「――ッ! ここは……」

エリアD-1、灯台下でバンダナを巻いた青年が目を覚ます。
タスク・シングウジ。彼曰く端正な顔だちには未だ疲労の色が見える。
それもその筈、彼は苦しい戦闘の末今まで意識を失っていたのだから。
だが、タスクは様々な戦いを潜り抜けた歴戦のパイロットだ。
覚醒したばかりの意識を辿り、自分の置かれた現状を冷静に確認しようとする。

「目を覚ましたようね、タスク」
「姐さん!?」

そんな時、タスクに細身の女性が声を掛ける。
ヴィレッタ・バディム。タスクの上官に位置する人間だ。
タスクは思い出す。そう、彼はヴィレッタに保護されていた。
運良く出会えたのが信頼できる上司であったことはラッキー以外のなにものでもない。
己の幸運さを噛みしめながらタスクは先ず思ったことを疑問にする。

「あのー……ちなみにオレ、どのくらいぶっ倒れてました?」
「そうね……一時間半程といったところかしら」
「マ、マジっスか!?」


タスクは支給された時計を慌てて見やる。
時間は午前九時を過ぎていた。
気絶した正確な時間はわからないがヴィレッタが言うなら一時間半ぐらい経ったのだろう。
一時間半もあれば危険な奴が襲ってきてもおかしくはない。
先程のバカみたいに腕が伸びる奴が追撃しに来た可能性もある。
しかし、今の自分は五体満足。
支給されたビックデュオも気絶する前となんら変わりはない。
ただ単に運が良かったのだろうか。
それもあるかもしれないが先ず考えられる理由は目の前にある。

「すみません、ヴィレッタ姐さん! 俺、とんだお荷物だったみたいで」
「いいのよ、タスク。気にすることではないわ。それに色々と考えることも出来たのだから……」

恐らくはヴィレッタが警戒に当たってくれていたのだろう。
ビックデュオの傍に聳えるはヴィレッタに支給された機体、ガルムレイド・ブレイズ。
ターミナス・エンジンを積んだそれはジョーカーの機体として選ばれただけのことはあり、強力な機体だ。
そこにヴィレッタの技量も加われば並の相手なら難なく迎撃出来たことだろう。
謙遜するヴィレッタへタスクは頭を下げながらますます感謝の念を覚えていた。



「さぁ、気がついたのであれば機体のチェックでもしなさい。いつまでもここにいられないわ」
「了解!」

ヴィレッタの指示にタスクは素直に従う。
SRXチーム程の交流はないがヴィレッタと不仲ではない。
常に冷静沈着。実にクールビューティという言葉が似合う女性であるとタスクは常々思っている。
たとえばこれ見よがしに強調されたあの双房などあまりに刺激が強すぎる。
健全な青少年たる自分をうっかり危ない道へ誘ってしまう程だ。

(ん……あれ。待てよ、何か忘れてねぇかな……)

そんな時、不意にタスクは思考に耽る。
気絶するまではいい。
面目ない結果に終わったが全て思い出せる。
問題はその後。戦闘終了と気絶の間に何かがあったような気がする。
それも些細なことではなくて一世一代のとっておきの出来事が。
超大穴に賭けたチップがビッグボーナスに成り替わろうとする瞬間を見届けるような瞬間が。
言いようのない興奮が、確かに目の前にあった筈なのに――


(考えろ!考えろタスク・シングウジ……! お前はやれば出来るやつだ。
何かあった筈なんだ! 幻想じゃねぇ……幻想だっていう奴が居るなら俺がぶっ飛ばす!
俺の純真な心をくすぐってくれる何かが、あったんだ!!)


今まで生きてきた中で、きっとここまで考えたことはなかっただろう。
己の脳細胞に軽く謝りながらタスクは無我夢中に考える。
無意識に俯き、視線はただどこまでも広がる
その形相はあまりにも必死で、周囲から見れば何があったのかと思われるに違いない。


「タスク?」

だからこそヴィレッタは声を掛ける。
あくまでも部下を気遣う上官として、それ以上でも以下でもなく。
声を掛けられたタスクは思わず顔を上げた。
そこに広がったのは――まさに夢の光景。
水着ともボンテージとも取れる黒のスーツ。
細い両肩はあらげもなく露出しているだけでなく、おへそ周りも真っ白な肌が見えている。
さらにはすらっと伸びる四肢がヴィレッタのプロモーションをこれでもかと強調している。
間違いない。自分が求めた希望は目の間にあった。
理性よりも先ず本能が先走り、タスクは口走る。
もちろん、全開の笑みでヴィレッタへ。


「姐さん! なんですかそのコスチュームは!? サイコーっスよ! 全ての男共を代表させて言わせてもらうっス!!
ところでそれって姐さんの趣味ですか!? こんな趣味してるならもっと早くいってもらえれば――」



