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スレッドより

以下は、平沢進の歌詞をどうにかして解読するスレから引用

864 :Track No.774:2009/09/30(水) 21:34:58
他にこんな言葉遣いをしてる文章も無いだろうから

http://www.pinkytrick.com/p/img/flier/1987monster_b.jpg
これの元ネタはきっと

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/3023630/top.html
これなのだろうけど

「人喰いの話」ってのは一体どこから出てきたネタなんだろう
「UNDOをどうぞ」とは時期が違うよね?

867 :Track No.774:2009/10/01(木) 08:12:49
>>864
「さることのありしかなかしりか~」云々は、
昔々から昔話を話す時の前口上として一般的なもんじゃないのかな。
そんな風な老婆の語りは「不幸はいかが?」でもサンプリングされてるから
その前後の時期に、平沢自身がコレクションして歩いてたのかもしれん。
モンスターのテーマが「原初の混沌とした母性」を扱ったものだったから
そこからの連想やリスナーへの導入部として人食いの話を出してきた気がする。

ごめん、このへんうまく説明できない。
今から仕事で時間が無くて、頭が回ってないけど
詳しい話が聞きたかったら、当時の資料を揃えて夕方以降にまた来るよ。

870 :867:2009/10/01(木) 21:59:50
では、お言葉に甘えて続けます。


1987~88年当時のインタビューでは
(幻の)新アルバムについてのコメントがいくつかされており
その中で、モンスターというテーマについて答えている。
曰く、

> テーマというより“モンスター”というのはシンボルなんです。

> シンボルだから形はないんです。
> 一人一人の解釈の仕方やとっかかりは違うんですが、
> なぜ、その一人一人がそう受け止めたのか。
> それを辿っていくと、最終的には全く同じ方向にいくというものの
> シンボライズの仕方があるんです。

例として“母なる大地”と“命の源”。
そのようなニュアンスの言葉は、
個人の表現アレンジで言葉自体は様々に異なる言葉が存在するが、
最終的には“産む”“育てる”“成長する”という概念に行き着く。

同じように“モンスター”を例にとると、
ある時代には「やまんば」として表現され、
またある時代には「聖母」として、
はたまた「体制の象徴」としてもシンボライズされている時代もある。
しかし、そのシンボライズされるモノによって
逆にその「時代」が形作られてくることもある。

あるモノが個人の伝播によって変わるプロセスを経て、
もっと違う言葉に変貌することを信じてる。

> だから誤解はOKなんです。
> それが個人的な領域を超えてどこまで辿り着けるのかという……
> どうだわからないだろう(笑)

と、要約するとこんな話だけど、
これだけじゃ平沢の言う通り、よくわからない(笑)
ので、次の項では「三界の人体地図」に収録されている
“見るなの部屋 創世記”を引用しつつ、
モンスターの解読を進めたいと思います。

872 :Track No.774:2009/10/01(木) 22:36:11
昔の作品の情報が欲しいな~、と言った先から
あんな事になってて口あんぐり これは良い布置やもしれぬw

>>870
む、「やまんば」は人食いですな
「体制の象徴」もある意味そうかもしれない

しかしシンボルといい、象徴といい
> それが個人的な領域を超えてどこまで辿り着けるのかという…

といい、なんともスキューバ君がダイブしていく先の
集合的無意識っぽいノリであることよ

次の項もどうぞおたの申しますです

873 :867:2009/10/01(木) 22:58:47
最初に。前項で引用したインタビューは DOLL 1988年4月号。
興味のある方は古本屋で探して下さい。

88年に発表されたビデオ「三界の人体地図」は
LIVEパートの間に、いくつかの特撮パートが流れる。
そこではストーリーを語るナレーションが語られるが、
強烈なエフェクトで歪められており、聞き取ることがほとんど出来ない。
同時期にリリースされた同名の写真集には文章で掲載されたが、現在では入手困難。
以下、そちらの引用。

> [動物界]
> サイであったところのボクは カモシカであったキミの入り江であり
> バッファローであったところのキミは オオカミであったボクの沖である
> 入り江である者のボクは 人であるキミの辺地である
> そんなことだから この森に夜が降りても
> 焦がれ叫んでボクの名を呼ぶより
> ごらんよあそこと うわさしてください
> はじめてボクが全きキミになれるように
> ガオー!

> [FORCE界]
> かのFORCEは 君を火渡りの行列に誘う
> 昼であれ夜であれ いずれの基準たる広場の淵でめしいた種の
> あの99人の秘密の踊り手に隠れ家を!
> キミのひと踊りが 100人の臨界量を越える束の間
> だいじょうぶFORCEがある!

