以下は、平沢進の歌詞をどうにかして解読するスレから引用
- 913 :Track No.774:2009/10/09(金) 09:29:01
- 平沢歌詞解読の先輩方に確認&質問です。
平沢さんの語る「女性性」なるものがいまいちよく判らなかったんですが、
それって、動画サイトにある「ピンクは血の色」で語ってる内容であってます?
要約すると、
「女性に対してふんわりした柔らかさと生々しい汚さという対立する要素を見出していたが、
女性の血の色を美しい状況で見たことにより
女性=ふわふわ柔らか+生々しい汚さ+(=かも)美しさと内包できてしまった」
って感じなんですけど。
で、その後、戸川さんの「さよならをおしえて」に女性性を感じたとも仰ってる。
877さんの対談を読むと、「太古の女性性」=戸川さんの歌う「女性性」であると。
ずっと動画で語ってる内容を発展させたものを「女性性」と仰ってるのかと思ってたんですが、
「そのままでいいんじゃないか?」と気付いたので確認したくなりまして。
で、ここから質問。
「全ての感覚を内包しているもの、内包できる許容性」が平沢さんの仰る「女性性」であるとするならば
「金星」の「ボクはキミだから」や「ENOLA」の「今夜キミになろう」、
「Gemini」の「キミへと解けて生まれる」
で暗喩されている「キミ=ボクや諸々を吸収するもの」というイメージから「キミ=女性性」と考えてOK?
(寡聞ながら、逆の「キミはボク」や「ボク」が主体となってその他を吸収するイメージの歌詞は
聞いたことないのでそういう印象になっています)
さらに、ボクとキミという相対する姿を「吸収同化を前提とした分離状態」と勝手に考えてまして、
これを898さんの「キミ=平沢進の内面の一部」という仮定を使って
「ボクの内面にある把握しきれない、しつくせない何か(女性性)との対話」と考えてみても面白いかもと
思ってるんですがどんなもんでしょう?って、長くなってしまった。すいません。- 917 :Track No.774:2009/10/09(金) 14:28:46
- >>913
「女性性」のキーワードひとつを、よくぞここまで発展させたと感心します。
ですが、「女性性」のキーワードに対する情報量不足と、
913氏の中で「女性性」が膨らみすぎたことによる手詰まり感もお見受けします。
914氏の言う通り、「女性性」のキーワードを横において
次は「吸収同化を前提とした分離状態」方向からアプローチを進めると、
理解がより深まるのではないでしょうか。
913氏が次に読むべきは、カセットブックSCUBA所載のSCUBA物語だと思います。
http://web.archive.org/web/20061203111144/http://canopus.page.ne.jp/p-model/word_s.htm
「吸収同化=深層心理の海底」「分離状態=海に浮かぶ小島」という形で
平沢自身の手によって「ボクの内面にある把握しきれない、しつくせない何か」が
語られています。
読後に、還弦主義サイトの過去情報・舟のページに掲載されてる
P-MODEL訪日行脚のしおりにも目を通すと
「平沢さんにとってこのテーマは永遠の課題なんだな」と
感慨深くなるかと思います。- 918 :Track No.774:2009/10/09(金) 16:39:21
- >>917
913です。ヒントをありがとうございます。
早速読んできました。
が、なんかこう汲めども尽きぬ泉のほとりにいるような。
書かれているエピソード(?ホロホ族とか陸の魚とか)がそれぞれに
「分離と吸収同化」を描いているのはなんとなくわかるんですが、それでその上でどうよ、
みたいなところが読み切れていません。
言うなれば、同じモチーフが連続して織られているのは分かるけどそれが全体でどういう模様を
成しているのかが見えていない感じです。木の連続だが、森なのか並木なのか、みたいな。
漠然と掴んだイメージでは、
・「キミとボクの分離」という状態があり、それを陸の魚という「導き手」の示す道でつなげようとしている。
・ブクブク言う=スイッチが入る=SCUBAで、要は「皆で深層心理に潜ろうぜ!」というアルバム?
・オゾノ様は分断の象徴のようでもあり、導き手の道をボクより先に行くもののようでもあり。
・キップ切りは、キミとボクの同化を諦めた姿?
・陸の魚ホップの言葉からすると、個性やら思考やらのある一定のラインでスイッチが切れる=集合意識への接続が切れる。
・個性や思考の高まりを進化と考えてはどうだろうか。
・↑から書かれている「キミとボク」という状態はスイッチが切れた状態=進化を果たしたモノの姿である。
・ホロホ族が皆違う生き物なのに対し、お魚はもともと皆シルバーミリタリーという一定の姿だった。ここに何か意味がある?
