「いけ、ファングナックル!」
ガルムレイド・ブレイズが右腕のファングナックルを発射する。
二形態の内、現在はS形態を取っているガルムレイド・ブレイズ。
TEソフィアによる防御はあるものの、青い躯体の至る所に見られる損傷がゴライオンの猛攻の跡を示している。
ウルフヘッドを模した拳が牙をむき、その獰猛な口を開きながら一直線にゴライオンへ飛ぶ。
エリアC-2の北部から始まった戦闘は西部までに移動している。
その間のゴライオンとの戦闘経験からヴィレッタは先ず直撃のコースだと推測する。
事実、ゴライオンにファングナックルを避けようとする動きは見られない。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
元々レーベンにファングナックルを避わすつもりはなかった。
一歩も退くことなく、ゴライオンが大きく右腕を振りかぶる。
向かってくるファングナックルとタイミングを合わせ、真っ向からぶつかる。
そう、レーベンはゴライオンの右腕でファングナックルを撃ち返した。
ファングナックルは堪らずガルムレイド・ブレイズの右腕に戻る。
右拳だけとはいえ勢いを全く意に介さず、殴り返したゴライオンの馬力はやはり強烈なものだ。
思わずヴィレッタは下唇をかみしめる。
「どうした女! その程度か!?」
加えて操縦者の方も厄介だ。
確かレーベン・ゲネラールと此処に来るまでに名乗っていた。
先程より少しは落ち着いているようだがそれでも面倒なことに変わらない。
だが、このレーベンは出来るだけ迅速に突破、もしくは撃破しなければならない。
分散することになったタスクとの合流を目指す必要があるためだ。
そして気がかりな事はまだあった。
(先程私の声に反応した参加者……たしかイスペイルという男だったハズ。
タスクにジョーカーのことが知られたら、面倒ね……)
レモン・ブロウニングにより指名された7人のジョーカー。
十六時間以内に同じジョーカー以外の参加者を二人殺さなければ首輪が爆発されるルール。
ヴィレッタはそのルールを押しつけられた一人であり、同じ境遇の者がヴェルシーネRに乗っていた。
確認したわけではないがあの特徴的な声はイスペイルという男だろう。
あれでタスクは勘のいい青年だ。あの時、自分の声に反応したイスペイルを疑問に思ったかもしれない。
もしタスクがジョーカーのルールを知ってしまえば自分は選択しなければならない。
即ちタスクとこのまま行動を共にするか、ジョーカーとして他者と戦っていくかを。
だが、生憎ヴィレッタの選択は未だ決まっていない。
(結局は答えが出なかった……時間はあったというのに。
タスクに知られずとも、決めなければ……そう、すぐにでも……!)
タスクが気絶していた間、ずっと考えていた。
不用心に気を失うタスクを殺せばノルマの半分は達成される。
考えたくはなかったが、自分でも驚くほどにその考えは自然に零れ落ちた。
しかし、裏切りたくはないという強い思いが実行には移さなかった。
タスクを含め仲間達は、エアロゲイダーの二重スパイとして活動した自分を受け入れてくれた。
そんな彼らをもう一度裏切りは、それも殺すなどは到底出来ない。
だけども、レモンの言っていたノルマを実行しなければ自分はここで終わってしまうだろう。
異星人の一種と思わしきテッカマンランスをいとも簡単に殺した、首輪の爆弾は今でも首に巻きつけられている。
首輪を外せばノルマに従う必要もないが、ここまでの事を仕込む彼らがそれを許すとは思えない。
懸念材料が多い現状では、結局、ヴィレッタはまだ決められはしない――。
「何を呆けている! 女アアアアアアアアアアアアアア!!」
迂闊だったと咄嗟にヴィレッタは自らの行為を悔やむ。
ジョーカーとしてという特殊な身の上から思考に没頭してしまったヴィレッタ。
ヴィレッタが見せた隙は当然ガルムレイド・ブレイズの動きにも伝わり、レーベンはそこを狙った。
ゴライオンは腕を振りかぶり、持っていた十王剣を思いきり投げつける。
充分に乗せられた勢いが十王剣に強力な加速をもたらす。
避けきれない。ヴィレッタの判断は間違ってはいなかった。
