「未成年がお酒を飲むと、成長に障害が出たり体を動かしにくくなったり思考が廻らなくなったり、とにかく良い事は無いわ。」
後になって千鶴のお姉さんだと判明したはおの(19)は回転椅子に座って人差し指を立てて説明している。
これで白衣を着れば、完璧お医者さんなんだが。
着ている服が、診察する側の物じゃなくてされる側の患者服なんだから何かしっくりこない。
ちなみにアリーナはこの部屋のベッドに寝かされて、スゥスゥと寝息をたてている。
あの後──アリーナが倒れた後、シュリエが泣きそうな顔で案内してくれた部屋だ。
確か扉には「Haono’s room」と書いてあったはずだ。
ちなみに内装はとてもシンプルで、ベランダにつながる窓が一つ、今アリーナの寝ているベッドが一つ、その横にクローゼットが一つ、それからはおのが座っているのとケイトが座っている椅子が2つ、はおのの向かいにある大きな机が一つ、その横にぎっしりと詰め込まれた本棚が一つ、たくさんの薬が置かれた洗面台が一つ、あとマットが一つ。終わり。
うん。せっかく広いのに何でこんなに何もないんだろうなぁ・・・・と思って部屋を見回し、入り口に視線が行った所で、その扉は勢いよく開かれて千鶴が入って来た。
「はお姉アリーナちゃんご飯―!・・あ。ケイトの分。作ってないや。」
最後の部分は棒読み&最高の笑顔だった。どうやら「危険だ」と認識されたっぽいな、これは。
そして向かい合って座っていたはおのとケイトの間にグイッと割り込んで、はおのに持っていたトレーの片方を渡した。
「今日のランチは卵チャーハンと林檎!そして林檎はうさちゃん切り!・・ごめんねはお姉、7人分となると流石にあんまり豪華な物はできなかったんだけど・・・」
申し訳なさそうに言う妹を見ながら、はおのは口元に手を添えてクス・・っと微笑した。
「そんな、いつも任せっきりで悪いのにいいのよ。それに・・七人分、私とアリーナちゃん、レオンさんとファリエルちゃんにシャルトスちゃん、それに千鶴の分と・・誰の分かしらね?」
「あ・・っぅ、はお姉・・」
千鶴は顔を赤くしてはおのを軽く睨んだ。
ケイトははおのの言葉と千鶴の反応に「千鶴はケイトのご飯を作ってないのではなく、少し嘘をついただけ」と読みとって 目を輝かせた。
「うぅ──~っ、ほ・・・他の人の分は下に、置いてるからっじゃぁねっ!」
千鶴はもう一つのトレーをケイトに無理矢理持たせてさっさと部屋を出て行ってしまった。
「・・誤解しないでね、ケイト君。」
『千鶴は、本当はとっても優しいの!───ぅう~、いっつも思うけど千鶴のご飯は本当美味しそう・・幽霊っておかしいよね、味覚は無いのに嗅覚はあるんだよ?』
シュリエはケイトが持たされたアリーナの分のご飯を口元に指を当ててジィッと見つめた。
「視覚、聴覚、嗅覚の三感はあって残りの味覚と感覚は無いらしいの。シュリエだけの病気かしら、とも思って調べてみたんだけれどどうやら違うみたいだし、幽霊の特性とかじゃないかしら。」
はおのがたぶん、という感じながらもシュリエの言葉に付け足した。
『えへへー、DBM公認の天才医学者はおのが言うんだから間違いないよ!』
シュリエは嬉しそうに、そして誇らしげにはおのの上空をクルクルと旋廻した。
ちなみにDBMというのは、上手(Dexterous)で格安(Bargain)な医学(Medical)を提供することをモットーとした国家最大規模の病院、又それに関連する企業のことを言う。
そんな所で“天才”と称されるぐらいだ。はおのの医術の腕は相当のものと見て良いだろう──と、そんな事がケイトの頭の中で一瞬にして巡り、ケイトの中ではおのとその妹の千鶴に対する警戒が完全に解けた。
「・・ところで、はおのさんってどっか悪いとこでもあるんですか?障害、とか・・」
そこでケイトは、一目見てからずっと気になっていた質問をしてみた。
「あ、気付いていたのね。別に病気というわけではないのだけれど、だからむしろ治すこともできないというか・・・」
はおのは少し意外そうに言ったが、そりゃあもうバレバレだ。患者服を着てる事とか、千鶴が何かと病人扱いする事とか、千鶴が何かと病人扱いしまくる事とか、千鶴が何かと病人扱いし過ぎる事とかetcから。
『はおがちょうど12歳の時だったっけ?ある日突然私が憑いちゃってね、はおは体が弱くなっちゃって・・・』
シュリエがしゅん、とうな垂れながら説明する。はおのは触れたのなら頭を撫でてやったりしただろうが、それができないので大丈夫よ、という感じの微笑を向けた。
「はぁ・・それは確かに医術じゃ治せそうにないですね。・・でも除霊、とかは・・」
ケイトはおずおずと提案してみた。
「んー、確かにその手はあるかもしれないけれど・・私は外で元気に遊ぶ方ではないから別に困らないし、シュリエが消えちゃうかもしれなかったから・・ね。」