グボ。
鈍い音がタスクの腹部から響く。




「……バカを言うな。恥ずかしいのよ、これは」




ほのかに顔を赤らめたヴィレッタが拳を握っていた。



◇     ◇     ◇



「女!女アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「くっ、しつこい! なんなのだお前は!?」


エリアD-7の上空で二つの起動兵器が飛行している。
同行しているわけではなく、片方がもう片方を追いかけているのは明らかだ。
追っている方はアルテア星の守護神、ゴライオン。
追われている方はスーパー・マシンナリー・ヒューマノイド、ヴァルシオーネR。
両機はかれこれ一時間程は周囲を彷徨っていた。

「うろちょろ逃げ回らずにさっと死ね! 女ッ!!」

ゴライオンからもう何度目かわからないレーザーマグナムが撃たれる。
戦闘行動が長引いた原因は一つ。
ゴライオンを操縦するレーベン・ゲネラールが持つ女性に対する歪んだ憎悪のせいだ。
ヴァルシオーネRの外見はどう見ても女の子でしかない。
だが、機械と生身の人間という違いはレーベンにとって些細なことだったようだ。
たとえ起動兵器であろうとも、レーベンは目の前の女を破壊するためにゴライオンの猛攻を止めようとはしない。

「お、おっと! こいつめ……!」

一方、ヴァルシオーネRはバーニアを駆使しながら器用に銃弾を避ける。
ヴァルシオンとは違い、機動性に重点を置かれているためいまだ被弾はない。
寧ろこれまでの戦闘の損傷があるゴライオンの方が状況的に不利だろう。
しかし、ヴァルシオーネRのパイロットであるイスペイルはただ困惑していた。
装備されたハイパービームキャノンでゴライオンを牽制しながら思考を回す。

(我々の情報が漏れているとでもいうのか……! くそ、シャドウミラーめ!
殺し合いをしろと言ったくせに、公平なルールさえも満足に用意出来んのか!)

ジョーカーとしてイスペイルが他者に行ったことはこれといってない。
したがって警戒はまだ仕方ないとしても、危険人物として断定はされない筈だ。
そう、今のように有無を言わさず執拗に狙われることなど考えにくい。
故にイスペイルはレーベンには自分にとって何か不利な情報が伝わったのではないかと推測した。
イスペイルは他者と接触していないため、当然情報源はシャドウミラーとなる。
開始早々から7人のジョーカーといった仕込みを用することから不信感はある。
他に疑う材料がない分、シャドウミラーならやりかねないと考えてしまう。
やはりシャドウミラーもイディクスの幹部である自分を警戒していたのだろうか。

(いや、ヤツはさっきから女としか言っていない。狙いは私ではなくこのヴァルシオーネR……!)

しかし、イスペイルは直ぐに自らの考えを翻す。
ゴライオンの攻撃からは形容しがたい憎しみが感じられる。
それになによりも敵はイスペイルという存在よりもヴァルシオーネRに固執している。
女と口汚く罵るのが何よりの理由だ。
この殺し合いに呼ばれる前にこっぴどくやられたのだろうか。
事実は定かではないがどちらにしろ迷惑極まりない。
それもこれも全てはふざけた外見をしたこの機体を支給されたせい――。
イスペイルの頭の中で何かが閃く。

(待て! ヤツの狙いがヴァルシオーネなのは疑いようはない。
だが、もしヤツの本当の狙いが私の考えている通りなら……やってみる価値はあるか!)

ハイパービームキャノンの連射を構わず突進してきたゴライオンを避けながらイスペイルは一つの推測を出す。
科学者の悪意が集まったことで形成されたイスペイルには彼の部下とは違い確かな知性がある。
それこそ知的生命体である人間以上に考え、自我を以て行動することが可能だ。
たえば自身を創造した君主への謀反を企てる程に。
故にイスペイルは今までのレーベンの行動から考え一つの行動に出る。


「そこのライオンロボのパイロット! 少しだけでいいから私の話を聞け!」


ヴァルシオーネRには似つかわしい威厳に満ちた声が周囲に反響する。
イスペイルはヴァルシオーネのオープンチャンネルで呼びかけた。
それは勿論反転し、再び襲いかかろうとしたゴライオンに向かって。
ゴライオンを操縦するレーベンの表情が僅かに険しくなる。

「なんだ!?」

レーベンにヴァルシオーネを逃がすつもりはない。
エーデル准将以外の女に、しかもここまでコケにされ、ただで済ますわけにはいかない。
しかし、イスペイルの言葉で動きを止められたことが彼にほんの少しの冷静さを戻させた。
計器を見ればかなりのエネルギーを喰っている。
ここはがむしゃらに攻めるだけでなく、イスペイルの話を聞く振りでもし、隙を窺ってもいいかもしれない。
密かに算段を練り始めたレーベンは操縦レバーを握る手に込めた力を僅かに緩ませる。
そんな時、レーベンは思わず自分の耳を疑った。

「キサマの趣向に口出しするつもりはない……だから私はキサマを特別に可哀想なヤツだとは思わん!
地球人とは色々なヤツが居ると私も知っているからな」


地球侵略以外にイスペイルは個人的に人間の研究を行っている。
その内容はより絞れば人間の心についてであり、人間の感情も範疇に入っている。
元々が科学者だったためかその探究心は強い。
だからこそイスペイルは目星をつけていた。
狂的な程にヴァルシオーネRをつけ狙うレーベンの行為にもなんらかの意味があるのではないか。
死ねとは言うもののこれはもしやアレではないだろうか。
地球の、何かの文献を読み漁っていた時に見つけた資料に書かれた言葉が蘇る。
ゴライオンの動きが丁度止まったこともあり、イスペイルは最後まで言い切ることを決める。
この時点で自分が何か可笑しなことを言っていることに気づく筈もなく、彼はつづけた。



