作者:こばやしみちとも氏&山河晴天
新世紀2年8月3日 13:20
北海道石狩管区千歳市 新千歳国際空港
時空融合後の世界において、日本国内の航空輸送と言うものはかなり制限されていた。
ジェット燃料問題も有ったが、それ以上に国内各航空会社が使用している航空機の恒常性が著しく制限されてしまったからである。
ご存知の通り、日本国内の航空会社が使用している旅客機・貨物機は唯一の国産機であるYS-11やMRJ(三菱リージョナルジェット)を除いて殆どがアメリカ、ヨーロッパからの輸入品である。
時空融合によってヨーロッパがエマーン領域に置き換わったため、エアバスやボンバルディアを初めとしたヨーロッパの航空機メーカーからのパーツ供給は途絶え、ボーイングやマグドネルダグラス、ロッキードと言ったアメリカの旅客機メーカーも日本国内で使われていたボーイング767以前の機体……ボーイング737やマグドネルダグラスMD81などのパーツはとうの昔に生産をやめ、在庫ストックも底を付きかけている状態のものが殆どであった。
新品同然の747でも200形等のクラシックジャンボであればむしろパーツ取りにバラされてしまう程の状態である、と言えばお分かりであろうか。
エアバス系の機体は中華共同体に同様の国際間航空機開発機構が存在したためパーツの互換性があるかと思われたが、シズマドライブ動力のプロップファン機が殆どであり、もっとも疲労交換率の高いジェットエンジンのパーツはGEやP&Hと言ったアメリカ製エンジンを除いて完全にアウトであった。
そんな中、唯一西暦2000年ごろの最新鋭機ボーイング777がつい10年前まで製造されていたと言う事でボーイングからパーツを供給され運用が可能な航空会社では主力となっていた。
この状態は新世紀6年以降、北崎重工や新中島航空機(戦前・戦中の中島飛行機と戦後の富士重工航空機部門が合併した富士重工グループの企業)、新中州重工(川崎重工航空機部門と川西航空機の合併)などの高い技術を持っていた航空機メーカーの協力。
さらにチラム化するアメリカから拠点を中華共同体に移したエアバスのアメリカ法人が元となって設立されたエアバスASIA(エイシア)の協力を得てようやく形を見た大型ジェット旅客機登場まで続く事となる。
ちなみに融合前、世界のジェットエンジン市場のシェアを大きく占めていたロールスロイスのイギリス国内、ロンドン近郊に出現していた工場が再稼動を始めるのは大分後になってからであり、その頃には神崎重工と新中州重工の共同開発による水素燃料ジェットエンジンや熱核タービンエンジンが実用化され市場をほぼ独占していたため、大きく後塵を拝す事となる。
英米のメーカーがシェアの大半を占めていた時空融合前とは、全く逆の状態になったとも言えるのは皮肉な話である。
そのため、国内航空路は札幌→東京間など対抗できる交通機関が貧弱な地域(北海道新幹線は札幌から新函館まで完成した状態で出て来ていたが、皮肉にも青函トンネル近辺の取り付け線が消失していたのだ)を除いて運行便数はかなり少なくなっていた。
その日の昼下がり、定刻通りに到着した北海航空のボーイング777(通称:レインボー・ダッシュ7)から降り立った客は、2,30分程するとそれぞれ目的とする所へ向かわんとJRの地下駅、バスターミナル、あるいは迎えの者が待つ駐車場へと散って行く。
そんな中、5人ほどの人影が取り残されたように人影でごった返すメインロビーに居た。
長身に蓄えられた白いあごひげが威厳を醸し出すロシア系の壮年の男。
サングラスで顔を隠しては居るが、長く伸ばした金髪が目を引くドイツ系の若者。
引き締まった体つきとばっさりと切ったショートカットが猫科の動物を思わせる中華系の女性。
容姿はジャニーズ系のタレントでも通用しそうだが、むっつりとした表情と全体から漂う威圧感がそれをスポイルしているまだティーンエイジャーと思える日本人の若者。
長く伸ばしたアッシュブロンドの髪を軽く結い上げた、小柄な北欧系ともラテン系とも受け取れる少女。
