やっと息が整ってきて、まだ、僕の物ではないのかと思う位、重たく感じる顔を上げた。
早く、心の中だけでなく、ちゃんとその人にお礼が言いたかった。
「・・もう、大丈夫か?」
そこにいたのは、外見上、僕と同い年くらいかと思われる少女だった。
背は女子の平均より少し高いぐらいだろうか。色素の薄いピンク色の髪を肩で揃えていて、それぞれ耳の横で結えている真紅のリボンが目を引く。服は──テレビや本でしか見た事はなかったが「巫女装束」と呼ばれるような、白い上着に緋色の袴。周りの景色が全て緑なものだから、珍しさも相まって赤い服というのはとても目立った。
「あ、ありがとうございます。その・・助けてくれて」
「・・何を、当然の事」
少女は短く、そう返した。
そして──後ろを振り返り、少し右にずれた。すると、そこにはさっきの白い鳩がいた。
「・・スマナイ。気付ケナクテ」
鳩は、頼りない声でそう言った。
・・やはり、喋るのか。そして、この少女は鳥が喋っても驚かないのか・・・。
「えと・・君の?」
僕に詫びた鳩に軽く笑って返したあと、その鳩を指しながら少女に訊ねる。
すると少女は、首を軽く振ってからクイ、とまたその後ろを見るように指で僕に示してきた。
「やっ・・と、追い付いたぁ──・・・っ!!」
そこにはちょうど、今ここに辿り着いた、息を切らしてゼェゼェ言っているもう一人の少女の姿があった。
「ハナ、早・・早いってー!後ろの事を、もっと考えてぇ──はぁ・・・」
後から来た少女は整わない息での抗議を途中で諦めて、その場にペタッと座り込んでしまった。
「あっつぅ──っ・・クロに後で、冷たい風起こしてもらおぉ・・・」
“クロ”って・・何の事なんだろう。風を起こすという事は、扇風機か何かの類、か?でも、普通扇風機に名前なんて付ける・・・か?
う──ん・・、と一人で勝手に悩んでいる僕を横目に、先の少女が後の少女の傍にしゃがんで、僕にしてくれたようにゆっくり背中をさすり始めた。
「ふぁー そっか、ハナの体は冷たいんだったね~ありがとっ」
後の少女は、右手の甲で額の汗を拭いながら、笑顔でお礼を言った。
・・なるほど。この少女の言葉を聞いているに、先の少女の名前は「ハナ」と言うらしい。外見にも似合った、綺麗な名前だな、と素直に思った。
「えと、ハナ・・さん、いくつか、聞きたい事があるんですが・・」
僕が控え目にそう切り出すと、その場にいた二人と一羽が、パッといっせいに僕の方を振り返った。
え・・・何だろう。何か、失礼な事でも言ったかな。3人・・2人と1羽とも、何とも言い表しにくい微妙な表情をしている。それか、本人の了承をえてないのに、勝手に名前を呼んだのが気に障ったのかな。いや、それとも さっき助けてもらったというのに、まだ何かしてもらおうというのが厚かましかったのだろうか・・・。
一人、思い当たる節がありすぎてもんもんと黙考していた僕に、ハナさんがその微妙な表情の理由を教えてくれた。
「・・・私の名前は『ハナ』では、ない」
「えっとぉ、初めまして、純さんっ!私はアイリ!あのね、ハナっていうのは私が勝手に付けたあだ名なのっ・・あ、よろしくね~」
そしてアイリがひとまず僕に
自己紹介をして、ハナ(仮)さんを指しながら言い、そこで初対面なことを思い出したのか、僕の手を握ってブンブン上下に振った。・・握手、だと思う。あと、なんでアイリも僕の名前を知っているんだろう・・・・。
「ハナミヅキ、トイウ名ダ」
次いで、ハナミヅキさんの細身の肩に止まって、鳩が付け足した。
・・そして、やはりアイリも、鳩が喋っても微塵も驚かなかった。
「華美な月で、華美月。以後、宜しく頼む」
華美月が、キリッと引き結んだ唇を少し緩めて、そう言った。
「あと、この子は私の友達のロー君だよ~っ!」
アイリはそう言いながら、華美月の肩に止まっていたローに向かって手を差し出した。すると、ローはピョコンッとアイリの手の甲に飛び移って、僕にペコリと頭を下げた。・・・器用な鳥だ。
「あと・・もう一人、いるのだが」
「クロは、食料調達してから来るって言ってたよー。たぶんもうすぐだ思うんだけど・・・」
アイリは、自分が走って来た方をチラッと振り返って、華美月にそう言った。
華美月は軽く頷いて返したが、僕は、扇風機とかだと思っていた「クロ」が人だと知って 混乱していた。
「クロ・・・って・・え、でもさっき、風を起こすって・・・・?」
訳がわからず戸惑う僕に、逆にアイリは不思議そうに言ってくる。
「どしたの、純?クロは風の使い手だよ?」
いや、そう説明されても全然意味が分からないのだが。人が、風を使う?大道芸か何かが出来るのか。いや、でも冷風ってことは・・?
ますます混乱する僕に、ローが仕方なさ気に助け舟を出し・・
「クロ トハ、我ラノ同志。風ノ、マホ・・」
その言葉は途中で絶たれた。
なぜなら、いきなり突風が吹いて、ローは飛ばされないようにアイリの手の甲にしがみ付くのが精一杯で、話す余裕なんてなくなったからだ。
「・・遅れた。『鍵』とは無事、合流出来たようだな」
風のおかげで激しく舞い散る、草花のせいで開けない視界の中から、初めて聞く男の声がした。そして、姿は見えないが、傍でアイリが、
「もぉ、遅いよー、クロ!」
とその男に文句をつける。
なぜ・・クロ───アイリ達の同志とやらは、今さっきまで、この近くにはいなかったはずなのに。どうして、彼の声がするんだ?
そしてこの男の声を聞いた途端、心の中の僕が「危険だ、関わるな。危険だ!」と叫んでいるのも、なんで・・・・・
困惑する僕になんか構わず、その まるで意志を持っているような風はおさまっていった。そして、その風の中から姿を現した、黒を基調とした全身ローブを身にまとった男を示しながら、ローがさっきの言葉の続きを発した。
「クロハ・・風ノ、魔法使イダ」