こんな感じで、桶にいる沢山のウナギをとっつかまえようとしている気分ですorz
もうちょっとウナギつかみしてきます。- 919 :Track No.774:2009/10/09(金) 23:06:16
- SCUBA物語は
>ボクは泣いたよまったく。
>自分の中に深くもぐって行くと他人の事がわかるなんてね。
を見る度に、うっかりするとホロリとしてしまうから困る
>>914
いや、宇宙関係に限らず、ほとんどがそういう曲だろう(特に平沢ソロは)
イコールSEXと思ってしまうのは、他の考え方や見方を知らないから
そう思ってしまうだけのことで
>>916
「吸収同化」は「統合」、「原型」は「元型」の方が良いんじゃないか
…と、ここで言うのは流石に野暮のような気がした…
>・オゾノ様は分断の象徴のようでもあり、導き手の道を
> ボクより先に行くもののようでもあり。
なんという大正解
「老賢者」元型の性格どころか、元型の発想も
知らなさげな人にしてはちょっと勘が良すぎやしないかい
そんなに長く苦労せずに良い感じのところに落着できるかもね- 920 :Track No.774:2009/10/09(金) 23:28:57
- >>915だよ。
自分、あんなこと書いておきながら、実は全部感覚でしかヒラサワの曲を理解できないという。
SCUBAは半分しか読めてない。
もういい加減PCは1日1時間なんて家族ルールは撤廃するのがよろし…おっと脱線失礼。
>>919
うーん、やっぱりそうか。
視野が狭いのは参ったねコレ。
もうちょっと年とってから考えたら分かるかな。
で、やっぱりユングあたりのあれこれを交えて論ずるべきかな。
そうすると突然ヒラサワの曲が分かるときがあるんだけど…- 921 :Track No.774:2009/10/09(金) 23:41:18
- そうだ、>>918さんの書き込みで思ったことがあるわけ。
ホロホ族の対極にあるのはモー族であると私は思ったよ。
個性(ホロホ族)を潰そうとする画一化した大衆(モー族)
それが恐ろしいから擬態して…
の先は説明しないけど。(文を読んでその通りだから)
他にもここに関連して言いたいことがあるんだけど、ぼんやりしてるから明日にするわ。- 922 :Track No.774:2009/10/10(土) 00:07:33
- とりあえず「昔話と日本人の心」を読んだ後に
改めてSCUBA物語を読みなおすと
「糸紡ぎ」のへヘルと「火吹き男」のフルヘが
ものすごくツボをおさえた作りのキャラ過ぎてビビるぜ?
あー、ビビった
>>912
「賢者のプロペラ」の「錬金術について」の「円積法」の項を
嫌な感じのニュアンスで受け取らずに読めるようになれたらいいね
>>921
P-modelのアートブラインドもある意味…というか
アルバム自体がP-model自体が擬態的な…という話もあったっけね>>372-377
これを接続するとさらにわけがわからなくなるぞ!- 923 :Track No.774:2009/10/10(土) 01:04:10
- ただわけがわからなくなったままも気持ち悪いな
ホロホ族は多様性、手作りの世界、あるいはこころの内面そのもの
モー族は画一化、工業製品の世界、あるいは外面的な顔そのもの
ってな方がスッキリするんじゃないかなあと
スッキリしない?しないかもしれない- 924 :Track No.774:2009/10/10(土) 07:31:27
- >>923
> ホロホ族は多様性、手作りの世界、あるいはこころの内面そのもの
> モー族は画一化、工業製品の世界、あるいは外面的な顔そのもの
その発想の回答(の一端)になりそうなのは
見るなの部屋のゼンちゃんの話かな。
音廃本に再収録されてる第六の扉「見よ!虹色のドブ川に全人の笹舟が行く」を
読むとしっくりくるかもしれん。- 933 :Track No.774:2009/10/10(土) 21:29:48
- >>921
ホロホ族とモー族はある意味対極だけど
どちらかが良くて悪い、というものではないのだよね
モー族はホロホ族で最初の考える生き物で
環境によって姿を変えられる(筈の)ホップの「擬態」
だから、その二つはもともとは一つのものだった
で、そのややこしい事態の元凶のホップ
思考するホップ、思考の仕方を間違えたホップ
多分そのせいで陸の魚なぞという変なものになってしまったホップが
もう一度海の魚になりたくて考えた「スイッチの入れ方」を
ホロホ族の「バカ息子」(まだ考える力が足りないって事だろう)である
ボクに教えにやって来る
そんなら最初から考えなきゃいいだろって感じだけど
考えなければ何にもはじまらないわけで、という- 934 :Track No.774:2009/10/10(土) 22:59:57
- >>924
ヒラサワが子供時代を過ごしたあの「ニシラの森」が
ホロホ族の世界で、後にきれいに整備されちゃった町がモー族の世界で
世間様的には整備されている今の(モー族の)姿がまともな姿なんだけど
ホロホ族の世界を覚えていて、それを抱えたままでいるせいで
きれいできちんとした世界の中ではなんだか落ち着かない子供たちがいて…- 935 :Track No.774:2009/10/10(土) 23:22:57
- 913です。未だウナギつかみ中。
ホロホ族という多様性の中で、「よい」「わるい」という概念を発明したホップは
いわば秩序と呼べる概念を持ち込んだと言える。
これは多様性を否定したと言えるので、陸の魚ホップ曰くの
「民族と対局した」状態になった。(そして画一性の象徴たるモー族へ擬態した?)
すなわち「スイッチが切れた」ものと推測できる。
陸の魚のホップによれば、多様性が画一性に擬態し、
画一性の便利さを知った時にもタイヤが通った=スイッチが切れた。
「いい」「わるい」のない多様性(混沌)の世界から、画一性(秩序)の世界への移動。
キップ切りが呟く言葉はホロホ族とモー族を表しており、双方のてっぺんからてっぺんへ
ループすることによって、二つをつなげようとしているように思える。
キップ切り自身が生み出した「スイッチの入れ方」?