その一団を認めた微妙にSF的な印象のグレーのスーツ型軍服を着た銀髪の女性が近寄ると、踵をそろえて敬礼をした。
「ようこそ。陸上自衛隊第二独立空挺機動大隊第1陸戦機動中隊、セルマ・シェーレ一等陸尉です」
その女性を見た一団は、一瞬きょとんとした表情でセルマを見つめた後に軽く敬礼を返す。
『あの士官……何かテッサにそっくりじゃない?』
『俺もだ。一瞬、大佐殿かと思った。声だけ聞いたら分からないぞ……』
『ま、彼女がテッサの同位体って事はないだろ? 血の繋がりは有るかも知れないけど』
トパーズ色の瞳にゆるくウェーブしたアッシュブロンドの髪を持つセルマを見て、小声で彼等は会話を交す。
「はじめまして、『アルギュロス・ジャパン』のアンドレイ・セルゲイヴィッチ・カリーニンです」
出来るだけ気さくな印象を与えるように笑顔を作り、カリーニンはセルマの手を取った。
『アルギュロス・ジャパン』を名乗った彼等こそ、この5月のお台場事件での影の主役とも言える存在「ミスリル」のメンバーである事をセルマは既に知らされていた。
「ようこそ、DoLLSへ。それでは、こちらへお越しください」
Super Science Fiction Wars Outside Story
Steel Eye'd ladies~鋼鉄の眼差しの乙女達
第5話 テクノロジィ・ギャップ2
新世紀2年8月3日 14:30
北海道石狩管区千歳市 航空自衛隊千歳基地内 陸上自衛隊第二独立空挺機動大隊 第一格納庫
八月の太陽がじりじりと千歳基地を照らしている。
基地上空でアクロバットを披露するブルーインパルスのF-2が起こす爆音が遠雷のように辺りに響き、それに負けじとクラブのDJばりに声を張り上げるアナウンスと観客の歓声が覆いかぶさる。
だが、千歳基地の中でも目立つその施設は、異様な程の沈黙に支配されていた。
そんな格納庫の中を、5つの人影が歩いている。
外資系警備会社「アルギュロス・ジャパン」……<ミスリル>特別対応班の視察団であった。
「しかし、見れば見るほどM9に似てるな」
5人の中では若く見える、無愛想を絵に描いたような男……相良宗介が呟く。
「ま、中身はM9程じゃなくて、機動性はせいぜいM6の6割増し程度らしいけどな」
その脇に居た、金髪の長い髪をした男……クルツ・ウェーバーが答える。
「クルツ、そう思うかも知れないけど、こいつは120mm砲やらヘルファイアクラスのミサイル、はてはレールガンをフル装備してその機動性を出せるって話なんだけどね」
クルツの言葉に、後ろの方にいた活発そうな印象を与えるショートカットの女性……メリッサ・マオが突っ込むようにして答えた。
「120mmにレールガンねぇ……」
納得が行かなさそうなクルツにマオが畳み掛けるように言う
「あんた、M9が120mmとヘルファイアを12発、さらにマシンガンとショットキャノンを持たせてまともに戦闘できると思う?」
「重すぎて機動性が損なわれるぜ、ましてや走行中に発射しようものならバランサーが追いつかなくて転ぶのがオチだな」
「無理だな。ASに搭載できるサイズの120mmなど初速も命中率も低いし、装填機構も信頼性が低くて使い物にならん」
その言葉にクルツと宗介はしばし考え、納得が行った様な顔を見せる。
「ま、M9にはその必然性が無いから改良もしなかったとも言えるんだろうけどね……だけどこの機体は120mmと88mm速射砲を両肩に付けて全力疾走中に同時発射出来る、って話よ」
そう言って大仰に肩をすくめるマオに、宗介とクルツは唖然とした表情を隠せなかった。
きわめて似通った外見、駆動システムを持つ2つの兵器……ASとPLDだが、運用される主なフィールドの違いがその2つを明確に分けていた。
見た感じ「忍者」と言った印象のM9に対して、機体の随所に取り付けられたハードポイントと様々な補機類を収納する関係上異様に太い太腿を持ち、M9に比べて全体的に重厚な印象を与えるX-4シリーズ。
