「・・鳩、が・・・?」
僕は最初 まさかそんな事ありえないと思い、すぐさま声の主を探して見回したが、やはりそこには僕と鳩以外、何もいない。
「クラハシ ジュン、我ラト共二来イ」
鳩はもう一度、不思議なことになぜ知っているのか僕の名を呼びながら、同じ事を言った。
「嘘だ・・」
だが僕はまだ、本当に鳩が喋っているのか信じられず、また鳩が喋るのを待ったが・・・鳩はそれ以上クチバシを動かすことはなく、踵を返してどこかに飛んで行こうとしていた。
僕はいつまでもここにいても、埒が明かない事はもう分かっていたので、特に考えもせず鳩に着いて行く事にした。
しかし───僕が取れた選択肢は、ここでは「着いて行かない」しかなかったのかもしれない。
僕をチラリと振り返りもせずどんどん飛んで行くその鳩に、僕はだんだん着いて行けなくなり──しばらくして、呼吸が苦しくなってその場に伏してしまった。
それでも鳩は、飛び続けていた。僕を振り返ることもせず。
本当は喋ったりしなくて・・「着いて来い」と言ったのは僕の幻聴だったとでも言うように、普通の鳥と同じに、僕の視界の届かない彼方へと飛び去って行く──・・
そして、僕は諦めた。僕の中の僕が「ほら、やっぱり」とあざ笑うように言った。そうだよ──いつものように、今までのように、最初から諦めておけば、着いて行かなければ、こんなに無駄に苦しくなる事はなかったのに。こんな、理不尽に───
あぁ、僕はどうしてこうなんだろう。何もできない。何をしてあげることもできない。こんな僕に・・生きてる価値なんて、あるのだろうか・・?
ピィ────────────────ッ
・・その、どこまでも届きそうな澄んだ音が響いたのは、僕がそんな事を考えてしまった時だった。
僕は、どんどん暗い方向へと進んでいく、自分でも止められそうにない悪い思考を断ち切ってくれたその音に、心の底から感謝した。
───どこから聞こえて来たのだろう?何から、どうやって。
僕は、その音の事が気になってしょうがなくなった。いても立ってもいられず、胸の、肺の辺りを服の上から押さえつけて、ほうほうの体で何とか立ち上がった。立ち上がったと言っても、いまだ呼吸は荒く、そこから一歩を踏み出す事さえ出来ない。それでも立った方が視界は広がる。何もない野原の、もっと向こうの地平線まで見る事が出来る。
・・しかし、それでも、見える限りの範囲には その音源とおぼしきものは何もなかった。
何も見つけることが出来なかった僕は はやっていた心がスッと冷め、冷静になって、息を整えるためにまた草の上にうずくまった。いつものように、こうしていれば、きっとすぐおさまる。この苦しみは、一時だけ───
そう自分に言い聞かせた。大丈夫、まだ死んだりしない、まだ15歳までは時間がある、と。
でも・・どうして。いつもと違って、一向にその苦しみは、痛みは、消えない。さっき立ち上がったのがいけなかった?それとも、この場所が・・・?ポケットを探ってみたが、痛み止めの薬は全て「倉橋家」の僕の部屋だ。
「かっ・・ハッ・・っ・・・」
心臓の音が、おかしい位に近くで聞こえてくる。その分、この脈がどの位早くて、危ないのかも、良く分かる。
僕は、死ぬのだろうか。こんな所で。まあ、あの家で死んだとしても、悲しんでくれる人はいないし、どうせ同じか・・・・でも。
───死に場所ぐらい、自分で選びたかった。それとも、その選択肢さえも僕にはなかったのだろうか?
そんな事を思うと、今まで堪えていた涙が零れ落ちそうになる。最後ぐらい泣いてもいいだろ、と言う僕と、こんなに気管が苦しいのに泣けるのか、と驚くほど冷静に主張する僕がいる。どちらの言う事が正しいのだろうか。
こんな時だけ、無意味に選択肢が出る。そして僕にどうしろと言うんだ?もう、こんな事、うんざりだ───・・
最終更新:2010年05月28日 20:54