「だから提案だ。お前と私の機体を交換しようではないか!
お前が欲しいのはこの機体なのだろう。この機体で寂しさを紛らわすつもりかもしれんが……まあ、いいではないか。
私もこの機体では色々と不便なのでな。悪い話ではあるまい?」


知識を詰め込む者は時折自らの得た知識が全てと思いがちになる。
科学者であるイスペイルにとってそれは尚更のことだろう。
『愛を超越すれば、それは憎しみとなる』――何故だかここになってイスペイルが思い出した言葉だ。
当時は眉唾ものだと思っていたが、なるほど実際に目の前にすればある程度納得は出来る。
そもそもレーベンとはまともに意思疎通も出来そうになく、彼を深く考えるのは頭が痛くなってくる。
だからこそイスペイルは己の知識にレーベンを当て嵌めることにした。
女を愛するが故に歪んだ憎しみを持ってしまった悲しい人間。
それがイスペイルのレーベンに下した評価だ。


(そう、悪い話ではない。なにせどちらかといえば私の方が損をしている条件だ……!
ヤツの機体の方が損傷は大きい。しかし、もうこの機体は……嫌だ。やはり私には合っていない……!)


右の人差し指をヴァルシオーネRはゴライオンに向ける。
その姿は勇ましく、まさしくヴァルキュリアと呼ぶに相応しい。
イスペイルの自信に満ちた言葉と態度が実に反映されているようだ。
対するゴライオンの動きは完全に止まり、沈黙を貫いている。
考え込んでいるのだろう。除々に余裕が出てきたイスペイルはじっと待ってやる。
その何気なく振りまく優しい気配りが、部下に慕われている密かなポイントなのだが彼は知らない。
やがてレーベンが返答する。


「……キサマ、名前はなんだ?」
「私か? 私はイスペイルだが……」
「そうか……なら――」

先程とはうって変って静かな様子を見せるレーベン。
しかし、イスペイルはなんだか妙な気がしてならない。
人間の言葉で言えば直感というやつだろうか。
何故だか不吉な、それかなり不吉な予感がする。
そしてその予感は――案の定現実のものになった。



「死ねええええええええええええええええええええ! イスペイルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!」


あまりにも的外れな言動をたらたらと流したイスペイルのヴァルシオーネRにゴライオンが迫る。
その勢いはここ一番。女に対する怒りを込めたものと見劣りしない。
侮蔑を、それもよりによって女絡みの侮蔑とは考えるだけでおぞましい。
やはりこいつはここで殺す。最早レーベンに一切の迷いはなく、ゴライオンの右腕が大きく振りかぶられる。

「なに!? 交渉すら出来んとは嘆かわしい!」

対するイスペイルはまだ自分の言ったことは間違ってはいないと思っていないらしい。
だが、そんなことをいつまでも言っていられない。
今まさに繰り出されようとしているゴライオンの右拳から避けようとする。

「くっ、速い!?」

しかし、ゴライオンの速度はイスペイルの目測を遥かに超えていた。
レーベンの怒りの理由を知らないイスペイルにとって彼の変化は予測できない。
咄嗟にヴァルシオーネRの両腕を交差させる。

「ぐあああああああああ!!」

間髪いれずにヴァルシオーネRの華奢な躯体に衝撃が走る。
200万馬力は伊達ではない。たとえ防御しようともダメージを完全に殺し切れはしない。
両腕を損傷させながらヴァルシオーネRは海中へ落ちていく。
ブースター系統が壊れたわけではないためイスペイルは直ぐに姿勢制御に取り掛かる。
されどもその隙を逃すほどレーベンは甘い男ではない。

「地獄の底で後悔するがいい! キサマのようなクズはこれで終わりだッ!!」

いつの間にか十王剣を手に持ち、ゴライオンがヴァルシオーネRへ振りかぶらんとしている。
落下運動による重力の補助を受けていることもあり、ゴライオンの速度は速い。
一方、ヴァルシオーネRのイスペイルは姿勢制御だけで手いっぱいだ。
辛うじてハイパービームキャノンを幾つか撃つに至るが、ゴライオンが止まる気配はない。
被弾しながらもなお接近し続けるゴライオンに、イスペイルは自らの危機を覚えた。


(まさか、こんな場所で……!)


