迷いNTオーバーラン◆POvMLKAPKM
「――どうですか、万丈さん?」
「うん、大丈夫だ。これだけの設備があれば素人の僕でも何とかなるね」
市街地にある病院の一室で、シーブック・アノーと破嵐万丈と向かい合っている。
彼らが視線を向けた先には、ベッドに横たわるイルイの姿があった。
「おかしいとは思わないかい、シーブック」
「え?」
「殺し合いの場に設置するには不自然なほどに、医療設備は整っている……こうして、何かあっても治療ができるほどに」
「あ……そういえばそうですね。治療できなければ、怪我をした人が死ぬ確率はもっと高くなるはずだ……」
「そもそも怪我をするといっても、巨大メカ同士の戦いだ。機体を撃墜されて生きていられる人間は……いや、いるんだったねここには。
だがおそらくはまあ普通の人間が大半だろう。疲労が重なればミスもするし、戦闘の衝撃でどこか痛めることもあるかもしれないね。
そういった人間に配慮して病院を作った……何のために?」
「何のためってそりゃ……」
問われ、考え込むシーブック。
シャドウミラーの善意などであるはずがない。殺し合いに招いておいて命を永らえさせる――その理由は。
数刻前、始まりのホールでのヴィンデルと名乗った男の言葉が思い出される。
――生き残らねば、他者を全て淘汰しなければ解放されることはない。
――殺し合いと言ったが、我々が望んでいるのは生身の戦いではない。
生き残るだけでは足りない。戦って、他者をすべて蹴落とした先にこそ勝利がある。
生身での戦いは望んでいない。ランダムに進呈する機動兵器を用いて最後の一人を目指す。
「……死ぬまで戦わせる……死ぬときは機動兵器の中で、戦って死ね。そういうことですか」
「だろうね。まったく悪趣味なことだ」
嫌悪も露わに万丈が吐き捨てる。
病院の設備はそれこそ大したものだった。MRIを思わせるポッドに負傷者を入れればほぼ全自動で状態を分析する。
分析結果に合わせ必要な薬品、術具が揃えられ、手当ての方法までが提供された。
さすがに怪我が一瞬で治るというような行き過ぎたものはないものの、治療する意思を持ってこの場に訪れれば大抵の事態は何とかなるだろう。
「……まあ、個人的な感情は置いておこう。おかげでイルイを治療できるしね」
と、出てきた薬やら包帯やらを探りながら万丈が言う。
イルイの手をとり鎮静剤を打つと、呼吸はすぐに安定したものになった。
「これで熱も引くだろう。少しすれば目を覚ますと思う」
「そうですか……よかった」
「じゃあ次は、シーブック、イルイちゃんの服を脱がせてくれるかい?」
「あ、はいわかりま……はっ!?」
万丈に言われたとおりにイルイの服に手をかけたところで、びくっとシーブックの手が止まる。
あわてて振り向き、
「な、何を言うんです万丈さん! この子はまだ子供ですよ!?」
「君こそ何を言っているんだ……治療のためだよ。僕にはロリコンの気はない」
過剰に反応したシーブックを横目に、万丈は大いに呆れたしぐさを見せた。
「むしろこの状況でそういう発想が出てくることに驚きだ。まさかとは思うが、シーブック……?」
「ち、違いますよ! 妹くらいの歳の子にそんな気を起こす訳ないでしょう!」
「ならいいが。しかし……そうだな、考えてみれば大の男二人がこの小さなレディの裸体を鑑賞するというのは中々に犯罪的だね」
「ですね……その上気を失ってますし。この子も裸が見られたと知ったら傷つくでしょう」
「幸い体の傷はそう深いものじゃない……よし、シーブック。僕か君、どちらかが残って一人で手当てしよう。
数の問題ではないかもしれないが、少なくとも二人ともに見られるよりはいいはずだ」
「はあ……どっちが残るんです?」
「紳士を自負する僕としては君に一任したいところだけど」
「僕だって嫌ですよ! い、いやイルイを治療するのが嫌という意味ではなくてですね!」
わたわたと手を振るシーブック。
万丈は苦笑し、わかっていたという風に手を振った。
「まあ妹と他人ではぜんぜん違うからね。君くらいの年頃では落ち着けと言っても無理だろう。
ここは僕がやるから君は外で待っててもらえるかな?」
「……お願いします」
大人の余裕とでも言うのだろうか、わかっているから無理をするなと言わんばかりの万丈に肩を押されシーブックは病室の外に出た。
人気のない病院の廊下は妙に寒々しく、シーブックは息苦しさを覚えた。
「どうするかな……あまりここから離れるわけにはいかないし」
ぶらぶらと病院内を歩き回っていたシーブックは患者の談話室と思われる広々とした部屋に入った。
壁際に並ぶ自動販売機のスイッチを押すと、熱いコーヒーが淹れられた。
「毒……じゃ、ないみたいだ。まあ病院を用意しておいてそこに毒を仕込むなんてナンセンスだよな」
これも殺し合いを円滑に進めるため、だろうか。
