同時刻 東京都千代田区永田町
日本連合首相官邸 地下会議室
「つまり、この仮説どおりならば今回の揺り戻しは互いに影響しあって起こったということですか……」
「“影響しあった”というよりも“引っ張られた”と言うほうが正しいけどね。どちらにしてもアフリカ大陸でのアンノウンフィールド消失とZoids連邦の出現がキーワードというのは間違いないわね」
DoLLSが新PLDの仕様を決定しようとしていた同じ頃、首相官邸では加治首相以下安全保障会議のメンバーが鷲羽ちゃんの作成したレポートを手に会合を行なっていた。
「5月の新宿での一件、そして今回のDoLLS出現。いずれもZoids連邦の出現で『門が開いた』と言った所でしょうか」
分析を担当していた研究者の一人が、鷲羽ちゃんの言葉を補遺して言う。
「どういう事でしょうか?」
閣僚の一人が上げた疑問に、その研究者は続ける。
「それぞれの関係者より得た情報を統合しますと、銀河系内における惑星Ziの存在する星系、オムニが存在するアルデバラン星系。エデンの存在するグルームブリッジ34星系。この3つの星系と地球が時空融合に巻き込まれた時点での銀河系における位置が、銀河系中心部を挟んで直線状に位置していることが判明しています」
ほほぅ、と会議参加者の間から声が漏れる。
月が地球の周りを周っているように、地球が太陽の周りをまわっているように太陽もまた、銀河系の中心を軸に公転している。
きわめて低い偶然がこの事態を招いたのか、という事に会議室は何度目かの驚きに満たされていた。
そもそも時空融合現象自体がある意味従来の物理学をひっくり返す現象であっただけに、この現象をいかに解析するかはこの世界に現れた多くの物理学者たちにとっての命題なのだ。
「Zoids連邦からの資料によると、惑星Ziより地球に向けて出立したグローバリーⅢ世号という宇宙開拓船が地球近傍において時空融合に巻き込まれた結果、惑星Ziにまで時空衝撃波が伝播した可能性があると聞いているわ。おそらくだけど……Zoids世界の要素が地球に引っ張られてくる途中でオムニは引きずられてきてしまった可能性が高いのよ」
鷲羽ちゃんが続き解説する。
会議室の巨大スクリーンには銀河系の映像と地球、オムニ、エデン、そして惑星Ziの時空融合時点における座標を示すポイントが映し出されていた。
だが、ここで加治首相から質問の声があがる。
「ですが、それだけではあのアンノウンフィールドが今この時期に消滅した事や、5月の新宿における揺り戻し現象について説明がつきませんが?」
首相の言うとおりである。
アンノウンフィールドの消失は6月6日、新宿で起こった揺り戻しは5月30日のことだ。
Zoids連邦の出現そのものがDoLLS出現の呼び水となったなら、新宿に出現した「新統合政府世界」由来の戦闘機やそのパイロットが先んじて出現したことに矛盾が生じてしまう。
「ああ、それについては順を追って説明するわ」
しかし、鷲羽ちゃんはその質問も折込済みだったのか、解説を続ける。
「簡単に言うと、新宿での揺り戻し現象もアンノウンフィールド消失による影響を受けているわ。でも首相の言う様に普通ならこの理論と明らかに矛盾するのよ。でもね……」
「でも?」
全員がその続きを待つ中、鷲羽ちゃんは手元の端末を操作し画面を銀河系の映像から世界地図に切り替え、さらにある場所へポイントする。
「思い出してみて。新宿に出現した三人が直前までどこにいたのか。惑星エデンではなくここだったことを」
「アラスカ……マクロスシティがあるとされる場所でしたね……」
地図上に点滅する箇所の情報を見た者が誰となくつぶやく。
「そう、彼らは時空融合に巻き込まれ、揺り戻しに遭遇する直前で地球上にいたのよ。つまりこのことでアンノウンフィールドの消失より先に出現できたということ」
「なるほど……」
「一見すると無関係に思えるかもしれない。でも、それはあくまで新宿に出現した三人を見て判断した場合よ。実際にはもっと話の規模が大きくなるわ」
鷲羽ちゃんはそこで一度言葉を切ると、改めて会議の参加者を見渡し「それじゃ、改めて順序だてて話していきましょうか」と言う。