ASは戦闘ヘリすら凌駕する高い3次元機動性とECSで人形機動兵器最大の弱点である前面被弾面積の高さをカバーしていたが、PLDはその生まれた環境ゆえに同じ目的で開発されたにしても答えの出し方は違うものであった。
元々、惑星オムニは地質タイムスケジュールで行けばジュラ紀に相応する若い惑星であり、人の手が入ってない領域では地球で言えばメタセコイア近似種である30mを超える高さの巨木が生い茂り、恐竜が闊歩する原始の森が大半を占めていた。
攻撃ヘリも用を成さない森の中で戦車以上の火力を用いたゲリラ戦を行うため、3次元機動力よりも十分な火力と装甲、高い悪路走破性を求められたのである。
やかましい3人を尻目に、他の2人は言葉少なめにハンガーに固定されたPLDを見つめていた。
「確か、26世紀の植民惑星からやって来たと言う話でしたけど……」
5人の中でもっとも小柄な、アッシュブロンドの髪を纏めた少女……ミスリル太平洋戦団司令強襲揚陸潜水艦「トゥアハー・デ・ダナン」艦長テレサ・テスタロッサ大佐……今やこの世界において「ミスリル」の総代表ともいえる地位に居る女性……が呟く。
「『ウィスパード』の存在は彼女らの世界では記録にすら無かったようです」
その言葉に答えようとした、この集団の中では年長である男……アンドレイ・セルゲイヴィッチ・カリーニン中佐は途中で言葉を濁した。
意味不明に聞こえるが、この二人にはそれだけで何を指すか分かっていた。
(ウィスパードの存在が無ければ、この時代までこう言った兵器は出現しなかったのか……)
カリーニンは、その事を単に自分の世界が進歩している証とは素直に思えなかった……。
新世紀2年8月10日 14:06
東京都新宿区市ヶ谷 防衛省技術研究所第一研究室
「しっかしまぁ……種々雑多と言うか何と言うか……」
そうつぶやいてナミは、モニターに写った人型兵器の画像を見る。
レイバー、WAP、AS、AWGS、HIGH-MACS……。
現在日本連合で運用されている主要な人型兵器がその画面に映っていた。
第一次要求仕様に基づいた新型PLD、仮称PLD-Xの開発のため、ナミを初めとした数名のDoLLS隊員と整備班員の中でもPLDメーカーであるレイランドダグラスおよびリッペンバールト、ディジェムからの出向組のメンバー達はここ市ヶ谷の防衛省技術研究所に出向となっていた。
「信じられませんよね、地球上でこれだけ人型兵器が実用化されているなんて……」
その脇のコンソールで資料整理を行っていた見た感じ妙な子供っぽさを与える女性……エリィ・スノウ陸曹長が答える。
そのモニターの上には、ハセガワ製M9ガーンズバックの1/35模型がアサルトライフルをガンダムよろしく構えたポーズで乗っている。
DoLLSとしては大陸ですら平地の少ないオムニでこそ人型、2足歩行は有効な兵器足りうると思っていただけに時空融合後、様々な人型兵器が当たり前のように実用化され運用されている日本連合には軽い眩暈を覚えずには居られなかった。
地球上でも運用可能な戦闘PLD実用化のためにDoLLSがまず始めたのが地球上で運用されている人型陸戦兵器の解析であった。
「その中でも異様なのが……このASだね、タカス中佐」
たまたまDoLLS基地を訪れている最中に時空融合に巻き込まれてやってきていたレイランドダグラス社技官ケント・ムーアが自分のコンソールの内容をナミたちに見せるようにして振り向いた。
PLD開発チーム"ダイブワークス"主任として独立戦争当時の名機X-3シリーズを開発し引き続き"トライフルワークス"主任としてX-4シリーズの殆どに関わった彼がここに居た事は奇跡と言っても良かったかも知れない。
その画面には、未だ実戦配備がされていなかったアメリカ製AS、M9ガーンズバックのCADデータを初めこの5月のお台場事件で湾岸を疾走するARX-7「アーバレスト」の画像など、ASに関する情報が表示されていた。
「確かにそうですね……外見も似ていれば駆動システムもそっくり、運用目的も不整地でのゲリラ戦用兵器と言う点でこのM9と言う機体はPLDと良く似ていると思います」