TEスフィアを破り、ゴライオンより下方を飛行していたガルムブレイド・ブレイズの肩に十王剣が突き刺さる。
体勢を崩したガルムレイド・ブレイズにゴライオンは更に追撃をかける。
右腕を十王剣へ伸ばし、強引に引き抜くだけでなく右脚で蹴り飛ばす。
「ちっ、この……!」
「こんどこそ本当に終わりだ! 所詮エーデル准将以外の女など、生きる価値などないッ!!」
ガルムレイド・ブレイズが見る見るうちに海上へ落ちていく。
ゴライオンは再び接近。十王剣を逆手に持ちかえ、そのまま振り下ろす。
ガルムレイド・ブレイズの胴体を串刺しにせんと迫る。
堪らず両肩のビームキャノン砲と腰のビームバルカンを乱射するが、ゴライオンは損傷をものともしない。
鬼気迫る勢いを以ってして突撃するゴライオンは既に攻撃に一身を捧げている。
ヴィレッタが己の危機を悟った瞬間、ガルムレイド・ブレイズの下方に存在する海で水しぶきが舞い上がった。
「熱源反応!? これは……!」
驚くヴィレッタを尻目に海中から何かが飛び出す。
一本の赤いドリルが海水を出鱈目に撒き散らし、ゴライオンへ向かっていく。
続けて見えたものは白に染まった強大なショルダーアーマーに、黒を基調とした躯体。
背部には先程飛んできたものと同じく血に染まったように赤いドリルがある。
何よりも鬼と相応しき顔面から覗く緑眼がこちらを見上げている。
両目を見張るヴィレッタには見覚えがあった。
それは武人と称するに相応しい男と死闘を繰り広げた人造人間の専用機。
アースクレイドルに座する主の敵を断つ、斬艦刀を持ちしその機体の名は――スレードゲルミル。
「俺はザフト軍ミネルバ隊所属のシン・アスカ! アンタたち、レイ・ザ・バレルを知らないか!? 知っていたら教えろ……拒否は許さない!!」
パイロットはザフトのスーパーエース。
そして悲しき復讐者、シン・アスカ。
紅に染まった両眼がガルムレイド・ブレイズとゴライオンを鋭く睨みつける。
◇ ◇ ◇
そこは真っ暗な海の底だった。
周囲に居るものは自由気ままに泳ぐ魚やサンゴ礁ぐらい。
もし、死んだあとにこうやって海に沈んだらゆっくりと眠れることだろう。
憎しみも争いも何ものかも忘れることが出来て、いつまでも安らかに。
海の流れにスレードゲルミルを任せ、その中でシンはそんなことを考えていた。
(フリーダムは討った……この手で、確かに……)
ニュートロンジャマーキャンセラー搭載機、フリーダム。
かつて血のバレンタインと呼ばれる悲劇から起きた戦争中に奪取された機体。
シンにとってフリーダムは全てを奪い、また今の自分をつくらせた存在でもある。
ザフトと連合の戦地となった永久中立国オーブ。
一般の民間人でしかなく、戦火から逃れようとしたシンはそこで家族を失った。
父を、母を、そしてたった一人の妹すらも。彼女が伸ばした細い腕を掴んではやれなかった。
全てはフリーダムが起こした戦闘の流れ弾のせい。
だからこそシンは願った。守れる力を、大事なものを奪おうとするものを倒せるだけの力を。
出来るだけの努力は続け、その結果がザフトの士官学校での首席卒業を可能とさせた。
もう二度とあんな悲しい想いは繰り返さない。フリーダムのようなヤツは必ず、自分で斃す。
ただそれだけを願い、妹の面影を忘れずにシンは戦い続けた。
そしてシンはようやくフリーダムを斃すことに至った。
その筈だった。
(だけど俺は……)
しかし、喜びはなかった。
残ったものはどうしようもない空虚感のみ。
ずっと燻っていた願いを果たせたというのに。
理由は痛いほどわかっている。
ドモン・カッシュ、そして自分のために死んだジャミル・ニートの存在がしこりとして残っている。
彼らは自分に殺し合いに乗るなと言った。
一般の良識に当てはめれば彼らの言い分が正しいのだろう。
だが、ここでは常識など通じない。人一人の頭が四散したことで全ては始まった。
この異常な状況で良識を持って行動できるほど、シンは器用に自身の感情を抑えられない。
なによりも今度こそ護ると誓った少女のために、死ねるわけにはいかなかった。
既に何分経ったのかもわからない。
ぼんやりとした目で計器を見やる。