同時に巨大スクリーンの映像が切り替わり、アンノウンフィールドが徐々に消滅していく時の様子が映し出される。
「まず、Zoids連邦出現までの一年間、何が起こっていたかについて説明するわね」
更に新しい映像が出てくる。
それは、水中に撃ち込まれたライフル弾がスピンしながら水槽の底へ着弾し、更に回転してようやく止まる様子をスロー再生しているものだ。
今回の議題とはなんら関係ないと思われる映像に誰もが「?」となっているのも気にせず鷲羽ちゃんは新たなレポートを手に説明を始める。
「それじゃ、時空融合直後からアンノウンフィールド消滅までの期間は何だったのかだけど、地球と惑星Ziの自転や公転の運動量とかをアジャストする為のものと考えて間違いないわね」
最初の一言について誰もが頷いてみせる。
「その間、高次空間に大きな『ねじれ』が出現したと推測されるわ。これはまだ仮説の段階だけどね」
「『ねじれ』ですか……」
「なるほど、しかしその『ねじれ』やらとあのアンノウンフィールドがどうつながるんじゃ?」
続く鷲羽ちゃんの説明には納得するものと、首をかしげるものが半々という形になる。
それらの反応をうかがいながら鷲羽ちゃんは引き続き説明する。
「わからない人もいると思うから『ねじれ』についてもう少し説明するけど、アフリカの位置に時間経過や自転速度から何もかもが極端にずれた空間がはまり込んだから、丁度きっちり収まらずスピンしていたみたいなものなのよ」
「それが、アンノウンフィールドが出現していた段階でのことですね」
「そうよ。そしてそういった時空の『ねじれ』が三次元空間上ではアンノウンフィールドとして存在していたということなの」
加治首相の言葉に対して鷲羽ちゃんは説明しつつ、スクリーン上に出したままとなっている映像に一度目を向けたあと、説明を再開した。
「要するに、衝撃波みたいな余波が高次空間でも渦巻いていたと考えられるわ。この映像みたいにね」
その一言によって、流れ続けていた映像に対する全員の反応が「?」というものから納得したものに変わる。
「確かにそうだ。ライフル弾が水底に着弾してもスピンが止まるまでには時間がかかる!」
「ご名答、そしてスピンで生じた衝撃波が完全に収まって水面が元へ戻るのには更に時間がかかるわ。アンノウンフィールドはある程度同期していた地球の並行世界に対して異質すぎる世界がはまった余波というやつよ」
「他の惑星から出現したことがその理由か……」
「別に他惑星とは限らないわよ。例えば『幻獣』が人類の敵として存在していたという熊本も融合から三日間は似たような霧に覆われていたという報告があるわ。世界そのものが異質過ぎる場合、再接続するのに時間が掛かるということかもね」
一気に説明し切った鷲羽ちゃんはそこでコップの水を口に含むと、手元の端末でスクリーンの画面を銀河系の映像に切り替える。
「さて、説明の続きなんだけど、ここからは首相の言った疑問『なぜアンノウンフィールドの消滅より先に出現した新統合政府世界――通称“マクロス世界”――がこの件に関連しているのか』ということも含めて話すことにするわ」
鷲羽ちゃんの言葉に、会議の参加者一同が頷く。
「先に言ったけど、5月末の揺り戻しだけを見れば発生した時期などの条件から考えて今回の件とは別のものと思ってしまうわよね。でも、どうやらそうじゃないみたいなの」
「つまり、新宿での揺り戻しももDoLLSの出現同様、アンノウンフィールドの消滅と関係があるのか……」
「まぁ、ここまで前振りが長かったらそう誰でもそう思うわよね」
なるほどと頷く参加者の様子を見て、鷲羽ちゃんは続きを話しはじめる。
「アンノウンフィールドが消滅して始めてZoids連邦とDoLLSは出現した。だけど、そうとは気づかないところで消滅する前兆があったというのは考えられない?」
「あっ……!」
「言われてみれば……」
思わず、参加者からそんな声が漏れる。
一方、鷲羽ちゃんはそのままレポートを手に話しを進めていく。