そうケントに答えながら、ナミはASと言う兵器にある種の異常さを感じずには居られなかった。
元々PLDは、宇宙空間でのデブリ回収作業用EVAユニットのゼロプレブリース(与圧作業)化とデブリ衝突対策を目的とした大型化によって生まれたものである。
それがたまたま地上でも使える事が分かり、大型化に従ってマスタースレイブ方式の操作系からコマンド入力への変更、独立動力ユニットの搭載、関節部リニアモーター駆動からPAM(人工筋肉)駆動への等の進化を経て今のPLDになったものである。
それに対してASは、1970年代に計画された「ハーディマン」を初めとした「ヒューマン・アンプ」の延長線上にある「純粋な兵器」として人型で生まれた存在である。
そして何より、それに使われている技術が問題であった。
常温核融合型原子力電池、電磁筋肉、電子式光学迷彩……。
自分たちの世界ではかなり後になって出現した技術が、殆ど20世紀末の1970年代末から1990年代末にかけて次々と実用化されていたのだ。
単にまだ開発されていなかった、もしくは必要が無かったと言うだけで、陽電子燃料電池や重力圏下で射撃可能なレールガンの実用化も可能だったかも知れない。
「私たちの世界なら、西暦2200年ごろようやく常温核融合を観測できる現象として実証できたのに……」
常温核融合の発見自体は、両方の世界とも1987年。アメリカはユタ州立大学でのフライシュマンとボンズの発表がきっかけである。
だが、その後それが再現不能な現象として片付けられたのがナミ達の世界であった。
ナミ達の世界では西暦2000年前後なら常温核融合など「疑似科学」「病的科学」の世界、つまりオカルトと大差ない世界で片付けられ、真剣に研究しようとする研究者は狂人かカルト信者のような扱いをされるのがオチであったのだ。
常温核融合の存在自体が忘れられた22世紀末、とある偶然によって明確に再現可能なレベルでの常温核融合反応が発見され、ようやくナミ達の世界でも常温核融合は本物であると言う判断が下された。
そのときにフライシュマンとボンズの発見が歴史の闇より発掘され、現代のコペルニクスとまで言われたのである。
「まぁ、驚くまでも無い。現に19世紀に解析機関を実用化してたり、1940年代に二足歩行兵器を実用化した世界だってあったんだからな」
ケントの言葉に、帝都区で見た蒸気を動力とする歯車式階差機関の事を思い出し、あぁそういえばとナミは気づいた。
大概の世界ではチャールズ・バベイジと言えば「早すぎた夢を見た見果てぬ夢の代名詞」だったのだが、帝都区の由来世界ではバベイジと言えば、エジソン以上の天才としてその名を知られる存在であったのだ。
1940年代に2足歩行兵器……鉄人28号を実用化した金田博士のグループもまた同じである。当時のまだ未熟な性能であった戦車であれば、平地でも十分な装甲強度を持った二足歩行兵器は十分脅威となりうる。
だが、他にこれだけ早期に(霊能力などが絡まない)二足歩行兵器を実用化した世界は他に無かったため、開発者である金田博士(故人)、その息子であり鉄人28号初代操縦者、現在新鉄人計画総責任者である金田正太郎、その息子正人は何らかの特殊能力者ではないのか?と言う説を唱える者も居る。
(ミスリルは金田一族が「ウィスパード」あるいはそれに類する能力保持者である確率が高いと見て調査を進めている)
「まぁ、そう言う信じられない世界に比べたら……遥かにまともな話ですよね」
そう言った世界よりは遥かにASはナミ達の世界でも説明が付く兵器であり、技術である。
時代が600年近い過去である、と言うことが判断を鈍らせていたとも言えるのだが……。
「確かにそうですね……私たちの世界は技術発展が遅れていた部類なのかも知れませんね」
エリィもつぶやく。
今までDoLLSはオムニでも最新鋭の兵器を操るもの、と言うプライドがあったのだが、そのプライドもやや揺らぎかけていた。
たとえるなら、我々の目の前に江戸時代初期に作られた、現代でもまともに使るパソコンや自動車が有ったらどう思うだろうか?
