「初に御目に掛かる、ラナ様配下のクロークと言う。以後、見知りおきを。」
クロ-クは、僕に向かってちょうど3秒、ペコリと45°頭を下げた。
「鍵よ、悪い事は言わない。我等と共に来ることだ。もうすぐ、鍵を捕らえに刺客が来る事だろう。我等と共にいれば、それを全て防いでやる。しかしその代わり、我等に協力してもらう。悪い話ではない、決断せよ。」
クロ-クは一息にそう言い切ると、僕をジッと見詰めた。
しかし・・それは見詰めていると言うより、観察しているようで。僕に言っていると言うよりは、命令しているようで。僕は、心の中の僕が「危険だ」と叫んでいた理由を、何となく理解した。
確かに・・この人は、怖い。何か、近寄ってはいけない感じがする。傍にアイリと華美月がいるのが、せめてもの救いか・・。
無言で考える僕を見て、答えを決めかねていると勘違いをしたのか
「まあ・・今すぐに決めずとも、着いて来れば、自ずと答えは見える。」
クロ-クは、僕を見ているはずなのに、僕が映ってない瞳で、静かにそう告げた。
「え、と・・でも僕、家に帰らないと・・」
別に、誰が待っていると言う訳では、ないが・・いつまでもここに、この人達に、お世話になる訳にはいかない──と、そう思った。
「帰るって・・純君の家に?」
前は確か「純さん」だったはずだが、アイリが僕に不思議そうに聞いてきた。
「うん、『倉橋家』に・・」
「それなら、無理だよ?」
アイリがあまりにもケロッと言ったので、僕は最初、その言葉の意味が理解できなかった。
でも皆、真剣な顔をしていて・・僕は、心の中のどこかにあった、「よくない」勘が、いつものように、当たっていた事を知った。
「・・無理?えっ・・あの、それ以前に・・ここはどこなんですか?」
僕は、誰にともなく・・だけど、クロ-クの方からは目を背けて、ずっと気になっていた事を聞いた。そして、その質問を受けて、ローと華美月が説明してくれたが・・
「ココハ、ジュンノ言ウ『クラハシケ』ノアッタ場所ダ。」
「だが、此処に『倉橋家』は存在しない。」
残念ながら、その説明では意味が分からなかった。大体、ローと華美月のしてくれた説明は、矛盾している。
「・・つまり、倉橋家はなくなったのだ。この世界から」
僕の様子を見かねたクロ-クが、時間の無駄だとでも言うように、スパッと結論を出した。
「・・・え?」
それは・・いくらなんでも、僕の「よくない」勘が当たるのにも、限度があるだろう。なぜ、こんなに当たるんだ?
・・僕はやはり、心の中で、そうではないかと感じていたんだ。そんなわけはないと割り切っていたが・・確かに、ローと華美月が説明をしてくれる前から。
「嘘だ、だってこんな・・仮にも、『倉橋家』がなくなってたって、『倉橋家』の周りは住宅地で・・家が何個も、短期間に跡形もなく消え去るなんて、ありえないし・・それに、家の前の地面はコンクリートで、こんな草原になるなんて・・」
僕は、混乱する頭で必死に考えた、反論要素を述べた。
今「実は嘘なんだ、ここは他の土地だよ。騙してごめん」と言ってくれたら、笑って許せるから。だから、早く言って・・「嘘だ」・・って。
──ありえないよ、こんな事。信じられない、こんな事・・
そう思うのに、皆真剣な顔をしていて「冗談だ」なんてとても言う雰囲気ではない。だったら、僕は・・信じるしか、ない・・・
「弟達は・・生きて、るんですよね・・?」
それだけはどうしても知っておきたくて、僕の口は、気付かない内に勝手にその言葉を紡いでいた。
「・・この場所にいないだけで、全て生きている。・・死なせはしない。そのために、ラナ様は力を奮っておられるのだから・・」
華美月が、ポツリと呟いた。その言葉を聞いて、僕はホッとしたが、同時にある疑問が浮かんだ。
「そう言えば・・さっきクロ-クさんも、『ラナ様』って・・。それに、『鍵』とかも・・どういう意味なんですか?」
僕は、クロ-クの言葉を思い出しながら、聞いた。あの時は、聞くタイミングを逃してしまったのでうやむやにしていたが、何となく知っておかなければいけないような気がする。
「ラナ様・・尊敬出来る、偉大なお方。この・・自身に無縁の世界をも救おうとしておられ、今配下の我等が動いている」
「“無縁の世界”って・・・誰も、そんな事はないでしょ?」
僕が、華美月の言葉に反論しようとすると、アイリがそれを制して・・首を振ってから言った。
「私達ね・・この世界の人間じゃ、ないの──・・。」
最終更新:2009年03月27日 21:30