- 夜 -
僕達は、アイリがカレーを食べ終えると片付けをして、テントに入った。
クロークはそれから「おやすみ」の一言も言わないで眠ったが、僕達は昨日の夜と同じように、起きていた。
「ふぅわぁ・・美味しかった~っまた食べたい!」
アイリが満足そうな顔で、そう言った。
「もしかしたら今までのは、食わず嫌いだったのかな。」
「・・くわず、きらい?」
そうか、そう言えば「食わず嫌い」は日本の言葉だ。アイリ達は別の世界の人なのだから、知らなくて当然──・・
「食べてもいないが、嫌いと断言し、食べない事だ。」
・・と僕は思ったのに、華美月は知っていた。僕は「あれ?」と思ったが、余り深くは追及しない事にした。もしかしたら、華美月達の世界でもそんな言葉が使われているのかも知れない。そして、ただアイリが知らなかったか。
「う、うぅ~・・今度から、食べてみるから・・いいじゃんっ」
アイリは枕に蹲って、そう言い訳をした。それに対して、華美月がまた口を開こうとしたので、僕は早々に話題を変える事にした。
「あの、ところで今日はさ。フィリック・・さん達、来なかったよね。」
パッと思い付く事がそれしか無かったのでそう言ってみたが、それによって華美月の反感を買ってしまった。
「フィリックに“さん”など付けなくて良い。大体、来る必要は無い。」
華美月は、そう冷たく言い捨てた。
「えと・・ごめん、気に障った・・・・よね。」
華美月は、フィリック(さん)の事になると何だか怖い。昨日ノース達が来た時も、酷く険しい顔をしていて、まるで怒っているようだった。それに、フィリック(さん)の事を酷く嫌っている様で、「下道」と呼んでいた記憶がある。
「気にするな・・・否、一つ気になる事が有る。」
しかし華美月は僕に対して首を横に振ってから、そう切り出した。
「気になる、事・・?」
僕は、華美月が何を言いたいのか意味が分からなくて、そうオウム返しにしてしまった。枕に蹲ったまましばらく静かに聞いていたアイリも、不思議そうな顔をしていた。どうやら、分かっていないのは僕だけではないようだ。
そして、華美月はスッと腕を上げて、ある一点を指した。そしてその指を辿って行くとアイリがいて・・
「へっ、何っ!?」
アイリは何も心当たりがないのか、そう声を上げた。
しかし華美月は、無言のまま動かない。一点を見詰めたまま、腕も下ろさないし・・僕は不審に思ってもう一度、華美月の指の先を辿って行った。
すると、指していたのは同じくアイリ・・ではなく、その少し横だった。そして、僕はやっと華美月の言いたい事を理解した。
「え、何ジュンまで・・、えぇっあれ、・・・・って、ローッ!?」
そしてすぐにアイリも気付いて、いつも傍にいるはずの鳩の名を呼んだ。
──そう、いつもならアイリの枕元で、主人が眠るまで目を瞑って待っているはずの、ローの姿が今は見えなかった。
「ねっ ロー、いるよねっ?お願い 出て来て・・ローッ!」
アイリは泣きそうな顔でそう言ったのも束の間、すぐさま立ち上がってテントを出た。
その姿は凄く必死で、放っておけるはずが無く、僕と華美月も立ち上がって
次いでテントを出た。
「アイリは丘の方に行ったから、華美月は川の方をお願い!僕は、林の方を探すからっ・・!」
そう言いながら僕は、他の場所より木が沢山集まって茂っている、“林”の方に走って行った。
木の頂、幹の中、空の上、なるべく急いで、それでも出来る限り丹念に調べて行ったが、ローの姿はどこにも見当たらなかった。
そして、僕の足取りは、段々と重くなって行った。
──そうだ、アイリがあまりにも慌ててたから、僕も必死になって、思わず走っていた・・。
そう認識すると、いきなりドッと苦しさのヤマが来て、「少し休まないと。」と言っている僕の声が聞こえた。
──でも、早くローを見つけないと・・
──なんで?そんな他人事のために、なんで僕が苦しむ必要があるの?
──でも、それでも、アイリとローは僕の、友達だ・・って、アイリが言ってたから・・・・友達のために、僕らは必死になるもの・・・・なんだろう?
──あぁ、へぇ、友達かぁ。・・・なら、探すのは良いさ。だけどこんな状態で探してはかどるの?休んでから探した方が、効率が良いだろう?
──・・・・でも・・
──そう、そうなんだよ。倉橋純・・いや、僕。
──・・・わか、った・・よ・・・・。
僕の中の僕が言っている事は、確かに正しかった。実際、僕はもう木に寄り掛かっているし、そうしないと立っていられない位、辛かった。
なので僕は、僕の言う通り、少し休む事にした。
月は空高く昇り燦然と光を放っていたが、それに負けじと星も輝いている。肌に当たる空気は澄み切って冷たかった。
僕はしばらく目を瞑って、スー、ハー、スー、ハーと規則的に呼吸をし、息を整えた。
それで大分楽になってゆっくりと目を開けてみると、一番最初に目に入ったのは、木々の間から顔を覗かせる大きな月だった。
空気が澄んでいると、星が綺麗だと言う。それは、知っていた。何故なら、『倉橋家』から星が殆ど見えなかったから。でも、月もそうなのかは知らなかった。一応『倉橋家』からも月は見えたが、いつも薄ぼんやりと雲懸かっている様で、「ウサギノモチツキ」なんて到底見えることはなかった。
──でも、今見える月はこんなに大きく輝いて、大きな存在を優しく主張している。
僕はいつの間にか衝動的に、その、ウサギのいる方へ歩を進めていた。
最終更新:2010年05月08日 21:57