話だけを聞けば「何をふざけた事を」と一笑に付すような話題であるが、まさにドールズが感じていた気持ちはその様なものであった。
「まぁ、我々のPLDも決して他に劣る兵器ではないし、我々がアドバンテージを握っている技術はいくつも有る。それらを上手く活かしながらどうにかして行くしか無いのでは?」
「そうですねぇ……」
ケントの言葉に、ナミとエリィは声をそろえてぼやくように答えた。
パラジウムリアクターと構造的に近しいPFCが量産可能と判断されたのは、パラジウムリアクターに比べると構造が簡素でかつ、日本連合領土内で採掘される物質のみで生産可能であった事が最大の要因である。
ただし常温核融合より遥かに高度な技術の対消滅機関であるにも関わらず、エネルギー効率や連続稼動時間と言う面でASに搭載されていたパラジウムリアクターに劣っているのは事実だ。
その事もナミ達に取っては異様な事であった。
ナミ達の世界でのパラジウムリアクターはせいぜい鉄道車両(機関車)や小型船舶に搭載できるサイズがぎりぎりであり、それ以上のコンパクト化は出力などの面でまともに使える代物にならず、動力源としては鉄道車両や船舶に使われる程度でPLDの動力源に使おうと考える者は居なかった。
(PFC自体、パラジウムリアクターの小型高出力化・構造簡素化の研究から偶然対消滅反応が発見され、生まれた技術である)
いささか技術的アドバンテージと言う点に置いて、ナミ達が不安になってしまう事も無いわけではなかった。
と、そこに無用心に思えるほどの勢いで二人の人物が入ってきた。
「中佐~、シミュレーション用のプログラムできましたよ」
長く伸ばした金髪に眼鏡が目立つ女性、第一小隊「シルバーフォックス」の索敵担当マーガレット・シュナイダー准尉だ。
元々技術畑出身でコンピュータに関しては専門家の彼女もまた、この計画のために東京行きとなっていたのだ。
「技術発展が遅れていたと言う事ですが、やはり600年後のコンピュータは凄かったですね……ははははは」
もう一人、何とも軽薄そうな笑い声を立てる技官。第一研究室で密かに故・斎藤弘之主席研究員の後継者と目されている「新人」こと東屋幸武技官であった。
彼は色々と特異な趣味を持っているのだが、それに関してはまた別の話で語る事となる(蛇足だが彼に限らず、技研には色々と「特異」な趣向を持った研究員・技官が多々居ると言われている。第3研究室の紐緒技官は高校時代真剣に世界征服を企んでいたとか……?)。
PLDの分析、再設計に関しては技研側ではDoLLSほど深刻に考えて居なかった。
これは単にわずか3ヶ月でWAPを十分実戦運用に持ち込めるレベルまで仕上げられたと言う経験が自信になっていたとも言えるが、今回はWAP開発に関わった技官らが少数の代わりに極秘裏ではなかったため、第3新東京大学よりMAGI3号機を貸し出されていたのを初めとして企業・他の研究機関からも十分なバックアップを得られていたのだ。
ましてや処理速度では現行のスーパーコンピュータを遥かに上回るペタフロップス単位の処理速度を持つオムニ軍のメインフレームもある。
OSと計算方式の違いは有れど、MAGIとオムニ製メインフレームをネットワーク接続し、分散メモリ型運用した場合の処理能力は計算能力に限って言えば西暦2000年代前半に日本にあった高性能スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を優に上回り、日本連合が所有するコンピュータの中でもトップクラスと言えるに違いない。
シミュレートと機体バランスの取り直しを考えても楽に仕事を進められるだろう、と言うのが技研と陸自側の思惑であった。
技研側としてはWAPの火力不足を補う存在として時速120km以上での巡航を目指した装輪戦車の開発を始めており、PLDが使用する滑腔砲の装填機構を早く解析し、量産にこぎつけたいと言う事も有ったのは事実である。