どうやらいつの間にか隣のエリアに流れていたようだ。
機体の方はというと――問題ない。マシンセルがずっと修復を行っていたようだ。
ドリルブーストナックルを撃つぐらい問題はない。
だが、問題があるといえばシン自身の方だ。
フリーダムを斃せたというのに、結局は得るものはなかった。
復讐をやり遂げてもこんな結末が待っているのはなんとなくわかっていたがやりきれない。
両親や妹のマユが戻ってくると信じたわけでもない。
だけど、何かが欲しかった。
どんな些細な事でもいい。せめて自分がフリーダムを斃せたことで何かが変わって欲しかった。
たとえばザフトと連合の下らない戦争の終結が一日でも速まるような変化が。
青春の全てをなげうって、鍛えぬいた技術に一定の成果があっても良かった筈だ。
戦って、戦い抜いて、そうして進んだ先に待つものがこの空虚だけだとしたら。
自分は一体何を求めて戦っているのか……それすらもわからなくなってしまう。
想像するだけでどうしようもなく怖かった。自分を導いてくれる何かが欲しいと強く思う。
ドモンやジャミルがいくら自分に立派な言葉を投げかけてくれたとしても、結局彼らは赤の他人だ。
あの皆城総士のように、本心では何を考えているかなんてわかりやしない。
しかし、あいつだけは違う筈だ。
(レイ……どこに居るんだ。俺はどうすればいい……教えてくれ、レイ。
スレードゲルミルは俺に何も教えてくれない……お前の、お前の言葉なら俺は……)
レイ・ザ・バレル。あまり社交的ではないシンにとっての数少ない友人の一人だ。
士官学校時代からの同期でありその縁はかなり深い。
いつだってレイは冷静で、大抵のことは彼が言うとおりだった。
それはミネルバ隊に配属された後にも変わらない。
レイともう一人の同期、ルナマリアと共にザフトとして戦うと決めた。
ザフトの勝利を勝ち取るために、ギルバート・デュランダル議長の理想を実現するために、
そしてもう二度と大切な存在を失わないために。
あの頃の自分なら迷うことはない。
レイが進むべき道を指し示してくれれば、自分はそれに向かうだけだ。
だから当面の目的はレイとの合流だ。
襲われれば勿論迎撃する。ただ、問題は目の前で戦闘を目撃した際について。
レイ以外の人間は直ぐには信用できない。
たとえ危ういところを助けても絶対に裏切られないとは言い切れない。
だが、他者と接触すればレイの情報を得られる可能性もある。
レイなら自分と違って上手く立ち回っていることだろう。
出会った人間に言付けを頼み、自分を捜していてくれているかもしれない。
取り敢えずの思考は纏まった。
何十分かの静寂がシンの瞳に再び灯を宿させる。
まどろみを振りきり、シンはスレードゲルミルを海上へ飛ばそうとする。
そんな時、けたたましい声をスレードゲルミルのセンサーが捉えた。
『何を呆けている! 女アアアアアアアアアアアアアア!!』
一瞬唖然とするシン。
だが、直ぐに気を取り直して上を見やる。
センサーからは何かがぶつかり合う音が聞こえた。
戦闘だ。先程、自分が身を置いていた暴力の渦が頭上に広がっていた。
やるせなかった。結局は皆戦うことを望んでいると思ってしまったから。
襲う奴は必ず一人は居る。人間だから、周りは皆他人だから。
何も自分だけじゃない。自分のようにただ自分勝手に誰だって戦っている。
死にたくはないから、守りたいものがあるから、ただそれだけだろう。
自分もその一種と自覚するシンにそれを否定するつもりはない。
なら戦ってやるだけだ。真っ向から自分の守りたいものを他人の望みより優先させるために。
ひどく自分勝手なエゴに塗れた考えだが仕方ない。
レイの言葉を聞くまでの間、そのぐらい単純な方針でないと迷いは生じてしまう。
所詮は斃すべき敵でしかないドモンとジャミルの言葉に心を動かされてしまったのがいい例だ。
だから――レイと出会うまで精いっぱいこの状況を足掻く。それだけだ。
スレードゲルミルの両眼が一際鋭い輝きを放つ。
(やってやる……やってやるさ。目についたヤツ全員からレイの情報を聞き出す。口を割らないヤツは……後悔させるまでだ……!)