しかしうまく行かない(「オレはオレにきまっている」)
ホロホ族のホップと陸の魚ホップは「ホップ」という名前で、
陸の魚ホップとキップ切りは「ろくでなし」というキーワードで繋がれている。
この三者は段階違いの同じものと考えられないだろうか。
てな辺りで止まってます。オゾノ様方面も似たような感じで、
「これはもう同じモチーフを違うエピソードで重ねて模様でも作ってるのか」
と疑いたい心境です。「FishSong」のモアレみたいな。- 936 :Track No.774:2009/10/11(日) 00:56:15
- >>935
やっぱ冴えてるなあ 最後のは疑いではなく割とその通りだと思う
例えば、別のモチーフ(にパッと見は見えるもの)とSCUBAとを
組み合わせてこんなのはどうだろう
キップ切りのループコースターがただ元の位置に戻るのではなく
上手く次の段階に進むような「発展的円環」
すなわち螺旋形を描けるようになっていたら、それが「ロタティオン」
そんでロタティオンの過程は「永遠に繰り返される」ものなので
どこまで進んでもゴールや完成というものがない
つまりいつまで経ってもろくでなし
ただし、前よりも少しはマシなろくでなし
ただのループではない螺旋の過程にぼんやりとでも気付いてしまう事と
(自分はFISH SONG直前の「拝啓天国様…」は「ボク」の台詞と見てるので)
己がろくでなしである事に気付いてしまう事とはセットなのだろう、と思うのですよ
ただ、キップ切りもボクもまだ上手くループを螺旋に繋げられない
高く跳ぶ為にまず低く屈む…まずブクブクで深く潜らなきゃならない
そんな段階にいるのではないかと- 938 :Track No.774:2009/10/11(日) 23:28:52
- >>936
そうか。「段階違いの同じもの」で螺旋だ。なるほど。
ボクにはオゾノ様という先達がいるが、キップ切りには不明…というかいないっぽい?
そういう違いがありますね。
キップ切りは未だに「オレはオレにきまっている」と潜り切れていないが、ボクはとりあえず
オゾノ様に会えているし、自分に深く潜ると他人に出会えることを知っている。
しかし、「ろくでなし」と気付いたのはキップ切りが先。
そういえばオゾノ様が轢かれた後で夢に出てきたときは頭と胴体繋がってたんでしょうか。
「深層意識ではタイヤ痕が見られる」とは陸の魚の言葉ですが、繋がるとは言っていない。
(あーでも、海底が見えると言い換えれば、繋がるという意味にはなるのか)
しかしブクブク音がしているので、オゾノ様が登場する夢は深層意識である。
仮に繋がっていたとして、オゾノ様とボクが繋がる夢、オゾノ様の頭と胴が繋がる夢、
ではオゾノ様とボクの間にもタイヤが通ったのか?
とすると、オゾノ様も含めて全てがキミでありボクである、とか。
つまり、先達であるオゾノ様はちょっとだかずいぶんだか先に行ったボク。
やっちゃ場でタイヤが通ったのが実はボクとオゾノ様の間にだった、と考えてみるとなかなか
ややこしいです。- 939 :Track No.774:2009/10/12(月) 01:11:23
- >>938
キップ切りは「人物」としてではなく「状態」として見た方が良いかも
「ブクブクのない(スイッチが切れている)ボクの状態」がキップ切りであると
ロタティオンへの飛躍には道筋を「知る」事だけでなく「体験する」事が必要
キップ切りはブクブク体験を欠いている為に「思考」の堂々巡りから抜けられない
切ること・分析することは意識の働き その方法では混沌の無意識には潜れない
>とすると、オゾノ様も含めて全てがキミでありボクである、とか。
昔々、ユングというイカした心理学者が具体的な目に見えるものとしての
自己の説明を求められて言ったという
「ここにおられるすべてのひと、皆さんが私の自己です」
は、下手するとすごく危ない発言のように見えそうだけど
あなたなら注釈なしで見ても、まず大きな誤解は無いかと思われます- 940 :Track No.774:2009/10/12(月) 07:41:08
- >>915だけどさ、みんなの理解力や読解力に感心しとるよ…
SCUBAをプリントアウトして出先でも読んだりしてるけど、未だに言葉にできないや。
潜りきれてないんだね。- 946 :Track No.774:2009/10/13(火) 00:23:04
- >>939
俺はキップ切りは平沢さんの表現する典型的な個人体だと思った。
昼間はループコースターに乗る人々を見送り続けて、
その人達の感覚を知りたくて夜にひっそりループコースターに乗るんだけど
結局キップ切りは一人のまんま、見てる立場から変われない。
「オレはオレにきまっている」という言葉も、
彼らのところに行けないことに対する強がりというか諦めっぽくも読める。
なんというか、Astro-Hoみたいなイメージ。- 948 :Track No.774:2009/10/13(火) 08:36:55
- >>946
SCUBA物語自体がAstro-Ho!のキャラに
全部まとめて凝縮されてるって面もあるかもね
「カナリア~」でまだちっちゃかったオゾノコブラノスキーが
http://www.pinkytrick.com/p/word_top.htm
SCUBAでは老賢者に成長しちゃってるから
