5.ヤシキノジュウニン


「はぁ~疲れたぁっ!!」
『おかえりなさい、アリス』
お昼頃になってお茶会がお開きになったので、アリスは最初の部屋に戻って、ドッと疲れた体をベッドに投げ出した。
『お茶会は、楽しかった?』
「えーと、うん。まぁ、クッキーは食べれたし、それなりに・・・」
クィンはマチェアの知り合いっぽかったし、そのマチェアのお茶会を楽しくなかったなんて言ったら失礼かもしれない。それに疲れたけど、全く楽しくなかった!!なんてことはなかったし・・うん。
と言葉は濁したものの、何となく気まずかったので話題を変えることにした。
「あ・・そうだ。クィン、この屋敷の主の“クロス”って女の人について、何か知らない?」
クィンを探す手がかりになるし~と軽く思って聞いてみただけなのに、すごく申し訳なさそうに謝られた。
『・・・・・ごめんなさい、何も、知らないわ・・』
「やっ、何で謝るの!別にいいのよ。これからまた調べるしっ!!」
あぁ、クィンは本当にいい人だ。なのに、どこかに独りぼっちで閉じ込められているなんて、可哀想すぎるよ・・・
そうだ。クィンが頼れるのは、今は私しかいないんだ。私が頑張らないと・・・!
心の中で気合を入れて、疲れた体をバッと起こした。
「クィン!私これからまた、手がかり探してみるね。夕方まで戻らないと思う!」
そう言い残して部屋を出て行く。そうだ、一刻も早くクィンを助け出してあげよう・・!

そして誰もいなくなった部屋の中に、透き通った声が響く。
『その“ごめんなさい”・・ではないのだけれど、ね・・・・』

勢いよく出てきたのはいいけど、どうしよう。
アリスは困っていた。
この部屋を出て右側にはすぐ階段がある。上にも下にも続いている、緩やかな螺旋を描く階段だ。ふと覗いてみただけでは、螺旋が邪魔してどこまで続いているのかわからない。
そして左側には、マチェアの部屋に行く曲がり角までだけでもざっと50メートル以上も荘厳な赤の絨毯が敷かれた廊下が広がっていて、両脇には8メートル間隔ほどでドアが並んでいる。全部開けて確かめていくのもあるけど、誰かの部屋だったりしたら失礼だし・・・
アリスは困っていた。
そうだ、とりあえず手始めに階段を下りて、この屋敷が何階建てでここは何階なのか確かめてみよう。
そう思って右に曲がり、階段を2,3段下りたところで上からシャーっという音が聞こえた。しかもその音は段々大きくなって・・近付いてきている!?
ビックリして上を見上げると、階段の手すりの上をピンクの物体が滑り下りてきているのが見えた。しかも、もしかしてあれは・・・
「やぁ、アリスじゃないか」
案の定思ったとおり、ピンクの物体はこちらに気付いてそう言うと、アリスの手前で手すりからピョンっと飛び降りた。
「チェシャ!」
「あれ?アリスも俺をチェシャと呼ぶことにしたんだね。俺は俺なのに、どうして、皆俺を俺とは呼んでくれない」
「ご、ごめんなさい・・」
「まぁいいよ、みんなそうだから。俺はそれを納得はしないけどね」
相変らずチェシャの言っていることはよく分からない。それとも私の理解力がないだけ?
「あ・・それより!ありがとう、チェシャ。この前は助けてくれて」
「気にしなくていいよ。アリスの中でも“友達”って、そう言うものだろ?」
「でも、忠告してくれたのにお茶会に行ったから・・気が狂ってしまいそうだったわ」
そう感想を述べると、チェシャはやった、と言うような顔で笑い出した。
「くすくす、そうだろう?なんたってマチェアとハッターがいるからね」
「どういう意味?」
「彼らは“屋敷の住人”なんだよ」
意味を聞いたはずなのに、ますます意味がわからなくなった。やっぱりチェシャは、マチェア達とはまた違って「変」だな・・って、マチェアといえば・・
「チェシャは一つの話をするのね。・・あれ?そう言えば、クィンも・・?」
「当たり前じゃないか、そんなの。だって僕は町が好きだもの」
「やっぱり、マチェア達がおかしいの?」
「いいや、彼らは普通だよ。この屋敷では、ね」
???屋敷では普通で、町が好きなチェシャはマチェア達とは違う・・・?結局、誰が「普通」なの??
「それに比べて、ヤマネはすごく変だ。この屋敷の中で、おかしいぐらい、普通じみていて、変だよ。あのお茶会の中でも、彼だけは相づちを打つ。読書が趣味で、知識もある。ほら、すごく変だろ?」
普通じみていて変?いや、ヤマネは私がこの屋敷で出会った中で、クィンと並ぶぐらい常識的だった。でも、私の常識は通じないんだから~・・あぁ、もぅこんがらがるっ!
「くすくす。アリスはいい子だね。思ったことがすぐ顔に出る・・単純なのはいいことだよ、ここでは、ね。まぁ、得かどうかは別だけど」
「そうなの!思ったことがすぐ顔に出るから直した方がいいって、友達も言ってた」
「まぁ、もし“審判”に行く事になったらクロスとは話さない方がいいね」
「クロスって・・チェシャ、その人の事知ってるの!?お願い、教えてっ!!どうしたらクロスさんに会えるの?」
「やめといた方がいいよ」
すがるように質問を投げかけたアリスを 諭すような顔で、チェシャがスパッと切り捨てた。
「どうして?マチェアには“会えない”って言われた。でも、会いたいの!困っている人がいるの!どうしたらいい?」
「どうしてもクロスに会いたいなら、審判に行くしかないね」
「審判って?なぁに、それ?」
「あぁ、言えないな。それ以上は言えないな。俺はアリスの友達だもの」
どうして?むしろ友達が「教えて」ってお願いしたら言うでしょ?
「それにこれ以上クロスについて喋ったら、今度こそ審判に連れて行かれて処刑されちゃうもの。嫌だよ、俺は。もっと遊びたいからね」
また「処刑」?チェシャが殺されてしまうの?それは、嫌だ・・・
これ以上喋ったら殺されてしまうと言うのなら、もうチェシャには何も聞けない。
「・・ありがとう、いろいろ教えてくれて」
「いいや、いいんだよ。俺は友達思いだから・・よっ、と」
するとチェシャはまた軽い身のこなしで手すりに飛び乗った。本当に、猫のようだ。
「チェシャはこれからどこに行くの?」
「御飯を食べに行くのさ」
何となく聞いてみたら、そう返事を残してチェシャはまたシャーっと手すりを滑り降りて行った。
ご飯って事は、この下に何か食べ物が手に入る場所があるのかな?
こんな大きさの屋敷だ。大きな調理場があったって不思議じゃない。いや、むしろ無かったらおかしいぐらいだ。
これからクィンを探して行くのに、食料が無かったらすごく困る。
だからまず今日は、調理場を探すことにしよう。
アリスはそう決めて、また一歩 無限に続いていそうに感じる階段を下りた。

























































最終更新:2010年05月29日 22:05