> [ひと界]
> よき者の使者が降りて 言葉を垂れた
> 使命を帯びた男は走る 速く広く伝えねばならぬと
> 群衆の歓声に紛れて
> しかし鋭く男の声は響いた
> 「どけ!このうすばか!ぶっ殺すぞ!」
> かくして ひと界は全きものとなる
>
> オゾノコブラノスキー
> 『見るなの部屋 創世記』より

動物界では、[サイ]であり[バッファロー]であり[入り江]や[沖]である
ボクやキミは、前項での表現をそのまま借りると
個人の表現アレンジで様々に変わる、表層の「言葉」である。
しかし、夜などに象徴される混沌の深層では、個々の名前で括るよりも
[あそこ]という「概念」で表現すれば、全きキミになれるのでは、と。

ところがひと界は深層の[概念]から、
表層の[言葉]を繰り出す「よき者の使者」という知恵的な存在が現れた。
言葉は、群衆達に速く広く伝える使命が与えられたが、
言葉を運ぶ男は、伝えるべき対象の群衆に罵詈雑言を発して蹴散らして
使命を帯びた[言葉]を、群衆に運んでゆくというパラドックスに陥る。
いかにも平沢が好みそうな皮肉たっぷりのオチ。

874 :867:2009/10/01(木) 23:04:12
長くなってごめん。長文嫌いな人は華麗にスルーしてください。

>>871
> なんともスキューバ君がダイブしていく先の
> 集合的無意識っぽいノリであることよ

その解釈は、正解だと思います。
平沢の発想の根幹ではないでしょうか。
自分で咀嚼しながらタイプするにあたり、
「キミもボクもいないオハヨウ」や、「ボクはキミだから」、
「二人が同時に回り続けるSCUBA」や「ホモ・ゲシュタルト」
「マンデルブロの中にテクノ有り」にまでも繋がってきてる。
平沢が数十年に渡り扱った深淵に触れてるんじゃないかと思えてきました。

前二項でモンスターの外堀をいじったところで
次項では「モンスター」「人食い」と表される概念について語る
戸川純との対談をモチーフにしたいと思います。

877 :867:2009/10/01(木) 23:38:27
前二項の素材はモンスター制作期~断念期という、
いわゆる真っ直中に語られたリアルタイムの発言だが、今回の引用は宝島1990年3月号。
既にソロ活動に移行した平沢が、モンスターにゲスト参加を打診していた
戸川純との対談中に「モンスターとは何だったのか」という話題に触れた。

平沢:今、P-モデルは休止中なんだけど、活動中に出す予定だったアルバムの
   シンボルとして「大きくて大きい古くて古い太古の女性性」というのがあって、
   その巨大さをして「モンスター」というタイトルにするつもりだったんだ。
   もちろん、肯定的な概念のね。
   でも男が創る以上、女性性そのものにはなれなくて、
   [女性性についての音楽]になってしまう事への苛立ちがあったんだ。
   その頃、戸川純の作品を本気で聴く機会がたまたまあって(中略)
   その時聴いた歌詞の全てに、僕が「モンスター」でやろうとしていた
   女性性が内包されていた。

戸川:確か「山ん婆だ」って言われたんだわ。

平沢:あの時は言い方が偏って、そう言っちゃったんだけど、
   モンスターというのはロリータから山ん婆までを包括する巨大な女性性の事なんだ。
   それで、これは純ちゃんに手を貸してもらおうという事になったんだけど、
   P-モデルの方がゴタゴタして結局流れちゃった。

戸川:残念だったわ。

平沢:でも今となってはやらなくてよかったと思ってるんだ。
   だって本物にかないっこないもの。
   僕は、今、日本で様々な表現をしてる女性ミュージシャン達って
   単なる男だと思う。
   唯一、戸川純だけが僕のキーワードである女性性を
   日常でも表現においても実践してると思う。

モンスターの一つの種明かしが、端的に語られてると感じるので
私からこれ以上付け加えることはありません。
ただひとつ。
これらの発言から数年後、男も女も飛び越したSP-2という存在と出逢い
その後のライフテーマになるほど彼女達からインスパイアされたのは
必然だった。と、結んで終わります。

889 :Track No.774:2009/10/02(金) 23:35:47
>>867
これ、平沢のその辺の部分のネタ本かもしれない
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/60/5/6000710.html

巻頭の「むかし語ってきかせえ さることのありしかなかりしか~」の引用
第一章のタイトルが「見るなの座敷」…というパッと見の近さは勿論

全編にわたって日本人の意識における「女性性」の大きさについて
かなり熱く語っている様子が、もの凄くどこかの誰かが
似たような事やってるのを見たような雰囲気

筒井康隆も今敏もまず間違いなくこれを読んできてるだろうし
その結果がパプリカのあの暗黒大魔王退治になっているだろう事を思うと
やはり裏で全てをとりもっていたのは、この人なのではないかと 

890 :867:2009/10/03(土) 00:55:02
>>889
あーあーあ、膝ポンです。納得です。
ユングや河合隼雄の著作に触れずにきたので、恥ずかしながらその本は初めて知りました。
平沢自身も87年当時のインタビューで
> 私はユング派でして、ユング関係の本が最近とても曲作りに
> 大きな役割を来しています。(モアレクラブ5号)
…と語っている通り、それもネタ元の一つだと考えるのが自然ですね。
図書館で探します。

> パプリカのあの暗黒大魔王退治
あーあーあ、膝ポンです。納得です。確信犯ですねw

最終更新:2011年02月09日 15:43