なぜなら、PLDが使用する滑腔砲の自動装填機構は現在自衛隊が持つ陸戦兵器の自動装填機構としては極めて信頼性が高く、初期型90式戦車の自動装填機構が100発射撃を行った場合のジャム率5%に対して0.005%と言う信じられないほど高度な耐久性を持っていたのだ。
自動装填機構を上手く利用できればMBTの搭乗員数を減らす事が出来、省力化に繋がる。
戸惑うドールズと余裕を持っている技研、事実上技研の単独開発であったWAPと違い自分たちも技術の恩恵に預かりたいと考える篠原重工を初めとする企業。
複雑に思惑が絡み合う中、プロジェクトは進もうとしていた。
新世紀2年8月10日 12:30
公海上 北緯20度50分 東経140度31分
ミスリル太平洋戦隊<トゥアハー・デ・ダナン>拠点 メリダ島
「ある意味、非常に安定した兵器。と言う印象でしたね」
超国家対テロ組織<ミスリル>の施設の中で、唯一この融合世界に出現を許されたメリダ島……。
現在、この世界においてミスリルの唯一の砦とも言える場所である。
その島にしつらえられた軍事施設の会議室……ここに彼らは集まっていた。
「非常に安定した兵器?」
SRT隊長、ベルファンガン・クルーゾー大尉の言葉に、テッサは言葉を続ける。
「ASに比べると荒削りな所が多いけど、兵器としての完成度は上でした」
「マスタースレイブ操作方式ではなく、レイバーなどと同じコマンド入力方式でM6以上の機動性を出せると言う点において量産兵器としてのASとPLDを比較した場合、PLDの方が優秀と言えるでしょう」
テッサに続ける形で説明したマオは、内心「あの時テッサがM6じゃなくてこれに乗っていたら、あたしはもっと簡単に負けていたね」と以前メリダ島で些細なケンカをきっかけに起こした騒動を思い出した(短編『猫と子猫のR&R』参照)。
マスタースレイブを用いたASの場合、わずか腕を数センチ動かしただけでそれが巨大な動きになる。
例えば慣れて居ない操縦兵がバイテラル角の設定がなって無いままの機体に乗り、歩くつもりで足をあげた場合、自機の胸にニーパッドを叩き込んで転倒し、駄々っ子のように手足をじたばた動かし地面をのた打ち回る事になる。
そう言う点でASの操縦者とはもともとの素質も必要であると同時に、育成に時間のかかる物である。
宗介のように戦場で鹵獲したASを修理してすぐに乗りこなせるような操縦兵の方がむしろ稀有なのだ。
特にミスリルが用いているM9は完全人工筋肉駆動など最新鋭技術をフルに導入しているため、M6に比べてもピーキーな操縦特性を持ちSRTのメンバーはともかく今後実戦配備先となるはずであったアメリカ軍でも機種転換の難しさが問題になっていたほどなのだ。
無論、慣れた兵士であれば「肉体の延長」としてまさしく香港アクション映画のごとき人知を超えた戦闘機動が可能なのであるが…。
その点PLDやWAPはコマンド入力方式が基本であり、レイバーなどの操縦に慣れたオペレーターなら短期間でその操縦手法を覚える事が可能であった。
これは熟練度の高いパイロットを短期間のうちに沢山揃えられると言う点で非常に重要なファクターである。
さらに、X-5、Xx-10に用いられて居るBEPAMは樹脂系半生体ナノマシンを構造材に用いており、ある程度の筋肉繊維体の損傷であればリキュールと呼ばれる反応剤を供給してやる事で回復が可能である。
前線での恒常性と言う点では、筋源繊維の断裂を防げずかなりの頻度でマッスルパッケージを交換せねばいけないASは不利な話であった。
兵器は個々の性能も重要であるが、「誰にでも短期間で扱える」「恒常性を高いレベルで保てる」と言う普遍性もまた重要なのだ。
