「では、皆さんには30分ほど協議の時間を与えます」
水瀬が消えると、おもむろにハーディは口を開く。
「ナミ、ノール中佐。今の日本連合による説明の裏は取ったか?」
ナミとサポートに就いていたマーガレット・シュナイダー准尉と整備班のメンバー、4thDoLLSからもハッキングに詳しいスタッフがハーディの周りに集まった。
「この時代のTCP/IPをエミュレートするのに手こずりましたが、なんとか接続できましたよ大佐」
代表してナミが答える。
水瀬の説明を聞いている最中にもナミら技術に詳しい面々は、DoLLS基地のコンピュータを無線で操作しLTE通信網に偽装したアクセスを行っていたのだ。
「上出来。で、どうだ?」
「今のところすべてのデータを把握するまで行っていませんが、ロボット検索を使った単純探査による情報だけを見ると日本連合側はウソは言ってないと断言できます」
そう言うとナミは手に持っていたパッドPC――形状は現在のiPad等に類似しているが比べ物にならない程高性能なシロモノ――を見せる。
ホロディスプレイを表示すると、そこには「時空融合」以後一年程の政府資料から新聞社やテレビ局ウェブサイトの情報。
はてはアングラ系の情報に至るまでの詳細な情報が表示されていた。
「もう少し時間をかければ非合法エリアの情報も吸い出せると思いますが、時空融合に関する最新情報は物理的に隔離されているのかロボット検索では限界が有りますね」
フェイエンがぼやくように言う。
「……判った。簡単にまとめて皆に渡してくれないか」
「判りました」
ハーディは頷くと、おもむろに壇上に上がった。
「諸君、今まとめた情報を見てもらうと判るが間違いなく我々は今、別世界の地球……と言って良いのだろうか。とにかくオムニ以外の場所に何らかの天変地異によって連れ込まれてしまった……という事は理解してもらえると思う」
誰ともなくそこにいたメンバーは頷く。
認められない気持ちもあるが、今この現状は間違いなく夢でも幻でもなく現実であるという事は、皆何処かで認識しはじめていた。
「とりあえずだ、我々がここで日本連合と交渉していくためには名目上の総司令を決めなければいけないが……」
と、そのハーディの言葉を遮り、フェイエンが手を上げ答えた。
「我々としては、ニューランド大佐にすべてを一任したいと思います」
戦闘後、ジアス戦役当時の元祖ドールズが出現していたことを知ったフェイエンたちは即座に会合を開き、ハーディにすべての指揮権限を委ねることを決めていた。
これは階級が最上位のハーディに指揮を委ねるというのもあったが、自分達の偉大な先達へ敬意を払ってのことでもある。
「良いのか?」
「構いません」
その言葉を聞いて、ハーディはなんとも灰汁の強そうな4thドールズの面々を見つめた。
「了解した、出来るだけ早くお互いの世界に戻りたいものだな」
「はい」
お互いに視線を交わすと苦笑する。
「それでは……今後我々がどうするか、についてだが……。今自衛隊から説明を受けた事と、現在我々が掴んでいる情報を照らし合わせるとこのまま日本連合に所属することを良しとするか、それとも他の国へ亡命するかのどちらかになると思う」
ハーディは一応、メンバーの意思を考えて口を開いた。
オムニリング(開拓当初からのオムニ住民:言うならばアメリカのWASPに近い)出身者が多いドールズにとって、「地球」と言うだけで敵対意識を持つメンバーも多い。
それだけに何の因果かわからないが地球に来ているという事実を再認識させる必要があったのだ。
ハーディの言葉に、しばしドールズメンバーの間にざわついた空気が流れた。
言うならばこれは、暗にこの場でのDoLLS解散を意味していたとも言えるのだ。
「司令、確率論的に言えば我々は一纏まりで居た方が確実に帰還できる可能性があると思います」
エレンが答える。
何らかの形でここにいる面々がバラバラになる事は出来るだけ避けるようにしたほうがもし「揺り戻し」で帰還できる可能性がある限りは良いだろうと言うのが彼女の判断であった。
「だと思うわね。それに現在把握している情報を見る限り、帰還のきっかけを掴む可能性としては日本連合が一番可能性が高いと思われます」
ファン・クァンメイが肯定するように言う。日本連合は技術レベルでは遅れているようだが、この事件に対する研究深度と言う点ではもっとも研究が進んでいるらしいことが判明している。
それに出現した地点でもある事を考えると当然だ。
同時に、首脳部メンバーの脳内にはある可能性が浮かんでいた。
もし、時空融合がオムニにまで波及していた場合はどうなっているのか?
