214 名前:161[sage] 投稿日:2010/09/25(土) 12:04:34 ID:Gm4T2437 [1/4]
>>115 こうですか! わかりません!


今や物理部は一年前赴任してきた物理教師の奴隷と化している。
僕は大して苦にもならないけれど(なんたって暴君と付き合ってるからね)そのせいであんまり新入部員が居つかない。元々地味な部活ではあるけど、それにしたって偶の部活の日に僕一人ってのはどうなんだ。
なんとなく腑に落ちぬ顔で頼まれたダンボールを運んで体育館のそばを通り過ぎると、コンクリートの明るい灰色の上に花が裂いてるのが見えた。
「夏希先輩?」
声を掛けると、やっぱりそれは見知った暴君だった。
髪をアップに括っていたのだろう、よれたポニーテールと汗だくの顔。
「あ、健二くん」
やほー。明るい顔で挨拶をする。
「ど、どうしたんですか? 大学は?」
ダンボールの中身ががたがた音を立てるくらいの会釈をしつつ、あっという間に進路方向を帰る僕の靴。……正直だなぁ。
「剣道部の後輩達に頼まれてさー」
師範が今日来られないから、稽古お願いしますって、捕まっちゃったのよ。
明るい灰色のコンクリートに白の胴着。胸元には汗でしんなりした薄いTシャツ。……もしかすると肌着かもしれない。とってもぺらぺらで肌にぺたっとくっついてる。
よれよれの髪は一筋首筋に流れている汗によって胴着の中に吸い込まれてた。
ぽたぽたと音まで聞こえるような。
しゃがんでいる彼女の襟足は輝くように白く、後れ毛が汗に絡まっているのがまぶしい。
自分の喉が鳴るのがわかる。やっと持っているダンボールが心なしかしわしわになっているような……
「健二くん?」
「ははははいっ!!!」
ぞわっとした。全身がものすごい勢いでぞわっとした。
なんだか良く解らないけれど、命の危険さえ感じるほどに。
「そんなビビらなくても……次の掛かり稽古で上がるから、そのあと部室行っていい?」
佐久間君とも久しぶりに話したいし。ホントは急に行ってびっくりさせようと思ってたんだけどなぁ~
まだ喋ってる夏希先輩の声を遠くに聞きながら、ただハイ、と返事をする。
……どうしよう……いや、ありがたい、の、か?
「そうですね」
精一杯の顔で笑ったつもりが、なんだか引きつっている。
【佐久間は夏風邪で休んでます、先輩】
とうとう僕はそれを言えずにダンボールを携えた部室への行脚を再開した。

215 名前:161[sage] 投稿日:2010/09/25(土) 12:05:46 ID:Gm4T2437 [2/4]


「まずい」
扇風機が回るだけの部室。風はほとんどない。とりあえずダンボールをテーブルに置いて呆然とした。
「まずい」
自然と二回口を突いて出る。なんだかとても重要なことらしい。
今更のように汗がどっと吹き出して、全身の力がどこかへ持っていかれて、パイプ椅子の上に落ち込んだ。頭が上手く回らない。
最近僕はちょっと変だ。
正確には一年前からだいぶ変だ。
恋人を見てるのに胸が痛くなる。夏希先輩のことを考えると苦しくなる。
学校のアイドルだった人と、僕は縁あってお付き合いと言うものをしている。毎日やる気になって、気力が漲ってて、暑いのも寒いのもテストも夏休みの課題もちっとも問題じゃない。
楽しいのに。
嬉しいのに。
胸がずっと痛い。片思いに逆戻りしたみたいに。
恋人同士なのだから手だってつなぐし、ほっぺたじゃないとこに……き、キスだってしたことあるけど……
パイプ椅子が軋む。顔を上げて窓の外を見た。いつもと変わらない風景に夏の日差し。遠くでサッカー部の掛け声、時々聞こえるバットがボールを打つ音。
扇風機とPCのファンの音だけが続く静かな部屋だ。
汗を拭ってペットボトルに手を掛ける。ぬるくなったお茶が喉を流れてく。目を閉じたら何か思い出せそうな気がしたけれど、何を思い出そうとしたのかは思い出せなくて焦れったい。
「数字にしてくれれば解けるのに」
ぼそっと言った。
「aは係数bは重心、cが定数dが字数、eは基底でfは関数、gは計量hは高さ、xとyとzはナゾの覆面で変化自在、nが自然数でiは――――――」
アルファベットには数学的意味の他に物理学的もある。部の何代前の先輩が造ったかは知らない覚え歌(10番まである)が書かれたくすんだ色のプリントを意味もなく読み上げて、そこで止まる。
物理でiは電流だ。
因みにIは慣性モーメントである。慣性モーメントというのは物体の回転のしにくさのことで、つまり……
「……だめだ……なんだかとってもだめだ……!」
どこぞの電子掲示板サイトでは公式に性的な意味で興奮できる猛者が居るとは聞くが、さすがに自分はそのレベルに到達できそうもないと安心しきっていたのに。
「何が駄目なの?」
またぞわっと背筋が寒くなった。
いつの間にドアが開いたんだ!?
「いやー、着替える時間も惜しくて道着で来ちゃったよ」
あははははーと明るい声。体中がさび付いたみたいに動かないのを無理やり振り向けて声のする方向を見たら、髪をお団子に結い上げてさっぱりした石鹸の香りと、汗のにおいのする剣道着のまま防具袋を床に置く夏希先輩だった。
「あれ、佐久間くんは?」