とにかく飲んでも害はないと判断、シーブックは手近な椅子に腰を下ろしてコーヒーをすする。
振って湧いた空白の時間。
「……ジャミルさん」
思い出すのは、自分を逃がしてくれたジャミル・ニートのこと。
この場で初めて会った他人。
シーブックに道を示し、そして迷える少年をも救おうとして散った男。
「シン・アスカ……」
そしてそのジャミルを殺した少年。
狂乱のまま、シーブックたちと和解できたはずのガンダムを攻撃、殺した……敵。
バニングたちは信用できないといったあの情報。やはりシーブックは裏を読むことよりもシン本人に目がいってしまう。
ドモンと共にあの場を離脱した後、何があったのか。
本当にシンがジャミルを殺したのか。ならあの情報を流したのは誰なのか。
シンであるはずがない。自分に不利な情報を流すはずはないからだ。
ならばあの場にもう一人いたことは間違いない。その人物が悪意を持ってシンを貶めているのか、あるいは事実をそのまま流しただけなのか。
「……もう一度あいつに、シン・アスカに会わなきゃいけない」
言葉にすると改めてそうしなければいけないと思う。
だが、会ってどうするというのか。ジャミルの仇として戦うのか、ドモンがやったように説得するのか。
結局のところ、シーブックにはいまだ確固たる信念がない。
ドモンやバニング、万丈のように揺るぎない強さをもって悪を倒すのか。
シン・アスカのように人を殺す確たる決意をもって生き残るための戦いに臨むのか。
「……はあ。しっかりしろ、シーブック・アノー……」
煮詰まった頭を振って立ち上がる。
考え込んでも答えが出ないのなら、とにかく何か行動する。
「悩む前に動く……そうですよね、ジャミルさん」
コーヒーのカップをゴミ箱に投げ入れ、シーブックは歩き出す。
やることがないならせめて何かあったときのために包帯や薬などをありったけ用意しておこう。
そう思ったシーブックの目に、談話室の隅のほうに置かれた大型のテレビが映る。
何気なく視線を下ろせば、テレビと接続されたビデオデッキ。入院患者のための暇つぶし用だろうか。
「あ、そういえばキングゲイナーには……」
食料やマニュアルと共に自分に与えられたビデオテープ。
ドモンやバニングにはそんなものは支給されていないと言われ、疑問に思っていた物。
とりあえずシーブックが持っていることになり、今もキングゲイナーのコックピットにおいてある。
「……せっかくだし見てみるか」
イルイの治療をしている万丈に声をかけようかとも思ったが、わざわざ邪魔をすることもない。
ビデオの内容を確認してからでいいかと、シーブックはキングゲイナーを停めてある場所まで走っていった。
『おまえのとるべき道は二つある。
一つは何も聞かずに地球へ帰り全てを忘れ貝のように口をつぐむこと……そしてもう一つは、我らと共に真実に立ち向うことだ!』
見覚えのあるガンダム――ジャミルのガンダムが、見たこともないモビルスーツ相手に剣を突きつけている。
『独裁者などいようがいまいが同じことだ! 戦争をやりたくてやってる奴がどこにいる! 戦いを仕掛けるにはそれなりの理由があるのだっ!』
またも見たこともないモビルスーツが、さきほどのガンダムと対峙している。
『ならば海賊らしく……いただいてゆくっ!』
ジャミルのガンダムによく似た――胸に髑髏のレリーフを持つガンダムが、モビルアーマーと戦っている。
『上手くいったら裁判に良い弁護士をつけてやるぞ、海賊!』
青いガンダムがジャミルのガンダムを援護している。
『敗者の分際で、勝者の行く手を阻むでないわーっ!』
髑髏ガンダムを撃とうとしたモビルスーツを、今にも爆発しそうなモビルアーマーが救っている。
『我々は木星人なのだよ! 地球人がそう呼ぶようにっ!』
巨大なモビルアーマーが、青と白の髑髏ガンダムと戦っている。
『お前は死んだんだぞ? 駄目じゃないか、 死んだ奴が出てきちゃ! お前は死んでなきゃぁぁぁ!』
ジャミルのガンダムと、おそらく同型機であろうよく似たガンダムが燃える地球を背に激突している。
『答えて、キンケドゥ! お願いよ! 返事をして、キンケドゥ! 死なないで! キンケドゥ!』
ひどく聞き覚えのある声が、自分ではない誰かの名前を呼んでいる――
「……なんだ、これ」
テレビの中で場面は次々に切り替わっていく。
シーブックはいつの間にか流れていた冷たい汗を拭うこともせず、画面に見入っていた。
ジャミルのガンダム――クロスボーンガンダムX1が宇宙を駆ける。
激しい戦闘の中、鮮やかな動きでクロスボーンガンダムX1は敵を次々に撃破し、やがて戦闘は終わった。
画面に映る大型艦。まるで中世の帆船のようなシルエット。着艦したクロスボーンガンダムX1からパイロットが降りる。
――お疲れじゃったな、キンケドゥ
――ああ、じいさんたちもな。っと……あいつはどうした?