イスペイルには何故か十王剣の動きがゆっくりと見えた。




そして――突如として二本のビームキャノンが両機の間を駆けた。



「チッ! だれだ!?」


横方向から伸びたビームをゴライオンは寸前で避け、レーベンが吼える。
振り返った先に佇むものは一機の黒い小型機だ
バックパックから伸びた二対の鋏が印象的だ。
才能を否定され、新たな世界の創造のために暗躍した兄弟の内、弟の機体。
その名はガンダム、ガンダムアシュタロンHC。


「アナベル・ガトー……見るに堪えん戦場だが、私は私の義を貫かせてもらう!」


そしてアシュタロンHCを駆るは、今は亡きジオンのエース。
ソロモンの悪夢、アナベル・ガトー少佐が戦場へ介入する。



◇     ◇     ◇





ガンダムアシュタロンHCがビームキャノンを撃つ。
巨体ながらもゴライオンはビームを掻い潜り、腕を振るう。
されども機動性ならばアシュタロンHCに分がある。
ガトーの技術も重なりブースターを吹かせながら悠々と避けてみせる。
お返しにと言わんばかりにアシュタロン・HCが再びビームキャノンを発射。
二本とも直撃するが、既にゴライオンは身構えており、さしたる被害は見られない。
アシュタロンHCにはゴライオンの装甲を破壊する出力が。
対してゴライオンにはアシュタロンHCを捉えきる速度が足りなかった。

「チッ、このままでは消耗戦か……!」

アシュタロンHCのコクピットでガトーが苦虫を潰したような表情を浮かべる。
ガトーはイスペイルとレーベンの戦いを数分前から監視していた。
無理に仕留める必要もないが、目につく参加者を逃すつもりもなかった。
優勝するのであればどの道他の参加者を倒すしかない。
故に片方がやられ、消耗したところを狙ってもそれは構わないことだった、その筈だ。
しかし、明らかに一方的な戦局にガトーは介入の頃合いを速めてしまった。

(あの奇妙な機体、連邦のものかはわからん。
だが戦闘用ではないのは確かだ。戦う術も、意志すらも持たん人間を一方的に追撃するなど……やはり見てはいられんな。
私もまだまだということか)

自分の甘さをガトーは実感する。
わざわざ不要な困難を自身に強いることになった自分を悔やむ。
先程は出来た筈だった。たとえガンダムという因縁の敵であろうと、自分も無抵抗の人間を殺そうした。
しかし、今回は出来なかったどころか救助さえもしてまった。
自身の不審な行動に心当たりがないわけではない。
一年戦争時の技術を遥かに超えるガンダムならまだしも、あんなふざけた外見をした兵器など存在するわけがない。
所詮戦闘の機体ではなく後でどうとでも始末出来るとは思えるがそれは都合の良い言い訳だろう。
ならば何故、自分はこの戦場に介入したのだろうか。
だが、考えられる原因は他に何もないわけではなかった。

(フジワラシノブ……ふっ、私としたことがあんな若造に毒されるとは。
だが、ヤツは私が討った。いまさら後ろへ向ける背などもってはいない……!)




先程の戦闘で戦ったパイロット、藤原忍。
カナードが居なければあまりにもあっけなく命を散らすことになっただろう。
藤原は一言で言えば熱い男だった。
腐った連邦の将校とは違い、頑なに真っすぐな意志はジオン軍人の魂にも通じていた。
彼のような若者がこれからのジオンを支えていけばいつか悲願成就の日が来るに違いない。
やはり迷いが生じてしまったのだろう。未熟な我が身を思わず恨む。
あの非戦闘用の機体に藤原のような男が乗っていたらと思わなかったわけではない。
結局は藤原の命を奪った自分が言うことではないだろうが、彼はこんな場所で死ぬべき男ではなかった。

だからこそ彼の未来を奪った自分はなんとしてでも生き残らなければならない。
だが、藤原の事よりもガトーがこの戦いに介入した強い理由は別のことだった。
女、女と狂ったように叫ぶパイロットからは理性の欠片すらも感じられない。
恐らくはこの殺し合いという状況で狂ってしまった愚かなパイロットだろう。
ならば苦しませるのは酷だ。他者に、藤原のような信念を持った人間にとっては邪魔でしかない。
どうせ全ての参加者を倒すであれば、自分が汚れ役を背負うのも些細なことだ。
一旦ゴライオンから距離を取った後、ガトーは操縦桿を倒す。
瞬く間にアシュタロンHCはMA形態へ変形する。

「ちっ、変形した!」
「ただのMSとでも思ったか!」

両方のギガンテイックシザースを開き、ビームキャノンを乱射しながらゴライオンへ迫る。
変形したアシュタロンHCにゴライオンはレーザーマグナムで応戦する。
ビーム砲とレーザーマグナムの応酬が行われる。
ゴライオンはその場に踏みとどまり射撃に専念する構えだ。
しかし、アシュタロン・HCは止まることなくゴライオンへ突っ込む。
レーザーマグナムがかすり、装甲を削っていくが逆にアシュタロンHCの速度は見る見るうちに上昇する。
レーベンがイスペイルを逃がすつもりがないのと同じく、ガトーにもレーベンを逃がす気はない。
遂にはレーザーマグナムの雨を突っ切り、追い抜きざまにギガンテイックシザースを振るった。
ゴライオンの胴を猛烈に殴りつけ、アシュタロンHCは離脱していく。
それは俗に言う一撃離脱の戦法。旋回し、再び戻ってきたアシュタロンHCをレーベンは憎らしげに見やる。