「確かに、5月末の揺り戻しでは融合直前の段階で地球上にいた三人が出現したわ。でも思い出してみて、出現した三人のうち戦闘機に乗っていた二人は揺り戻しの前にある方法で地球に来ていたということを」
「……恒星間飛行か!!」
「その通り。新統合政府世界で用いられているフォールド航法という恒星間航行技術。戦闘機に乗っていた二人――イサムちゃんとガルドちゃん――はこれを用いて地球に来たわ。ここまでは当人達からの証言で判明していることよ」
5月末の揺り戻しと今回のアンノウンフィールド消失の意外な接点に加治首相以下の参加者全員がざわめく中、鷲羽ちゃんは説明を続ける。
「私も、5月末の揺り戻しは2機のバルキリーがフォールドブースターを用いたことで、その航跡を通じて時空振動波――時空振動弾の波動――が新統合政府世界にまで及んだ結果として発生したと思ってたのよ。そう、6月の安全保障会議まではね……」
「その直後にアンノウンフィールドの消滅と新たな揺り戻し現象、それも外宇宙の惑星から出現するという事態が相次いだので考えを改めざるをえなくなったということですか」
「そういうこと。Zoids連邦からの資料にはグローバリーⅢ世号が超空間航法で地球近くへワープアウトする際、時空振動波に巻き込まれた為に超空間通路を通って波動が惑星Ziまで巻き込んだとあるわね。そして……」
「そして……?」
誰もが固唾を呑んで鷲羽ちゃんによる次の一言を待つ。
「その超空間通路は丁度、新統合政府世界でフォールド航法により生じた惑星エデンから地球までの航跡を飲み込んで、さらに地球から惑星オムニへの超空間航行ルートも一緒に飲み込んでしまったみたいなのよ」
「なっ!!」
ここまでの話で最大級の衝撃が会議室を襲い、誰もが絶句した。
「無茶苦茶だとは思うけど、これがこの2ヶ月足らずの期間に立て続けで地球外の存在が出現したかの理由になると思うわ」
そのプロセスを第3新東京大のMAGI1号機によって再現したCG画像が流れ、超空間通路によって銀河単位で時空融合が波及していく様に誰もが絶句していた。
「そういえば鷲羽ちゃん、ワシらが接触した際にガルド君が言っていたディメンジョン・イーターについてじゃが……」
安全保障会議のメンバーがCG画像による時空融合波及のシミュレーションに見入っている間、獅子王博士が鷲羽ちゃんに声をかける。
アメリカとの交渉の際に諜報員の伊賀野が聞き出した時空融合の元凶である時空振動弾。
そして、その時空振動弾と類似したものと推測されるディメンジョン・イーターの基礎理論。
唯一知っていたガルドも大雑把な外郭しか覚えてないと言っていたが、その科学雑誌の記事には
『今の所場合によっては空間をフォールドして破砕することにより、ほかのパラレルワールドまで無限に広がる空間衝撃波を発生させてしまう事になりかねず、これを制御する理論を構築するまでこの兵器は机上の空論に終わってしまうだろう』
という一文を彼が覚えていたことで、時空振動弾にもフォールド航法の理論の一部が使われていることはほぼ確定となっていたのだ。
「フォールド航法の基礎理論を教えてもらったけど、所定の対象物あるいは空間をフォールドして亜空間に飛ばしてしまう……という推測ではとてもじゃないけど時空融合を起こすきっかけとなる現象は起こせない……と出たわ」
鷲羽ちゃんもダメだこりゃ、と言った顔をする。
「そうか……困ったのぅ」
ディメンション・イーターの理論が時空融合解除の糸口になるのではないかと思っていた獅子王博士もその一言に落胆する。
もっとも、時空振動弾そのものが所定の対象物を亜空間に吹っ飛ばす代物であり、その設定範囲が「無制限」にされた結果として時空融合が発生したとは二人とも思ってないだろう。
それは裏を返せばディメンション・イーターでも設定を無制限にすれば時空融合を引き起こす事ができるということにもなるのだが、この事はまだ今の時点では知らないほうがいい事実かもしれない……。
実際、新統合政府世界でもディメンジョン・イーターを実用化できたのは、理論発表から20年以上経過した2050年代後半であり、乏しいメタ情報ではこれ以上の推測は困難としか言いようがないだろう。
