2011年、きっかけはあるサプリメントだった。
ただの健康補助としてこの年発売されたこのサプリメントにとある副作用が発覚した。
女性に対してのみ、身体能力を飛躍的にアップさせるのである。
効果に個人差はあったが、その効果は常人のおよそ10倍~100倍以上の身体能力をもたらした。
開発者の名前を取って「ジェミー」と名づけられたこのサプリメントは、
赤ん坊からお年寄りにいたるまで、女性達の間で爆発的に普及し、世界は大きく様変わりすることになる。
政治、経済、産業・・・ありとあらゆる分野を女性が進出し世界は女性によって支配された。
そしてスポーツ界。
あらゆるスポーツの記録が超人的な力を持つ女性によって塗り替えられ、
オリンピックをはじめ、様々なスポーツの大会は、いつしか女性のみの大会となっていた。
しかし・・・
そんな中、過去の伝統から頑なに女人禁制を貫き続けるスポーツがあった。
そう、日本の国技『大相撲』である。
20XX年―――
「男尊女卑」、そんな儚い夢にすがる男達が埋め尽くす両○国技館にて。
「・・・という訳で、今後大相撲への補助金を打ち切り、国技を剥奪します。」
日本相撲協会を監督する文部科学省大臣、小林友里(40)は土俵に上がり、大相撲の終わりを宣言したのである。
「ふざけるなー!」
「帰れー!」
「何様のつもりだー!」
千秋楽、結びの一番。両横綱による優勝がかかった大一番の直前。
普段は『美しすぎる大臣』として、世の男たちから絶大な人気を誇る友里であったが、
国技館を埋め尽くす男性客から、大きな罵声が飛び交い、多くの座布団が宙を舞った。
「黙りなさい!!」
普段の友里の上品なイメージとはかけ離れた大声。
「あなたたち相撲は・・・」
「やれ伝統だ、やれ国技を守るためだとかいって、結局は男の弱さを隠す為に女を締め出してるんでしょう?」
先ほどまでとは打って変わり、国技館が水を打ったように静まり返る。
友里は深いため息をつくと、今度は諭すように語り始めた。
「・・・しかし、相撲というのは長き伝統を持つ我が国の国技です。
簡単に潰してしまうことが許されるわけではありません、そこで・・・」
「さあ、入ってきて」
友里の呼びかけで土俵に上がったのは、体操服、ブルマ姿の二人の少女だった。
「こちらは、○×小学校6年3組の女子児童の伊藤あかりさん、船越奈々子さんです。」
メガネをかけたおさげ髪の少女、ボーイッシュなショートカットの少女が順番にペコリと頭を下げる。
「両横綱が彼女たちに相撲で勝つことが出来たら、国技としての存続を認めます、今まで通り国からの補助金も出しましょう。」
「よろしいですか?理事長?」
友里が相撲協会理事長に問いかけた。
「しかし小林君、我々にも・・・ぐはぁっ!?」
友里は理事長の首根っこを掴むと軽々と空中高く掴み上げた。
「もう一度だけ聞きます、よろしいですか?理事長?」
「ぐ・・・わ、分かった!認める・・・」
「大丈夫ですよ、横綱が勝てばいいだけの話なんですから、お相撲で。」
100kgを超える元力士の巨体を片手で吊り上げたまま、友里は『美しすぎる』笑顔でそう言い放った。
国技館は異様な雰囲気に包まれていた。
それもそのはず、身長200cm、体重250kgの超重量級横綱「弁慶丸」に相対するのは
身長140cm、体重28kgのおさげ髪の少女「伊藤あかり」、しかも
「お、おい、眼鏡外さないのか?」
「あの・・・わたし、コレ外すと何も見えないんで・・・すみません。」
弁慶丸は目の前の少女をまじまじとと見つめる。
―――どこをどう見ても普通の女の子じゃないか・・・
「あの・・・すみません・・・」
あかりが意味も無くぺこりと頭を下げる。
「なんだそりゃーやる気あんのかー」「弁慶丸ー手加減してやれよー」「怪我させるなよー」
男性客からの野次が飛び交う。
―――この一番に自分の、大相撲の未来がかかっている、絶対に負けるわけにはいかない・・・。
今の時代、男の力など女の足元にも及ばないことは知っている。
しかし、触れるだけで壊れてしまいそうな、この少女相手に自分が本気でぶつかったらどうなる?
時間いっぱい、行司の軍配が上がる。
「見合って、見合ってぇ!」
静かに土俵に掌を下ろす弁慶丸、あかりは未だ棒立ちのままだ。
「はっけよーい・・・・・・・のこった!!」
立会い、軽く前に出た弁慶丸は、大きな手で無防備な少女の体操服を掴む、後は軽く転がして終わり
・・・のはずだった。
グイ!
―――なに!?
グイ!グイ!
―――う、動かない!?
先ほどより力を込めて投げを放つ。
が、あかりの身体はビクともしない。
―――く、くそっ!?