「許さんぞ、キサマああああああああああ!」
「キサマではない! アナベル・ガトーだ!」
「ならば俺はカイメラの若獅子、レーベン・ゲネラールだ! 覚えておけ!」
「笑止! そのような言葉、私が覚えるに値する腕を見せた後にでも言ってもらう!」

迫りくるアシュタロンHCを尻目にゴライオンは更に上昇を掛ける。
続けて右腕を突き出したかと思うとすぐさまその腕から灼熱が生まれた。
ファイヤートルネードによる高熱の渦がアシュタロン・HCへ襲い来る。
突撃を敢行していたアシュタロンHCは急速に減速するが、完全には減らしきれない。
眼前に広がるファイヤートルネードに敢え無く突っ込む形となる。


「ぬぅおおおおおおおおおおおお!!」

ガトーの叫びがコクピット内で木霊する。
同時にアシュタロンHCはマシンキャノンの連射を開始。
牽制用に使われるマシンキャノンで狙いを絞るのは難しい。
だが、ガトーはマシンキャノンをあくまでも乱射するのではなく、ある一点を狙っている。
それは正面の少し上、丁度ゴライオンが居ると思われる地点。
マシンキャノンの一斉掃射によりその部分だけファイヤートルネードの層が薄くなる。
続けてビームキャノンをやはり二本とも発射、更に厚みが無くなった。
そして今度は急速に加速。やや軸を上に向けながらアシュタロンHCが全速で突撃。
身体に襲い来るGの衝撃に口元を歪ませながらも、ガトーはアシュタロンHCの操縦に全てを注ぐ。
やがてマシンキャノンとビームキャノンで薄くなったファイヤートルネードの突破に成功する。
纏わりつく火の粉を振り払うようにアシュタロンHCは再度変形。
右腕にビームサーベルを握りしめ、勢いは殺さずにそのままゴライオンへ斬りかかる。

「もらった!」

頭部を護るように掲げられたゴライオンの左腕を袈裟に斬りつけた。
両断には至らなかったものの、火花を伴った裂傷はハッキリとわかる。
確かな手ごたえを感じたガトーだったが彼はすぐさま次の行動に移る。
追撃ではなくもう一度離脱に意識を。
バーニアを利用し、ゴライオンの頭上をアシュタロンHCが飛ぶ。
止めを焦ることはない――だが、そんな時言いようのない悪寒がガトーを襲う。

「なめるなあああああああああああああああああ!!」
「なに!? やってくれる!」

見れば下のゴライオンがこちらに腕を振り上げている。
反撃は予測できた。しかし、予想よりも圧倒的にタイミングが速い。
事実、近接戦闘を得意とするレーベンの反撃は鮮やかなものだった。
止むを得ずアシュタロンHCは反転し、背部でゴライオンの拳を受けることになる。
拳の衝撃によりアシュタロンHCは吹き飛び、不規則な軌道を描きながらゴライオンから離れるがやがて停止した。
すぐさまガトーはアシュタロンのコンディションチェックに取り掛かる。
充分とは言えないが距離があったのは確かだ。
ダメージは当然あるが通常飛行に問題はない。
やがてアシュタロンHCのカメラアイがゴライオンを見やる。

「レーベンと言ったか。キサマ、カイメラとはなんだ? 連邦の特殊部隊か?」
「連邦だと!? 我々カイメラは新連邦の特殊部隊だ」
「なるほど。やはり連邦の一派か……!」

ガトーが知る知識では新連邦という組織は存在しない。
しかし、名前から察するに連邦の流れは汲んでいるに違いない。
信じがたいがアシュタロンHCの存在は、既にガトーにいつぞやの未来にもガンダムはあると示している。
ならばガンダムをフラッグマシンとして擁する連邦も存在しているのだろう。
更に醜く膨れ上がった連邦の成れの果てでもいったところだ。
我々ジオンはやつらに掃討されてしまったのだろうか。
その事実に悔しさを覚えずにはいられないが、今は目の前の戦いに集中するしかない。
先程の動きを見ればこのレーベンと言う男は新兵ではなく、明らかに実戦経験を積んだ兵士なのだから。
もはや聞きたいことは終えたといわんばかりのガトーだったが、レーベンが再び口を開く。


「だが、勘違いするな! 俺は新連邦などに属したつもりはない! 全てはエーデル准将のために、
いずれエーデル准将がお創りになる世界のために……俺はこの身を捧げるつもりだからだ!!」


ガトーにはエーデルという人間に心当たりはない。
したがってそのエーデルが一体どういう思想を持つ人間なのかもわからない。
だが、わかることはあった。
機体越しに伝わってくるはレーベンの強き意志。
一途なまでに強大なそれは信念というには最早生温い。


「見ろ! この俺の戦化粧を! これこそが俺の全て……エーデル准将への想い!!
この想い、キサマらごときクズどもがいくら集まろうと決して消せはしない!!」


思わずガトーは息をのむ。
唐突に転送された画像には金髪の青年の姿があった。
おそらくはレーベン・ゲネラールの素顔なのだろう。
しかし、何よりもレーベンの顔に施された真っ赤な戦化粧がガトーの注意を惹く。
更に両目はまるで研ぎ澄まされた太刀のように光り、ありあまる闘志を感じられる。
まるで獅子だ。それも負い目ではなく、躍動感に溢れる獅子だ。
レーベンという人間をただの狂人だとは思っていたが、ここにきてガトーは己の考えが違っていたのだと考える。
だが、ガトーの戦意が消失することなど、有り得るはずもない。
確かにレーベンの気迫は凄まじいものだが、ガトーにも譲れないものがある。