ジアスとサイフェルトが手を組み、オムニを蹂躙している可能性すらあるのだ。
そうなった場合、この融合世界が今後どういう歴史をたどるか判らないが、日本連合主導による統一政府が生まれていても暴走するジアスを止める手立てがない可能性もある。
それを考えると、自分達が地球においては「地球の主導権を握れる国」と手を組み、「親オムニ的」な地球とする事でジアスの後ろ盾を失わせ、また同時にサイフェルトの暴走を防げるのではないか……という考えが浮かんでいた。
諸外国の状況はわからない要素が多かったが、情報に日本連合のバイアスがかかってないとすれば以下のようなものだろうとDoLLS首脳部は見解を出した。
ネット上でも最も情報の多かったアメリカは謎の侵略を受けて右傾化・鎖国化傾向にあり、とてもではないが危険だということ。
時空融合発生から早期に接触したエマーンは高度な技術を持ってはいるもののあまりにも文化・思想が違いすぎて生活できないということ。
というよりこの二勢力ではいいように扱われ、捨て駒程度にしかならないだろうということは少なくとも予想できていた。
残るはソビエトと中華共同体、それにゾイド連邦と言った所であるが、ソビエトの住人が熊から進化した(?)人間だと言う話を聞いた途端DoLLSメンバーは一斉に青ざめた顔を見せた。
何より、ハッキングにより確認できた外交関係の情報によるとソビエトは東欧諸国へ軍事侵攻を行なっていることを示す記録もあった。
この時点でソビエトは彼女らの頭の中から候補から消えることになる。
中華共同体は日本連合以上に安定した政治体制に見えたが、かつてのヨーロッパ以上に政治が一本化しておらず、つかみ所の無いその姿はいかんせん政治的・技術的・経済的なバックアップを必要としたDoLLS達にとっては不安に思えたのだ。
ゾイド連邦はいまだ詳細が明らかになってない地域の上、DoLLS達の時代からさらに未来の世界であり、技術的アドバンテージを取れる可能性が低いという結論から候補を外れた。
最終目的をオムニへの帰還と定めたDoLLSとしては、政治体制が積極的にバックアップについてくれる必要があるのだ。
その点で日本連合は積極的にバックアップについてくれる可能性があると見えたのだ。
それに約束を取り付けるだけの交換条件もこちらにはある。
西暦2000年前後の時代を中核としているのであれば、民需・軍需問わずPLDを初めとしたDoLLS関連の装備に関する技術を特許化すれば、飛びついてくる企業はあるだろう。
どちらにしても異なる二つの時代の組織が合わさって存在している今のDoLLSには早急に共通仕様のPLDが必要となるのは目に見えていた。
「……他の皆には異議は無いか?私としては今の時点で考える限り日本連合に付くのが得策だと思われるが……」
「異議はありません!」
綺麗にメンバーたちの声がハモった。
アメリカ系の人物が多い初代DoLLSであったが、現在のアメリカに関する報告を聞いた瞬間彼女らの顔に浮かんだのは明らかな嫌悪感であった。
規制と似非エコロジー主義、訴訟にがんじがらめにされた一番嫌な時代のアメリカに行こうとする気持ちはさすがに生まれなかったらしい。
これは翌年のチラム政権樹立後に日本連合や中華共同体に亡命したアメリカ人らが抱いた気持ちと同じであった。
少なくとも彼ら亡命アメリカ人はアメリカの正義と自由を信じていたのだ。
後に彼ら亡命アメリカ人達に協力する形でDoLLSメンバーの何人かはチラム国内の反チラム主義運動に参加する事となる。
「解った、我々ドールズは今後オムニ帰還の方法を見つけるまでの間、日本連合および自衛隊への協力を行うこととする」
「了解!」
不安だらけではある。
だが、いつか帰還するための努力は惜しまない。
たとえそれが自分達の生きている間でなくとも。
自分達には故郷に帰ることを許されず、オムニの自然と闘ったオムニリングたちの血筋が流れている。
侵略の建前ではない、原始の自然を相手にして戦った本物のフロンティア・スピリットがオムニリングの誇りでもあった。
壇上に立ったままハーディは、自分の中に熱い物がこみ上げていることに気づいていた。
午前6時30分 東京都千代田区永田町 首相官邸
「彼女らの自衛隊編入、同意を得ました」
会議用モニターに写る斉藤総監の報告を見ながら、加治首相と土方防衛相は頷いていた。
「彼女らの受け入れ態勢が大変ですね」
アユミ=セリオの入れた玉露を啜りながら加治首相は呟くように続ける。
「千歳に彼女らの基地らしき施設が出現していたのが不幸中の幸いです。協力を得られれば我々の戦力強化にもつながります」
「美深町に出現した通信施設も、早急に分析が必要ですね。どうやら恒星間のリアルタイム通信を可能にする施設のようですから」
「そうですね。彼女等を自衛隊で用いるとなると、所属をどうするか判断をつけないと行けませんが……」