両手を使って、腰の回転を使って、足をひっかけて、しまいには自分の全体重をかけて押し倒そうとしたが、
あかりの身体は巌の如く動こうとしなかった。
「あの・・・すみません、わたし、どうすれば?・・・」
何度も投げを放つ横綱を意に介さず、あかりは困り顔で、土俵下の友里に問いかけた。
「そうねぇ、とりあえず持ち上げちゃえば?」
「分かりました・・・えいっ」
友里の指示で可愛い掛け声ともに弁慶丸の前回しを掴む。
グイ!
「ひぃぃ!?」
体重250kgの巨体が、体重30kgにも満たないの少女の細腕によって完全に空中に持ち上げられた。
「お、おろせぇ!!」
弁慶丸は空中で手足をばたつかせる。
「ちょ・・・あ、暴れないでくださいっ」
「あの・・・すみません、この後、どうすれば?・・・」
あかりは再び友里に問いかける。
「ふふっ、ポイしちゃっていいわよ」
「ひ、や、やめてくれ!」
「分かりました・・・あの・・・それじゃあ・・・けがしちゃったら・・・すみません。」
「ひぎゃぁぁぁぁ!!」
ガシャーーン!!!
普段、運動なんてした事の無いあかりの不恰好なフォームから投げ出された250kgの肉弾は
土俵から10数メートル離れた観客席に勢いよく突っ込んだ。
静まり返る国技館。
弁慶丸は口や耳からどす黒い血を流し、手足はあらぬ方向に曲がっていた。
「あの・・・わたしの勝ちですよね?」
あかりは控えめに勝ち名乗りを受けると、ぺこりと頭を下げ静かに土俵を後にした。
「あの・・・やりすぎちゃいました・・・すみません。」
力士4人がかりで、やっとこさ運び出されていく弁慶丸を心配そうに見送りながらあかりが言った。
「心配しなくてもいいのよ、ゾウに踏まれても大丈夫なのが、横綱なんだから。」
友里が優しく微笑みかける。
「そうなんですかぁ・・・よかった・・・」
あかりがほっと胸をなでおろす。
実際の所、弁慶丸は全身複雑骨折、脳に損傷があれば一生寝たきりの生活が続くだろう。
ゾウに踏まれたほうがまだマシだったかもしれない。
そして、土俵上ではもう一つの取り組みが始まろうとしていた。
身長178cm、 体重138kgの小兵の技巧派横綱「牛若山」と相対するのは
身長160cm、体重45kgのショートカットの黒髪と小麦色の肌が眩しいボーイッシュ少女「船越奈々子」
「潰せー!」「牛若山!殺しちまえー!」「やっちまえー」
後が無くなった相撲ファンの怒号で殺気立つ国技館の土俵中央でにらみ合う二人。
「ね、ね、おじさん。」
「・・・・・・何だ?」
「おじさん、けっこー強いんだよね、ボク『ちょっと本気』出してもいいかなー。」
土俵上で緊張感の無い白い歯を見せる奈々子。
―――本気だと?
牛若山の中で先ほどの光景がが頭を過ぎった。圧倒的に体格で勝る弁慶丸がいたいけな少女の細腕で人間ロケットになって飛んでいった・・・
小兵の自分だったら・・・?冷たい汗が全身から噴き出してきた。
―――だ、駄目だ、組み合ってはいけない・・・。
しかし、組み合わずにどうやって勝てばいい?
一向に仕切りに向かおうとしない横綱に国技館の観客がざわめき始める。
「ねーねー、早くやろうよー。」
一方、待ちきれない様子の奈々子は、土俵に手をつくと陸上のクラウチングスタートのような構えを見せる。
―――ん?コイツ・・・
―――こいつ、もしかして突っ込んでくる気なのか?
そうだ、コイツが突っ込んでくるなら、その突進力を利用してのはたきこめばいい。
小兵ながら横綱まで上り詰めた相撲界一の業師の腕の見せ所だ。
時間いっぱい、行司の軍配が上がる。
大きな深呼吸を2度3度、静かに土俵に掌を下ろす牛若山。
「いくぞー」
突き上げたお尻を左右に振りながら奈々子が勇んだ。
「見合って、見合ってぇ!」
―――焦らず、引き付けて・・・
牛若山は大きく息を吸い集中力を高めていく。
「はっけよーい・・・・・・、のこった!!」
「どすこーい!」
ドゴーン!!
「いむぁらべっ!!」
常人の百倍の脚力から蹴りだされる、奈々子、『ちょっと本気』の頭からのぶちかましに牛若山が反応できるはずも無かった。
ガシャーーン!!!!!!
肋骨が折れ、内臓が破裂し、背骨がへし折れた横綱が観客席に先ほどより勢いよく突っ込んだ時、
日本の国技相撲は、その長い歴史に幕を下ろす事となった・・・。
最終更新:2011年02月22日 23:02