「レーベン・ゲネラール、その意気やよし! だが、キサマに忠義を誓う君主が居るように私にも居るのだ!
いや、君主だけではない、私は国家のために戦っている!
三年……三年待ったのだ。死んでいった同胞達に報いる日を迎えるまで、私は死ぬわけにいかん!!」


宇宙世紀0079年、後に一年戦争と呼ばれる戦争。
ガトーにとっては苦い負け戦であり、全てはあの時に止まってしまった。
ジオンの理想は、自らの命を預けるに相応しいと信じた理念が。
それがようやく成就しようとしている。
こんな殺し合いになど興味はない。
だが、ジオン再興の日を見届けるためにはこの場で生き残らなければならない。
そのためなら、たとえどんな信念や義を捧げる者であろうとも負けるつもりはない。
そう、たとえばこの獅子のように闘志を剥き出しにする若者を目の前にしても――何があろうとも、絶対に。
再度レーベンを倒すべき敵と認識し、ガトーは猛々しく叫ぶ。


「こい、カイメラの若獅子よ! キサマの信念、ジオンのアナベル・ガトーが討ち砕いてくれる!!」
「フン! いいだろう! 望むところ――――――――だ……?」



しかし、そんな時レーベンが素っ頓狂な声を上げる。


何事かと思いガトーはゴライオンを観察する。
見ればゴライオンはとある方向をじっと見ていた。
その先には一機の起動兵器、白い機体とピンク色の毛髪が嫌でも目を引く――。







それはこそこそとこの場から離れようとしているヴァルシオーネRの姿。
丁度海の上でバチャバチャと腕と足をかき、犬かきのような格好で。
イスペイルはヴァルシオーネRを泳がせて逃走を図っていた。




◇     ◇     ◇




ゴライオンとガンダムアシュタロンHCが戦っている最中、ヴァルシオーネRは海中に沈んでいた。
アシュタロンHCの介入により十王剣の一撃を貰わなかったため致命傷はない。
だが、反転上昇は間に合わず、敢え無くヴァルシーネRは敢え無く海に墜落していたわけだ。
その理由は既に助かる筈もないタイミングだとイスペイルが半ば諦めていたことがあげられる。
というか、ぶっちゃけそれだけだった。

「くっ、やつらめ……ことごとく私を無視しおって……!」

結果的に助けられたがイスペイルにあまり良い気はしない。
なにせ両機とも自分に目もくれていないのだ。
これでは追撃を恐れて直ぐにでも上昇しようかと思った自分が悲しくなってくる。
しかし、ヴァルシオーネRが全く戦えないというわけではない。
いっそのことこのままあの戦いに乱入し、奴らに自分の力を見せてやろうかと思った。
ジョーカーとしてのノルマもいずれは果たさなければならないのだから。
だが、迂闊に飛び込んではうっかり流れ弾に直撃する可能性もある。
もう少し様子を見てもいいだろう。
怖いわけではないが、二機の注意を引かないようにイスペイルは除々にヴァルシオーネRを移動させていた。
バーニア類は使わずあくまでも四肢の駆動で、要するに海上を漂うといった形でだ。

「ふむふむ、向こうはアナベル・ガトーか……覚えておこう」

そんなこんなで色々と情報が入ってきた。
なにせ上空の二機は音声を外部にダダ漏れで戦闘を行っているのだ。
その音はイスペイルに嫌でも聞こえ、彼はアシュタロンHCのパイロットであるガトーの名を記憶する。
向こうはレーベンとは違い、自分の危機を救う形となったのだ。
一度くらいは見逃してやってもいいかもしれない。
下らない算段を練っている中でも依然として両機の戦闘は続いている。




『こい、カイメラの若獅子よ! キサマの信念、ジオンのアナベル・ガトーが真っ向から討ち砕いてくれる!!』


ガトーの咆哮は当然イスペイルにも届いた。
勝負をつけるつもりかもしれない。
ならば周囲への被害は今まで以上のものになるだろう。
しかし、相打ちでなくとももう片方も損傷は残る筈だ。
漁夫の利を得るためにも、あまり離れすぎず、安全を確保できるように、
またそれでいてやはり二人の注意を引かないようにするにはやはり泳ぎだろう。
既にヴァルシオーネRを泳がせるに慣れたイスペイルは両機からさらに離れる。
外見とは裏腹にあまり華麗な泳ぎでないことにはこの際目を瞑って欲しい。
そんな時だ。強烈な視線をイスペイルが感じたのは。


『フン! いいだろう! 望むところ――――――――だ……?』


後ろを振り返りたい。
だけども振り返られない。
振り返ってしまえば絶対に後悔すると思ったから。
だからイスペイルは気を取り直して泳ぐのを続けた。
しかし、予想に反して何も起こらない。

(き、気のせいか。なんだかとても悪い予感がしたのだが……ま、まあいい!)

