「うぅ、う・・・」
 アイリとそれの間には、最初5メートルほどの距離があった。
「うむむ、うむむむ・・・っ!」
 しかしアイリが威嚇(らしきもの)をしながら近付いて行き、その差は4メートル、3、2・・・と縮まっていく。
「むむ、むむぅ・・」
 そしてついに、アイリはそれを手に取り、口へと──・・・
「・・何で・・、カレー食べるだけで・・・」
 しかし、僕はその時ついに我慢の限界が来て、そう突っ込んでしまった。
「だ、だってぇぇ~・・」
 案の定アイリはそう言いながら、今この瞬間口に入れようとしていたスプーンをパッと皿の上に戻してしまった。
「辛いんだよ?辛いんだよ?怖いじゃんっ!!」
「いや、怖いとかそういう・・・」
 大体、なぜアイリの中で「辛い=怖い」になっているのかが、僕には不思議でたまらない。あるいは、そう思っているのは僕だけなのかもとさえ思ええてくる。
「シカシ、惜シカッタ。後 少シデ、食ベレテイタモノヲ・・・」
「・・・ごめん・・」
 僕はうなだれながら、そう謝った。
 で、なぜこんなことになっているのかと言えば、簡単な事だ。

 アイリが、こぼしてしまった飲み水の代えを汲みに行っている間にカレーは出来て、皿に盛り付ける作業も終わった。そこへ帰って来たアイリは、すでに皿に盛られている辛い食べ物を見て、苦い顔をした。聞けば、自分のお皿に注がれた物は全部食べろとローに言われているので、最初から皿に盛る量を少なくしてほしかったのだそうだ。しかしもう仕方ないので諦めて、食べようと試みていた所で現在にいたる。

……しかし、さっきのは「食事をしている」より、「敵と戦っている」の方が適切な行動なのでは・・?と心底思って突っ込んでしまったが、それでアイリの心意気は断たれてしまったらしい。アイリはもう食べる気がないようで、華美月に「大丈夫だった?」と問いかけていた。
「そうだな・・さほど辛口でもなく、程よい香辛料で中々美味だったが。」
 しかし華美月は、その抜けた質問にも真剣に返し、アイリの顔には3つほどはてなマークが浮かんだ。
「・・っじゃぁ、ク・・」
「右に同じだ」
 アイリが華美月の言葉の理解を早々に諦め、振り返ってクロークに質問しようとすると、する前にそう返されてしまった。
「ふぇ・・・じゃぁ・・、純は?」
 そしてもう一度アイリは振り返り、最後に僕にも同じ質問をした。
「えっと・・。僕はいつも食べてたから、まずいとは思わなかったし・・・むしろ、クロークのカレーはおいしいと思うけどなぁ。」
「む──~っ、・・本当に、おいしい・・・・んだよね?」
 アイリはそれでもまだ嫌そうだったが、渋々スプーンを手に取った。
 そして目をギュッとつむって、一気に頬張り──
「──おいしい!」
 一言、そう感想を言った。
「ちょっとまだ、辛いけど、おいしい・・っ!すごい、この世界の食べ物っておいしいんだ!」
 感嘆したように何度もそう繰り返して、パクパクとアイリは口を進めた。
 僕は、アイリが満面の笑みでカレーを頬張っていくのが面白くてしばらく見ていたが、ふとアイリ達の世界の食べ物はそんなに辛いのか?と、頭に疑問が浮かんだ。しかしそれは聞くほどでもないかなー、と思って自分で考える事にし、いつものように空を仰いで、主人をみつめるローを見つけた。
 ローは、アイリの真上の一点に留まり、嬉しそうな顔をしていた。いや、鳥の表情が分かるなんて言うと凄いことだと思うかもしれないが、本当に、誰が見てもあれは嬉々の表情だろう。まぁ、そんな顔をしている理由は明確なのだが、どっちかと言うとそれは、子供を見守る親のように見えた。そして、僕に新たな疑問が浮かんだ。
──アイリとローは、どうやって出会ったのだろう?
 もしかするとそれはただ単に、笛を吹いたら来たので、友達になっただけかもしれない。でも今の僕には、それだけの事とはどうしても思えなかった。なぜかって・・、いつもの勘が、また、そう言うからだ。
 しかしいつもの、この僕の勘は、「悪い勘」だったはずだ。だけど今回は、どんな悪い事があると言うのだろう。アイリかローに、質問をするだけだ。それで僕に、どんな悪影響があると言うのだ。
 僕はそう考えて、今回の勘は外れたんだ、と思う事にした。そして、あまり深く考えず、後でアイリに聞く事にした。

 しかし、僕は後で、その選択肢を選んだ事を、後悔する事になる。
最終更新:2010年02月09日 19:49