なにせ一個大隊の中に陸戦兵器から支援砲、輸送機、戦闘攻撃機までそろえている部隊である。
陸自、空自、特自間で熾烈な駆け引きが行われるのは目に見えていた。
だがそれ以外にも、土方防衛相にはいささか引っかかるものが残っていた。
その気持ちを察してか、加治首相が言葉を続ける。
「ですが、2個戦車中隊が壊滅したにも関わらずあの連中が音沙汰なしと言うのは不気味ですね」
『あの連中』とは、赤い日本のことである。
彼ら赤い日本がこれだけの打撃を受けたにも関わらず一切合財動きを見せないのは異様に不気味に思えて仕方が無いのだ。
昨日中からナデシコA・Bを交代で道北上空に待機させ監視を続けているが、全く動きが無いと言う報告のみが定時に入ってくるだけであった。
「逆に言えばラッキーだとも言えます。監視を続ける以外に選択枝は無いでしょう……」
加治首相は頭が痛い、と言った感じで苦笑する。
彼らが報復措置に出た場合、彼らがここでのんびりと会議をしていられないのは確かであった。
下手をするとすでにこの世の人間ですらなかったかもしれないのだ。
彼らは密かに、「赤い日本」の側に冷静な戦略家がいたらしいことを神に感謝した。
「出来れば彼らとは戦いたくない。ギリギリまで話し合いを出来るように説得したいものです」
赤い日本の求めるものはただ一つ、日本全土の赤化。
強力なカリスマを持った指導者川宮勝次の下、共産圏随一の豊かな国であった彼らにとってはそれが理想なのだ。
だが、すでに多くの人類にとっては共産主義の理念が画餅に過ぎず、実際には特権階級(ノーメン・クラツーラ=赤い貴族)による停滞と堕落しかもたらさない事を知る加治らにとってはどうにかして彼らに現実は違うことを教え、日本連合に加わることを望んでいた。
彼らはムーやゾーンダイクとは違い、少なくとも同じ人間であり話合いの通じる相手だ。
それだけに問答無用で排除することはためらわれるのである。
「明日以降、彼女らの扱いや所属などに関しては首脳部と協議に入ることとします。出来るだけ早いうちに装備の分析などもしたいところですね」
特に一部のスーパーロボットを除いて緊急展開能力で劣る特機と散発的に続く戦況を抱える北部方面隊はこれだけの装備と戦闘能力、緊急展開能力を持つ連中を引き込もうと必死になるに違いない。
今から口角泡を飛ばして議論を戦わせる土門陸幕長と剣特機長の姿が目に浮かぶようだった。
土方防衛相は週末は丸つぶれになるな、と内心思いながら湯飲みに残った最後の玉露を飲み干した。
6月20日 午後11時20分
北海道札幌市南区定山渓温泉 翠山亭倶楽部定山渓
「いやとんでもないのが転がり込んできたね、黒崎君」
ここは札幌の奥座敷と言われる定山渓温泉。
その中でも高級と言われるホテルの特別室である。
端から見ると能天気なほど朗らかなように思えるその男は又とも無い機会を与えられたと言った顔でテレビに見入っている。
傍らのノートパソコンには各種新聞のニュース速報と、融合後管理人とアメリカにあったサーバが現れなかったため閉鎖状態であったが有志によって最近復活した巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」の融合問題に関するスレッドが表示されている……のだが、今はスクリーンセイバーが作動してトトロがくるくると踊っていた。
「……課長、又何か仕掛けるつもりですか?」
黒崎と呼ばれた目つきの鋭い男が呆れた口調で答えると、男はその笑顔をこれ以上ないほどに輝かせて答えた。
「彼女らの事をちょーっとばかり調べさせてもらおうかな、ってね」
「赤い日本の戦車中隊を10分足らずで全滅させた連中ですよ、たとえグリフォンとバドが居ても返り討ちに遭うのがオチでは?」
バドの事を気に入らなかった黒崎であったが、彼の実力は認めていた。
だが、今バドは全く持って消息不明である。警察に保護された後時空融合に巻き込まれ、いまだに消息が掴めていない。
「改良はするさ、機械獣のデータは十分調べさせてもらったしね。今回運んでいるものを彼らに渡したら近いうちに仕掛けてもらおう」
そういうと美味そうに傍らの陶器製マグに入ったビールを飲み干す。
「くぅ~っ。小樽の地ビールは美味いねぇ。どうだい黒崎君、君も一杯やらないかね?」
「遠慮しておきます」
またこの人に振り回される事になりそうだな、と思いながら黒崎は内心溜息をついた。
しかし……直後二人がノートパソコンに映る2ちゃんねるのスレッドを見ると……。
●おまいらの勤務先での裏話ついて語るスレ Part153●
20 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:03:11 ID:kAIentaI
俺の勤め先、融合後1年ぐらいで事業拡大しまくって怖い
初期投資成功で( ゚Д゚)ウマーだからって何でも買収してんじゃねーよ!