ホッと安堵するイスペイル。
だが、彼はレーダーモニターを見る勇気はなかった。
まあ、どっちにしろ見る必要も――なかったのだが。



「逃がさんぞ、キサマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



もう二度と聞きたくないレーベンの叫びが、背後からイスペイルを襲った。


◇     ◇     ◇


「タスク、機体の調子はどうかしら?」
「万事オーケーっス、姐さん!」

ガルムレイド・ブレイズに操縦するヴィレッタが通信を送る。
それに答えるのは二度の気絶を体験したタスクだ。
ただし二回目は無理やりに起こされたという違いはあるのだが。
そして二人が現在いる場所はエリアC-2。
彼らは周囲の探索を行いながら、地図を見たうえで生じた疑問の答えを確認しようとしていた。

「ところで姐さんはどうなっていると思いますか?
俺はやっぱ端っこは行き止まりになってるんじゃないかって思うんですけども」
「そうね……まあ、直にわかることだわ」

参加者に配られた地図の端はどうなっているか。
極めて自然な質問だが知っておくに越したことはない。
よって共に飛行を行える機体でもあるので二人は確認する事に決めた。
ここまでは特に異常なし。出会った人間も一人も居ない。
だが、そんな時先行していたガルムレイド・ブレイズのレーダーに反応があった。

「接近する機影を確認……! タスク、何か来るわ!」
「了解! さぁ~て、どうなることやら……!」

ガルムレイド・ブレイズとビッグデュオが共に臨戦態勢を取る。
ヴィレッタが言った通り、前方からは何かの音が響き、タクスに緊張が走る。
飛び出してくるのはユウキ・ジェグナンのような信頼できる仲間か、
はたまた有無を言わさず襲ってくるようなヤツか。
生来の博打好きが故に吉と出るか凶と出るかの状況に、僅かに興奮を覚えるが冷静さは損なわない。
操縦桿を握る手に込めた力が一段と強くなり、やがてタスクは迫りくる来訪者達を確認する。

「女! どこだここは!?」
「知らん! 私が知ってたまるか! そもそもお前が追ってくるからあの壁がなんだったかわからなかったのだ!!」

タスクとヴィレッタにはわからないが二機は会場のループにより此処まで辿りついていた。
だが、問題はそこではなくこの二機が一体何なのかだとタスクは考える。
一方はリューネ・ゾルダークの機体、ヴァルシオーネR。
もう一方はサイズを考えるとジガンスクードのような特機だ。
タスクには両機から聞こえる声に心当たりはないがわかることはある。
あんまり関わり合いになりたくない。タスクは本能的にそれを悟った。
追っている方も追われている方も、普通じゃないような気がする。
失礼だとは思うけども、両者の様子からタスクはそう受け取った。

「そこの二機、止まりなさい!」

ガルムレイド・ブレイズを全面に出し、ヴィレッタが逸早く制止を掛ける。
内心どうしようかと悩んでいたタスクはヴィレッタの判断の速さに感嘆する。
やはり頼りになる上官だ、と思わずにはいられない。
ビッグデュオよりも小さいながらもガルムレイド・ブレイズから確かな頼もしさが感じられた。
これで奴らも少しは落ち着くか。そんな事を思いながらもタスクは慎重に状況を見守る。


「むっ、もしやその声は……?」

ヴァルシオーネRからは訝しげな声が聞こえた。
少なくとも知った声ではないが、ヴィレッタの知り合いなのだろうか。
まあ、どこか謎がある彼女ならどんな知り合いがいても可笑しくはない。
だが、その次に飛び出してきた言葉にタスクは唖然となった。


「その声!? キサマ――女かアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


今まで女性型の起動兵器をつけ狙っていたレーベンが更なる怒りを見せる。
レーベンが何よりも嫌うのはエーデル以外の生身の女だ。
声色からしてヴィレッタを憎むべき女とだとレーベンは断定する。
ヴァルシオーネに撃ち放っていたレーザーマグナムの照準をガルムレイド・ブレイズへ。
更には足を向けて無理な体勢を取ってまで、フットミサイルすらも撃ち放つ。

「くっ!」

既に回避出来るタイミングではない。
レーザーマグナムとフットミサイルの衝撃によりガルムレイド・ブレイズが吹っ飛ぶ。
その後をゴライオンが追いすがる。
大きさ故に嫌でも目につくビックデュオを追いぬいたあたり、余程女という存在が気に食わないのだろう。
当然タスクがレーベンの行動を黙って見ているわけもない。

「待ちやがれ! てめぇよくも姐さんを――」
「タスク! 後方からまだ!!」
「な、なんだって!?」

直ぐに援護に出ようとするタスクをヴィレッタが諌める。
慌ててレーダーに目を向けるタスク。
しかし、確認するよりも早くビッグデュオに衝撃が走った。
起点はビッグデュオの背部。方向からしてレーベンのゴライオンではない。
そもそもゴライオンはいままさにガルムブレイド・ブレイズに殴りかかろうとしている。
ならば一体誰が――答えは直ぐにわかった。