それの対になる少年元型がいないとバランスが悪い
SCUBA物語ではそれは「ボク」なのだろうけど
今は逆に平沢本人がAstro-Ho!(あるいはHue!)に
とっての老賢者っぽい印象
http://moderoom.fascination.co.jp/modules/DayScanner/2009/02/18/aaaeeica-1/
「宇宙の捨て子」という言葉からはRIDE THE BLUE LIMBOの
「孤児」や「迷子」、ENOLAにも繋げられるかもしれない…- 949 :Track No.774:2009/10/13(火) 09:06:19
- >>946
「状態」と「個人体」は両立できると思いますよ。
キップ切りという「キミ」と「ボク」という二つの個体を
集合的無意識という海底から海上に頭を出した二つの島と考えれば、
二つは「もともと同じ」と言えると思います。
例えば、プレイヤーが一つの主人公キャラで一つのストーリーをたどるMMORPGがあったとして、
AさんがやってるA'というキャラとBさんがやってるB'というキャラは
ゲームの中だけで見ると同じ世界にいる別個体ですが、
ストーリーをたどるという面から見ると
同じキャラの経験値・装備etc違い=状態違いであると言えると思います。
(プレイヤーが違うというのはゲームの中での話なので脇にどけといてください)
…なんか判りにくい例えですいません。
同じように、キップ切りとボクの違いは
「ブクブクしたことがある」やその他人生で出会った諸々という経験値と
社会的に個人が持つと考えられるもの(名前や職業やその他)である装備など、
いわゆる「個性」と呼ばれるもので、それを越えた集合的無意識においては
「キミでありボクである」=同じ主人公キャラであると考えています。
…あれ、これ銀色のお魚のエピソードに似てますね。
元々は銀色のお魚という群だったが思考と個性を持ち始め、スイッチが切れてしまう個体が登場した。
思考の高まりが個性の発現であり、個性の高まりとスイッチが連動すると考えれば、
キップ切りとボクという個性が各々を各々たらしめているものを捨てる=思考を手放せば、
スイッチは入る…ような。
とりあえず、私はそういう感じで把握してます<集合的無意識と「キミ」と「ボク」の話- 950 :Track No.774:2009/10/13(火) 10:10:06
- >>948,949
ありがとう、そういう見方もあるんだって納得した。
もっと頑張って潜ってみるよ。
…点呼の文章の言葉はdifferent≠anotherと意識が対極って感じだな。- 951 :Track No.774:2009/10/13(火) 10:41:54
- 潜るのって怖くない?
アルタードステーツじゃないけどさ、戻ってこれなくなったり封印していた過去が吹き出したりしそう- 952 :915:2009/10/13(火) 10:59:03
- それがまぜこぜになって「ボクがキミに」なりそうな気がするんだよね、あたしは。
解るための何かなら喜んで支払うね。
そう、思ったんだけどね、SCUBAの最初の段落(「どちらが~」から「ボクを好いて下さい。」)って、語っているのはボクだけど、私にはオゾノ・コブラノスキーの言葉に思えるわけ。
でね、この部分の「ボク」ってのはスイッチを入れる訓練をして、その道の達人となった「ボク」であり、イコールそれが「オゾノ・コブラノスキー」なんじゃないかと思ったんだ。
確かに「ボク」の中にいた人物であるのだけれど、中にいるのだから絶対的に「ボク」と別物ということはない。
訓練を続け、「ホップ」曰くXの状態を自由自在に操れるようになった「ボク」はXの状態になると「オゾノ・コブラノスキー」になる……
いや、ここまでくると別の物語ができた気がする。
何かゴメンねorz- 953 :Track No.774:2009/10/13(火) 23:40:28
- >>951
そういう意味で心理療法士ってのはかなり大変な仕事らしい
封印していた過去や思いのごたごたの中に
慣れない人が潜っていくのを、一緒に潜ってサポートしながら
(一緒に潜れるだけの信頼関係ができてないとまず話にならない)
「両方ともちゃんと戻ってこれるように」踏ん張ってなけりゃならないんだから
これぞ一蓮托生
>>952
いや、別の物語じゃなくて、もとからそういう物語な気がするよ
しっかし初登場が「カナリア~」かどうかはっきりは知らないけど
オゾノ様ってやたら「死」の場面と絡んで出て来るキャラだことよ
自分が「無し」になるかもしれない事に気が付いた時
それが一体どういう事なのかを考え始めるきっかけ、のような
そんなような何かなんだろうか- 966 :Track No.774:2009/10/14(水) 23:25:59
- 913です。
>>939
前々から「イカした」と「イカレた」は似ていると思っていたのですが、それは置いといて。
オゾノ様もキップ切りも全てひっくるめて螺旋上にいるキミでありボクであるとすると、
やはりこの物語は「ボクとキミのSCUBA(ブクブク)物語」ということなんでしょうか?
(「さあやってみよう」とばかりに、スイッチの入れ方までついてるし)
物語上の「キミとボク」を延長してリアルの「キミとボク」に接続しようとしている?