咆哮を上げながらスレードゲルミルは真っすぐ海上を目指す。
依然として己の道を彷徨う怒れる瞳が、剣鬼を再び戦場へ飛びこませる。
◇ ◇ ◇
「レイ・ザ・バレルですって……!」
「知っているのか、アンタ!?」
思わずシンの声が張り上げられる。
ヴィレッタを助けることになったのは偶然でしかない。
その偶然にも助けたヴィレッタがレイの言葉に反応を示した。
直ぐにでもレイの情報が入るかもしれない。
何よりもレイとの合流を目指すシンにとって紛れもなく幸運なことだった。
「いや、私は……」
「はぁ? 何を歯切れの悪いコトを言って……知っているのか知らないのかどっちなんだ!」
しかし、ヴィレッタの返答はなんとも不明瞭なものだ。
レイ・ザ・バレルのことは当然知っている。
何処に居るかはわからないが彼もまたジョーカーの一人だ。
レイについて話すということは当然ジョーカーの存在が露呈されることだ。
同時に自分もジョーカーであることも知られてしまう。
けれどもヴィレッタは未だ自分の身の振り方を決めてはいない。
この状況でジョーカーの存在を口に出してもいいものか。
一瞬の沈黙。ヴィレッタにとってはあくまでも一瞬でしかなかった時間。
だが、シンにとってその時間は長く感じられ、ヴィレッタへの疑惑を膨らませることになる。
「そういうことかよ……! 助けてやったのに、俺なんかに話すつもりなんかないってことかよ!」
「違う! ただ――」
「うるさい! 違うもんか! 信じられるものか!!」
表面上はあくまでも冷静を貫くヴィレッタの態度がシンの激情をますます駆りたてる。
シンは只でさえ頭に血が昇りやすく、そこにレイの情報も加わっている。
碌に喋ろうとしないヴィレッタにシンは敵意を露わにする。
最早取りつくしまもなく、シンはただその暴力に身を任す。
既に戻ってきていたドリルブーストナックルを腕に、それも今度は両腕に装填。
両腕を同時に振りかぶり、ガルムレイド・ブレイズだけを真っすぐと狙う。
「言っただろ、拒否は許さないって!」
一本でさえ強力なドリルブーストナックルが二本同時に発射。
凄まじい回転の果てに生まれる赤い火花が空に軌跡を残す。
反射的にヴィレッタはTEスフィアによる防御を選択。
TEスフィアの出力が間に合ったせいか、寸前のところで侵攻を喰いとめる。
流石はゼンガー・ゾンボルトとのダイゼンガーと互角に張り合った機体だけのことはある。
しかし、そこに更なる追撃が爆風をもって襲い来る。
「どけ! そいつは俺の得物だ! 女はこのレーベン・ゲネラールが殺してやる!!」
「くっ! 邪魔するなよアンタ!!」
声高らげに叫ぶはゴライオンを操縦するレーベン。
抜け目なくゴライオンのフットミサイルをガルムレイド・ブレイズに撃ちこんでいる。
またそれはガルムレイド・ブレイズだけでなくスレードゲルミルの方へにもだ。
レーベンにとってシンは女の殺害を邪魔立てしただけで殺す理由には充分すぎる。
シンに臆する理由もない。直ぐにレーベンに反撃を行おうと考える。
先ずはこれが終わってから――やはり信用に値しなかったヴィレッタに後悔の念を植え付けるために。
遂にはフットミサイルの威力も相まってTEスフィアが破られる。
両のドリルブーストナックルに喰いこまれたガルムレイド・ブレイズへスレードゲルミルが猛追をかけた。
胸部を抉るとらんとばかりに暴れ狂うドリルブーストナックルが耳障りな音をあげる。
「女アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「アンタのせいだ……アンタがレイについて話せば、こんなことにはあああああああああッ!!」
ガルムレイド・ブレイズは漸くドリルブーストナックルを振り払うがそこには悪夢のような光景があった。
スレードゲルミルだけでなく、ゴライオンまでもこちらへ向かっている。
奇しくも先ずはガルムレイド・ブレイズから始末しようと考えたのだろう。
ヴィレッタの頬を思わず冷や汗がつたう。これを危機と言わずになんと言えばいいか。
頭部の赤熱線・ブラッディレイやビームキャノン、ビームガトリングで応戦するが止められない。
依然として迫る危機の中、ヴィレッタは一つの案を捻り出す。
(こうなったらレイ・ザ・バレルのことをあのシン・アスカに……!)