太平洋戦争当時の零戦の故事を例に出すまでも無く、パイロットに高い熟練度を必要とする兵器はパイロットのレベルが下がると途端にその優位性を失ってしまう。ましてや恒常性を保てない兵器はなおさらである。
優秀なカタログデータよりも、そのカタログデータをより多くのパイロットが引きだす事が出来、かつそれを高いレベルで保てる事が量産兵器としては重要なのだ。
残念ながらBEPAMを製造する松村技研も現時点ではこの半生体ナノマシンを作る事は出来ず、ASのマッスルパッケージに近い電磁筋肉を採用すると言うことであるが……。
「……量産兵器、としては優秀……か」
休憩時間となったとき、喫煙所でカリーニンはそうつぶやくと、千歳で見たPLDを再度思い出す。
ASと似ていながら、なぜかPLDにはASに常々感じていたグロテスクさが感じられなかったのだ。
『やはり、<ブラックテクノロジーの産物>ではないからなのだろうか……?』
自分は高度技術の存在と言う物をどこかで恐れている、カリーニンはその事を認めていた。
ならば何故AS以上の高度技術が使われているPLDに畏怖を覚えないのか?
幾ら考えても、その答えは無いように思えた。
新世紀2年8月20日 11:23
東京都新宿区市ヶ谷 防衛省技術研究所中央電算室
「やはり機体バランスが微妙ですね……。大型キャノン砲の空中発射は諦めるしかないか」
コンピュータ画面上で試験モデルが何度目かの墜落をするのを見て、ため息混じりにナミは呟いた。
「肩装備型は仕方が無いでしょうね、手持ち式はHIGH-MACSを参考にすれば何とかなると思うんですが」
東屋技官がナミをフォローするかのように言葉を続ける。
様々な面で戦術が変わってくるだろうこの世界に置いてPLDを使う観点から、様々な兵器の要素を取り込む
必要性があることは早晩、判った結論であった。
その目的で参考資料と成りうる物の一つがAS、そしてHIGH-MACSだった。
「新中州もホワイトホールの改良に手間取っているって言うし、これじゃあ何のための高性能シミュレータなんだか」
ナミは溜息を突くと、センターコンソールに座る第三新東京大学から派遣されてきた女性オペレータに近寄る。
「伊吹さん、テストモデル120から199は破棄。201からのテストをお願いします」
「わかりました」
MAGIにシミュレーション条件が入力され、ペタビット単位の通信速度を持つ光ファイバーでLAN接続されたメインフレームより計算された状況設定が流れ込んでいく。
わずか一月で立ち上げられたこの急作りのシミュレータシステムだが、計算能力では日本でも最高の物と言える環境であった。
その構成は、第3新東京大学が東芝へライセンスを供給する事によって完成したMAGI3号機を核に、DoLLS基地の予備品として保管されていたオムニ製メインフレームを計6台ペタビットイーサでLAN接続し、分散/並列処理すると言うものであった。
このメインフレーム、業務用冷蔵庫程の大きさでメモリ容量は数百GQ(GQ=ギガクアド。1クアド(quad)=約1万テラバイト)に達し処理能力と言う点では公的機関が有するコンピュータの中では最高峰のものである。
業務用冷蔵庫サイズで数千兆ギガバイト単位のメモリ……と言ってもピンと来ないかも知れないが、現時点で我々の世界が持つ中でも最高性能のコンピュータの一つである「地球シミュレータ」が3250平方メートル、高さ17mのスペースを用いて総メモリ容量10TB(テラバイト。1テラ=10の12乗倍。1 兆バイト/一億ギガバイト)である事を考えるとその凄さがわかるであろう。
MAGIの供給元である第3新東京大学の赤城奈緒子博士曰く「これだけの環境なら風洞実験も模型実験も要らないわね」と言わせるほど、様々な環境を瞬時に再現し、シミュレートできる能力だ。
シミュレーションのために用意されたコンピュータと言う点で行けば、融合世界でも最高レベルのものである。