21 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:05:40 ID:mEnDoW3d
>>21 それは裏話ですらないだろうw
22 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:09:01 ID:SHafUtoe
ウチの会社、元多国籍企業だけど融合前は人身売買とかやってたらしい……
koeeeeeeee!
23 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:12:25 ID:sYaHU10q
勤務先の某課長だけど、部下の一人とアッー!な関係みたいだ。
いつも一緒にいるしどこ行くのも同じだから……。
24 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:15:30 ID:SHafUtoe
>>23 勤務先kwsk
25 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:16:01 ID:sYaHU10q
>>22と同じく、元多国籍企業。
融合前はトイレットペーパーからスペースシャトルまで手広くやるのが
キャッチフレーズだった。
26 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:16:48 ID:SHafUtoe
>>25 ちょ、おまwwwwww
27 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:16:50 ID:KAnduki1
>>25 シャフト?
28 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:17:59 ID:SHafUtoe
>>27は空気嫁
ID:sYaHU10qは某課長の特徴kwsk
29 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:20:14 ID:sYaHU10q
課長はいつもヘラヘラ笑っている眼鏡中年。
お相手の部下はグラサンの兄ちゃん。
30 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:21:50 ID:SHafUtoe
>>29 もしかして企画○課のUとKか?
そういえば数日前からつれだって北海道に出張しているな。
31 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:28:01 ID:jou3KEiS
>>30 北海道なら、そいつ等と思われる客がうちのホテルに泊まっているんだけど。
特別室に男二人きりで一日中引きこもっているし。
少し前に、若い外人の男が部屋から出ていったけど、あれ出張ホストでも呼んだんか?
32 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:33:43 ID:sYaHU10q
>>31 ホテル名よろ
33 :名無しさん@新世紀 投稿日:0002/6/20(火) 22:36:03 ID:RyoUTsUk
祭りのヨカーン
「………………」
「………………」
暫らくの沈黙。
そして。
「………………黒崎君」
「…………はい?」
ぽつりとつぶやいた内海の言葉に思わず返事をする黒崎。
だが、次の瞬間彼は耳を疑う。
「や ら な い か ?」
「お、お断りします~ッ!!」
かくして夜は更けてゆく……。
午後11時30分 北海道岩見沢市郊外 道央自動車道
内海と黒崎がホテルの特別室で話していた頃、札幌市から北へ向かう高速道路を走る一台のミニバン……そこにある男女の姿があった。
「宜しかったのですか?あの男を信用されても」
「私が交渉相手を間違うと思うか、少尉?」
ミニバンの後部座席に座る若い男が隣にいる少尉と呼ばれた浅黒い肌に金髪の女性へ答える。
二人ともその外見からヨーロッパ系であるのは明らかだが「エクソダス」などによって所謂“欧州系日本人”が増えた今では職質にあっても若いカップルぐらいにしか思われないだろう。