「実物が無い理論だけの状態であれこれ言っても仕方が無いわね。今後、運良く実物が出現すれば御の字ってぐらいに考えるぐらいにしておきましょ」
「そうじゃな。本格的に研究するのは将来フォールド航法を実用化してからでも遅くないかもしれんの」
鷲羽ちゃんは獅子王博士と顔を見合せ頷くと、再び壇上に上がり今回の主要な報告については終了したことを述べる。
その後、会議は参加者による質疑応答へ変わった。
今回の報告は、その内容があまりに衝撃的だった為、参加者からの質問が普段以上にあがることとなったがこれは当然だろう。
「鷲羽ちゃん。私からの質問ですが、5月の新宿で起こった揺り戻しはアンノウンフィールド消滅の“前兆”と先の報告にありましたが、他にもこの前兆に当てはまると思われる揺り戻しは起こってたのでしょうか?」
まず、最初に発言したのはやはり加治首相である。
今回の出来事が、宇宙規模であるとわかったことは彼にとっても衝撃的だったが、同時に安全保障会議の座長として知る必要があると思ったのと同時に知的好奇心を刺激されたのだろう。
この質問が来ることを鷲羽ちゃんも待っていたのか、すぐに資料を取り出し説明を開始する。
「あるわ。それも日本連合と関係のあるものも含めてね」
「わが国と関係があるとは……何時ごろの揺り戻しですか?」
日本連合という単語に加治首相以下全員が反応する。
ある者は記憶の糸をたどっているのか、何かを思い出そうという表情をしていた。
すでに気づいているものもいる様だが。
「新宿での揺り戻しを別とすれば、2月末のエマーンにおける巴里出現と3月頭に起きた木星蜥蜴――マジンとテツジン――の出現よ」
それを聞いた安全保障会議のメンバーは皆なるほどといった表情を浮かべる。
「他にも丁度この時期、日本連合以外にも世界中で揺り戻し現象が確認されているの。このことから2月ごろからアンノウンフィールドが減衰し始めていたと推測されるわ」
「先ほどの映像で例えるなら、衝撃波で発生した渦が弱まってきたということか……」
「その通り、その影響でそれまで巻き込まれていた時空がはじき出されてきたと思ってもらえればいいわね」
ここで質疑応答の担当が一旦、鷲羽ちゃんから獅子王博士に移る。
「先ほど鷲羽ちゃんが話してくれた通りじゃが、今回の揺り戻しはアンノウンフィールドのねじれと時空の復元力が拮抗していたのが、渦が弱まったせいで復元力が弱まって現実に復帰してきたというものじゃ。だから時間軸が極端にずれていたり、外宇宙からの出現だと理解してもらえれば結構じゃよ」
「なるほど……」
獅子王博士の説明に、参加者は皆ただただ頷く。
「そして大事なことを話しておくと、この現象はエヴァンゲリオンがボク……いやGGGを含めた川崎市のあった世界を巻き込んだ件とよく似た現象なんじゃよ」
「それはどういうことです?獅子王博士」
意外なところで日本連合の最高機密の一つである存在の名前が出たことで、加治首相は思わず聞き返した。
同時に何人かの常設メンバーも表情を固くする。
「以前の会議でも話したことじゃが、3体のエヴァンゲリオンとGGGのあった世界は時空融合に一歩先んじておる。これは鷲羽ちゃんが出したイメージ画像に例えるなら日本連合に於いてはエヴァが渦の中心、ライフルの弾丸になって融合していることを示しているんじゃ」
「エヴァンゲリオンが時空融合の要である特異点であるのは知っていたが、今回の件とそのような共通点があったとは……」
簡単な説明といえど、獅子王博士から述べられた説明を前に誰もが驚きを隠せない。
さらに獅子王博士は言葉を続ける。
「アンノウンフィールドではzoids世界全体が弾丸となっている上、規模が銀河レベルだったので遙かに巨大かつ時間が掛かっているだけで、本質は一緒なんじゃよ」
「そうだったのか……」
「とりあえず、ボクからの補足説明は以上じゃ」
ここで質疑応答の担当は再び鷲羽ちゃんに戻る。
次の質問を彼女が求めるとすぐさま手が挙がった。
「私からも質問させてもらいたい」