日本連合が持つ「モノリスに触れたとしか思えない技術の歪さ」が良い方向に働いた一つの例であろう。
「HIGH-MACSは確かに優秀な機体ですね、あんなのが500年以上前に作られていたなんて……。ぞっとしませんな」
ケントが東屋の言葉に同意するように言う。
習志野基地に実験小隊が二個、さらに北海道にて無人の機体が一機見つかった12式歩行戦闘車……通称HIGH-MACSは白兵戦能力が皆無と言う点を除けば、巡航速度98km/h、最高速度230km/h以上。
果てはPLDに匹敵する火力とペイロード容量を持ち、戦闘ヘリ以上の高い機動性を持つモンスターであった。
だが、白兵戦能力の無さと言う点や機体強度がWAPやPLDに比べて劣る点が自衛隊側が難色を示し、技術開発参照用として解析を進め、WAPを初めとした陸戦兵器の性能向上の参考とする形になっていた。
だが、高い3次元機動能力とペイロードに目をつけたヘリ部隊の関係者からは、AH-1S「スーパーコブラ」及びAH-64DJ「ロングボウ・アパッチ」の後釜として龍騎兵大隊を中心に配備できないかと言う意見も出ている。
「3軸の姿勢制御が問題ね……。東屋さん、例のアレは分析できてるんですか?」
「あれは……ちと難しいですね。何せ未知の技術の固まりの上に、2機とも彩雲計画でパイロット共々テスト行ってますからね」
ナミの言葉に、東屋は苦笑いを見せて頭を掻く。
「あれ」と言うのはついこの間まで「パンドラの箱」に眠っていた2機の可変戦闘機……YF-19とYF-21である。
戦闘機から人型へ変形すると言う複雑な機構を持つのであれば、それなりに高度な3次元機体制御技術を持っているはず、と思いYF-21のバランサーシステムの解析データを元にバランサーシステムを組めないか、とナミは思っていたのだがデータを手に入れられるのは今しばらく先になりそうだ。
「ですが、21(にーいち)はかなり複雑みたいですよ。何でも異星技術の応用とか聞いてますし」
YF-21のバランサー……キメリコラ特殊イナーシャ=ベクトル・コントロールシステムは構造自体は単純なのだが、それがどうやって三次元の機体制御を行っているのかの仕組みが理解できないのだ。
「ったく……異常すぎよ。こんなのが2040年の最新鋭戦闘機なんて……」
そう言いながらナミはYF-21の現時点で終わっている解析データを写したモニターに向かってため息をついた。
キメリコラのみならず熱核バーストタービンやエネルギー変換装甲等、オムニ世界では想像もつかなかった名前がずらずらと並ぶその詳細は見ているだけで気が滅入るような気分になってくるものがあった。
後に彼女のみならずDoLLSはある事をきっかけに2機の実物と実力を目の当たりにするのだが、それもまたもう少し先のことである。
同時間 小笠原諸島硫黄島沖15Km 海上自衛隊第一艦隊第二航空護衛艦群所属 航空護衛艦CV-01「ほうしょう」艦内格納庫
「えぶしっ!」
水銀灯に照らされた格納庫内に、文字にすればそう言った印象になる奇声が響く。
航空自衛隊客員パイロットにして航空技術検証班研究員ガルド・ゴア・ボーマンが、何の前触れも無く放ったクシャミがその正体である。
「っ汚ねぇ……手ぇぐらい当てろよガルド……。お前は加トちゃんか?」
唾のしぶきをモロに後頭部に喰らったもう一人の客員パイロット……イサム・ダイソンがいささかうんざりした口調で言う。
まるで自分の頭の上に金ダライが落ちてきたような様子だ。
「いや、そんな訳ではない……誰かが噂したような気がしたんだが……」
鼻をグズグズと鳴らしながら、ガルドは再び機体の整備指導に取り掛かる。
「まぁ、気を付けろよ……」
この「噂されるとクシャミをする」事に神秘学的要因が関わっているかどうかは不明である。
最終更新:2011年02月19日 23:39