物語をまとめると、 1:オゾノ様の交通事故(ボクとの分離?) ブクブク体験を知り学びキミと繋がれることを知る
2:ホロホ族とモー族の物語 多様性から画一性への擬態、そして集合的無意識からの切断
3:キップ切りのスイッチ キミでありボクであり「ろくでなし」のキップ切りは未だ思考を手放せていない
4:陸の魚ホップ 思考と個性とスイッチの連動、ボクは「ろくでなし」であることを知る
5:ぐるぐる回るボクとキミ
こんな感じでしょうか…。
949でも書いたんですが、ボクとキップ切りをレベル&装備違いの同じキャラだとすると、
オゾノ様もレベル&装備違い…なんでしょうねぇ、やっぱり。
オゾノ様関連はどうもよくわからないです。
先達であり螺旋上のボクであり、そしてブクブクがないと繋がれないところにいる存在。
文章を読むかぎり、ボクにとってのキミでありながらキミでない感じもしますし。
オゾノウナギは強敵…w- 969 :Track No.774:2009/10/15(木) 00:41:39
- >>966
う~ん、「ボクがどうしてブクブクに拘るのか物語」だと思う
そしてオゾノ様はSCUBA物語に先立って登場してきてるキャラである為に
その他のキャラ(と彼らの物語)を先導する役を負っているような気がする
夢の中でオゾノに言われた、と言われている言葉はホップの台詞でもある
ならばオゾノ=ホップでもあるわけだ
全ての発端にして最後のトリも務める、アルファにしてオメガ(あるいはウロボロス)
音廃本によると、平沢本人はスキューバの本を
「実は内容的にループにしたかった。
本を開けるといきなり文の途中から始まって
一番最後とつながるように考えてたんだけど、
それは編集上よくないと言われてやめたんですね」
という事なので、きっとその1と4も一方通行の
時間軸の上にある「最初」と「最後」ではないのだろう
同じ一瞬の出来事を別の語り口、別の作法で語っているのかもしれないよ- 970 :Track No.774:2009/10/15(木) 01:13:22
- >>968
SCUBA物語の中であの老婆に近いキャラは、オゾノ様よりもへヘルだと思う
…彼女ではちょっと可愛らし過ぎてあの婆さんとは繋がりにくいかもしれないけど
ギリシャ神話で運命の三女神はその紡いだ糸の長さで人の命運を決める
機織りのアラクネはアテナに喧嘩売った末に蜘蛛の姿となる
日本の神話でもアマテラスは機織り娘をお抱えにしてる
古い古いまだ神様と人間と動物がはっきりと分かれていなかった頃の
女の人と、糸を紡いで機を織る仕事や生き物には強い結びつきがある
もちろん本当は「モンスター」に収録される筈だったという
「仕事場はタブー」でグレイトなシャツを縫っている誰かさんもご同類
地母神の暗い一面、全てを飲み込む大いなる死の姿
(この線でナーシサス次元から来た人にも繋げられなくもないね)
へヘルはそこまで怖い女の子では無い様に描かれてるけど
それでもやっぱり、そういう系統の女の子だと思うよ
素の姿のままでヒトの世界に出てこられないのは、きっとそのせい- 972 :915:2009/10/15(木) 07:33:09
- >>967
ユングによれば人間の精神は三層に分けることができて、それは
表層意識
無意識
集合意識
であるそうなんだけど、(知ってるだろうが書く。許して)
集合意識は結局自分だけの精神ではなくて、この世の人、ひいては太古の記憶が刻まれている場所なのさ。
つまりはこれが「ブクブク」によって繋がる場所ってわけ。
オゾノ・コブラノスキーについてだけ言わせてもらえば、ヒラサワにとっての"賢者"というポジションのキャラクターであるそうなんだ。(これもユング心理学)
で、オゾノ・コブラノスキーはおそらく、集合意識に存在していたと思うの。
そこに「ボク」は知らず知らず集合意識に糸電話を垂らしていたような状態だったのだろうけど、「ボク」の意識になんらかの事件が生じて、オゾノ・コブラノスキーへの糸電話が切れた。
これが「事故」だとか「タイヤ痕」だと感じるわけだけど。
今分かったのはこんだけ。
表層意識とかあのへんは言葉がちょっと間違ってる気がする…(手元に本がなくて記憶だけで書いてる)
何かあったら訂正よろしくっす <(-_-;)- 973 :Track No.774:2009/10/15(木) 09:35:23
- 968だけど。
>>970
解釈ありがとう!まさかここから「仕事場はタブー」のほうにまで繋がるとは思ってなかった
基本直感で読み解こうとしてるから、助かるというか勉強になるよ
>>972
オゾノ様が賢者ポジションのキャラなら、やっぱりボクは愚者ポジションだろうか?
タロットカードでいうと賢者=隠者は元・放浪者、つまりかつて愚者だった存在であるわけだし、螺旋上のレベル&装備違いの解釈にも近いと思う
それに隠者が見詰めているのは過去の方向で、まだ旅の途中にいる自分を最良の道へ導こうとしているわけだし
でもこんな解釈だとまだまだ穴が多いな…
ユングもタロットカードには興味あったみたいだし、タロットカードの円を描く関係性はそれなりに近いと思うんだが…
とりあえず補完・新解釈頼むわ- 974 :913:2009/10/15(木) 10:53:20
- >>969
円環の螺旋、ていう感じでしょうか。
そしてそれが全てのボクでありキミ、集合的無意識の一つの姿?
