった。
「どうですかな?友人が送ってくれた物なのですがな。はて」
「──えぇ!とってもおいしいわ。あまり食べたことのない味なのが斬新で・・」
「あぁ、それはよかった」
おいしいと言うのかどうかわからないが、まずくはない。そんな味だったので言葉を選んでそう言うと、帽子屋は安心したようにホッとため息をついた。
──今アリスがいるのは壁に森や空の絵が描かれて、一瞬「外かな」と思ったマチェアの部屋だ。
チェシャが「気違いのお茶会」と言っていたこのお茶会には、アリスとマチェアと帽子屋、ヤマネが参加していて、白いテーブルを囲んで座っている。テーブルには大きなティーポットと人数分のカップ、数種類のお茶菓子が並べられていて、アリスの知っている「お茶会」とあまり変わったところはない。一体何が「気違い」なんだろう・・・?
「ところで知っていますか、ロロの話」
皆が一息ついたところでマチェアが何気なく話を振った。ロロ・・?ロロって何のことだろう?
「ロロ?懐かしい名前ですな、はて。それで、彼がどうかしたのかな?」
「知ってる。ロロ、手紙くれ」
「ヤマネ、お茶のお代わりはいかがですか?」
え・・・マチェア?自分から降った話なのになんでいきなりさえぎって・・・それにヤマネのカップだって、まだ半分も減っていないのに?
「・・もらう」
「そうそう、この前タートがだね・・」
帽子屋も、いきなり話が変わった。さっき「ロロ」の話を聞きたがっていたはずなのに・・・?
「それよりチェシャには困ったものです。昨日だって私の時計にいたずらを」
また話を変えた?「ロロ」の話は・・帽子屋の「タート」の話も無視なの??
「チェシャと言えば」
「この前読んだ本は」
「あぁ、そこの皿を取ってくれないかな、はて」
「タートさんが書類の」
「そうだ、今日のお茶は」
「3階の階段の手すりが」
「私の好きな色の」
「近々この屋敷に」
「~~もうッ!何なの、あなたたちっ!!」
しばらく黙って聞いていたけれど、耐えれなくなってつい大きな声を出してしまった。
「なんで1つの話をしないの!?マチェア、“ロロ”の話はどうしたのっ?」
責めるように少し早口なアリスの言葉に、マチェアは不思議そうな顔で返す。
「ロロ?ずいぶん最初の話ですね。それに一つの話をしろだなんて、おかしな人だ」
「おかしな人って・・私が!?だって、普通は・・・ふつう、は・・・・」
普通・・・・?「フツウ」って、何なんだろう?
この屋敷では私の常識なんて通用しないんだ。むしろ、私の「常識」が「普通じゃない」んだ。
「ロロ・・あぁ、そうか。あなたは彼を知らないんですね。ロロは役所勤めのフクロウで、この屋敷に毎月手紙を届けてくれるのです」
ま、毎月?毎日じゃなくて・・?そんなんじゃ誕生カードもクリスマスカードもちゃんと届かないじゃない!
「ロロ・・仕事、やめるって」
「ほぅ?それはまた突然ですなぁ、はて」
「それもですね、この屋敷がもうイヤになったなんて口を滑らせましてね。クロス様に処刑されたのですよ」
「処刑!?」
こんなおかしな屋敷、イヤになっても仕方がない。なのに、正直にそう言っただけで殺されるなんて、ひどすぎる・・・!
「クロス様って・・この屋敷の主、よね。どんな人なの・・・?」
恐る恐る聞いてみると、彼らは一回顔を見合わせてから、
「とても素晴らしいお方ですよ」
「尊敬」
「彼女以上の方はどこにもいないでしょうなぁ、はて」
と口々に「クロス様」を褒め称えた。って言うか、女の人だったんだ。
「あ・・・そうだっ!そのクロス様って、どこに行けば会えるの?」
閃いた。クィンを探すなら、一番知ってそうなその人に聞くのが手っ取り早いでしょ!
と思ったのに、
「どこに行っても、会えませんよ」
とマチェアにさらっと言われた。
それは、どういう意味?もしかして、もう死んで・・・・?
「そうそう、アルピンの目が」
「門番がこの前」
「あの、犬のことですか?」
「パラットが、またタートに」
クロス様についてもっと聞きたかったのに、マチェア達はまた変なお話を始めてしまった。
アリスはその話について行くことが出来ず、ただクッキーを食べながら「気違いのお茶会」の意味を理解した。



































































最終更新:2010年05月28日 21:37