「どうぞ、土門ちゃん」
鷲羽ちゃんの言葉に苦笑した質問者は、土門敬一郎 危機管理担当主席補佐官だった。
危機管理部門を預かる者としては、今回の件が新宿での揺り戻し同様危機管理の面で考えさせられることが多かったのだろう。
「今回のアンノウンフィールド消滅に前後して外宇宙からの揺り戻し出現があったことの背景は理解できた。だが、それならば今後も外宇宙からの揺り戻しの可能性があると考えていいのか?ご教授願いたい」
「その考えは正しいわよ」
すかさず鷲羽ちゃんから返ってきた一言に、土門補佐官だけでなく加治首相も含めた参加者全員が「ああやっぱり」という表情を浮かべる。
そんな参加者一同へ鷲羽ちゃんは更に一言付け加えた。
「でも、もう一つ足りないわね。それだけじゃないのよ」
「それだけじゃないとなると、一体何が……?」
「さっき獅子王博士が以前の会議の事を話してたけど、この会議で話された内容に『南米で起こった時空震によって丁度反対側辺りにあった日本連合はさまざまな平行世界が混ざり合うこととなった』という報告があったのを覚えてる?」
その一言に、誰もが頷く。
昨年行なわれた「時空融合現象解析・第一回報告」は参加者に強烈なインパクトを残していた。
「あのときの報告で日本連合が1000を超える世界が混ざり合うこととなった経緯と背景を説明したけど、そのときの時空振動波が宇宙空間に放出された基点もまた日本連合辺りなのよ」
「つまり、それは……」
とんでもない事実に、質問者である土門補佐官の表情が思わず引きつる。
同時に彼も、ある意味考えられる最悪の事態を頭に浮かべたが、その続きを口にするのを思わず躊躇う。
「ぶっちゃけて言うと、今後も外宇宙からの揺り戻しがあったらその場合は日本連合に出現する可能性がムチャクチャ高いのよね」
「思ったとおりか……」
あっさりとした鷲羽ちゃんの言葉に、全員が脱力してしまう。
一方、土門補佐官は加治首相となにやら話し込んでいる。
おそらく、今後の対応についてだろう。
「あ、悪いけどこれについてはまだ続きがあるのよ」
「まだあるのか……。とりあえず、続きをお願いしたい」
鷲羽ちゃんから続きがあると言われて、脱力していた参加者からは顔を青くするものも出てくる。
「さっきは時空振動波が宇宙に放出されたと言ったけど、この時のエネルギーは一直線ではなくて地表に対して法線方向へ発散している可能性が高いのよ。ついでにいうと地底方面にも発散しているわね」
「地底方面への発散は、北海道の北日本鉱業が有する大地下空洞が出現していることからも明らかじゃよ」
「つまり、地底からも何か出現するということか……頭の痛い問題ですな」
横から獅子王博士が一言付け加えたのを聞いた参加者一同はこれにもビックリだ。
どうやら今日の質疑応答は体に悪いものばかりらしい、と加治首相は思った。
「ああ、でも安心してね。この状態が続くのはあと一年前後ぐらいの期間だから」
それを察したのか鷲羽ちゃんが続きを言うと、参加者は皆安堵する。
「しかし、なぜあと1年前後と言えるのです?確かに揺り戻しそのものは地震の余波みたいなものだとはわかりますが」
土門補佐官の質問に続く形で加治首相が再び質問する。
「それはね。アンノウンフィールドが消滅したことで時空が安定化していくからよ。少なくとも外宇宙から何かしら出現するという点についてはね」
「それなら相克界についても今後は……」
「悪いけど、今度の件は相克界の消滅とはまた別問題だから熱死の問題については引き続き研究が必要だと覚えておいてね」
鷲羽ちゃんからの一言に加治首相は一瞬残念という表情を浮かべたが、すぐわかりましたと頷いてみせた。
「先ほど外宇宙については一年ぐらいの期間を凌げばいいとのことだが、地底方面についてはどうなる?」
二人のやり取りを聞いていた土門補佐官がここで再度質問する。
「地底については、まだなんとも言えないわよ。なにしろ地球の側に向いたエネルギーは外宇宙の事とは無関係だもの」
「やはり、警戒が必要ということか……」