似たイメージのものを昔見たような…。ボルヘスだったかな。
入れ子状態にも思えるし、お互いに繋がりを持つ同元素で出来た
分子の立体モデルも連想します。(ダイヤモンドとか炭素とか)
もっと繋がりを細かくすると、歯車にもなりそうな。
ややこしい、というか想像が追いつかないw
というか、想像が合ってるかどうかすらわからないww
もう一度別方向から考えた方がよさそうなので、
別の切り口探してきます。- 975 :Track No.774:2009/10/15(木) 11:00:01
- ユング心理学はまだ読みかじりの状態だから偉そうなことは言えないんだけどね、
集合意識に存在するのは全ての経験や記憶の元である元型(アーキタイプ)であるそうだよ。
で、アーキタイプというのはたくさんのタイプがあるようで、その中のパターンに「賢者のアーキタイプ」というのがあるんだって。
その賢者っちゅうのがオゾノ・コブラノスキーであるとヒラサワは言うわけだけど。
>>973
それはアリかも。
自分が感じているものにはごく近いなと思う。- 983 :Track No.774:2009/10/15(木) 22:29:35
- >>973
>>970の補足
千年女優のあの老婆に近いキャラはヘルルと書いたけれど
あれにもオゾノ様的な立ち位置のキャラがいないわけではないので…
千代子が鍵を大事にしてるのは、誰に再会した時の為だった?- 987 :Track No.774:2009/10/16(金) 00:02:53
- >>983
ああ、そうか!
自分は男の人のことを蜃気楼的に捉えてたから、そこまで頭回ってなかったよ…
だとするとあの鍵はSCUBA物語のスイッチに値するものと考えてもいいだろうか?
とにかくそこからもう一度考え直してくるよ- 988 :Track No.774:2009/10/16(金) 00:15:44
- >>972
表層意識は単に「意識」
でもって、無意識を二つに分けて「個人的無意識」と
「集合的無意識(または普遍的無意識)」
そして集合的無意識の内容の「表現」をいろいろ見ていると
どうも人類共通の(だから普遍的、とも言うのだろう)基本的な型があるようだ、
そのように考えてみるといろいろと便利である、というものが「元型」
>>975
…その「元型」が無意識の中から意識のレベルに
上がって来て形作る心像が「原始心像(元型的心像)」
本当は無意識の中身である「元型」そのものは意識では把握できないので
その作用である「原始心像」の型に(とりあえず)あてはめてみる格好で
それがどのような元型の働きなのかのあたりをつける目安にする…らしい
「元型は、その姿を隠喩によってのみ、われわれに示すものといってよいだろう」
(河合隼雄著:『ユング心理学入門』より)
パッと思いつくところだと「隠喩」は「ロタティオン」の歌詞に
「心像(の下方)」は「時間の西方」の歌詞に見つかるね- 989 :Track No.774:2009/10/16(金) 00:26:36
- >>987
「オゾノ・コブラノスキー ボクのスイッチを
入れて正夢のありかにつれていって」
手に持つ鍵は女優スイッチ
幾度もの交通事故にもめげずにずっとあの人を追い続ける
その生涯は映画という正夢
なんつってみたりして
そういやパプリカも夢の映画女優だっけ- 990 :Track No.774:2009/10/16(金) 03:17:39
- >>989 夢の女優は大忙しねだったっけ?
夢見る機械が第三の点呼する惑星になるような気がしてきたぜ…- 991 :Track No.774:2009/10/16(金) 08:45:20
- >>986
スレたて乙ですー。
埋めついで。
「SUCUBA物語」に出てくる対局関係をなんとなくまとめてみました。
銀色のお魚(無意識下の画一性。全にして一、一にして全、みたいな)
↓↑
陸の魚ホップ(方向を間違えた多様性。思考の高まり。魚なのに水から出てしまう)
と、
ホロホ族(個性を尊重した多様性。各々が異なることが重要)
↓↑
モー族、実はホロホ族のホップ(画一性。自分以外を食い尽くす。善悪の概念を作る)
これから何か見えないかなー、なんて。
円環の螺旋上でオゾノ様が銀色のお魚に戻りたくてボクの夢に現れたとしたら、
オゾノ様=ホップの傍証になるかな、とか
ボクは何と対局しようとしているのだろうか、とか
そういう方面で切り口ウロウロ模索中です。- 992 :915:2009/10/16(金) 11:13:11
- >>988
補足さんきゅ!