――向こうで伸びておるわい。なあキンケドゥ、素質は認めるが……本当にあいつを使う気か?
――心配性だな、じいさん。大丈夫だよ、俺が保証する。あいつはいいパイロットになるよ
キンケドゥと呼ばれた青年が老人と談笑しているらしい。青年の顔は映らない。
場面が切り替わる。
――よう、トビア! 頑張ってるか?
――嫌味ですか、キンケドゥさん。ジャガイモの皮むきで何を頑張れって言うんです
――まあ、そう言うな。俺も手伝ってやるからさ
――ええっ、キンケドゥさんみたいなエースパイロットがですか?
――ここではそんなもの関係ない。できるやつがする、それだけのことさ
キンケドゥと鮮やかな橙色の髪の少年に声をかけているらしい。青年の顔は映らない。
トビア――なぜかはっきりと胸に残る、放送で呼ばれたはずの名前。
こいつがトビアなのか、と認識する。やはり会ったことはないはずだ。
場面が切り替わる。
――くそっ!
――今回も私の勝ちだな、キンケドゥ。これで私の三連勝だ
――くっ……もう一度だ、ザビーネ!
――ふ……何度やっても結果は同じだ
――抜かせ!
キンケドゥがコックピットから出て声を荒げているらしい。青年の顔は映らない。
受ける相手は余裕の笑みで受け流した。
場面が切り替わる。
――あら、キンケドゥ。まだ休んでなかったの?
――艦長が働いてるのに部下が休むわけにはいかないさ。って……なんだ、パンを焼いてるのか。ストレスか?
――まあね。艦長なんてやってると色々あるのよ
――海賊……新生クロスボーン・バンガードは動き出したばかりなんだ。あまり無理するな……セシリー
――ベラ、よ。今の私はベラ・ロナ。セシリー・フェアチャイルドじゃない。あなたが間違えてどうするのよ?
――そうだったな……すまない、ベラ
キッチンと思しき場所で女がパンを焼いているらしい。青年の顔は映らない。
見覚えのある手つき、聞き覚えのある声、そして――
「セシリー……だって?」
シーブック・アノーと同じ学園に通う少女。
恋人未満、クラスメイト以上――シーブックが淡い思いを寄せている女友達だ。
その姿はシーブックの知る彼女ではなく、かなり歳を経ているように見えた。
だがあの顔立ち、パンの焼き方、しぐさ、声。違和感はあれどセシリー本人だと確信させるだけの説得力はあった。
場面が切り替わる。
幾多の戦いをキンケドゥが、そしてトビアという少年が、ベラの指揮する艦と共に駆け抜けていく。
戦争のシーンは切り張りされたように飛び飛びで、概要などわかりはしない。音声もこの頃になるとなくなっていた。
だが戦いの最後に映されるのは決まってクロスボーンガンダム。つまり勝利しているのは常に海賊側ということだ。
やがて……戦いが終わり、木立の中に鎮座するクロスボーンガンダムX1が映った。
その周りにいる様々な人。トビアが何かを叫んでいる。
振り向いたキンケドゥ。その顔には大きく裂傷が走り、片腕に至っては義手だ。
もちろんシーブックには見覚えのない――ない? だがどこかで見たような気もする……
キンケドゥはベラの肩を抱き木々の間へと消えていく。
その様子はまさに恋人のように睦まじく、他人の入る余地などないように見えた。
場面が切り替わる。
どこかの街角。小さな家。煙突から煙が吹いている。
看板にはパン屋とある。
ドアが開き、中から出てきたのは、
「……セシ、リー」
長い髪を下ろした女が……シーブックの知るセシリーに間違いないと思わせる女が、赤子を抱いて現れた。
誰の子供だろう。間抜けな疑問が浮かぶ。
セシリーの後ろから出てきた男……キンケドゥが、周囲に人がいないことを確認してセシリーに近づく。
そして何事か言葉を交わし、赤子をくすぐり、セシリーの肩を抱き、唇を――
「……ああああぁぁっ!!」
気がつけば拳を放っていた。
テレビを殴りつけ、家電製品の硬さに顔をしかめ、ならばと縁を掴み、コードを引きちぎりながら揺り動かし、力任せに引き倒す。
液晶画面が砕け散る音が響く。それだけではおさまらず、残ったビデオデッキを頭上に持ち上げ、叩き落す。
