シーズン与死球の日本記録
与死球記録の上位には、アンダースローやサイドスロー投手が多く登場する。1968年にシーズン記録22をマークした森安もまたサイドスローの投手だった。森安はじっくりと軸足に重心をため、腕の振り出しが始まると、一気に体ごと出ていく投法の持ち主。いわゆる下半身主導で、手が遅れて出てくるタイプだった。
スピードや球の切れを生むには、できる限り肩の出を遅らせて、目いっぱいためたパワーを一気に解き放つようなフォームの方がよいという。ただし、そうなるとコントロールはつけにくい。打者からしても、ボールのリリースポイントがギリギリまで見えないために、どうしても逃げる動作が遅れてしまう。
森安は内角をえぐるストレートに、強気のピッチングで死球が多かった。とりわけ浮き上がってくるようなストレートの威力は素晴らしく、これず「剛球」という人もいた。同期の鈴木啓示と、1年目から奪三振数を争った。
のちに「黒い霧事件」で、球界を永久追放。わずか5年のプロ生活だった。
【参考資料】
「プロ野球70年 GREAT RECORDS 不滅の金字塔大全集」
最終更新:2010年04月19日 21:09