「能ある鷹は爪を隠す……」
「は?何と仰いました?」
「この国にある格言の一つだ。あの男の事だよ」
男は窓の外に目をやる。
視線の先にあるのは札幌の夜景だ。
「実に面白い……この世界は……」
「面白い、ですか……」
「そうだ。なぜ我々が極東の島国に現れたのかは知らないが、あらゆるものが混ざり合った『混沌』の世界。私が望むべきモノの半分がなされた世界だ」
くくっと喉を鳴らして男は静かに笑う。
(最初は混沌の狼煙を挙げるのも私の手でと思っていたが、その手間が省けたということか……。ならば私は「再生」に全てを注ぎ込めばいいわけだ)
男はそこまで考えると、自らの野望を脳裏に描く。
彼が目指すものは「再生への混沌(グラン・ケイオス)」。
かつて、それは単に祖先が建国した祖国の復興と世界に覇権を唱える為の題目であった。
(だが、それは軌道修正を余儀なくされるだろう)
それを成し遂げるという思いは今も消えていない。
しかし、現実がそれを不可能にしていることは彼もよく理解していた。
この世界は混沌と同時に人類共通の敵が存在する。
野望をなす前にそれらの障害を排除するのが先だろう。
或いは、祖国を復活させ体裁を整えるべきか……。
(まあいい、先はまだ長い。とりあえずは彼等の紹介してくれた者達と接触するべきだ)
次の予定を思い浮かべた後、彼はふと加治首相の理念とする言葉を思い出す。
(「世界が平和である事が日本にとっての幸福」か。首相、その言葉と理念は正しい。だが、それをなすのは貴方とこの国ではない。それは……)
そこから先はあえて言葉にしようとはしなかった。
それを宣言するのは今ではないからだ。
(さて、それは兎も角あの集団が日本連合と接触した以上幾らか“こちら側”の日本にもてこ入れが必要だろう。どうしたものかな)
己の野望に思考をめぐらすのもそこそこに、男は属する勢力が受けた予想外の損害を思い出し考える。
先ほど、ホテルでの会合によりある程度戦力となるであろう物資の援助をとりつけたが、到底足りるものではない。
いずれ見限るとしても彼等にまだ滅ばれるのは困る。
もう少しばかりどこかから援助をとりつける必要があるだろう。
彼は、札幌の夜景から目を外すとその事について再び思案し始めた……。
男が持つその野心、信念は常人では到底持ちえぬものだろう。
彼はいわば「覇者となる者」とでも称するにふさわしい。
だからこそ気付かない。
自らとは逆の方向に確たる意志を持って突き進む者がよりによって“協力者”の中にいることを。
同時期 北海道某所
それは、ここ「赤い日本」の有する拠点の一つにてのこと。
「大したものだな。戦車中隊2個、随伴していた機械化歩兵中隊4個が10分足らずの戦闘で全滅か」
「そういうお前も驚かないな。それを南日本の機動兵器によって壊滅させられたというのに」
あの戦闘でかろうじて逃げ延び、帰還した兵士による報告書を机の上に投げ出した男へ同僚であるもう一人の男が話しかけた。
二人とも若さの残る顔立ちだが、報告書を投げ出した男は戦闘の経験豊富さからか獰猛な目つきをしており、同僚の方は飄々とした空気を漂わせている。
「何が起きても可笑しくない世界さ。これぐらいでは驚かん。それにしてもお偉方が報復に走らなかったのは懸命だったな」
「それどころか、損害を恐れて当面は威力偵察も禁じるそうだ。今度のことは余程堪えたらしいな」
自軍の受けた損害をまるで他人事の様に話していた男は、同僚の言葉に「当たり前だ」と呟く。
そもそも、数の上で圧倒的に劣勢であるにも関わらず威力偵察などやる兵力などあるわけが無い。
「まぁ、気付いただけでもマシだ。今後は上も無茶な命令はそうそう出さないだろうよ。ああ、そういえば知っているか?」
「何がだ?」
同僚の言葉に思わず聞き返す男。
「今度の戦いで喪失した車両、装備の類は補充するそうだ。それも最新のものに更新する形でな」
「なんだと……バカな。補充するならまだしも最新だと?笑わすな」
その一言に対しても男は僅かに眉を動かしただけで表情を変えようとしない。
何割かは冗談として聞いていたからだ。
「そう言わずにこれを見てみろ。その証拠を示す書類だ」
男の方に同僚が懐から取り出した紙切れを投げる。
それを拡げると、そこには複数種の武器が補充されたことを示す文字が記載されていた。
「これは……」