衝撃で割れた筐体を何度も何度も蹴りつける。
何度も、何度も、何度も、何度も。
煙を吹き、中のテープがぐしゃぐしゃになってもまだ止まらない。
破片を気にせず残骸に手を突っ込み、テープを引きずり出した。
すでに原型のないビデオテープ。シーブックは執拗にその存在を許さず、中からテープそのものを引き出した。
「シーブック! 今の音はいったいなんだ!?」
やがて万丈が息せき切って現れる。テレビが壊された音を聞きつけたのだ。
その万丈は熱に浮かされたようにテープをちぎるシーブックを見て眉をひそめる。
その胡乱な顔を見てシーブックも我に返った。
一時の狂乱が去り、残ったのは後悔だけだ。
「シーブック。説明してくれ。どういうことだ? 何があったんだ?」
「……これ、は……」
強く詰問してくる万丈に答えられるはずがない。
『思いを寄せていた少女が、自分ではない誰かと寄り添い、子を産んだ』。その事実を認めることができず我を忘れた――などと。
襲撃かと警戒している万丈はもちろんそんな事情など知らない。
ただ、シーブックがそんな行為に及んだ理由を聞き出そうとした、それだけだ。
「答えるんだシーブック! 何があった!」
その声はシーブックには自分を責めている声に聞こえた。
なぜ認めない、セシリーはもう君に振り向いてはくれないんだ、諦めろ――そんな風なニュアンスを、シーブックは曲解して受け取った。
「……あ、あああっ!」
「待て、シーブック! どこへ行くんだ!?」
背を向け、全力で走り出したシーブック。意識せずその足はキングゲイナーの元へ向き、勢いのまま乗り込んだ。
一刻も早くこの場から逃れたい。んな主の意思を受けて、キングゲイナーは弾丸のように飛んでいく。
その速度は通常のキングゲイナーの速度ではない。
それもそのはず――シーブックのもっと速くと求める心が、オーバースキル<加速>を発動していたのだ。
道中付近にいたルリたちの機体のレーダーにかかる間もないほどわき目も振らず飛び続け、キングゲイナーがたどり着いたのは月面基地だった。
偶然ここを目指したのではない。
先ほど感じた声――自分を探していたらしい、トビアという少年。その少年の声が聞こえてきた方向だ。
一人になりたいと願ったはずなのに、なぜか同時にトビアに会いたいとも思った。もう死んでいるはずなのに。
「……あれは」
月面基地の一角、原形を留めないほどに焼き尽くされた機体が転がっている。
降下していくキングゲイナー。月面で生身を晒すわけにも行かないため、キングゲイナーの手でその機体の残骸に触れる。
すると、
「……っ!?」
一瞬流れ込み、シーブックの中を駆け巡った思念。
確信する。これに乗っていたのがトビアという少年だと。
この場所で、この機体と共に、トビア・アロナクスは死んだ。
わけもなくシーブックの頬を涙が滑り落ちる。
「あ、あれ……なんだよこれ……なんで、僕、泣いて……」
とめどなく零れ落ちる雫。
言いようもない悲しみが胸を満たし、シーブックは嗚咽を漏らす。
一方的にシーブックのことを知っているトビア。シーブックではない男と幸せに暮らすセシリー。どちらもこの場にはいない。
トビアとはもう永遠に会うことはできない。
なぜシーブックを探していたのか、もう知ることはかなわない。
セシリーとはこの場から生きて帰らねば会うことはできず、よしんば会ってどうするというのか。
あれが数年先のセシリーだとして、その傍にいるのはキンケドゥ・ナウ――シーブック・アノーではないのだ。
「どうなってんだよ……どうすりゃいいんだよ、僕は……!」
口をつく疑問。
だが今度はジャミルはいない。
仲間たちからも遠く離れてしまった。戻らなければ、と思うのだが腕が動かない。その衝動が湧き上がらない。
シーブックの声に答える者は誰もいなかった――トビアの声も、聞こえない。
車弁慶、アギーハ、シン・アスカとの戦い。
ジャミル・ニートの死。
一学生に過ぎないシーブックが背負うには過酷過ぎる体験。
トビア・アロナクスとの永遠の離別。
セシリー・フェアチャイルドの未来図。