幸い此処にはタスクは居ない。
自分がジョーカーであると露呈してもここで仕留めれば問題はないだろう。
そうすればノルマも達成出来、考えるための時間が延びる。
悪くはない考えだ。少なくとも仲間への裏切りよりか心が痛むことはない。
ジョーカーであることについての告白をシンは今更信じようとはしないかもしれない。
しかし、このままではいずれ撃破まではいかずとも今後の行動にも支障が出る。
とにかくこの状況を打破しなければ何も始まらない。
スレードゲルミルとゴライオンへの反撃を練りながら、ヴィレッタはガルムレイド・ブレイズの操縦桿を握った――。
「――知ってるか? 真打ちは遅れてやってくるのがお約束だってことをなぁ!!」
陽気な声が周囲一体に響く。
やがてやってきたものは衝撃ではなく轟音の群れだ。
それはヴィレッタの前方からではなく後方からやってきた。
言いようのない数のミサイルの大群にスレードゲルミルとゴライオンは停止を余儀なくさせる。
巨大なプロペラ・ユニットによる飛行でやってくるは赤い巨人。
最強と呼ばれしメカデウス、THE BIGの内一機、ビッグデュオ。
そしてそのパイロットはギャンブル好きな、陽気でどこか憎めない男。
「てめぇら! よってたかって姐さん苛めるとは……いい度胸してるぜ!!」
「タスク!?」
「アイサー! 遅れてすんません、姐さん」
タスクがビックデュオを強引にガルムレイド・ブレイズの前へ押し出す。
胸部からのガトリングミサイルの掃射は依然として続いている。
絶好の機会を失ったスレードゲルミルとゴライオンはミサイルをやり過ごすしかない。
スレードゲルミルは即座に斬艦刀を形成し、ゴライオンは円形のシールドを翳す。
しかしそれでもビックデュオのガトリングミサイルの威力は無視出来るものではなく、二機は除々に後退を余儀なくされる。
「助かったわ、タスク……それで、さっきの二機は?」
「たたき落としてやったっス! こうガツーンと一発って感じで。まあもう一方は見失っちまいましたけども……」
「そう、それは頼もしいことね」
確かに後方を確認しても機影は見当たらない。
ビックデュオの各部にはビーム痕を始め様々な損傷が見られるが、タスクの言うとおり無事切り抜けられたのだろう。
ヴィレッタは安堵するがそれはタスクの救援が間に合った事だけではない。
ジョーカーについての告白。それを行う必要がなくなった意味合いも含んでいた。
だが、このままで良いというわけでもない。
いつかは決めなければ、タスクとの間にもなんらかのトラブルが起こる可能性もある。
後回しにするのも今回で終わらせるべきだ。
「ちっ! さっきのヤツか! だが、このレーベン・ゲネラールの邪魔立てするヤツは容赦せん!
俺のエーデル准将への想いはこんなものではない!!」
そんな時、ゴライオンが更に上昇しビックデュオへ突撃する。
スレードゲルミルは何故か止まったままだがタスクの注意はゴライオンの方だけだ。
タスクと同じくヴィレッタも狙いをゴライオンに絞る。
今までは数の違いやレーベンの気迫に押されていたがやられるだけではない。
エアロゲイターの切り札ともいうべきSRXチームの隊長を、伊達や酔狂で務めているわけではない。
己の創造主、もう一人の自分というべき存在から預かった契約は、未だ終えていないのだから――。
既に目を通しておいたマニュアルに記載された一文が鮮明に蘇る。
そのコードは――イグニッション、点火を指し示すワード。
「リミッター解除――イグニッション! ヒオウ! ロウガ!」
緑色のカメラアイが発光した後、ガルムレイド・ブレイズが吹き荒れる灼熱を身にまとう。
自然界四つの力に次ぐエネルギーであるターミナス・エナジーはどこにも存在する。
故にそのターミナス・エナジーを動力とするターミナス・エンジンは言うなれば永久機関。
限界のない力が内部でまるで炎のように燃え盛る――灼熱の正体はそれだ。
そして胸部に存在する緑の丸状の部位の輝きはいっそう強くなった。
続けてガルムレイド・ブレイズの各部装甲が外れ、二機の小型機となる。
鳥類を模した方がヒオウ、残りの狼を模したものがロウガだ。
「ターゲットインサイト……! さぁ、いけ!」
一瞬の内にヴィレッタは演算計算を終え、ヒオウとロウガに指示を与える。
二機ともガルムレイド・ブレイズと同じく炎に包まれている。
彼らにもターミナス・エンジンの血は通っているのだから。
ヴィレッタの意思を受け、目前のゴライオンへ強襲。
ヒオウは後ろから周り、ロウガは愚直な程に正面からゴライオンへ駆けていく。
ヒオウは装備されたビームマシンガンを乱射し、レーベンの注意を引いている。