その書き込みはすべて私だw
さぁ埋めますか。
>>991
オゾノ=ホップ
繋がりそうで繋がらないなぁ…繋がるはずなのに。
んで、ホップについてのまとめ。
彼は環境によって姿を変えられる。
最初は、別の形で、おそらくそのころから自分を誇示したがっていて、その結果、旅に出て消息を絶ち、モー族となった。
そこから紆余曲折あり、彼は海にやってきた。海にいるためには魚になる必要があるため、彼は魚になった。
そこで再び自分の個性を噴出させるために陸に上がったところ、スイッチが切れ、姿も変わらなくなってしまった。
つまり彼はどこにいっても間違えた個性の主張をしていた。
(推測が混じってるけど…こんなかな)
この
画一化 対 個性
という図式は、きっとヒラサワが長年悩んだことなんじゃないかなと思う。
…中学生みたいだな- 993 :913:2009/10/16(金) 11:49:34
- 991で名前入れ忘れた。でもウナギ言ってるし、わかるか。
>>992
私は銀色のお魚が先だと考えています。
銀色のお魚→陸の魚→ホロホ族の一員→モー族→ヒト(→オゾノ様→銀色のお魚)
まあ、全ての時間を有する集合的無意識下で先も後もないとは思うんですが、
時系列というか事の発端というか。()は私の推測です。
スッチャンを喰ったのはモー族の一員だが、
元のモー族は大昔滅んだことからそれはホロホ族のホップが擬態したモー族で、
「ヒト」だったのではないかと推測します。
つまり、ホロホ族がモー族に擬態することを「ヒトする」というのであれば、
元ホロホ族のホップが擬態したモー族もまた「ヒト」した姿なのではないかと。
…ここの文章はものすごく読みづらいんですよね。
「モー族はもうとっくに滅んだ」
「モー族とはスッチャンが喰われる1500年前にホロホ族を出奔したホップの擬態」
と書かれてはいますが、滅んだモー族=ホップの擬態であるなら、スッチャンは食われないわけで、
滅んだモー族とは別にホップが擬態しスッチャンを食ったと考えるのが妥当な気もするけれど、
とすると「モー族は口ぐちに」と複数存在する表現があてはまらないような。
他にもホップのような者がいたんでしょうか。…謎です。
あと、911に補足。
ホロホ族は多様性を尊重するという意思を統一しているが、
モー族は画一性を保つという統一の意思はなく、習性として他種を食う
という違いも読み取れます。
ホロホ族=統一された意思上の多様性(意思が介在する)
モー族=本能的画一性(統一の意思はない)
みたいな。あと、食う=平らげる=平定する?、みたいな言葉の連想がありそうな気もする。
ああまた長くなった。- 994 :915:2009/10/16(金) 12:19:01
- >>993
お互いコテハンにするかい?この数字w
長くったって大丈夫でしょう。ヘンに切られるよりマシさ。
自分の中では、魚が先なのかモー族が先なのかはっきりしてなかったのよね。
やっぱり魚かな。
あれを書き直すつもりはないけど。(しても意味ないよね?)
気になるのは日本語の間違い。
「モー族はもうとっくに滅んでいないのです」
わざとなんだとは分かるんだけど、うざったいねw
言葉としては打ち消しで終わってるから、「まだモー族はいる」という言葉に言い換えられる。
さらにこれは直喩に近い隠喩だと思うんだけど、我々がいる現実に当てはめてモー族が何になるのかは、まだもやもやしてるから書かない。- 997 :Track No.774:2009/10/16(金) 16:29:57
- >>994
本物のモー族は滅びたが、ホロホ族のようにモー族に擬態したまま生活を続けた偽物のモー族はいるという意味で受け取った
ただ、そうなるとホップが擬態したモー族だって本物か怪しくなってくるんだよな…
ホップは銀色の魚のくだりで「思考のしかたをまちがえたヤツら」やら「あっちの陸にオレと同じようなヤツがいる」とか言ってるし、ホップの前にモー族に擬態してるヤツがいてもおかしくはないと思うんだ
以下は、平沢進の歌詞をどうにかして解読するスレ2ループ目から引用
- 7 :Track No.774:2009/10/16(金) 22:54:32
- さてと、折角差し出して頂いたネタを忘れてしまってはいけない
http://web.archive.org/web/20061203111144/http://canopus.page.ne.jp/p-model/word_s.htm
前スレ終りがけはホロホ族とモー族の関係でこんがらかってたけど
一応、ホップの長広舌を箇条書きにすると
魚たちによるピラミッド建立→ホップ出現→シルバーミリタリー論
→思考する魚たち、再びピラミッド建立を企てるも失敗
→哲学する心の発現→シルバーミリタリー論の解体
→ピラミッド再建に向けての個性の発現&スイッチの切断
ホロホ族初の考える生きものがホップ
そして思考する魚たちの歴史を語る陸の魚もホップ
という事は、魚たち=ホロホ族 で、そのバリエーションの一つがモー族
ややこしいのは、モー族の方がシルバーミリタリー論っぽい画一的なもので
それに先立つホロホ族の方が個性のある赤いのや青いののように見える事だけど
これの順番の違いはきっと、逆再生or逆回転みたいなもんなのではないかと
鶏が先か卵が先か? 元型が先か心像が先か?
反対はおんなじの言いなおし- 8 :Track No.774:2009/10/16(金) 23:21:32
- >>1
スレたて乙です。
「SCUBA物語」まだ潜らせて頂きます。
モー族の件、よくよく考えてみたら思考がないわけじゃなかった。
「モー族はだれもが同じ形をした種族で、
自分と違う形をした者を見るとことごとく食べてしまうといういけない習慣を持っていました。」
とあるけど、要するに
出会う→同じ→放置?