216 名前:161[sage] 投稿日:2010/09/25(土) 13:51:32 ID:Gm4T2437 [3/4]


蝉が鳴いてる。あの夏の日みたいに、うるさい。
「そっかぁ、夏風邪かー。残念」
大きなタオルを絞る音。
「そんじゃさ、今日は物理部お休みにしてアイス食べに行こうよ」
時々ふわふわ彼女のにおいがする。
「こんなところじゃパソコンの放熱で蒸し焼きになっちゃう」
女の人の匂い。
「先輩が奢ってあげましょー!」
……いらいらした。
背中の向こうで彼女が汗を拭っている。小さな蛇口からジャブジャブ水を出して、何度も顔を洗いながら、剣道着のまま。
「その前に家帰ってシャワー浴びてきていいかな? このまま帰るの恥ずかしいケド服が汗だらけになるよかマシだよね」
30分くらい待ってて、着替えてくるから。蛇口を捻る音が鋭く響いた。
「先輩」
「はい?」
がたんと椅子が跳ねる。何もわかってない顔の彼女の前に立つ。少し前から気付いてたけど、僕は背が伸びてる。先輩の頭の上がちょびっと見えるようになった。
「ぼ、僕は別に剣道着萌えというわけではないのですが」
「……はぁ?」
「それははっきり言って反則だと思います!」
両手を掴んで握り締めた。震える。震える。手が震える。
「先輩ちょうカワイイ!!ですーっ!!」
ぎゅうっとそのまま抱きしめた。甘いようなすっぱいような石鹸のようなフェロモンのような、ともかく僕をとろかす匂いと温度と湿り気。
「え、え、え?」
声が直接身体に響いている。心臓がおかしい。制服が濡れちゃいそうなくらい先輩が汗をかいていて、それをわずらわしいと思いながらちょっと……いやだいぶ……興奮した。
「や、やだ! な、ナニ急に!?」
血が逆巻く。世界中の音が消える。なのに拍動がうるさくてしょうがない。
目の前が白と赤にフラッシュして瞬く。その時、何故か思った。Iはイデアル、環をつなぐ数。(環論)
「すいません……でもあの、僕も一応男なので! 密室でそういう格好をされるとですね、その、なんというか、変な気持ちになってしまうので……あの、あの……」
確かめるように腕の力をもう一度強くする。
「このくらいは許してください……!」
頭を沈み込ませてほお擦りしたら、背中が急に熱くなった。

217 名前:161[sage] 投稿日:2010/09/25(土) 13:52:02 ID:Gm4T2437 [4/4]


「あ、う、うぅ……!」
半そでに埋まってる夏樹先輩の顔。玉の汗が浮かんでる額。背中で引っ張られるYシャツ。
心臓の近くに彼女の顔があってものすごく恥ずかしい。やだ、やだ、やだ、聞こえちゃうよ、心臓の音。
苦しい。胸が苦しい。どうしたらいいのか分からない。抱きしめたら治ると思ったのにどんどん酷くなる。もうたまらない。
「なつ、なつき、せんぱ、ひ」
「なに」
「ぼ、ぼく、あの、もう、なんか、その、えと、えと……あの……!」
頭が上手く動かない。舌が絡まって声が出ない。喉が“乾いて”言葉が割れる。
「き、キス……!」
声がひっくり返った。それ以上何言えばいいのかもうさっぱり分からない。頭が痛い。辛い。
「きす、なに? ……したいの?」
ぎぃっと目を閉じて、それでも決死の覚悟で首を縦に振ったら、背中をシャツごと引っ張られた。
「じゃ、どーぞ」
ん、と顎を上げて目を閉じる気配がした。自分の腕の中の女の人が。
そうっと片目を開けたら予想通りの光景が目の前にあって鼻血が出そうになる。うわわわ、髪が桜色の首に絡まっててすっごい色っぽいです……!
感想が言葉になる前に顔を再び沈めた。
汗、味、ぬるさ、感触、唇、舌、歯、唾液。
最初の10回までは場所も全部覚えてる。後はもう全部分からなくなってしまった。それより凄い嬉しさが振り切れてしまった。キスはとても嬉しいけれど、もうそれは一番じゃない。慣れたわけじゃない。
でも足りなくはなっている。
「夏希さん」
唇を離す。
ほんの少しだけ。
「……はい」
返事が返ってきてキスをされた。
「ドア、鍵かけて来ていいですか?」
「……………………………………へ?」
「窓閉めて、ブラインド下ろしてください」
「……………………………………………………………………………………はい?」
身体を両肩を押さえながらゆっくり離して言う。
「もう我慢できません」
言ったら、顔を真っ赤にした先輩が「途中までいい雰囲気だったのにーっ!」と怒鳴って僕の頭をぽかぽか殴った。

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最終更新:2010年10月11日 02:45