その隙を狙ってロウガが喰らいつき、振り払おうとしたゴライオンの左腕へ逆に噛みつく。
小型機といえどもその威力は侮れるものではなく、連続して鈍い音が響く。
「こ、こいつら! こしゃくな真似を!」
無事な方の腕でゴライオンはロウガを殴りつける。
堪らずロウガは吹き飛ばされ、ヒオウが両脚で受け止める。
ヒオウとロウガの二機ではゴライオンを喰いとめることは出来なかった。
しかし、時間は充分に稼げた。レーベンの新たな隙を誘うぐらいの時間は。
「しつこいヤツは嫌われる……ってね。いい大人のくせにさっきから見苦しいぜオッサン!!」
ヒオウ、ロウガと入れ違いの形でタスクの駆るビッグデュオがゴライオンへ向かう。
プロペラ・ユニットを前へ向け、ロケットエンジンによる噴射が更なる加速をもたらす。
そして両のプロペラ・ユニットからアームが顔を出し、その指が力強く掴む。
掴んだものはゴライオンの両肩だ。
急な接近に対応が遅れたゴライオンの両肩がギシギシと軋む
そのパワーは強大。最強のメガデウス、THE BIGの名は伊達ではない。
「くっ、放せ! このクズが!!」
「聞こえねぇなぁ! それより気にならねぇか……俺とアンタの運、どっちが強いかをッ!!」
ゴライオンも右腕をビッグデュオの胸部に撃ちつけ、ファイヤートルネードを噴射させるがビッグデュオは離れない。
元々赤い躯体が更に赤みを帯びてもタスクは動じない。
これぐらいで臆するようであればとっくにヒリュウ改から降りている。
それにジガンスクードのような大型機に乗ってきたタスクにはお得意の戦法だ。
だが、ファイヤートルネードは確実にビッグデュオの装甲を、胸部を溶かしている。
コクピットが胸部に存在するビックデュオには決して楽観できない状況。
それでもタスクはゴライオンを掴むのをやめはしない。
幾ら攻撃を貰おうとも決定打をこちらが打てればいい。
我慢の果てに勝利の一瞬を掠め取っていく。
タスクはパイロットである以前に勝負師だ。
一か八かの状況。そこで勝利をもぎ取ってこそ勝負師たるもの。
たとえ分が悪かろうと勝負と名のつくものに負けるつもりはない。
離脱するどころか両目のアークラインを発射し、駄目押しの一撃を見舞う。
ゴライオンの顔半分が熱戦で焼かれ、思わず反り返った。
そして爆発が起きる。
「運だめしさせてもらったぜ、レーベン・ゲネラール! そんでもって結果はもちろん、タスク様の勝ちだぁッ!!」
遂にはビッグデュオがゴライオンの両方を握り潰すまでに至った。
爆発により、ゴライオンの躯体がビッグデュオから離れる。
辛うじて腕は繋がっているものの両肩からは黒煙が出ている。
決めるのであればここだ。タスクはトドメの一撃を見舞おうと再度ビックデュオの拳を振るう。
右腕をゴライオンに胸部へ、その圧倒的な力を持って動力系を潰す。
海上へ落ちゆくゴライオンにビッグデュオの腕が今まさに届こうとする。
「――フットミサイル!」
「なに!?」
そんな時、ゴライオンが両足のフットミサイルを発射する。
一発目の爆発によりビックデュオのアームユニットが焦げつき、
やや遅れ二発目が胸部にて炸裂し、爆炎が生まれる。
黒々とした煙を突き破り、ビッグデュオがその巨体を再び大空に晒す。
減速はしたものの、完全にビッグデュオの勢いを止めるには至っていない。
だが、レーベンの狙いはビッグデュオの撃破ではない。
至近距離での炸裂による爆風は当然ゴライオンの方にも及んだ。
吹き荒れた爆風をその身に受け、ゴライオンが加速。
その躯体は何処までも広がっていそうな、青い海を目指していた。
「タスク・シングウジ、そしてヴィレッタ……覚えておくがいい! キサマらは必ず俺が殺してやる!!」
ゴライオンは勢いを緩めることなく海中へ飛びこんだ。
さすがのレーベンも状況が不利だと悟ったのだろう。
ビッグデュオから貰った痛手の他に今までの損傷もある。
実に画に描いたような捨て台詞を残し、ゴライオンは離脱していく。
(そうだ……あのイスペイルという男も絶対に許さん! だが、ヤツは一体どうなって……)
殺すべき人間は未だ多い。
獅子の怒りは未だ収まりそうにはなかった。
【1日目 10:30】
【レーベン・ゲネラール 搭乗機体:ゴライオン(百獣王ゴライオン)】
パイロット状況:ブチギレ(戦化粧済み)
機体状況:頭部半壊、両肩破損、左腕にひび、右足一部破損、動力低下、十王剣(全体に傷あり)
現在位置:C-4
第一行動方針:ヴァン、タスク、ヴィレッタ、イスペイルは次こそ必ず殺す
第二行動方針:女、女、女、死ねええええええ!