はおのはシュリエに笑みを向けたままケイトの提案をやんわり却下した。
「・・・さて。せっかく千鶴が作ってくれたんだから冷めない内に頂きましょうか?」
そしてはおのは唐突にトレーの中のスプーンを手に取り、軽く頭を下げながら「頂きます」と言った。
ケイトもそれにならってベットで未だにスゥスゥと寝息をたてているアリーナの方へと寄って行った。そして軽く揺すってみたが起きる気配が無いので枕元に置いてある体温計へと手を伸ばした。
天才医学者はおのが言うには脳が急な多量のアルコール摂取に対処しきれず熱を出しているとの事だ。でもそれは一時的なもので、人によって差はあるがだいたい一日ほどでおさまるらしい。まあ命に別状があるほどではないが一時はそれなりの高熱が出るらしいので体温はこまめに測っておいた方が良いそうだ。
──と、そんな訳でさっき測ってみたら見事に39.2℃ほどあった。今度は下がってると良いけど・・とケイトがケースから本体を取り出したところで、下から微かな声がした。
「ん・・ケ、イト?」
「アリーナ!目ぇ覚めたか?」
「・・・?ここ・・・・?」
アリーナは自分のいる場所に見覚えがなくて、上半身を起こして部屋の中を見回そうとした。
「アリーナ、まだ起きない方が良いって!」
「?・・・・分かった・・。」
「んじゃ、メシより先にこれ・・」
いつもよりやけに素直なアリーナを見てケイトはやっぱり熱があるのかと思いながら、取り出した体温計をアリーナに咥えさせた。
「まぁとにかく、熱測ったらご飯食ってもう一回寝ろ。はおのさんが安静にしとけって。」
「ふぁぉの・・?」
「あぁ、こちらの方。千鶴さんのお姉さんなんだって。」
ケイトはチャーハンを食べながらアリーナの様子を見ていたはおのを振り返って紹介した。
「初めまして、アリーナちゃん。辛いだろうけど安静にしておけばすぐに治るから、もう少し頑張ってね」
そしてはおのの上の方に浮かんでいたシュリエがアリーナの1m手前ぐらいまで申し訳なさそうな様子で近づいて来た。
『えっと、私はシュリエっていうはおに憑いてる幽霊なんだけど・・・さっきはごめんなさい・・・・』
アリーナはそんなシュリエに向かけて「いいよ」という感じにゆっくり首を縦に振った。
それでシュリエが嬉しそうに笑った直後、アリーナの咥えた体温計からピ──ッという電子音がした。
その口から体温計を取り出したケイトが、その数値を見て肩を落とす。
「39.6・・上がってる・・」
はおのはそれを聞いて、部屋の隅に備え付けられた水道のところへ行き、持っていたタオルを濡らした。そしてそれをアリーナの頭にのせ
「ケイト君、解熱剤が無いか調べてくるからアリーナちゃんにご飯食べさせててくれる?」
「あ、はい。いいですけど」
そう言ってはおの(+シュリエ)は部屋を出て行ってしまった。
「・・・・さて。アリーナ、今日のランチは千鶴さん作の『卵チャーハンと林檎!そして林檎はうさちゃん切り!』だそうだ。食えるか?」
「うん・・たぶん、だぃじょぉぶ。」
アリーナはトロンとした目ながらも、しっかりと頷いた。
しかし、そこでケイトは気が付いた。
──ハ・・ッ!これって、もしかしてまさか・・・彼氏彼女がやるお約束として公認のあの「はい、あーんして」ってヤツか!?まさかまさかもしそうだとしたら、今の俺とアリーナってもしかしてカレカノに見えたりしちゃっ・・・・
「アリーナ様ぁっ!」
・・・気がつくとイスに座っていたはずなのに床に転げ落ちていた。
いや、別にボーっとしてて落ちた、とかでは断じてない。ってか、まだそこまでボケてない。
そう、俺がこんな事になっているのは、さっきの声の主──蟻妖王シャルトスのせいだ。
「お体の方は大丈夫でしょぉかっ?」
シャルトスは音もなく部屋に入ってき、俺の背中に容赦なく蹴りを叩きこんで床に落とした後、今アリーナの手をしっかりと握っている。
「私、アリーナ様が心配で心配でもぅ夜も眠れなかったんです・・・!」
いや、まだ昼だよ。
「そぅ・・なんだ。心配、してくれて・・ありがと・・・・」
いやいやいや。アリーナも真に受けるなよっ・・て、今熱あるのか。なら仕方ないな。
訂正訂正・・・いやいやいや。蟻妖王シャルトス、真に受けさすなよっ!!
「あ、それでですね、今私がここに参った理由ですが。」
お、何だ。用があって来たのか。
また意味もなく俺達を邪魔しに来たのかと思ってたよ・・・今、少しお前を見直した。
「アリーナ様に、私めが『はい、あーんして』なるものをやって差し上げようと思いまして!」
──やっぱ誰が見直すか!
その後、アリーナに「はい、あーんして」をやる権利は結局シャルトスに奪われ、ケイトは横でブツクサ言いながらはおのさんの帰りを待っていた。
最終更新:2010年06月05日 23:41