→違う→食う
という判断があるってことになる。
本能的食欲なら「出会った者誰でも食う」とかになると思うし、
見たときに判断してる=考えて食ってる、んじゃないかなと。
そんなこんなで自己訂正になりますが993jは
ホロホ族=統一された意思上の多様性(意思が介在する)
モー族=画一性(意思があるかは不明だが、他種を見分ける知恵はある)
と書き直したいトコロ。- 9 :Track No.774:2009/10/17(土) 00:00:00
- 久々に参戦します
潜って潜って考えを巡らせるのも楽しいけども、
ホロホ族とモー族については、もっと単純な象徴を表すための例え話だと
思っていいんじゃないでしょか?
> モー族はだれもが同じ形をした種族で、
> 自分と違う形をした者を見るとことごとく食べてしまうという
> いけない習慣を持っていました。
この世で誰もが同じ形をしてて、自分と違う形の生き物をなんでも食べる生物といえば
すなわち「人間」の隠喩そのもの。
さらに言えば、この場合の「人間」とは、普段起きている時に働く表層意識のことであり、
モー族=人間=表層意識とつながる。
対して、ホロホ族は別の生き物であっても共有意識がある。
言葉を替えれば「鳥になり獣になりボクのままでキミになる」とか
つまり「目を閉じて犬になり目を閉じて橋になり」とか、そんな言葉で表される状態。
ホロホ族=集合的無意識の隠喩だよね。
ホップとは、表層意識から個人的無意識、集合的無意識を
スイッチの切り替えで使い分けられる存在なんだと考える。- 10 :Track No.774:2009/10/17(土) 01:33:26
- ・意識のレベル=島の上でこんりんざいあっちとこっちのボクとキミ
・個人的無意識のレベル=色が付いた魚たち
・集合的無意識のレベル=海とその中のシルバーな魚たち&ピラミッド
で、この個人的無意識のレベルとして見てみた
「色付いた魚たち」という表現に近いユング的な用語に
・feeling-toned complex:感情によって色づけられた(心的内容の)複合体
なんてのがある
これは後に「コンプレックス」と呼ばれるようになる
ユングは、はじめにこの個人的な「コンプレックス=心的な複合体」に着目した後、
その背後にあると思われる集合的無意識や元型の考えを発展させていく事になる
…という流れを知っていると、また別の見方もできるかもしれないね- 11 :Track No.774:2009/10/17(土) 22:09:00
- >>9
・モー族=ある型にはまった考え方や態度のこと
・ヒトする=時と場合に応じた「~らしい振る舞い」を身につけること
という見方もできるような気がするよ
…という見方でもっていろいろ眺めて見てみるならば
スッチャンがモー族に食べられてしまったのが
「りっぱな男になるため」の旅の途上というのが意味深
・りっぱな男にふさわしい態度を身につける=大人になる
ところがヒラサワ本人はいい歳こいて未だに
http://noroom.susumuhirasawa.com/modules/H3/?p=243
だの
http://noroom.susumuhirasawa.com/modules/H3/?p=272
だの
http://noroom.susumuhirasawa.com/modules/H3/?p=248
だのってノリで、しかもこれで一応生き延びていられてるんだから
・実は、モー族はもうとっくに滅びていないのです
というある意味、世間体を取り繕う事ばかりに必死な連中ざまあw
(そこまでは言ってないが)的台詞にもそれなりの説得力があるような- 12 :前スレ915:2009/10/17(土) 22:39:02
- >>1 乙!
モー族がなぜ、自分たちと違う形の者を食べるのかと考えたよ。
その理由は、人間が自分とは違った、変わった雰囲気や思想を持つ人間に対して、興味を持つか、あるいは恐怖するか、どちらの反応を示すのかということと同じだと思う。
「珍しい人だ」→「どうなってるんだ?」→「よし食ってみるべ」
または
「珍しい人だ」→「私たちと違う」→「なぜ!?怖い!」→「こんなやつ食ってしまえ」
結局は食うという発想になるんだけどね。
人間に当てはめると、最後の「食う」が「イジメ」なんかになると思うんだね。
モー族は人間と比べると原始的なようだから、「食う」となってしまう。
上のどちらの思考回路によってスッチャンを食うという考えに至ったのか、という話だけど、私は前者であると思う。
スッチャンを食ったモー族は
「おー、なんとおいしい者だ。たんと食べたいものだ」
と言ったわけだから、おそらくこの行動は日常茶飯事で、美味いのもいりゃマズいのもいたはず。
話し合えば分かり合えるはずなのに、一方的に「食べて」しまうとは、やはりいけない種族だわな。- 13 :Track No.774:2009/10/17(土) 22:59:59
- ここでSCUBA収録曲の歌詞をつらつら写経して
投稿してしまった方が良いのかどうかと迷う自分
SCUBA物語のエピソードは
一応それぞれの曲に対応した文章になっていて
互いに補完し合っている関係にあるから、物語だけを見ていても
解釈は上滑り気味になってしまう気がする
SCUBA自体もそうだけど、特に最近もヒラサワが
結構還弦(増弦)したがってたオハヨウなんか
初期P-modelの頃から今まで何度もリメイクしては歌ってきた曲
そういった曲の歌詞も踏まえないままでどこまで話を進めていいものやら
とはいえ、そういう歌詞についてはもうみんな心得ているものとしておくのが
ここでは当然のような気もするし 微妙 非常に微妙