「エリアC-2だと……原理はわからんが、まあいい。私のやるべきことは変わらん!」


レーベンがループによりやってきたようにガトーも此処に辿りついていた。
今しがたビームキャノンを放った、MS形態のガンダムアシュタロンHCがビックデュオと対峙する。
悠然と構えるアシュタロンHCからはこれといった隙は見られない。
こいつはかなりやる相手だ。直感的にタスクはそう悟るが、駄目もとで通信を開く。


「俺はタスク・シングウジ。あいにくだけどアンタと殺し合いをするつもりなんかねぇ。
だから見逃せ……っていってもどうせ見逃してくれないんだよなぁ?」
「ふっ、わかっているのであれば無駄な口を開かんことだな、若造」
「ゲェ!? やっぱりそうきますか」

短い会話が終わった途端、アシュタロンHCがビッグデュオへ突っ込む。
更に二門のビームキャノンによる砲撃というオマケつきだ。
タスクにとって予想出来た展開ではあるが全然嬉しくもなんともない。
気を取り直して胸部に装備されたガトリングミサイルで応戦。
サイズの違いもあり、一発でも受ければ危ういミサイルの雨がアシュタロンHCを襲う。
対するアシュタロンHCは咄嗟に変形する。
更に下降し、掃射されたガトリング砲を掻い潜る形で空を駆けていく。
その速度は凄まじく、敵であるというのにタスクがガトーに掛かるGを心配してしまう程だ。

「くそ! こっちはパワー自慢の特機なんだ。そうチョロチョロ動かれたら困るって!」
「無論、それを狙っている!」
「ちっ、いちいち反応してくれるとは、ずいぶん律儀な方でえええええええええええええええええッ!!」

やがてガトリングを避けるだけでなく、アシュタロンHCはビッグデュオの下方すらに潜り込む。
今度は一転して上昇。ビッグデュオの背部と並行する形で上空を目指す。
同時にビームキャノンを撃ち、避けようのないビックデュオの背部が砲撃にさらされることになる。
揺れるコクピット内でタスクは舌打ちを撃ちながらも、ビックデュオの頭部を動かそうとする。
両目部分に装備された超光熱線、アークラインによる反撃を考える。
だが、そんな時ビッグデュオのレーダーがとある反応を示す。
そういえば何か忘れていたような気がタスクにはしてならなかった。






「キサマら……ことごとく私を無視しおって……! もういい! ならば私にも考えはある。
ここらでスコアを稼がせてもらおうではないか!!」


宙に浮かんだヴァルシオーネRの中でイスペイルが憤慨する。
度重なる冷遇の末にイスペイルは所謂やけくそな状態に陥っていた。
気がつけばヴァルシオーネR自身も可愛らしく怒っている。
この光景はリュウセイ・ダテにとっては喜ばしいものに違いないが、タスクにとって全く嬉しくはない。
何故なら自分の予感が当たっていた。
ヴァルシオーネRの予備動作に覚えがあったのだから。
両肩に装備された円形のユニットに光が集まる。
それぞれ右肩の方には青い光を、そして左肩には赤い光を、
くびれた腰をまわして、回転を加えながらヴァルシーネRは右腕を突き出す。
それこそが合図、二輪の光輪が唸りをあげながら射出される。


「クロォォォォォォスソーサー!!」


変則的な軌道を描きながらクロスソーサーがビッグデュオを襲う。
判っていたもののビッグデュオに避ける術はなかった。
空中戦に特化したビッグデュオではあるがその巨体ゆえどうしても格好の的になりやすい。
後方に退くことで少しでもクロスソーサーの直撃のタイミングを遅らせる。
だが、可愛らしい外見はしているものの、ヴァルシオーネRは最強ロボ・ヴァルシオンの兄弟機だ。
依然として回り続けるクロスソーサーは容赦なくビッグデュオの胸部装甲を抉る。
コクピットブロックが胸部に存在するため、あまりダメージを受けるのは不味い。
しかし、そんな時上空から伸ばされたビーム砲がビッグデュオの頭部を直撃する。

「私が居ることを忘れたか!」

そうだった。未だにガトーのアシュタロン・HCは健在だ。
いつのまにかアシュタロン・HCとヴァルシオーネRに囲まれる形となってしまった。
勿論ガトーとイスペイルが事前に打ち合わせたわけではない。
ただ一際大きなビッグデュオを先ずは潰しておこうと判断したのだろう。
単独では火力が足りずとも、二機掛かりなら充分に勝機はある。
あくまでも推測でしかないが、決定的なのは自分の状況が危機以外のなにものでもない事だ。


「く、くそ、ヴィレッタ姐さんの方も気になるってのにしかたねぇ! 俺もちょいと腹くくってやらぁ!
男、タスク・シングウジ……やる時はやるってこと、見せてやるぜ!!」


先程吹き飛ばされたヴィレッタへの心配を忘れずに、タスクは操縦桿を強く握りしめる。
今は自分に出来ることを、自分でやりきるしかないのだから。
誰にも頼らず、ただ自分だけの力をタスクは一重に信じ、ビッグデュオにその命を預ける。



◇     ◇     ◇

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最終更新:2010年01月28日 12:29