「もっとも、今後時空が安定化するなら外宇宙側と比例して地球側も同様に安定化するから、揺り戻し現象も大きなものは順次減っていくはずじゃよ」
「そうね、さすがに融合した世界について調べても『地球が空洞だった』なんて世界は無かったようだし、そんなにとんでもない物は出てこないと思うわよ」
獅子王博士が鷲羽ちゃんの発言にフォローを入れる形で発言する。
その後も、いくつかの質疑応答があったものの他に特筆するべき内容もなく、今回の安全保障会議は終了した。
さて、会議後に控室の一つで加治首相や鷲羽ちゃんといった参加者の一部は以下のような会話をしていた。
「ところで例のDoLLSによるハッキングだけど、流石に機密指定レベルのところにはたどり着けなかったみたいね」
「仮にたどり着いたとしても、手を出したかどうかは疑問が残りますが、たどり着けなかったあるいは気づかなかったというのは事実です」
鷲羽ちゃんが言うのは、融合直後にDoLLSメンバーがネットワーク上へ行なった一連のハッキングについてだ。
DoLLsのハッキングは、すでに連合議会も知るところになっていたが、あえてそれを非難することはなかったのである。
「ですが、こちらの情報を鵜呑みにするのも困り者ですからね。独自の情報収集をするぐらいなら大目に見てもいいでしょう」
土門補佐官の言葉に加治首相と鷲羽ちゃん、そして五十嵐 情報調査本部長が頷く。
A級機密にすらたどり着けなかったことで、特に問題とする必要はないというのがハッキングに対する連合政府の出した結論だったが、同時に自力で情報収集できない組織を受け入れるのも危険というのもまた事実だったのだ。
「しかし、短時間で自分たちに必要な情報を収集する能力は脅威ですね……。彼女たちのハッキング能力は我々もぜひ参考にしたいところです」
「そうなると以前、荒巻君が首相に構想を話されたという“攻性型の対テロ組織”の設立に際して組織のメンバーに身につけさせるというのがいいかもしれませんな」
首相の言葉に五十嵐本部長が続けて話す。
この日、控室に残った者たちは何時になく長く、そして熱い議論を重ねていた。
しかし、捜査の基本はネットワーク上での情報収集やハッキングではない。
それらは副次的なものであり、そのメインは誰にでもできる反面根気のいる「足」を使った聞き込みなのである……。
同時刻 都内某所
ある雑居ビルの一事務所
「ほらよ。今回の特別手当だ」
「どうも……って、いきなり背後から放り投げないでくださいよ!」
上司の放り投げた給料袋を乾麺に当たる直前でキャッチした若者は、給料袋の厚みに意外な顔をする。
これまでにも、何らかの手当ては出ていたがこれほど多額の支給は初めてだったからだ。
「何かあったんですか、この前の依頼は……」
「まぁ、簡単に言えばクライアントにも裏があった。これ以上は聞かん方が身のためだぞ」
「なるほど……」
恐らく、依頼者が当初の契約違反みたいなことをやらかしたか当初の依頼から外れた仕事でもしたのだろうと若者は考え、それ以上は追求しなかった。
(それにしても「何でも屋」とはよく言ったものだ。最初は大工仕事とか引越しの手伝いとかの肉体労働でもやらされるかと思ったら、素行調査とかもやるとは……まぁ、給料の入りはいいけど)
給料袋と机で書類をまとめている上司の方を交互に見ながら若者は思う。
この「何でも屋」とでも言うべき事務所に勤め始めたのは、時空融合で内定先が消滅してしまった結果、融合孤児ならぬ「融合浪人」と化してしまったあの日から半年ほど経ってからだった。
彼――若者――にしてみれば、融合景気と称されあちこちで労働力が必要とされる時期だったのでその気になれば、バイトの掛け持ちでも食べるに困らないぐらいの稼ぎは得られてた。
だが、やはり定職に就きたいという思いがあったのも事実であり、家のポストに投函されていた手製のチラシを片手にこの事務所のドアを叩いたのである。
結果は即日採用。
翌日から自分の上司である「所長」や他の同僚と共に「何でも屋」の通り、何でもやることとなった。
(最初の頃は、大工仕事や引越しの手伝いや大掃除に解体作業のアシストに迷い犬探しとかやったなぁ……ああ、ドブさらいもしたっけ。でも最近は……)