第三行動方針:ジ・エーデル・ベルナルについての情報を集める
最終行動方針:エーデル准将と亡き友シュランの為戦う
備考:第59話 『黒の世界』にてシュラン死亡、レーベン生存状況からの参戦】
◇ ◇ ◇
一方イスペイルはというと――
「ひ、酷い目にあった……」
波に流され、ようやく海の上まで上がってきていた。
ビッグデュオに叩き落とされた時に気絶していたため、自分がまたしてもループにより移動した事にも気づいていなかった。
【1日目 10:30】
【イスペイル 搭乗機体:ヴァルシオーネR(魔装機神 THE LORD OF ELEMENTAL)】
パイロット状況:疲労
機体状況:両腕に損傷 EN80%
現在位置:C-7 南端
第一行動方針:まずは生存する為にノルマ(ノーマル、アナザー、どちらでも可)を果たす
第二行動方針:出来れば乗り換える機体が欲しい
最終行動目標:自身の生還
備考:首輪の爆破解除条件(アナザー)に気付きました
◇ ◇ ◇
「へっ、おとといきやがれってんだ! さぁ~て残りは……」
ビッグデュオの中でガッツポーズを取りながらタスクが周囲に目を回す。
ゴライオンを撃退したもののまだ全ては終わってはいない。
ウォーダン・ユミルの機体、スレードゲルミルという強敵が未だ残っているのだから。
だが、こちらには頼りになるヴィレッタも居る。
二人掛かりでいけばそれなりにやれることだろう。
だから今の戦闘で受けた損傷はそこまで気にしなくともいい――。
そう確信していた。
「貰ったぞ!」
「くっ、おまえは……!」
「姐さん!」
突如として海中から躍り出る機影が一つ。
ヤドカリのような形をしたそれにタスクは見覚えがあった。
ガンダムアシュタロンHC、MA形態がガルムレイド・ブレイズの真後ろを取った。
先程戦闘途中で補足出来なくなったがまさか追ってきていたとは。
戦闘不能に出来なかった自分を悔やみながらタスクは直ぐにビッグデュオを動かそうとする。
しかし、機敏な動きを得意としないビックデュオではどうしようもないタイムラグが発生する。
アシュタロンHCは、アナベル・ガトーにとってその時間は充分すぎた。
歴戦のパイロットであるヴィレッタの反応よりも早く、ガトーはアシュタロンHCを動かす。
ギカンティックシザースを開き、ガルムレイド・ブレイズの両腕を強烈な力で挟み、再び海中へ飛びこむ。
未だヒオウとロウガとの合体を終えていないガルムレイド・ブレイズは満足な状態ではない。
なすがままに海中に引き込まれ、あっという間にタスクの視界から消えてしまう。
「ちっ! なんてこった……今すぐいくぜ、姐さ――ぐ、ぐわぁ!!」
救援に行こうとするビッグデュオに衝撃が走る。
それがやってきた方角からして原因は一つしかない。
再び反転させた視界の先には、丁度今しがた撃ち放ったドリルを手に戻した機体の姿がある。
そいつが何者であるか今更確認するまでもない。
「どけよ! 俺はあの女に用があるんだ……!」
「悪りぃけど絶対にノゥだ。というかドリルブーストナックルなんて軽々しく撃つんじゃねぇ! ちょいと寿命が縮んだじゃねぇか!!」
「知るかよそんなこと! 戦ってるんだ……相手のことまでなんて……!」
どこかふざけたような調子で抗議するタスクにシンは僅かながら動揺するが退くわけにはいかない。
たった今海へ消えていったヴィレッタという女は確かにレイを知っていた。
レイとの合流へ近づくにはあの女の情報を手に入れないわけにはいかないためだ。
やがて少なからず感じた戸惑いをシンは言葉にする。
「だいたいなんでお前はそこまで……もうその機体だってボロボロじゃないかよ!