「ああ、我々が敵対しているもう一つの勢力、米国のものだよ」
「なぜ連中が、仮にも奴等は“まだ”南日本の同盟国であるはずだ」
「そうさ、米国は“まだ同盟者”というだけだ。いずれはかつての様な同盟関係は解消する。南の流している民間放送でもその内容が伝えられている」
「そいつは知っている……それにしても気前がいいものだ。なんでもありか」
そこに記されていた武器は銃器、弾薬は言わずもがな。
対戦車火器に分解組み立て型の野砲、更には装甲車までもあった。
「極めつけは戦車ときたか。それもただ同然でばらまくとは」
「それらが数回に分けて封鎖突破船で送り込まれるとの事だ」
「封鎖突破船とはまた古い言葉だな。だが、寄航するべき港はどうなる?」
「忘れているわけでもないだろう。あそこだ」
「ああ、解っている。紋別しかないのは確かだがな……」
紋別市……「赤い日本」の勢力化にある数少ない都市の一つであり、殆ど唯一の「交易拠点」でもある。
日本連合の側も遠巻きにして制圧する様子も無いことから、男も書類にある物資が陸揚げされるのはここしかないだろうと思った。
(だが、あそこの指揮官がどう出るかだな)
紋別市の防衛指揮官は若い少佐とのことだったが、なんでも一年前の大異変の直後に治安を回復してそのまま指揮官になったらしい。
切れ者であることは、上層部でも知られている話だったがそれ以上にかなりの変わり者とのことだった。
(だとしても、俺には関係の無いことだ)
男はそこで思考を中断すると、書類を同僚に投げ渡し席を立つと何処かへと歩き去ろうとする。
「どこへ行く?」
「ここで話すことが他に無いからな。自分の部署に戻るのさ」
「そうか。ああ、今思い出したが報告書にあった戦闘の際、全滅した部隊のかなり近くにいたんだって?」
「それがどうした?」
同僚の言葉に男は足を止めて振り返る。
確かに彼は自軍の戦車隊が機動兵器に全滅させられたとき、極少数の部隊を率いて行動していた。
「助けなかったそうじゃないか。別に上へ報告するわけじゃない、理由を知りたくてな」
「俺の率いていた兵力が少なすぎただけのことだ。それから……」
「それから?」
「全滅した部隊の指揮官が言ってたのさ『人でなしの手は借りぬ』そうだ」
そう言った男は、もう振り返ろうとせず自分の部署に戻っていった。
男は、部署に戻ると自分の机でなにやらメモを書き始める。
周囲の部下は、それがなんであるか問うことも無い。
だが、男にとってはそれが好都合だった。
(さて、人型機動兵器とは厄介な代物がでてきたものだ。今後、上層部も警戒を強めるみたいだが……)
そんなことを考えながらメモ帳に「人型兵器」「脅威」「戦車中隊相手にならず」と走り書きをしていく男。
そこで、それらの単語を丸で囲むと矢印を書き加え「対処方法」と記す。
(兵器である以上、それは人間が運用することは戦車と変わらんはずだ。ならば、兵器に共通する最大の弱点を潰せばいい)
無人兵器である可能性もあったが、男はこの際その事は無視していた。
そんな代物はいくら非常識に見える南日本でも簡単に、それも一度に複数実戦投入できるとは思えなかったからだ。
(一つは、パイロットが乗ってないところを破壊すればいい。これが一番簡単な手段だ。もう一つは、パイロットがコクピットを降りたところを狙えばいい)
どちらも、戦いにおける定石といえる。
だが、男は更に考えたあとでもう一つの手段を思いつく。
(いや、何もパイロットだけに限らない。人型機動兵器を扱う以上それを整備する人間もいるはずだ。拠点があれば人型機動兵器が出撃したあとを見はからって後方の人間を虐殺する手もある)
三つ目の手段は、段取りに手間取るだろうが、自分の所属部隊の持つ技量をもってすれば可能だと男は思う。
(親鳥が帰って来てみれば、巣は荒らされ卵は踏み潰され、雛鳥は皆殺し……怒り狂って理性を失うには丁度いい……そこで拠点ごと吹き飛ばせば……まぁ、最終的にはこれしかないのだがな)
考えが纏まったのか、男は更に矢印を引くと赤いペンでこう書き加えた。
「皆殺し」と。
(どちらにしても、まだ先のことだ。今は我々に協力する怪しい奴等に目を向ける必要もあるか)
そして、最後に以下の一文を加える。
「最終目的、復讐完遂、対象を問わず」と。
最終更新:2011年01月05日 22:36