そう、少し前から見込みがあると思われたのか、浮気等をはじめとする素行調査や尾行という仕事を任されるようになった。
中には、表に出せないような内容のものもあったが、その理由は所長や同僚である先輩達の出身を知って納得したのである。
所長は、かつて「赤い日本」の特殊作戦部隊に所属していたのだ。
融合直後に混乱の中、日本連合へ投降した後は自衛隊に入らず一般市民としてこの仕事を始めたのだと本人から聞かされた。
(通りで依頼内容の中に、どう考えても政府筋からのモノがあると思った……)
恐らく、現在も自衛隊に少なからず所属しているという所長の友人知人や上官といった人物のつてで仕事を請けているのだろうと若者は察した。
元といえど特殊作戦部隊の隊員ならば、尾行や隠密行動もそこらの探偵よりは数段上というのはミリタリーにそれほど詳しくない彼でも理解できたのである。
「ん?」
そんなことを考えていた若者の目にあるものが留まる。
書類棚の一角に置かれたフォトスタンドに収まった一枚の写真。
写っているのが、軍服姿の上司やその同僚と思われる人物であることや屋外であることから、融合前に撮影されたのだろうと彼は思った。
いや、そんなことは些細なことである。
彼が注目したのはそこに写りこんだ人物の中で、一人離れて写っている男だった。
軍服や手にしている装備は自分の上司や他の人物と変わらないのだが、その雰囲気が違った。
いうなれば、常に殺気というか危険な空気を漂わせている様に思える。
「所長、この写真何時ごろのですか?」
若者は、好奇心から自分の上司に写真を見せる。
一方、当の上司は写真を一瞥したあと、書類と格闘しながら口を開いた。
「そいつは、俺が融合前にまだ旭川の国境線に配属されていた頃の写真だ」
「へぇ……それじゃこの人は誰なんです?」
「どいつだ?」
「この人です。一人だけ離れて写ってたので気になりまして」
若者により指差された写真の人物を見た上司は厭なものを思い出したのか、一瞬表情を曇らせた後再び口を開く。
「俺の同僚だった奴さ……そいつは、俺の知っている中でもとびっきりの『危険人物』でな、南に亡命しようとする者を最も多く殺した男だ」
「え……、でも任務だったからでしょう?それなら殺すのも仕方……」
仕方が無いと言おうとしたとき、若者は次の瞬間それをさえぎる様に出た上司の言葉に凍りつく。
「逃げられないと悟って戻ってきた者や投降した者、それもまず子供、女と弱いものから殺していったと知ってもか?」
「な……!」
衝撃の内容に言葉が出ない彼に対して、上司は更に続ける。
「あと、そいつには危険な噂が流れていてな。なんでも、出世の為に妹を殺したらしい」
「……」
「俺も最初聞いたときは耳を疑ったが、奴もそれを否定しなかったから大方事実なんだろうよ」
その場に暫し沈黙が流れる。
「その後は、どこに……?」
話の内容が衝撃的過ぎたのか、若者はそう言うのがやっとだった。
「国境警備の後、特殊戦師団に行ったそうだがあとはさっぱりだ」
「そうですか……」
「ま、奴がこっちに出現して未だ同じことやっている可能性も捨てきれないがな」
淡々と話す上司を前に若者は給料袋を手にしたまま立ち尽くしていた。
「もう質問は終わりか?なら上がった方がいいぞ。それから一つ言っておいてやる」
「なんですか?」
「そいつに興味を持ったというのならやめておけ。万一街中であっても近づくなよ。さもないと……」
そこで上司は一拍置いて再び口を開く。
「死ぬぞ」
僅か三文字に過ぎない言葉だったが、その口調は事務所内の空気を一変させるほどの重みがあった。
数分後、若者は雑居ビルから自宅への帰路を歩んでいた。
刹那、上司との会話が蘇り背後を振り返る。
(……いるわけないよな)
あの写真で見た顔が無いのを確認し、再び彼は歩き出す。
その胸中に、もし街中で「あの男」と出会っても逃げ切れるのかという薄ら寒いものを感じながら。
ToBeContinued.
最終更新:2011年01月05日 22:57