あの映像を作り物と切って捨てることもできない。感じたトビアの思いが、あの少年の笑顔が、それを許さない。
ビデオが本物ならば必然的にセシリーのことも本物であることになる。
シーブック・アノーが本来歩むべき人生では、彼は後にキンケドゥ・ナウと名乗ることになる。
工学科の学生から、宇宙を股にかける海賊業へ。
戦いを日常とする毎日は少年の中に戦士の顔を生み、かつての面影を奪い去っていく。
精悍なキンケドゥの容貌は、現在のシーブックとは似て非なるものだった。
もしシーブックが冷静であったなら。
もしビデオを見ていたときシーブック一人ではなかったのなら。
もしシーブックとキンケドゥの類似性に誰かが気づき、指摘していれば――それはあり得ないifの話。
シーブックはキンケドゥ・ナウが未来の自分だとは気づかず、溢れる感情の波に呑まれ我を忘れた。
シーブックとキンケドゥ、異なる時代の二人を繋げるための架け橋としてあの映像は用意された。
そこから何を得るかは見た者次第。
シーブックとキンケドゥの間を埋める手立ては結果的にうまくいかなかった、それだけのことだ。
大勢に何も影響はない。
殺し合いはまだ、続く。
【一日目 16:30】
【シーブック・アノー 搭乗機体:キングゲイナー(OVERMANキングゲイナー)
パイロット状況:健康。心労。激しい動揺
機体状況:小破、全身の装甲に軽い損傷
現在位置:B-1月面基地
第一行動方針:仲間と情報を集める
第二行動方針:ジャミルの遺志を継ぐ
最終行動方針:リィズやセシリー、みんなのところに帰る】
「シーブック! ……くそっ、いったいどうしたって言うんだ!」
飛び去っていくキングゲイナーを見上げ、万丈は逡巡した。
シーブックの様子は明らかに尋常ではなかった。今すぐにでも追わねばならない。
だがいまだ気を失ったままのイルイをほうっておくわけにもいかない。
その数瞬の迷いが、シーブックの逐電を許してしまった。
病院内に戻る万丈。
粉々に破壊されたテレビとビデオデッキを眺め、はっと気づく。
「あのビデオテープ……あれのせいか!?」
シーブックが所有していたビデオテープのことは万丈も知っていた。
興味を持ってはいたものの、次々に移ろう事態から優先度は低くなっていた。
そのテープはシーブックの手で完全に破壊され、修復はできそうにない。
「迂闊だったな……彼もまだ十代の子供なんだ。目を離すべきではなかった。
今シーブックが好戦的な人物と出会ってしまえば……!」
間違いなく戦闘になり、冷静さを欠くシーブックは容易く狩られてしまうだろう。
ため息をつき、病室に戻ってイルイの様子を看る。
だいぶ安定していた。大方の治療は終わっている。鎮静剤が効いてきたか、呼吸も穏やかなものだった。
これなら少し休めば意識を取り戻すはずだ。
「とにかく、イルイが起きたらドモンたちと合流するか。僕が一人で彼を追うわけにもいかない」
イルイをドモンらに預けたら万丈は一人でシーブックを追うつもりだった。
もう、ショウのときのように仲間を失うつもりはない。
「無事でいろよ……シーブック!」
今はただ、祈ることしかできない。
昏々と眠るイルイの傍で、快男児は歯噛みする。
【破嵐万丈 搭乗機体:トライダーG7(無敵ロボ トライダーG7)
パイロット状況:健康
機体状況:装甲を損傷、行動に影響なし
現在位置:A-5 病院
第一行動方針:イルイが起きたらドモンたちと合流
第二行動方針:シーブックを追う
第三行動方針:弱きを助け強きを挫く。ま、悪党がいたら成敗しときますかね。
第四行動方針:渚カヲルを必ず倒す
最終行動方針:ヴィンデル・マウザーの野望を打ち砕く。】
【イルイ(イルイ・ガンエデン) 搭乗機体:なし
パイロット状態:気絶。悲しみ
機体状況:なし
現在位置:A-5 病院
第一行動指針:ダイヤと一緒にいる
最終行動方針:ゼンガーの元に帰りたい
備考:第2次αゼンガールート終了後から参加
超能力をこれ以上使用した場合、命に関わります】
【一日目 16:15】
最終更新:2010年06月19日 14:43