邪魔しなればお前に用はないんだ。だからそこをどけぇ! そうじゃないと俺は……俺はこの斬艦刀でお前を……!」
迷いが自身の負けに繋がることは重々承知だ。
それでも迷ってしまう自分をシンは確かに認識する。
ドモンやジャミルとの出会いが関係しているのかもしれない。
しかし、あまり時間を喰っていてはヴィレッタを見逃してしまう。
レイの情報を優先するのであれば全力でタスクを斃せばいいだけだ。
そう、先程の戦闘によりビッグデュオの損傷は決して軽くはなく、特に胸部のそれは重いものに見える。
斃そうと思えば簡単に斃せるはずだ。ドリルを背部へ戻し、シンはスレードゲルミルを構えさせる。
両腕に握られた一本の太刀、斬戦刀を上段の構えでビッグデュオへ翳す。
なんとしてでもここは突破する。
ただそれだけを考え、シンはビックデュオを睨む。
「はっ! このタスク様も舐められたもんだ……あいにくだが斬艦刀には慣れてんだ!
それもお前よりもっとおっかねぇ人達の斬艦刀だ! 伊達に盾の役目をしてるわけじゃねんだッ!!」
だが、タスクは動じない。
勝負師故の負けず嫌いという理由もある。
斬戦刀といえど振るう人物がゼンガーのような男でなければそこまで怖くはないのも理由の一つだ。
それに何よりもシンと同じくタスクにも退けない理由があるのだから。
「ヴィレッタ姐さんはやらせねぇ……! 姐さんを追うなら俺が相手になってやらぁ!」
仲間の一人も守れないようじゃ……惚れた女なんか守れやしねぇぜッ!!
浮かんだ顔は金髪のどこか意地っ張りな女。
自分が惚れた女の顔を一度も忘れたことはなかった。
今は傍に居ない彼女だが放すつもりは毛頭ない。
だからこそタスクはシンを此処で喰いとめようと考えている。
斬戦刀の刀身がたとえどれほど大きく見えようとも、タスクはビッグデュオを退かせるつもりはない。
そんなタスクの様子をシンは心底憎らしく感じている。
抵抗しなければやられないのに――だが、やらなければならない。
自分は何としてでもレイと合流しなければならないのだから。
「くそ、くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
シンが発した叫びはどこか悲しげなものだ。
結局は変わらない。フリーダムを斃した後も変わらない。
戦うだけしか出来ない自分への悔やみなのだろうかはわからない。
ただシンは全てを振り払うかのようにスレードゲルミルに怒りを込める。
翳していた斬艦刀の刀身を横に向け、スレードゲルミルが一迅の風となってビッグデュオへ向かう。
それは風と呼ぶにはあまりに圧倒的な暴力の塊でしかない。
ガトリングミサイルの発射口を開き、応戦するビッグデュオ。
「勝つか負けるか二つに一つ! タスク・シングウジ、この勝負勝たせてもらうぜッ!!」
ガトリングミサイルの渦をスレードゲルミルが突撃。
機体の各部でミサイルが爆ぜ、衝撃が襲うがスレードゲルミルは止まらない。
やがて斬戦刀を振り切り、ビックデュオの横を追いぬいていく。
轟音が響くと同時にシンは確かに己が振るった斬戦刀に手ごたえを感じた。
断ち切ったものはビックデュオの右腕。
もはや巨大な鉄の塊でしかなくなった右腕が海中へ落ちる。
それは右腕を失い、不安定ながらもなんとか飛行し続けるビッグデュオがスレードゲルミルへ向き直った時と同じ瞬間。
ガトリングミサイルによる損傷が至る所に見られるスレードゲルミルを無傷とは言い難く、痛み分けといったところだ。
しかし、結果的にスレードゲルミルはビッグデュオを突破することになった。
スレードゲルミルに、シンにヴィレッタを追わせるわけにはいかない。
右腕がなくともまだ左腕がある。
そのあまりの威力故に未だ使用していないメガトンミサイルだって健在だ。
だからまだ――戦える。タスクはビッグデュオの腕を突き出し、スレードゲルミルを捉えようとする。
「ちっ! ドジった! だが、まだまだこれからってコト見せてやらああああああああ――」
だが、その腕が掴んだものはあまりにも心許ない空虚のみだった。
最終更新:2010年02月01日 17:15